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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第六章 残影の都市
106/229

105 刀と刀(上)

※三人称視点です。

 



 二人と一体が、階段を駆け上がる。

 黒白の巨獣――ビャクヤの背中に乗っているルナは、片手で鬣を掴んで、もう一方の手には一振りの刀。

 ルナの側には半透明の人影、濡れ烏のような黒髪を背中に垂れ流し、スーチンはルナに寄り添う。



 ビャクヤと一緒に一階を突破してから、抵抗は少なかった。

 それも当然だ、二階からはいわば研究棟であり、大量な兵士を配属させるわけにはいかない。そもそもそのスペースがない。

 散発的に抵抗はビャクヤに蹴散らせ、飛来する矢はルナに切り払らわれた。

 ヴァンパイアの動体視力とフィレンの武術を身につけて、さらに数が月レンツィアとスーチンにみっちりと仕込まれたルナにとって、それくらい造作もない。


 目指しているのは、八階への階段、その途中にあるはずの楔。

 それを壊せば、ソクラテは過去のスーチンを連れ出せる。


 しかし、六階を越え、次の階段へ通じる廊下を駆け抜ける途中、一人の男が現れた。

 黒髪の男は上半身を肌蹴て、下はゆったりとした袴を履いており、そして腰には、一振りの刀。

 男は悠然と通路の向こうに立て、猛スピードで突進してくる巨獣を眺めていた。



 廊下の幅はビャクヤがギリギリと走れるくらい、決して広くはない。

 暴れる馬車など比べようもない質量と速度で奔るビャクヤも、止まるわけが無い。

 このままでは、衝突は避けられない。


 男まで十メートル、五メートル。

 スーチンだけ、ルナの目を通して捕捉できた、男の右手が柄に添えたのを――


『飛び降りて!』

「ッ!」


 ほとんど反射動作で、ビャクヤから飛び降りたルナ。

 その直後、一閃。

 男の抜き打ちはトカゲの首ごと右前足を斬り飛ばし、二の太刀は左前足を斬り落した。

 心拍一つ分の間に二太刀を放ち、男はビャクヤを飛び越え、前足を失ったビャクヤは疾走の勢いで転んで、廊下の壁と激突した。


『GRRRRR……』


 ビャクヤは低い唸り声を上げてなんとか立ち上がろうとしたが、残り二本の足で踏ん張れるわけもなく、崩れ落ちた。


「曲者にしては良い反応だ」


 廊下の中間で着地したルナは、男を見る。

 泰然自若にして、しかし確かなる意志で立ち塞がる男は、黒い刀を振り翳す。

 柄から切っ先まで黒一色、濡れた様に光を照り返し艶然とした黒い刀。しかし刃文だけが赤く、滴る血雫のように刀身に飾っていた。


 フィレンでなくとも、その刀から発した不吉な波動を見て取れる。

 間違いなく妖刀の類、それもとびきりの。


『ソーウン師範代……』


 スーチンの姿に、男は僅か眉を顰めた。


公主(こうしゅ)殿下? いや、殿下なら今頃奥宮にいるはず、幽霊になるはずもない。……何者だっ!」

公主(こうしゅ):皇帝の娘のこと)


 男――ソーウンは《倚天流》の師範代の一人であり、スーチンに刀術を一から叩き込んだ師となる人物だ。そして、次期宗主になりうる者でもある。

 その手に収める黒い刀こそ、彼の腕が認められた証。


 今から三百年前、始国には一人の暗君が居た。

 凡庸を取り越して愚昧とさえ言える彼は、一人の妾にかまけて、やがて首都さえ敵に攻め落とされた。

 始京陥落の日、愛姫を連れて逃走を図ろうとする皇帝は、自分の近衛に包囲された。

「これまで通り守られたいのなら、君主を惑わした妖女を殺せ」と、脅しに近い要求を突きつけられた皇帝。

 愚昧だが命惜しいさだけが一人前、いや二、三人前の皇帝は、躊躇いもなく愛した女をその手にかけた。

 最初から最後まで(まつりごと)に関わる機会も資格も与えられず、ただ責任だけ取らせた妾は、その怨念によって皇帝の佩刀に取り憑き、妖刀になった。

 妖刀に狂わせた皇帝は、近衛をその場で鏖殺、自分の命を絶った。


 こうして始国の皇帝さえ糧にして強力なツクモガミとなった大妖刀――滅紅塵(めつこうじん)は始国皇帝の戒めとして、二度とそのような過ちを犯さないように、皇家が保有している。

