99 残影の都市
ヴァルナさんに案内されて、俺たちは坑道を進んだ。
鉱山の坑道と聞いて暗くて狭いのイメージしかないが、ドワーフの坑道は人間の俺たちも普通に歩けるくらい広いであった。
鉱石を運び出すためのレールを沿って、俺たちは盤根錯節のように入り組んだ坑道を奥へ奥へと降りる。
「ところでヴァルナさん、ドルディン教会の神殿では二人の大司教がいるのが普通なのですか?」
ミーロ教会では、幾つかの神殿がある教区を管理、監督するのが司教で、さらに幾つかの教区を管理するのが大司教だ。だから一つの神殿に二人の大司教が居るのはまずありえない。
「あの神殿は一般人にも開放している神殿と違って、聖職者達が修行するための場所です。この国の全ての神殿を管理するところでもあります。大司教様は言わば、この国でのドルディン教会の最高指導者といえるのでしょう」
「ではなんで最高指導者が二人なんですか?」
「ガーネット大司教は、全ての聖職者の選挙によって選ばれました。そしてゴルディア大司教は司教評議会によって推挙されました。こうやって二人の大司教が並び立つのが、我々の慣習です」
「しかし二人だと、意見が分かれることとかないのですか?」
「よくあります。しかし先ほどのように、話し合いで決めればいいのです」
話し合いとは言っても、さっきのゴルディア大司教は明らかに納得していない様子だったけどな。
それにやけに乗り気だったガーネット司教からも、なんとなく違和感を覚えた。
「なるほど、教えてくれてありがとうございます」
「いいえ、力になれば幸いです」
そろそろ坑道が息苦しいと感じ始めた頃、俺たちはついに問題の起きた場所に辿り着いた。
坑道を抜けたら、そこは球状に広がる空間、それも気が遠くなるような巨大な空洞だ。
どんなに目を凝らしても向こう側が見えない。坑道の中、いや山の腹にいることを忘れさせるほど、遠近感を狂わせる巨大さ。
そうでもなければ、この「都市」を入れることなんてできないのだろう。
「都市」は空洞の中に偏在している。
岩壁から建物が林立して、それも重力を無視しているような、上下左右構わず、球体の裏側は『都市』にびっしりと占拠されてた。
頭上で逆さまに立っていた民家が崩れることなく、まるで根を張ったように岩壁に張り付いてる様を、俺たちは不思議そうに眺めている。
「なんという光景……」
「どうやらこの『都市』の範囲だけ、天井を歩いても落ちないようになっています、どういう原理かは分かりませんが」
「まさに人智を超えてますね」
言葉通り天地をひっくり返すような、奇想天外な光景にアイナさんも驚嘆を漏らした。
「この空洞はもともとあったのですか?」
「いいえ、元はただの坑道でした。『都市』と共に現れたのです」
「そうか……これは……」
「あの、中に何かが動いてるの」
ルナは都市の一点を指差し、なにか見えたようだ。
真っ暗で微かに建物の輪郭しか見えないけど、ヴァンパイアの視覚は暗闇の中でも通用するらしい。
「恐らく、この都市の住人かと」
「ゴーストが住人、か」
「人が近づくと問答無用で襲い掛かる故、私が案内できるのはここまでです。皆さんに赤き炉火と鉄槌の加護があらんことを」
「分かりました、ここまでありがとうございます、ヴァルナさん」
ヴァルナさんに別れを告げ、俺たちは球状空洞に足を踏み入れて、「都市」に入った。
「本当に、住人ですね……」
俺たちは周りを見渡す。
姉さんが思わず呟いた言葉は、まさに俺たちの心境だ。
都市の中には民家に売店、行き交う人々、親と手を繋いだ子供、客を引き寄せる売り子。
至って普通の街並みだ。
全員半透明の身体をしている、という点を除いて。
死の化粧が掛かってる俺たちに関心を持たず、ゴースト達はまるで生前のように動いている。
ゴーストであることを除いたら、彼らは間違いなくこの都市の住人と言えるのだろう。
「死んでるのを、知らないの……?」
