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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第一章 これからの姉弟
11/229

11 モモ・クマモト

 お嬢様はすぐにでもお手合わせしたいとのことなので、俺達はすぐアルテールさんに練習場まで案内された。ついでに練習用のバスターソードも用意してもらった。

 ほどなくして、二メートル半の木槍とバックラーを装着してるお嬢様が現れた。


「へぇ」


 短槍術を修めてるのか、女性としては珍しい武器だが、実戦向きの武器と言えよう。

 小柄のお嬢様にレイピアなどを持たせても護身以上の意味はない。

 これくらいの長さなら前衛の後ろから敵に有効打を与えることも可能だろう。

 護身だけではなく小規模の団体戦、つまり探索者向きの選択というわけだ。


「では、お手合わせお願いするわ」

「フィー君、これも仕事だから、全力でやりなさい」

「はあ、わかったよ……」


 初対面のお金持ちお嬢様に全力って、無茶言うぜ姉さん。

 しかしこの依頼はなんとしても成功したいから、お嬢様にはここで折れて貰わないと困る。


「じゃそちらからお願いします、お嬢様」

「お胸を借りるつもりで行くわ。それと刃を合わせる時に身分は関係ないわ、モモと呼んで頂戴」

「わかった、モモ、来い」

「っ! ……では、せい!」


 掛け声と共に思いっきり踏み込み、短槍を突き出す。

 槍術はよくわからないし、そもそも武術において評価下すほど練達でもないが、全身のバネを生かして接近から突きに変わる一連の動きにはある種の美しさを感じる。

 それと、良く揺れてる。姉さんが見てる手前無視するしかないけど。


 軽くいなすと、すぐに二突き目が来る。攻撃の間を繋ぐ足捌きにも迷いはない。

 俺は大きく槍を切り払って、一気に踏み込んで両手で横薙ぎ。

 脅すつもりで殺気を放っての攻撃だが、もちろん傷つけるつもりはない。

 バスターソードはガッとバックラーにぶつかって、お嬢様――モモを大きくノックバックさせる、


 と思いきや、すぐ右足で踏ん張ってそれを軸足にして一回転、薙ぎ返してくれる!


「はあああ!」

「――遅い!」


 回転の動きが大きいのが災いして、槍を振りぬいた頃に俺はすでにお嬢様の背後を取っていた。

 肩を目掛けて、一閃。

 だがモモは槍を中ほどを持ち替えて斬撃を流す、逆に槍を回してこっちの足に柄を引っ掛けてくる。

 後ろへ飛び下がって距離を取った俺に、モモが再び槍を構えた。


「本当に優秀なんですね、お嬢様」

「護衛の中には槍術の達人も居ますので、お嬢様は小さい頃から手ほどきを受けております」

「なるほど、実に立派です。ガンダ様もさぞご自慢でしょう」

「旦那様は反対をなさったのですが、今はお嬢様の好きなようになさるが良いと」

「仲がいいですねえ」


 姉さんとアルテールさんの会話をよそに、さらに数合の攻防を交わしている。

 最初の攻撃以来、俺は防御に徹している。

 手ぬるい攻撃ではモモの槍を突破できない、かと言って本気でやればいいというものでもない。


 そもそも、向こうは俺から一本取ればいいのだけど、こちらの勝利条件は定められていない。

 つまり向こうは一本入れるまで何度も挑戦できるってことだ。

 なんとかして諦めさせたいが、まさかお嬢様を叩きのめすわけにもいかないし。

 だから俺は防御に徹し、モモのスタミナが切れるその時を待つ。


「せいあ!」


 すでに数十回も見た踏み込み、初撃とほとんど変わらない鋭さを維持しているから見上げた精力だ。

 点となる攻撃は高速で急所へと走る。

 だが普段から姉さんの相手をしてきた俺にとって、これくらいは難なく捌ける。

 それに初撃と「ほとんど」変わらない時点で、最初の勢いが衰え始める証拠、あとはただ落ちる一方だろう。

 さて、俺もそろそろその揺れるのを無視するのが辛くなってきたし、どう出る?


「せい!」


 数十プラス一回目の突き――いや、下段からの跳ね上げか!?

