14 ガーリック村
六日目の朝、俺たちは森に戻ってテントを張った。
モモはまだ意識が戻ってない、恐怖の効果は一時なものなので心配はないだが、念のため一応対恐怖のポーションを飲ませてから起こそう、と姉さんが言った。
姉さんがモモを抱えてテントに入って暫く、真っ赤なモモと一緒に出てきた。
「こ、この度はとんだ粗相をいたしまして、お詫びの申し上げようもございません」
敬語になっちゃったモモお嬢様。
「別に気絶するのはよくあることだよ、あれはそういう能力だから」
叫び声で恐怖与えるモンスターは別に珍しくない。心霊系魔術の恐怖術と同じで、レジストできなかったらパニックになり、何もかも放り出して逃げ出す。その状態でさらに掛かられたら気絶する。
「い、いいえ、そのことだけではなく……」
「うん? 何の事?」
「え?」
「え?」
俺は首を傾けた。
ちなみにモモが起きる前に俺はすでに着替え終わった、モモのナニカがついてるズボンもうこの世に存在してない、永久に。
見た目が変わらないから気付かれることはあるまい、できる男に隙はないのだ。
「わ、わ、わ……」
「?」
全力で、知らんぷり。
「ワタクシが、お漏らししたことですっっっ!!!」
ええええええええええ――――!!!???
なんで自分で言っちゃったの!?
こっちが精一杯知らないふりしてあげたのに!?
これじゃまるで俺が意地悪してあえて言わせたがるの変態野郎みたいじゃないかああああ!?
「ほら、言った通りでしょう? フィー君は絶対知らないふりするって」
「おまえか!?」
「こぉら、姉に対して『おまえ』はないじゃないの?」
「人の気遣いを踏みにじってよく言うな、いたっ」
久しぶりにデコピン食らった。
「……」
「いや、そのー、生理反応だし別に恥ずかしがることないと思うなあー」
「は、はい、お気遣いありがとうございますわ……」
「それより! 体調はどう?」
「それはばっちり……とは言えませんけど問題ないです、ハイ!」
良かったね、口調に問題ありありなんだけどね。
さてはともあれ、モモも目が覚めたし、今は決めねばならないことがある。
「さて、皆も落ち着いたし、ではこれからどうしようか考えてみよう」
「姉さんのせいで落ち着かなくなったけどね」
「はいはい、無駄口言わないの」
お前が言うか。
「とりあえず、俺は撤退に一票」
「理由は?」
「アンデッドは見つかったからな。証拠はないが、死骸蒐集者なら仕方ないだろう」
死骸蒐集者は動きが緩慢で、ある程度死体集めれば脅威度も下がるアンデッドだが、あのデカさだから討伐自体は難しい、事前準備もなしで三人で挑みかかるのは無理だ。
「では、ギルドにはなんて報告するの?」
「ありのまま話そう、さすがにこの規模のアンデッドは放置できない、向こうが信じてくれたらいいが、信じてくれないというのならラカーンを離れよう」
「なっ」
拠点を持つほど知恵のあるアンデッドだ、それも未知の巨大アンデッドが多数。
対策なしに襲われたらラカーンは最低でも半壊する、全滅もあり得る。
「逃げるというの!?」
「モモさん、私も同意見だわ」
「レンツィアさんまで……」
「勿論ギルド以外、ラッケン州の方にも報告するわ、もしモモさんが他の有力者の協力を求めようというなら手伝うよ、でもこれ以上私たちにできることはないの。ついでに言うと、ラカーンと運命を共にする義理もないわ」
「そんな……」
あえて冷たい言い方する姉さんに、色んな感情がモモの顔に去来してる。
それは軽蔑、失望、怒り、絶望、悲しみ、そしてやがて諦めに収束する。
探索者に憧れてる彼女にとっては知りたくない一面だろう。
「まあ、帰った後はともかく、とりあえず帰還することに皆、異存はないわね?」
「ああ」
「はい……」
「では日が出てる内にできる限り移動し――」
「それでは困りますね」
「っせい!」「っ!」「はぅ!?」
中性の声が伝わるとほぼ同時に、一連の剣戟音が鳴り響く。
まったく予兆なしに何本の投げナイフが飛来して、それを弾いたら、
「モモ!?」
黒いローブを纏って、真紅のマスクをつけてる長身の男が唐突に現れた。
完璧なる奇襲に反応できずにいた俺たちの隙を掻い潜って、男は左手でモモの首筋を握っている。
そしていつの間に姉さんは男の反対側に居た。
「まったく大したお嬢さんですね、ナイフを叩き落としながらこっちに切りかかるなんて……」
よく見たら姉さんの籠手には切られた跡がある、そして男の右手には片刃の短剣。
こいつ、姉さんの突進を切り返したのか。
この数日、姉さんは段々戦技の発動上手くなっていた、まだ完全じゃないけど、それでも人質を確保しながら片手で切り返すなんて大した技量だ。
重厚なローブを着込んでるせいか、男が本当に歩いてるかどうかも分からず、地面を滑るように距離を取った。
ローブと同じ黒い手袋に包まれた手で、短剣をモモの頬に宛がう。
真紅に染まって、激怒を表してる顔のマスクの下から、男とも女とも取れるような声でゆっくり言い放った。
「さて、こちらには人質があります、陳腐な言い方ですが、勝手な行動は控えて頂こう」
「ぐっ……」
男の指が少し食い込む、蒼白なモモの顔が苦痛に歪む。
「判った、望みはなんだ?」
「おや、こっちの人は話が早くて助かりますね。簡単に言うと、あちらの村にご足労を願いたいと頼まれたのですが」
「あの村に……」
「ええ、君たちが昨夜恐ろしい目に遭ったあの村です」
「見ていたのか?」
「いいえ、痕跡を調べさせて頂いたので」
「俺たちを連れていく目的は、口封じか?」
「はて、信じるかどうかはお任せしますが、私はあの村の人ではありません、ただ頼まれただけです」
「良く知らない、と?」
「その通りです、ご容赦を頂ければと」
姉さんと視線を交わした。
(どうする?)