「あまりにも突然の死を迎えるとそういうこともあると、聞いておりますけど……」
実際スーチンも劇薬に盛られて死んだため、最初の時は死んだのを気付いてなかったらしい。
まあ、それは本人がかなりのぼんやりさんなのもあるか。
どの道、全ての住人がそうだったのは考えづらい、そもそもここのいる全員が突然の死ってどういう状況なんだ、想像もできないぞ。
「それに、この都市の作りはかなり特徴があるのに、見覚えがないわ」
「ああ、少なくともここらへんの国ではないな」
建築の意匠も、人々の装束も、看板に書かれてる文字も、フォルミドやガルーダとは異なっている。
しかし、どこかで見たことあるような気もする。一体どこで……。
その時、
『……ここは……』
スーチンがルナの身体から浮かび上がって、何故か長い睫を伏せて、いつも眠たげそうな両目が悲しそうに見える。
「ん?どうしたスーチン?」
『ここは恐らく……私の国です……』
「なに、本当か?」
『ここに来たことはありません……けど、昔、お城から見下ろした風景と似ています……』
「お城って、あれみたいな?」
俺は都市の中心――と言ってもこの都市は球体の裏側に張り付いてるから中心などないが――今俺たちがいる道路の果てに聳え立つ、一際デカい建物を指差す。
赤レンガで積み上げられ、金色の瓦葺屋根のお城は高く、遠くからでもその姿を確認できる。
こんな作りのお城は見たことないが、その派手さと豪勢さから見ると軍事目的ではなく権威を示すために作られたのは一目瞭然だ。
『似ています……外から見たことないからよく分かりませんけど……』
「あの時、地中にいなかったよね?」
『ううん……普通にお空が見えます』
「だよな」
やっぱりか。
姉さんの方を見ると、やはり俺と同じことを考え付いたのか、視線が合った。
「もしかして……神の仕業かもしれないな」
「どうしてそう思うのですか?」
アイナさんが首を傾げて訊いた。
「ここがスーチンの居た都市かどうかは知らないが、同じ国と思う。つまりここは元々地上にある都市だったが、何らかの理由でこっちに転移された。それとこの空洞も急に出て来たって話なんだから、ドラゴン以外、一番こんなことできうるのが神だろう」
「それも、そうですね」
神はこの世界を去ったが、その力は依然と世界に影響が及ぶ。
プリースト達は祈りに通じて神力を授けられる、儀式によって神の力を借りて奇跡を起こすなどもよく聞いた話だ。
それ以外にも、どの宗教にも神が神罰を下す話が存在している。伝承では神の怒りに触れて滅ぼされた国さえもあるくらいだから、ここもそうなのかもしれない。
「まあ、それを知ったって、何かができるわけじゃないけどな」
罰当たりな話だが、神はある意味ドラゴンと同じで天災同然だから、凡人たる我々じゃ何もできっこない。
その時、スーチンが小さく呟いた。
『もしかして、私の故郷はもう……』
「まだそうと決まったわけじゃないだろう?」
同じ国だとしても、ここがスーチンの故郷だと決まったわけじゃない。
なにより、もしここがスーチンの故郷だったら、それは彼女の未練が叶えたことになる。もしそうなったら、スーチンは――
俺は強引に話題を変えるため、皆に振り返った。
「とりあえずこの一帯を捜すか」
「何を探すの?」
「死因はともかく、これだけの人がゴーストとして留まるのは異常だ、何かが彼らを縛り付いた原因があるはずだ。普通の都市ではありえない魔道具とか、儀式の痕とか。と言っても、俺たちはこの都市に詳しくないからスーチン、何か気付いたら教えてくれ」
『はい……でもここは私も初めてで、いつもはお城にいるから……』
「まあ、できるだけでいいさ。ぶっちゃけ一番怪しのがあの城だけど、まずはこの道の周辺からはじめよう」
「そうね、早く行こう」
先行してる姉さんに続いて、俺たちは探索を始めた。
数時間後、この都市は住人を除いたら紛れもなくただの普通の都市である事が分かった。