 土砂と共に撥ね上げようとする槍の先は変則な軌跡を辿って襲ってくる。

 目潰しからの攻撃は対人では極めて有効、そしてこのタイミングで奇策を講じるモモも非常に合理的と言えよう。


 だがその分、予測しやすい。

 そして奇策は見破られると恐ろしく脆いのだ。


「甘い!」

「なっ!」


 モモの力の入り方から下段と読んでた俺は、先んじて槍の先を踏み付けた。

 だが、俺が攻撃に転じる前に、モモはすでに槍を手放しさらに肉薄して体当たり――と見せかけての掌底か!

 どうやらモモお嬢様は体術も修めておられるのようだ。まったくクマモト家のレディ教養はどうなってやがる!


 しかし姉さんのお蔭で体術の対応なんてお手の物だ。

 モモの手首を取って、内側に引くと同時に足払い。姉さんがヴァイトの仲間のナイフ男を沈めた技だ。

 モモはバランスが崩された、のようだが実はこちらの力を利用して前宙転――からの回し蹴り!


「とりゃああああああ――ッ!!!」

「戦技!?」


 かなり無理な体勢で力もまともに出せないはずだが、僅かな勢いを魔力で何倍も増幅させるのが戦技だ。

 脚線美を惜しみなく晒せて側頭部へと奔る強烈な蹴り。

 なるほど、こっちが奇策か。


 だがまだまだ戦技の発動が甘い。そもそも掛け声でタイミングバレバレたし。

 姉さんなら一瞬で身体の何ヵ所から同時に発動して、最高の回転力を乗せた蹴りを放つ。

 さすがにあれと比べるのは酷か。


 モモの蹴りが最大速度に乗る前に、俺はさらに間合いを詰めた。

 回し蹴りは足先以外ではロクにダメージ出せないので、ゼロ距離だと防ぐまでもない。

 その代わりに俺の指先はすでにモモの首筋に掛かってる。

 姉さんほどじゃないが、ここから彼女の意識を刈り取るなど造作もない――


「いたっ」

「りゃあああ――あれ?」


 トンっと、どこから飛んできた小石らしきものが後頭部を叩いた。割と痛い。

 その一瞬で見せた隙に、彼女の向こうずねが俺の横顔に当たってしまった。


「やた――はわわ!」

「おっとと」


 蹴りが当たった直後、モモは逆さまの姿勢で転びかけた。

 さすがにそれはまずいのですぐ抱きかかえて、地面に下ろした。

 何とは言わないが柔らかかった。


 さて、今の蹴りは一本になれるかどうか判定に迷うところだが、


「あらあら、お見事な一撃ですねえ」

「おおぉ……お嬢様ぁぁなんと素晴らしい……」


 姉さんがそういうなら仕方ないか。

 ていうかさっきのは姉さんの指弾に間違いないだろう、どういう訳か知らないが。

 見ればアルテールさんは普通にお嬢様を褒め称えてる、姉さんの動きに気付いてない様子だ。

 モモもどこか納得しきれないようだが、特に何も言ってこない。

 目に留まらないスピード、しかもかなり小さい物だからな。


「お見事です、お嬢様」

「え、ええ……ありがとうございます」


 モモは俺の手を取って立ち上がって、乗馬服についた土を落とす。


「今のはまぐれにすぎませんわ、やはりワタクシなど本当の探索者には遠く及びませんね」

「いいえ、運も実力のうちにというし、さっきの一撃まで繋いだのは間違いなくモモ……お嬢様の実力だろう」


 勝ったのにどこか消沈してるようなモモ。

 だがモモの実力は本物だと思ってる、これは一時間弱も闘った俺が一番分かる、だから俺は言葉を継いだ。


「基礎となる突きは洗練されてますし、横振りと近接との使い分けも上手かった、これはかなりの鍛錬を積めてないと無理なんです」

「――――っ」

「そして体術も修められるのですね、実戦では選択肢を増やせるのは悪いことではないはずだ。その上切り札となる戦技も持っているのは大きい、槍に戦技を乗せるか、もしくはもっと戦技の発動を鍛えてれば俺も危なかったのかもしれない」