 国が認める正統なる流派、《倚天流》の次なる宗主に足り得る者だけ、《滅紅塵》を下賜される。


『師範代、私はその先へ行かねばなりません』

「おじさん、スーちゃんを助けるため、退いてください」

「この期に及んでまだ殿下を偽る気か化生(けしょう)の者、甚だ不愉快だ!そこの天師(てんしー)、小細工を弄せず、ここを通りたくばこのソーウンを切り伏せてみろ!」


 癇に触れたか、ソーウンの殺気が一層燃え上がった。


『ルナ……』

「スーちゃん、この人すごく強いよね?」

『私の刀の先生です……』


 得物は向こうが上。

 腕は雲泥の開き。

 ビャクヤは戦闘不能。

 こちらから攻めなければならない。

 それでも、ルナは言い切る。


「大丈夫、あたしとスーちゃんが一緒なら!」

『うん、戦いましょう、一緒に。師範代……押し通させて頂きますッ』


 スーチンが言い終わった瞬間、ルナが地を蹴った。


 初太刀は――首を狙う!


「ぬっ!」


 ()伝いに、()()を駆け抜け、頭上から切りつける一刀。

 完璧に死角を突いた一撃だが、いとも簡単に弾かれた。

 怒りに燃えたソーウンだが、いざ戦いになると、その思考自体が一本の刀のように冴え切れる。

 しかしスーチンは気にせず、天井を蹴り、落下の勢いを加えて、脳天から唐竹割に斬り下げる!


「やああああ!」

「ふん!」


 火花を散らかし、ルナの刀は黒い妖刀に喰い止められた。

 ヴァンパイアの力は純粋に人間を遥かに上回っている。ソーウンの腕を持ってしても防ぐのがやっとで、普通の人、若しくは妖刀じゃなければこの一刀に斬り捨てられたのだろう。


 しかし鍔迫り合いとなると、そこには確たる経験の差が横たわっていた。

 ソーウンは上手くルナの力を逸らし、その一瞬の隙について柄を滑り込ませ、柄尻で喉に一撃加える!


「がっ」


 そのまま至近距離から肘打ちで鳩尾に強打、喉に貫手を撃ち込む!

 《倚天流》の近接技、《狼咬(らんこう)》。

 普通なら気絶するほどの連撃だが、ルナは一瞬の動揺もなく、すぐ飛びずさった。


(あやかし)(たぐい)か……」


 ソーウンの目付きに険しさが増した。




 この状況は必ずしもにルナの不利ではない。

 身長を考えて、ルナが師範代の首を狙うのは困難なはず。だがロントがソクラテの研究室でやってみせたように、ヴァンパイアは蜘蛛のように壁を歩くことができる。

 それはつまり、相手に不慣れの戦いを強いられるということだ。


 それと、ソーウンが守勢に徹するということは、


「汝、その両手を震わせることなかれ、その両足もまた留まることないと知れ、加速(アクセラレータ)

「汝、湧き上がる力が羆のようにと知れ、羆の蛮力(ベア・ストレングス)

「汝、瞬時とも機を逃すことなかれ、機敏(セレリティ)


 次々と呪文を唱え、敏捷、筋力、反応速度をさらに引き上げた。

 魔術戦士の十八番であるこの様々な強化魔術の効果は決して馬鹿にならないが、強力な魔術ほど持続時間が短く、肉体と反応速度両方を強化できる加速(アクセラレータ)などものの数分しか持たないから、予め唱えるのは無理だ。

