16 ソクラテの研究室
魔術師ソクラテの研究室は地下にあるらしい。村の中心にある一際高い建物の地下には、研究室へと繋がる地下通路がある。
地下特有のしんと沈んだ湿気のある空気に包まれた三人、俺と姉さん、それとロントだ。
今ここでロントを倒してモモを救出に向かえば……だめだ、ロントの底が見えない、もし仕留め損なったらモモが危ない。
そんな俺の思惑を知るかどうか、ロントは余裕綽綽と俺たちと数メートル離れていて進んでいる。
「ね、ロントさん」
「なんでしょう?」
「ここなら日の光が入ってこないし、そろそろそのローブとマスクを外してもいいでしょう?」
姉さんの言葉に、俺は目を見張った。
つまり、ロントの正体は、
「――――ふふ、はははは」
ロントは本当に楽しそうに笑いながらあっさりとローブを脱ぎ捨て、体のどこかに仕舞いこんだ。怒りを表してるような紅いマスクもすぅっと透明になって見えなくなった。
その下には絹糸のように背中いっぱい溢れるほどの銀髪と、声と同じに男性とも女性とも取れるような整った顔、静かに広げていく笑顔が咲き崩れようとする花のようだ。
その透き通った赤色の輝きを宿った瞳に見つめられたら最後、魅入ってしまって二度と目線を外す事などできないだろう。
だがこの世界の人にとって、その容姿が意味することは一つ。
「ヴァンパイア……っ!」
「いかにも。して、そちらのお嬢さんのお名前伺っても?」
「レンツィア・アーデル、こっちは弟のフィレン」
「ではレンツィアさん、どうやって私の正体を見抜いたのですか?」
「最初からアンデッドという確信はあったのと、その如何にも日光を防ぐ格好、そして何より切りかかった時に色んな血の匂いがした」
「これは失礼、食事の後に匂いを残すなど、ふふ……」
ヴァンパイアはもっとも恐れられるアンデッドの一つだ。
筋力と速度は勿論のこと、その知恵は人間をも凌ぐ、陽光さえ浴びなければ無限に近い再生能力、さらには多彩なユニーク魔術も自由に操れるから厄介極まりない。
知恵あるアンデッドは本能的に人を襲うことはないが、ヴァンパイアは人間の血を嗜む、暇潰しに殺戮を行う嗜虐性も持っている。
数が少ないためか滅多に現れないが、アンデッドによる大規模虐殺は大体ヴァンパイアの仕業だと言われている。
「それより」
姉さんはロントの服を指した。
「いつからヴァンパイアと教国が手を組んだの?」
ロントの服装は黒と赤をメインにする軍服と二丁の片刃短剣、しかし軍人という割に首から下げてるショールは宗教の装飾みたい。
白、赤、金糸が混ざり合って新月に貫かれた髑髏を象る刺繍が入ったそれは、華美さもさりながらそれ以上に不気味さを醸し出してる。
「それは、ゲゼル教国のシンボルか?」
教国と言っても、ゲゼル教国は正式な国ではない。奴らは死の神ナイアルを信仰しており、死こそ人類の安息と主張し、各地にテロ活動を繰り返すテロリストだ。
教国の中にはネクロマンサーもいるらしいが、ヴァンパイアと協力してるなんて聞いたことがない。
そもそもリッチやヴァンパイアのような上位アンデッドは人間に興味ないかプライドが高いから誰かと協力することはまずないはずだ。
「手を組むのとは異なりますが、個人の都合で教国の世話になっております」
「じゃここにいるのも教国の指示なの?」
「ふっ、人間ごときの命にこの私が従うとお思いで?」
含み笑いしながら、長い牙を剥き出すロント。
それだけで強烈な殺気が刃と化して心臓を貫いたようだ。人の形をしているが、こいつは間違いなく人間を狩る側だ……!
「さて、そろそろ進みましょう、そちらも時間がないのでは?」
「……ああ、急ぐぞ」
まったく油断にならない同行者と、暗いトンネルを進む。
とりあえず魔術師ソクラテとやらを倒してここを出る、話はそれからだ。
そして、トンネルの向こうで俺たちを待っているのは、鈍い色で佇んでいる大きな扉と、下半身が繋がってる二体のスケルトンだ。
『ぐるるるる……ガーリックの死にぞこないが、またこの場所を貴様らの欲望で汚す気かっ』
『絶対に許してあげないんだからね! ソクラテ様に代わってお仕置きよ!』
それぞれ金と銀に染まっているスケルトンが、まるで番人のように俺たちの前に立ち塞がった。
二つの体を持ってる彼らの上半身は普通のスケルトンで、足はなく、一本の太い骨でお互いと繋がってる、その骨から何本ものの骨が生えて、百足のように歩く。
数メートルくらいのデカい大百足の両端に、スケルトンの上半身だけを装着してると言えばわかりやすいかもしれない。
この上なく異形だ。
それとなんか喋ってるけど、スケルトンが人語を解せるなんて聞いたことないし、そもそもどこから発声しているのか理解できない。
「八骸の番人か」
「知ってるのか」
「ええ、高位のネクロマンサーが呼び出す防衛に長けるアンデッドです、魔術も厄介ですが、なにより――と、来ますね」
「ちっ、問答無用か」
『ぐるるりゃあああああ』
『死んじゃええええええ』
双身のスケルトン――八骸の番人がこっち目掛けて恐ろしい速さで這い寄る。
骨のくせに速いな!と思いながらナタボウを構える瞬間、銀色の方の両目がぱっと閃いた。
『火の爆裂!!!』
ドンッ!