「え、はうぅ」

「あ――いや実際当たったのか、アハハハ」


 いかん、いつの間に敬語が崩れているな。それに負けてるのに上から目線で一気に喋りすぎてるし。

 モモも困惑してるようで、心なしか表情も硬くなってるのような気がする。

 まあ、全部本音だから別に引かれるのも気にしないけどね。


「そ、そうなの、貴方……フィーさんがそういうなら、きっとそうなのでしょう」

「あ―俺、いや私はフィレンです、はい」

「ではフィレンさん、これからもよろしくお願いするわ」


「それより、」

「姉さん?」


 姉さんが横から俺の服についてる汚れを払い落としながら話に割り込んだ。


「お嬢様の実力は確かなので、私たちとしてもご助力を頂ければ心強いけど、出発は何時になりましょうか?」

「では、参加を認めてくれるのですね!」

「ええ勿論」

「すぐ準備してくるわ、二時間、いや一時間だけ待ってくださいね」

「いいえ、こちらも準備がありますし、二時間後に町の南門で集合するのはどうでしょう?」

「ええ、必ず行くわ!」


 そう言い残して、脱兎のように屋敷へ走り出し……はしないが、ギリギリ走らないように速度を出してるのはさすが淑女ってところか。

 その後ろ姿を見ていると、アルテールさんが話しかけてきた。


「お二方、お嬢様の事をどうかよろしくお願いしますね」

「本当に宜しかったのですか、アルテールさん」

「はい、お嬢様はこの件について大変悩んでおられるようで、これで一つの決着を付ければお嬢様の糧となるでしょう。それにここ一帯はそもそもモンスターもあまり出ませんし、お二方の腕なら問題ないかと」


