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即興シリーズ

二人の恋に音は少なくて

作者:




「花火とか行きたいよねー!」

「いいね!あと海! バーベキューとかもやりたーい!」



花火、海、バーベキュー。夏の訪れを感じる言葉が教室の中を埋め尽くすみたいだ。私はそれに参加することはなく、出来るわけもなく。ただ、いいなぁと思いながら憧れの眼差しで話している子たちを眺めるだけだ。


ヴー、ヴー。 机の上の鞄から振動音。振動の元を取り出して、画面を見る。


『人混みはお互い酔う。海はお互い泳げないし、二人でバーベキューはちょっとキツイと思う』


届いたLINEに既読をつけて。私は斜め後ろを振り返る。既読をつけてあげた送り主は、こちらを見ながら両手の人差し指でバッテンを作っていた。



♦︎♦︎



『腹減らないです?』


蝉の鳴き声、地面を必要以上に熱する太陽光。そんなところに自ら進んで飛び込む勇気もない私たちの夏休みは、こうして図書館に来て課題に取り組むくらいのもので。

しかし、これは立派な私たちのデートである。お腹が空いた彼に『何か食べに行きますか?』と送れば。『ハンバーガー食べたいね』と季節感なんて全くなくてもデートなのです。


外に出れば真夏の暑さが肌を刺激してくる。二人で一度顔を見合わせて、同時にため息が出た。

お互い初めて付き合った者同士で。勉強をメインにしてきたから、人付き合いは上手くはなくて。一般的なカップルの行動みたいなのが分からない。とりあえず、共通するのは勉強だから会う約束イコール一緒に勉強になる。これが間違いだとは思わない、けど周りとどこか違うと言うのは気づいてる。でも、どう変えればいいのかは分からないんだ。


♦︎♦︎



『美味かった』

『ごちそうさま』


彼の満足そうな顔を確認して、LINEを返す。……きっと、このやりとりも周りから見たらおかしいことなのかな? 慣れてしまえば、と思うようにはなったけれど。

テーブル一つ分の距離にいるのに、目の前の人にLINEで会話するなんてのは。お遊びじゃなく、日常的な行動としては不可解なのだと。でもこれは、彼との唯一の決め事だから破るわけにはいかないのだ。



窓の外を見れば夕日が綺麗に空を染めている。歩く人の姿をふと見れば、浴衣姿がちらほらと。


『花火は今日ですね』

『行きたかった?』


返信に既読をつけてから彼の顔を見たら、どこか申し訳なさそうな顔をしている。


『人混みの中見るよりも、西瓜でも食べながら家の窓からのんびり見てるほうが好きです』


君は知ってるでしょ? 私は本当に人混みが苦手なこと。たとえ花火が綺麗でも、見る準備が出来ていなければ楽しくはないです。だったら遠くから、ゆったりと見ているほうが私は好きです。


『そっか。じゃ、海とかバーベキューは?』

『無理をしてでも行きたいとは思わない』


小学校のプールで目に水が入って以来、あまり泳ぐことは好きではないし。水着なんてその時のが最後です、今着れるものなんて持ってないし買うつもりもありません。バーベキューなんて…… 人参を皮を向かずに切ったりする私に調理はむいてないです。


浴衣姿で花火を見たり、水着を来て夏の海ではしゃいでたり、海や山でバーベキューなんてしてみたり。憧れる夏ではあるけれど、私にはちょっと似合わない夏の理想だと思う。



『花火はスターマインが一番だよね』

『そうかな? 私は線香花火が一番』



♦︎♦︎



窓の外を見れば、遠くの暗い空に大きな花火。綺麗だな、そう感じても。あの下に何千人もの人がいるんだと思うとぞっとする、素直にそう思うのだからやっぱり苦手なんだ。



ヴー。ヴー。机の上の振動音、画面の表示は彼からだ。


『花火をしませんか?』

『今からですか?』

『駄目ですか?』

『いいえ。大丈夫です』


既読がついたことを確認する。なんで急に?とは思ったけれど。

窓を開けて入り込む風は快適な温度、人混みは苦手だけど夏の夜の涼しさは好きだ。そんな夜に、外に出る理由が出来たのなら断る必要はないんだ。





家の近くの小さな神社。錆び付いたブランコ、塗装のはげた鉄棒。田舎って言葉が似合うこの景色は、どこか安心する。



『線香花火を買ってきました』


コンビニの袋を持って、彼はどこか自慢気な顔をしている。サプライズ? だとしたら喜びを伝えたほうがいいのかな。あんまり感謝の気持ちがこみ上げてこないのは、私だからなのでしょうか。


