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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第一章 これからの姉弟
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13 アンデッド・パレード

 四日目は相変わらず成果なしだった。夜の森は昼と変わらない位平穏であると分かったことが唯一の収穫と言えよう。

 そして五日目の夜、もそもそと再び動き出した三つの影。


 暗闇の森を照らすのは、浮遊する照明用魔道具――《不滅の灯火コンティニュアル・フレイム》。

 手に持つ必要がなく、延焼や湿気の心配もないから探索者の必須品と言われるほど優れものだ。

 ただ夜の森ではこの上なく目立ってしまう。

 だから殿の俺は生者探索ディテクトリーヴィングを最大まで発動している、半径五百メートル内のあらゆる生き物の体型と動きが手に取るようにわかる。

 勿論アンデッド対策として、死の化粧(ヴェール)も掛かっている。

 そして間にいるモモは俺たちのサポート。

 死の化粧(ヴェール)を掛けるには本人の意志が必要なので、彼女には掛けていない。


「不気味……ですね」


 黙々と数時間歩いたら、モモが小さく呟いた。誰に対してでもなく、ただの独り言。

 夜での行動はこれで二回目になるが、まだ慣れていないようだ


「まるで森自体に狙われてるようだわ」


 闇の中には虎視眈々とこちらの隙を伺ってる獣たちがひっしりと詰まってるのではないかと、そんな疑念に取り込まれてる。

 もちろん俺はそれがただの妄想だと知っている。


 この森は安全だ、モンスターは少ないし、積極的に襲って来ることもない、異常なほどに。

 昨日も動物やモンスターらしき生き物は居たが、どれも大人しく蹲っている。

 まるで何かをやり過ごしているように。

 嫌な予感がする。俺たちは、もしかして何か致命的な間違いを犯してしまったのではないか。


 そして次の瞬間、俺の予感が当たってしまった。


「後方、敵ッ!」


 最初に異常を気付いたのは俺だ。

 だがそれはこの敵の前では意味がなかった。


 急いで武器を構えてる俺たちの前に、「アレ」が顕れた。


 無数の鼠。

 もちろんただの鼠では生者探索ディテクトリーヴィングに引っ掛かることなく近づくなんてできるはずもない。

 アレは腐り落ち、焼け焦げ、抉られ、骨が突き出し、内臓晒してなお進軍することしか知らないアンデッドの大群だ。


 そして何より、半透明である。

 実体のないアンデッド鼠はその数にも拘らず、草木をすり抜けて音もなく這い寄って来た。

 その姿はまるで津波のように、あらゆるものを飲み込んで只ひたすらに生き物を蹂躙する黒い波。


「逃げて!」


 姉さんが瞬時決断を下した。

 同時に、俺はまだ呆けているモモの腕を掴んで、一も二もなく反対側――北へと走り出した。


 実体のないアンデッドには、普通の武器ではダメージを与えられない。

 魔術に強化(エンチャント)された武器でもダメージは半減する。

 特殊な強化(エンチャント)、《幽霊殺し》が掛かってる武器だけ十全に性能を発揮できる。


 さらに大群系の敵に俺の剣やモモの槍は通じない。

 一振りに、一突きに数匹の鼠を潰せるとしても、大軍の前では焼け石に水というにも甚だしい。

 ハンマーならあるいは……と思ってしまうけど、この数の前にどれくらい持つか。


 簡単に言うと、物理専門の俺たちにこの鼠の大軍に勝てる要素など一つもない。

 逃げるほかない。


「ちっ、回り込んでやがる……ッ!」

「フィー君、退いて!」


 一目散に逃げてる俺たちの前にも鼠たちが顕れた。

 いつの間に包囲されている!?

 その時、姉さんが飛び出した。


「はあああああああああ――ッ!!!」


 放出系戦技《破山砲》、エネルギーの塊が姉さんの掌底から噴出され、見えない刃と化して群れを切り裂く!