火の球の上位に位置する強力な喚起系魔術、火の爆裂。
俺たちが居た場所は瞬時焼き払られた。
地面をぐるぐると転びながらなんとか爆発の直撃を免れた。
姉さんとロントは爆焔のわずかの隙間を縫うように躱しながらスケルトンに斬りかかる。
しかしスケルトンは二人に意にも介さず、高く飛び上がってこっちに襲い来る!
「なめんじゃねぇ!」
頭上から振り下ろされたハンマーナックルを、俺は《強斬》を乗せたナタボウで下から斬り上げる。ガっと大きいな衝撃音が鳴り響く。その反動でスケルトンがわずか滞空している。
相手の勢いを挫いた瞬間、大きく振りかぶったナタボウに戦技で上への慣性を散らして今度は《強斬》で思いっきり振り下ろす!
ただの斬り上げと唐竹割りだが、戦技の連続発動によって二つの斬撃を隙間なく繰り出せるからシンプル且つ強力、これが我流の技《龕灯返し》だ!
『ぎゃああああああ』
「まだまだあ!」
『飛行!!!』
急いで防御に入ろうとしたが、間に合わず左腕と何本の肋骨が切り落とされて慌てて後ずさるスケルトン。そこへ追撃しようと、今度は空中に逃げられた。
天井近くまでに飛び上がったスケルトンに、追撃のしようもない――のはずだが
「虫なら虫らしく地面に這いつくばりなさい」
逆さまに天井に立っているロントが、一太刀で銀色の首を刎ねた。
地に落とされた骨の番人は、姉さんにもう一つの首を砕かれて、あっけなく四散した。
「ふむ、思ったより手応えがありませんね」
「そう? 魔術と格闘ができる敵は厄介だと思うけど?」
極めて不本意だが、こんなに早く倒せたのは上手く連携が決まったのお蔭だと思う。
「八骸の番人は一体でも研究室の防衛を任せるくらい強力なアンデッドのはずなんですが、これはもしや……」
「どういうことだ?」
「そんなことより、早く中に入りましょう。ロントさん、この扉を開けて貰っていい?」
「ふふふ、罠避けですか。良いでしょう、フィレンさんの綺麗な一撃を見せて頂いたお礼で」
「ヴァンパイアに言われてもなぁ」
ロントは手を一振りすると、二メートル強の白い狼が出現した。これが噂に聞くヴァンパイアの眷属か。
白い狼が扉まで歩いて身体で押すと、グギィィっと、何の仕掛けもなく簡単に開けられた。
「おや……?」
「まるで空き巣みたいだな」
「楽でいいじゃない」
ロントが先に扉に入ると、俺は後ろで八骸の番人の二つの頭蓋骨を拾って鞄に放り込んだ。これはあとで使えるかもしれん。
ロントはたぶん気付いたが、何も聞いてこなかった。
魔術師ソクラテの研究室は、言ってみればフォー=モサの隠れ家と似ている、いくつの入り込んだ回廊と、用途がわからない部屋がたくさんだ。
もっとも、フォー=モサの隠れ屋の部屋は殆ど本で埋もれてるけど、ソクラテは魔術師だけあって、書類や本以外にもた魔道具らしきもの、魔法陣が書かれたパピルス、そして最も多いのは実験用の材料――生き物の死体だ。
「不気味な場所だな」
何度もスプラッタな光景を目にして、さすがの姉さんも堪えてるようで、俺が代りに部屋の探索をするようになった。
たしかに気持ちいい場所ではないが、ネクロマンサーだけあって死霊魔術の造詣は深そうだ。正直時間があったら徹底的に調べたい、きっと色々面白そうなものが出てくるだろう。
「妙ですね」
「妙?」
ロントは手を顎に当てて、何か考えてるようだ。とても絵になる姿だが、目だけで人を殺せるような化け物である。
「すべての材料が長時間放り出されたようにほぼ風化しました、研究者としてありえない行為ですね。それに、例え留守にしても、防衛の仕掛けの一つもないのは考えづらいことです」
「となると、やっぱり」
「ええ、そうなんですね」
ロントはトカトカとこの研究室の最後の回廊の奥、一つの黒い扉に手を掛けた。やはりこの扉にも仕掛けがない、鍵は掛かってるらしいが、ロントが軽く推しただけで破壊した。
ギィィィィっと、最後の扉が開いた。
「魔術師ソクラテは、すでに死にました」
扉の向こうには、書斎みたいな部屋。
部屋の中には、椅子に座ったまま風化していた男の死骸、黒い水晶を乗せてる台座、そして――
『貴方達は……人間……ですか?』
――一人の女の子の、幽霊だ。