袋から細い花火を二本取り出す。慣れない手つきで百円ライターがカチカチと音を立てる。ようやくついた炎に、二本の線香花火をゆっくりと近づけた。



花火大会はまだ続いている。大きな花火の音は空一面に広がるみたいだ。でも、花火が打ち上がった後の静かな余韻のおかげで、手元に光る弱々しい小さな光の音が鮮明に聞こえる気がした。

やがて、二人の小さな光が地面に落ちる。この瞬間は何度見ても寂しい気持ちになる。



『勝負をしよう』

『どんな?』

『どっちが先に落ちるか。勝ったほうは願い事が叶うことにしよう』

『線香花火に願い事をするんですか?』

『そうです』

『ちなみに負けたら?』

『願い事を発表する』

『…… 口で?』


意地悪をしたつもりはない。ただ、勝負なのだから。彼は既読をつけた後少し悩んだ表情をして、ゆっくりと頷いた。




ライターの炎が二本の花火に光を灯す。私はただ黙って、自分の花火の光を眺める。願い事…… 何にしようかな。特にお願いは無いんだけれど。学力向上? いや、それは線香花火にするには重たいか。健康でいれますように…… 家内安全…… 駄目だなぁ。こういうのは苦手だ。憧れるだけで終わらせてしまう私に、欲望というのは似合わない。欲がないのは良いことなのかもしれないけれど、それは同時にひどくつまらないってことなんだろうな……



そんなこと考えてるうちに、隣の線香花火がぽとりと落ちた。



『……私の勝ちだね』

『そうですね……』


勝ったはいいけど、結局願い事は決まらなかったな。



『では、願い事の発表を』


そう送って彼の顔を見る。彼は画面を確認した後俯いてしまった。

……既読がついたので、知らないなんてのは通用しない。やっぱり恥ずかしいのかな? 無理にとは言わないけれど、提案したのは君なので。一応男の子なんですから、二言は無いほうがかっこよかったりします。

こんな風に、言葉を文字にして話すくらい恥ずかしがり屋な彼だから。言葉を口にするってことだけで真っ赤になるのだから仕方が無いとは思うけど。そんな彼を良しとしたのも私自身だけれど。たまにはね、君の声を聞きたかったりするんです。



「…… き、です」



まだ終わらない花火の音に負けるくらいの、ボソボソとした言葉。多分、もう一回は無しなんだろうね。

…… 花火の音に合わせたのかな?ちょうど近くに車が通ったから、それに合わせて? でも、残念でした。指先で、私の返事を打ち込んだ。



『私もです』



既読と一緒に、彼の顔がまた赤くなる。聞こえないようにしたかもしれないけれど。私には通用しなかったね。



『帰りましょうか』


花火大会も、先ほどので最後のようだし。君も恥ずかしさを持ったままじっとしてるのも辛いでしょうし。恥ずかしいとウロウロしたくなるの、知ってますよ。



『そっちのお願いは?』

『それ、聞きます?』

『俺だけ言うのはフェアじゃない』

『何を言ってるの? 負けたんだから当然だよ』



君なりの反抗なのでしょうけど。残念、言ってることが支離滅裂です。負けたのだから、言うのがルール。私が言う義務はありませんし、決まってなかった事も秘密のままです。



君の言葉で、一つ願い事が出来たけど。




一応、勝ったんだから。叶うかなぁ、くらいに思っておきます。まぁ君のことだから望みは薄いけど。でもね、まだ夏は始まったばかりなので気長に待ちますよ、気長に。



とりあえず、明日にでも見に行こう。できれば、似合わないと思うけど可愛いやつを選ぼう。流石に、小学生の時のなんて着れないし。日焼け止めも必要かな? あ、泳げないから浮き輪もだ。



一応、叶うのを楽しみにしてます。それと今度は……







ちゃんと聞こえるように、好きって言ってくださいね? そしたら今度は、私の番ですから。
















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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 照れ屋さんな彼と、しっかり屋さんな彼女がとにかく可愛いですね。 くすぐったくなるような甘さにニマニマしました。 サイダーのような、爽やかな甘さをいただきました。…
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