 その直後、まるで打ち合わせでもしたのように俺は《錬金術師の焔(アルケミストファイア)》を投げ込んだ。


 これは魔道具ではないが、錬金技術で作られた引火点が低く、粘着力も高い半液体の発火材料だ。

 一度つけたらなかなか取れない、しかも非常に延焼しやすい物騒なものだ。


「――――――――――ッ!!!」


 無音の悲鳴が伝わってくる、どうやら化け鼠どもにもちゃんと効いているようだ。

 姉さんが切り拓いた道に殺到した鼠が炎の中にのた打ち回っている。

 それに目もくれず俺たちは包囲を脱した。





「それにしても、ラカーンに来てから、よく包囲されるのような、気がするな」

「そうね、そろそろ拠点変えよう、かしら」


 俺たちは夜の森を走り続けた。

 あれから執拗に追いかけてきた鼠の軍勢に、生者探索ディテクトリーヴィングで発見した狼の群れをぶつけた。

 十匹くらい狼が俺たちに気づいて襲い掛かったが、姉さんの《破山砲》に吹っ飛ばされて地面に転んでる内に鼠どもに群がられた。

 あれは骨も残されないだろうな。


 哀れな狼たちのお蔭でなんとか幽霊鼠を撒くことができたようで、もうアレが見えなくなった。

 それでも安心できずに、俺たちはさらに一時間走りぬいた。

 やがて樹木が少なくなって、どうやらそろそろ森から出られるようだ。

 森を出ればまず一安心、あとはなんとか迂回してトメイト町まで戻れば、と思った矢先に、俺は信じられない光景に直面した。



 森から抜けたら、そこはすり鉢状の地形で、森の外側から緩やかな斜面が続いて、大きくて丸いの凹みを作ってる。

 俺たちはちょうどすり鉢の縁に立っている、ここから見下ろすと、凹みの中心に村らしき建物が見られる。


 西の空に月が雲の切れ間から出て、森を、俺たちを、村を、村から溢れだしてる怪物達を照らしている。


 髑髏で積み上げた小山が触手を伸ばして這い回る

 全身に人間の顔を浮かばせて闊歩する巨獣

 総毛立つほどの叫びを上げながら浮遊する白い霧

 口からウジ虫をまき散らす黒い砂の巨人


 異形達が特に目的もなく、ただ彷徨っている。

 最悪の悪夢の中にさえ出ることはないそのおぞましき姿は、まるで無秩序なパレードだ。


 この距離からでもこれだけの異形を確認できた。

 その足元でうじゃうじゃ動いてる影もまともじゃないだろう。

 村の中には一体どんだけのアンデッドがいるってんだ。


「なんなんの……あれ……」

「伏せてっ!」


 俺は反射的にモモを引き倒して、自分も地に伏せている。

 横を見れば姉さんはすでに四つんばいで地面に張り付いている。

 あいつらの索敵距離がどれくらいかは知らないが、死霊秘法(アル・アジフ)を持っている俺の生者探索ディテクトリーヴィングを上回れないはずだ、そう信じたい。

 この地形で草も高いし、身を伏せておけばまず見つからないはずだ。


「あれも……アンデッド……なの?」


 モモが唇を震わせて小さく囁いた。


「そうだろうな、見たことあるヤツ一匹もないが」


 アンデッドがモンスターと仲良くしてるなんて聞いたこともないし、あの髑髏の山はアンデッドに間違いないから他もそうなんだろう。


「あ、あれ……っ」

「ん?」


 モモの指さす方向を見ると、一人の巨人が建物の影から出てくる。

 身長5メートルくらいある巨人は、それでも仲間と比べりゃ小柄と言えなくもないが、その姿もまさしく異形だ。

 巨人の四肢、そして頭から背中にかけての表面に満遍なく長い棘が生えている。

 棘の上には人体らしきものが刺さってる。

 そして巨人はなおも足元から人影を掴まって、まるでそれを誇示するように、棘で串刺しにしている。


「あれが、ワタクシが見たアンデッドだっ」

「……死骸蒐集者(カダヴァーコレクター)

「し、知ってるの?」

「ああ、よく戦場に現れたって聞いたことがある。なぜここに……」


 つまりここが、アンデッドの拠点か。ふざけるな、これだけのアンデッドに襲われたらラカーンさえ滅ぶぞ。

 それに、あれじゃ死骸蒐集者(カダヴァーコレクター)に手出しできないし、ていうか出したくない。

 そしていくらモモが証言してくれても、証拠もなくこんな妄想じみな話を信じる人なんていないだろう。


 悩んでるうちに、あの白い霧が形を変えながらどんどん大きくなって……いや、近づいてきてる!?

 不定形で浮遊してるため距離が掴めづらく、いつの間に大分近づいてきた。

 逃げなきゃ、と思った途端、服の裾が小さく引っ張られた。目を向けると、姉さんが懸命に頭を横に振るう。

 あれはこっちに向かってるではなく、彷徨ってるだけっていうのか。

 だとしたら今逃げだしたら逆にまずい。俺は今にも走り出そうとする恐怖心を精一杯抑えて、なんとかその場に動かずにいた。

 しかし、


 KYEEEEEEEEEEEEEE―――ッ!!!



 距離が近い分、威力が数段跳ね上がった叫びが暴力なほどに全身の毛穴から入ってくる。

 これはただの音ではなく、蛇龍(リンノルム)の龍咆と同じように本能の奥に存在した最大な恐怖を呼び起こすものだ。

 姉さんに精神系の攻撃は通じないし、俺もそういうの何度食わせたから耐性がついてるけど、モモは目を見開き、青ざめた顔をしながら絶望の表情を浮かべていた。


 KYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE―――ッ!!!!!


 二発目、モモは頭を上げて口を大きく開いて、今にも喚きだそうとしている。

 俺は咄嗟に両手でその口を塞いで、全身を使って暴れているモモを組み伏せた。


「大丈夫、大丈夫だ、俺たちがいる……」

「――ッ、――ッ」


 まるで洗脳するようにそう耳元で小さく繰り返した。

 絶頂を通り過ごす絶望に、モモは只ひたすら震えて、爪が地面に食い込んでる。


 KYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEAAAAAAAA―――ッ!!!!!!!!


 一瞬びくっとして、モモは気を失った、そして太ももあたりからじわーと暖かくなってくる。

 深く考えるの止そう、彼女の名誉のためにも。


 しばらくして、白い霧がゆっくりと村へと戻った。

 ようやく叫びから解放された俺たちはモモを抱えて、森の中に戻ろうとする、その時、

 東の空から微かに明るみ始める。おぼろな薄白い明るみが瞬く間に草原に広がり、村を照らし出してる。


「バカな……」


 異形のパレードが日光を浴びたらすぅっと、まるで朝霧のように消えていく。

 ヴァンパイアのように灰になるのではなく、ただ霧散していく。

 そして残ったのは、ただの人間だ。


「アンデッドが、人間になった、だと……」


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