1 最初の死
俺には一つ上の姉が居た。
生まれた時から、ずっと姉さんと一緒だった。
初めて言えた言葉が「おねえちゃん」で、姉さんの手を取ってお散歩したり、近所の子供と遊んだり、両親に叱られたりもした。
姉さんの手は何時でも暖かった。これからもずっと姉さんと手を繋いでいたいと、幼心ながらもそう思ってた。
この思いが変わり始めたのは、育ちの村がアンデッドに滅ぼされたからだった。
両親を失って拠り所の無い俺たち姉弟は暫く孤児院の世話になり、そこで成人の十四歳を迎えることになって、孤児院を出た俺たちは探索者――ダンジョンに潜り、モンスターを狩る者になった。
孤児院でOBの人達から武術の手解きを受けて、意外に素質があると言われたのも理由だが、何より他に選択肢がなかった。
常にアンデッドに脅えてるこの世界は、武術以外に取り柄もない姉弟が普通に生きていられるほど豊かであるはずがない。
その時から、姉さんに相応しい男になりたいと思い始めた。
そして、現在――
§
目が覚めたら、石作りの天井と、姉がいた。
「姉さん……?」
「はい、お姉ちゃんだよ」
俺と目が合った途端、姉さんは微笑んだ。
「どうして、こんなところで……眠ってた、ってわけじゃなさそうだね」
「あら、記憶飛んじゃったのね。ダンジョンで気絶しちゃったのよ、フィー君は」
姉さんは心配そうにこっちを見つめてくる。
だが俺としては、妙に顔色が悪い姉さんのほうが気になる。
元々明るくて透き通ってるような肌が、今じゃ翳りがあって、微かに青色が掛かっている。艶やかな赤髪も心なしか元気がないのようだ。
「もう起きれるの?」
「ああ、大丈夫だ。それより姉さん、体調でも……?」
身体を起こしながら、隣に座っていた姉さんのほうに振り返る。
俺の姉さん、レンツィアは所謂格闘士、もしくはグラップラーというものだ。
格闘士とは、戦闘の際に最前線で己の肉体で戦って、敵を蹴散らす人のことだ。そのため、姉さんは女性の割に長身でスレンダーに見えるが、実はかなり鍛えている。
女性らしい柔らかさと獣のような瞬発力、二つを合わせて持つのが姉さんなんだ。
なのに、その締め切った体は明らかに一部が欠けていた。右胸から腹部にかけて、まるで大きな獣に食われたような風穴。
腹を食い破ったその攻撃の凄まじさは、革鎧の貫通された痕を見ると想像に難くない。
まるで死体だ。
人間なら、いや生物ならそのような怪我をして生きられるわけがない。それ以前に、失血でショック状態に陥るはず。
だが姉さんは普通にしている。
「あ……あ……っ」
「どうしたのフィー君? お花摘み?」
赤髪のポニテを揺らして、マイペースに首を傾げる姉さん。
ここに来て、俺はようやく思い出した。
姉さんは死んで、そして俺によってアンデッドにされたんだ。
「姉さん……俺は……っ!」
気絶する前の記憶が一気によみがえって、俺は湧き上がった怒りと悔しさと罪悪感とで言葉をうまく出せなかった。
そんな俺を見通したように、姉さんは微笑んで俺にデコピンをした。
「あたっ」
「落ち着きなさいフィー君。私は大丈夫よ、生きてはいないけどフィー君と一緒にいる、それで十分でしょう? それに、今はそんなところじゃないのよ?」
姉さんの視線は俺から離して、部屋の奥に向けた。そしてそれに呼応するように、暗闇から声がした。
「目が覚めたか少年、話はまだ途中だぞ」
暗闇から溶け出したように、一人の骸骨がゆっくりと現れた。