 そのため、魔術戦士は普通、戦いながら呪文を唱えねばならないが、今はその必要はない。


天師(てんしー)道だけじゃなく、方術も使える(あやかし)だと?」

「汝、焚焼を受ける苦痛を知れ、火の球(ファイアボール)!」

「小賢し!」


 飛来する火の玉を断ち切り、この隙についてくるであろうルナを見つめ――消えた。


「上かっ」


 またしても天井を駆けるルナは、先ほどよりさらに速い《突進》で師範代を抜けようとしている。


 ルナたちの目的はソーウンを倒すことではなく、廊下を通ることだ。

 つまりルナが天井伝いに師範代を抜けようとしたら、彼は頭上のルナに対して攻撃をせざるを得ないということだ。

 頭上の利は、小柄のルナにこそある。


『今、《子虚(しきょ)》』

「やあああああ!」


 《突進》で距離を詰め、あえてソーウンの攻撃を誘い、バックステップで避けて、即座に再び《突進》。攻撃直後の隙を狙う技、《倚天流》の《子虚(しきょ)》。

 倏忽にして残像を残すほどの動き、からの袈裟斬り!

 ソーウンの刀は空振り、入れ替わりにルナの斬撃が届く――


 の前に、空を斬った切っ先が翻し、最短の軌道を辿ってルナの小手に斬りつけた!

 血潮が咲き、妖刀は《霊装鎧》を貫通し、ルナの手首を切り裂いた。

 骨まで届いた傷のはずだが、しかしルナは構わず刀を振り下ろした。

 ソーウンほどの相手に、ただのフェイントで出し抜けるわけがないのを承知している、故に最初から骨を切らせる覚悟で挑んでいた。


 魔術に強化され、空気を震わす一撃を、ソーウンは刀を戻す余裕などなく、ギリギリと回避した。

 すると、ルナは直ちに刀を横に切り返す!

 高速に振り下ろした刀を、直角を描くように強引に捻じ曲げる。勢いも体重も乗っていない、本来なら避けるまでもない一撃だが、ルナの手から放たれたそれは速さ、重さともに申し分なく、人間を両断するには十分すぎる。


「ッ!」


 しかし、ソーウンはまるでそれを予測していたように、柄尻でルナの刀身を突き上げ、その太刀筋を逸らし、そのまま切り上げ、ルナの太ももに斬りつけた。

 《倚天流》は近接戦闘において柄での戦い方を重要視している、勿論スーチンもそれなりに知っているが、ルナは未だ習熟していない。



 斬られた肩を庇い、再び後退したルナ。その手首はすでに元通りになっていた。

 人間なら二度と剣を握ることができないほどの重創を、数秒も掛からず完治。ヴァンパイアの力はこれほどまでに人間を遥かに凌駕している。

 だがそれだけでは、勝敗は決まらない。


「どうやら少し刀術を齧ってるようだな。だが、(あやかし)を倒すために研鑽を重ねた我が剣が、(あやかし)に負ける道理はない」


 追撃をせず、ただ廊下の向こうに毅然と立ち塞がる剣士。

 いかなる人外の力もものともしない人間の技術がそこにあった。






「やああああ!」


 それでも、ルナは突進を繰り返した。

 上下左右、廊下という制限された空間とヴァンパイアの身体能力を用いて、立体的な軌道を描いて相手を惑わす。


「無駄な真似を」


 死角などない、と言わんばかりに、あらゆる角度からの攻撃を痛烈なカウンターを持って切り返した。

 《霊装鎧》はすり減り、魔道の衣(アークメイジローブ)も斬り裂かれ、骨を切られたのも一度や二度ではない。

 だが、どれも致命傷には至れなかった。


「汝、幻影に惑え、鏡影(ミラージュ)!」


 ルナは幻影系魔術で三つの分身を作り出して、同時に襲い掛かる。


「無駄だ!」


 偽りの影に目もくれず、ルナの太刀筋に合わせて、まったく同じの軌道でその力を相殺しながら、僅かにルナの斬撃をずらした。

 結果、ルナの刀は空を切り、ソーウンの斬撃はルナの脳天――に直撃の寸前、ルナは全身を捻り、肩を切らせながらも回避した。


「我が命じよ、有象無象を貫ける刃となれ、影刃術(ゴーストストライク)!」


 肩の怪我に気にも留めず、ルナの斬撃はソーウンの刀をすり抜けて首筋に奔る!