 なるほど、アルテールさんもはなっからアンデッドの話は見間違いだと思ってるんだろうな。

 生まれの村の寓話を思い出される、アンデッドが来ると何度も嘘ついた村人が信用を失う話だ。

 その寓話のまんまじゃないが、なんだかモモが可哀想に思ってきた。


「なるほど、たしかにここに来るまでも森の中にもモンスターの影は見当たらなかったですね」

「そのおかげで伐採村として発展してきたのがこの町の始まりなのです」

「住みやすいところなんですね。そういえばガンダ様もこの町の出身なんですか?」

「はい、ガンダ様はこの町をこよなく愛しておられます」

「それで多忙ながらも町長を兼任なさるのですね」


 それか、何か町の利権を掌握したいからだろう。


「今は町政については私に一任しておりますが、それでも町人と親しんで、皆に慕われております」

「本当にすごいお方ですね。たしか元々は行商なんですよね?」

「その通り、ガンダ様は行商から一代でこの地位お築き上げておられるお方で……」


 姉さんはそつがなく会話を進みながら情報を拾い上げてくる。

 話し相手が欲しかったのか、ガンダ氏の話を一杯できて満悦のアルテールさんを残して、俺たちはクマモト家を出た。





「で? さっきのは何故?」


 特に準備することもなく、早々に町の外で待機してる俺が姉さんに聞いた。

 でも姉さんはそんなことどうでもいいと無視して、


「そんなことより、フィー君、さっきはやりすぎじゃないの?」

「え、何のこと?」

「たしかに町の有力者とコネを作るのは大事だけど、あそこまでベタ褒めしなくてもいいじゃない」

「そっち? ていうかベタ褒めじゃなくて全部本音だよ」

「だからだよ。あの娘は探索者に憧れているんだもの、探索者として実力も確かでかっこいいフィー君にあそこまで真摯に肯定されたらコロっと落ちちゃうわよ」

「いやそんな簡単に惚れられるわけないじゃん、弟に自信持ちすぎ」

「ふん、お姉ちゃんはフィー君をそんな天然ジゴロに育った覚えはないわ」

「人聞きの悪いこと言わないでくれよ」

「ふん」

「え、マジでなんで怒ってるの?」

「怒ってない、ふん」


 いかにも拗ねてるアピールでそっぽ向いた姉さん。

 だがそれは疲れとストレスの現れだと俺は知っている。レンツィアは昔から疲れた時に一人称が「お姉ちゃん」になる癖がある。

 きっと立て続けに起こる事態に気疲れしてるだろう。

 バカだな俺、今の状況で一番辛いのは姉さんに決まってるのに、それを気付いてやれなくてどうする。


「判ったよ姉さん、俺が悪か――」

「駄目よ。フィー君は何も悪くないのに謝っちゃ駄目」


 姉さんは俺の言葉を遮った。そして寄り掛かるように俺の方に体重を預けた。


「ごめんね? 今のはお姉ちゃんのワガママだから、フィー君は何も悪くないのよ」

「そんなことないよ、俺はもっと姉さんのことに気付いてやるべきだ」

「ううん、やっぱり今のはワガママしすぎちゃったわ、フィー君はあんなに頑張ってたのに」


 小さくなってる姉さんを、俺は優しく髪を撫でてあげた。


「別にいいさ、これくらいのワガママならどんどん言ってくれよ」

「ふふふ、本当に? 私、どんどんワガママになるのよ」

「おう、どんとこいってんだ」

「ふふ、じゃ手を繋いでいい?」

「安い御用さ」


 俺たちは手を繋いで、近くの木の根元に座って寛いた。

 姉さんは俺の肩に頭を預けてどこか遠い所でも見てるようだ。


「それにしても、一回手合わせしただけでそんなに入れ込むなんて、本当に男の子なんだから」

「いや別にそういうわけじゃ」

「ふーん、じゃなに? もしかして別なところに見とれるのかな?」

「ソンナコトナイデスヨ」


 最初から最後までずっと視界に入ってますがちゃんと無視を貫いたよ。


「あー誤魔化した、えい、えい」

「ちょ、やめ、姉さん」


 俺に寄りかかってまま何度も小突くしてくる姉さん。

 心地良い揺れを感じながら、別の話題を切り出してみた。


「じゃさっきのはやっぱり、コネを作るため?」

「それもあるけどね」

「というと?」

「依頼人の娘がいれば、たとえ証拠を連れ戻せないとしても何かと有利じゃない?」

「あーそれはそうかも」


 一般的に、捜索系の依頼は捜索経過を報告すれば、結局アンデッド見つからなくても完了できる。

 でも今回俺たちはギルドとの約束により、必ずアンデッドを見つけ出して、さらに証拠も提示しなければならない。

 普通のゾンビやスケルトンなら、身体の一部を連れ戻して魔術で痕跡を調べればいい。

 だがゴースト、ファントムという実態がないアンデッドならそれも難しい。

 だからいざという時の証人として、依頼人の娘を同行させるのか。


「でも危なくないか? 死霊魔術使えないぞ?」

「ここに普通のモンスターは少ないし、アンデッド相手なら死霊魔術も役に立たないでしょう?」

「まあ、そうなんだけど」


 今のところ、アンデッド相手に役に立ちそうなのは死の化粧(ヴェール)だけ、それも隠れて使えばバレないだろう。


「じゃそもそも手合わせする必要ないんじゃない?」

「さすがにある程度の実力がないとね、あれなら問題ないでしょう」

「へー姉さんいろいろ考えてるのね、コネなんて全然考えなかったよ」

「あのね、フィー君?」


 急に真剣となる姉さんの声。


「そもそもね、探索者として有力者とのコネを作るチャンスがあるのに考えもしないフィー君がおかしいのよ」

「でも、今はやるべきことがあるんだし」

「違うのよフィー君。」


 姉さんは首を横に振る。


「やるべき事があっても、探索者であること、普段の生活を捨てる必要なんてないのよ」

「どういうこと?」

「私たちがやろうとしてることは、とてつもなく長い道のりになると思うわ、がむしゃらに突き進んでたら、いつか力尽きて動けなくなるの。だから日常を捨てちゃダメ、ううん、日常の延長線としてすればいいのよ」

「……それは、気負いし過ぎちゃまずいってことか?」

「そうだね、気負いしすぎると視野も狭くなるし、たとえ元の身体に戻ってもマトモの生活に戻れなくなる。そうしたらきっと誰も幸せになれないわ」

「だから、探索者としての思考もちゃんと持つべきなのか」

「ええ、私は今でもフィー君と一緒にいるから幸せだよ、だからマイペースに行こう?」

「ははは、姉さんはいつもマイペースじゃないか」

「ふふふ、ならフィー君も見習いなさい」

「はいはい」


 俺たちは暫く笑い合った、なんだか心が軽くなったような気がする。

 疲れてたのは姉さんだけじゃなく、俺もなんだろうな。


 でもね、姉さん。

 それはマイペースで、日常の延長線として、無実な人を殺していくということなのかな。


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