民家の中には生活していた痕跡があり、売店にも商品が並べており、ただし生ものは全部腐っていた。
しかしゴーストたちはそんなこと気にせず、普通に暮らしている。
空っぽの食器で食事をして、空っぽの井戸から水を汲み、空っぽの桶を担いで街に出る。
逆に言うと、それ以外何もない。魔道具も、魔術陣も、負のエネルギーも感じられない。
「じゃ、やはり城に行くか」
『うん……』
気が沈んでるスーチン。
しかし特に励ましの言葉を見つからず、俺たちは城の正門に向かった。
「デカいお城だな……」
「小さいな町みたいだね」
近づいて見れば、俺たちが見た「お城」は城壁に作られた物見塔だった、門楼とも言う。
門楼から左右にどこまでも伸びる赤い城壁は、まるでその中にも一つの町があるような広さだ。
正門のところに、二人の槍を持ってる兵士が居た。勿論ゴーストだ。
しかし俺たちが正門に近付くと、
『何者!』
っと、誰何してきた。
どうやら他の市民と違って、俺たちを認識できているようだ。
兵士の話した言葉はフォルミド語じゃないらしいが、ゴーストの声は意思として直接脳内に伝わるため俺たちにも理解できる。
『何故答えぬ!』
『曲者め!』
と思ったら、問答無用で襲って来た。
応える時間を与える気がなかったら最初から訊くな!
「皆、避けてくれ!」
ゴースト兵士の動きは至って普通、訓練を受けた一般人だったけど、なんとなくその槍からよくない感じがするからいつもより大きく回避行動を取った。
すると、空を切った槍が唸りを上げて、蛇のように曲がって喉笛へと奔る!
「フィー君!」
「ちっ、やっぱりか!」
力いっぱい仰け反って後ろへと跳躍しながら、バスターソードを握る。
生き物のように追ってくる穂先を躱し、その直後、穂先が五つに分裂して、急所へと奔る!
しかし俺は《瞬歩》で死角から接近、兵士が反応するより前に斬撃を放つ。
《幽霊殺し》の強化が施されたバスターソードはゴーストの兵士を切り裂き、霧散させた。
その間に、姉さんはもう一人の兵士を仕留めた。
残されたのは、二本の槍だけ。
持ち主が消えたのに、それでも禍々しい気配を漂っている槍は唸りを上げている。
「こいつらは普通のゴーストじゃないんだな」
『これは、ツクモガミというものだ』
《夜闇のマント》から結合双生児のように繋がってる二体の髑髏が出て来た。八骸の番人のシルヴァーとオーレリアだ。
『無生物が強力な負のエネルギーに侵されたら、希にだがアンデッドになることがある、それがツクモガミというものだ。ツクモガミになった武器は、妖剣、妖槍などと呼ばれ、人を操る能力がある』
銀色のほう――シルヴァーはカタカタと骨の顎を動かし、説明してくれた。
なるほど、これもアンデッドか、道理でよくない感じがしたわけだ。
二本の妖槍は威嚇してるように唸り声を上げ、しかし自分では動けないようだ。
「これも……アンデッドなの?」
「さっきの兵士の魂を操って、私たちを襲ったのね」
「シルヴァー、君たちがそれを知っているということは、ソクラテがそういう研究しているってことか?」
『お察しの通りだ、ソクラテ様はツクモガミの量産を目指していた、その成果も《黒翡翠》の中に記録している』
「つまりゲゼル教国の手に落ちているというわけか……まあそれは置いといて、中にもこんなのが居るかもしれない、慎重に行こう」
俺たちは城に足を踏み入れた。
都市の見た目は「バナール球」をググれば大体理解できると思います。
文字で表現するのは中々難しいですね。
それと、この回は99話となり、次回は記念すべき100話になりますので、明日(日曜日)と明後日(月曜日)の朝8時にそれぞれ100話と101話を投稿したいと思います。
ブクマも200に近い、総合ptもそろそろ500、誠に嬉しいと思います。
ずっと支えてくれてる皆さん、ありがとうございます、そしてこれからもよろしくお願いします。