 影刃術(ゴーストストライク)とは、武器を一瞬だけ霊体化させ、鎧とモンスターの外皮をすり抜けるようにできる変化系魔術。 

 ソーウンは見たことのない魔術に目を見張るが、即座に上半身を反らし、ルナの手首を蹴り上げた。そしてがら空きになったルナの胸元に刺突を放つ!

 咄嗟に後ずさるルナだが、斬られた肩がもう一度刺さられ、ぽたぽたと血を垂れ流している。


 これも、致命傷ではない。





 ルナがここまで粘ってこれたのは、ひとえにレンツィアとの特訓のお蔭。

 たとえ稽古でも、屍霊(ナズグル)化したレンツィアの一撃は洒落にならない。そしてルナはソラリスがフィレン達に託した大事な妹であり、パーティの唯一の魔術師でもある。さらに言うと、スーチンが学んだ刀術は貴人の嗜み故に、護身を重視している側面がある、咄嗟の事態に対応できる《居合》を重点的に仕込まれたのもそのため。


 だからルナの刀術は、如何に致命傷を避けることに卓越している。

 たとえ手足が切られようと、今が夜であることを幸いにして、無限とも言えるヴァンパイアの再生力を持って猛攻を続ける。


 ソーウンほどの使い手なら、ルナに深手を与えることなど容易いのでは? と思うかもしれないが、再生力を盾にして常に「()を切らせて()を断つ」覚悟で挑んでくる相手に深手を与えることは、即ち自分を大きなリスクに晒すことでもある。

 腕を切られたら刀を上手く扱えなくなる、足を切られたら刀に力を乗せなくなる。ヴァンパイと違って、人間は脆弱である。

 何より、皇家の守り手として、敵の全貌を掴めぬうちに、相打ちすることは許されない。


 一見どっちにでも決め手を欠ける攻防だが、その天秤は傾き続けている。

 どれほど技術を極めても、人の身では越えられない限界がある。休まない猛攻に対し、ソーウンもまた、休まない迎撃を強いられている。


「はあああああああ――!」

「ふぬッ!」


 また数合の攻防が過ぎていく。

 眼窩へ走る刺突をギリギリと躱し、頬に長い傷口を作らせたルナ。


 ルナとて、この攻防は決して余裕のあるものじゃない。

 元々ただの魔術師であるルナは《倚天流》を修めてから三桁ものモンスターを屠ってきたが、いずれもレンツィアかフィレンに見守られた修行にすぎない。

 綱渡りのような命のやり取り、遥かに格上を相手に致命傷を避け続けなければいけないという戦いは腕と勇気を問う、そして何よりも神経をすり減らす。その精神の均衡が崩れた瞬間こそ、ルナが切り殺される時。

 

 しかし、ソーウンにはもう一つのタイムリミットがある。

 後ろに横たわっているビャクヤも少しずつだが再生している、そう遠くないうちに加勢できるのだろう。そうなると、今の状況が崩される。少なくともどっちが一方が通路を抜ける。

 ルナの返り血に白い袴が赤く染められたソーウンは未だに無傷、しかしその実は、じりじりと追い詰められている。


 それを理解できない男ではない、ならば――



「ふん!」


 親指斬られても、斬撃を掻い潜って肉薄するルナに中段膝蹴りを食らわせ、その腕に自分の柄を絡ませ、思いっきり投げ飛ばした。

 空中で身を捻り受け身を取りながら、ルナはソーウンの意図を測りかねていた。

 ヴァンパイアに投げ技など、針の山にでも叩きつけないと意味がない。

 だが着地して振り返ったら、ルナは今の投げの意味が分かった、そして更なる困惑に陥いた。


 ソーウンは、刀を納めた。






大雑把ですが一応時系列図を作りました。ご参考になるかと。

挿絵(By みてみん)


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