(どうせ捨てないでしょう?)
(無理)
(どこまでも一緒よ)
(ありがとう)
っと、目で軽く会話した、のような気がした。合ってるかどうかはともかく。
俺はマスク男に頷いた。
「……お前、名前は?」
「ロント、とでも呼んでください」
「じゃロント、案内してくれ」
「賢明な方です、では参りましょう――――死せるモノ達の村へ」
片手でモモを持ち上げてるのに、それをまったく重さを感じないかのように滑るように進んでるロントの後ろについて、村の近くまで来た。
そこに村人らしい者が三人いる、一見では、本当にただの村人だ。
でもソレらからは、人間の生気を感じられない。
もちろん死体でもなければアンデッドでもないが、生を諦めて、生から逃げ出したいと思ってるような目だ。正直なぜ死んでないのが不思議と思うレベル。
「あなたたちが、昨夜の」
「ああ、どうやら貴様らには、見られたらしいな」
三人の中で一番年取ってる男が、まるで口を開くのも億劫のように擦れた声で言った
考えながら喋てる感じで、もしかして言葉が不自由かもしれない。
「口封じは……しない、こちらの頼みを聞く限りはな」
「その前に、とりあえずこの村のことを教えて貰えるかな?」
頼みとやらを聞く前に、姉さんが聞いた。
「ふん……まあ良い」
本当にどうでも良さそうのような感じで、男が喋り始めた。
男の話によると、この村はガーリック村という、元々はどこでもあるような普通の農村だが、とある魔術師が来てから一変した。
ソクラテという名の魔術師は村人を虐げて、タダ働きを強要させ、村から貴重な特産品を取り上げていた。
奴隷同然のようにソクラテに支配された村人は、ある時、魔術師に献上する食べ物に即死毒を混ぜた。
しかし、魔術師は死ぬどころか、激怒して総ての村人に呪いをかけた。
「呪い?」
「ああ、呪いの内容は、夜になったら、村人の半分が化け物になるのだ」
化け物、つまりアンデッドになった村人は意識が朦朧で、手当たり次第に生き物を襲い回る、たとえ家族でもだ。
しかし村人はたとえ致命傷を負っても死ぬことはない、朝日と共に元に戻るのだ。
誰が化け物になるかは完全にランダムで、毎日誰かが誰かを殺して、朝になったら蘇る、永遠に繰り返し続けている。
そしてここを離れようとも、魔術師の呪いで森から出ることは叶わない。
どれくらいの月日が過ごしたか、死なない村人は殺し、殺されを続いてる内に、段々考えるのを止めた、今じゃほとんどの人は昼でもただ彷徨うか蹲るか、生きる屍のようだ。
「しかし、森の外から怪物を見たって言う人もいるのよ?」
「最近は、稀に、出られる人もいる……らしいが、皆、戻ってくる。この身体では外での暮らしは、無理だ……何より外に、出たくない」
まあ、死なないアンデッドなんて、どこかの牢獄に拘束されるのがオチだろう。
「ありがとう、貴方達の事情は分かったわ、頼みっていうのはあの魔術師を倒せってことかしら?」
「ああ、そこの……ロントと一緒に、ソクラテを倒してくれ」
俺はロントに視線を向けた。
「お前はどういう事情でここにいるんだ?」
「私はとあるものを捜しています、そして大魔術師ソクラテ殿はそれを持ってる可能性が高い、ですから魔術師の拠点を教えて貰うの代わりに協力させて頂きます」
「ちっ、じゃお前が俺たちと一緒に来るとして、モモはどうする?」
「このお嬢さんは村の人たちに預からせられますよ」
「おい、夜になったらどうする!?」
化け物の餌になるじゃねぇか!
「心配せずとも、夜の前に戻ったら宜しいのでは?」
「てめえっ」
「今からだとあと十時間で日が落ちます、お早めにご決断をなさるのが良いかと」
「クソ……」
見ず知らずの胡散臭いヤツと、魔術師の巣窟に潜るというのか、それも時間制限付きで。バカげてるな。
だが俺はモモを、何度も共に戦った人を見捨てるなんてできない。
もしモモが適合者だったらこの手で斬れる、その自信はある。
だが見捨てることだけは。
それをやったら、もう姉さんの隣にいられないのような気がする。
まったくの中途半端だ、ラカーンは見捨てるのに、そこそこ親しい人には甘い。
じゃどこまで親しくなれば見捨てるのかと聞かれても、きっと俺は答えられないだろう。
だがまだ何かできるようなことがあるはずだ、それをやりたい。
結局俺にルールなんてない、線引きなんてできない、あくまで自分のために動いてる。
姉さんと一緒にいたいから人を殺す、姉さんに相応しい人でありたいから簡単には見捨てられない。
「フィー君」
姉さんが手を繋いでくれた。
「どこまでも一緒って言ったでしょう」
「合ってるのかそれ」
「当たり前でしょう」
「わかったよ! 今すぐあの魔術師のところに案内しろ!」




