裏切り者には天罰を
やっとこの作品の半分超えました!やった!頑張ってもう半分まで行くぞ(笑)
今回のお話のサブサブタイトルは第一高校学園祭初日後編です。
ところどころ文が不安定になっていないか心配です。お見苦しかったらすいません…>_<…。
また二人目のヒロインをフューチャーした内容かなと思います。楽しんでいただけましたら幸せです。
「本当に真琴ちゃんいるのか?」
空笑いをしながら隣で沢音が呟く。
ライブ直後に宏明たちは小音楽ホールの裏口に向かい、真琴への接触を試みていた。しかし出待ちは宏明達だけではなく、また劇の片付けの生徒も相まって裏口周辺は芋洗状態なのだ。一人を見つけ出すのはなかなかの難易度かもしれない。
「あれだな、『○○ーリーを探せ』見たいだな!」
「冗談言ってないで眼球動かしてよ」
某ゲーム絵本の名前を口に出す沢音に宏明は冷ややかにつっこんだ。
「それにお前も会いたいって言ってただろ?」
「あぁ!言ってたよ!そりゃもう美人だし、かわいいし、昔のヒロのこと聞きたいし!」
「…あー、はいはい」
宏明は適当に相槌をうった。
そんな雑な対応に沢音はクスリと笑い、
「それに、将来の『同業者』と話してみたいしな」
意外な言葉に思わず宏明は沢音を見たが当の本人はお得意のチェシャ猫笑いをしていた。まったく…。
しかし、『同業者』か…。
確かに二人がこのまま大学部に行けばそうなるのだろう。奏子もみんな…。その時自分はどうしているのだろうか?自分で将来を決めないといけない。周りのやつがそうしているからという理由では決めてはならない。だから今悩んでいるんであって…。じゃあ自分はどうするんだ?他のやつらが決めて行くなか自分は?
頭の中を同じ考えが幾重にも重なりループしていく。
他人に任せてはいけない。だから悩んでいる。なんで?なんで決めきれていない?なんでみんな決めれている?なんで?どこに行くつもりなんだ?なんで?
なんで自分は他のやつらが大学部に行く事を悔しいと思っている?
吐き気がする。家に帰りたい。布団に飛び込んで、思いっきり息を吸い込むんだ。そうしないと息が止まってしまう。
宏明はホールの壁に手をついた。そして乱れる脈を抑えるように胸元を強く掴む。
何か引っかかっている。このトゲが抜ければ楽になる気がする。なのに!なんでできないんだ!?
壁についていた手を握りしめ、ムシャクシャした気持ちをそのままに壁へ叩きつける。しかし一般的な男子高校生の腕力で破壊できるわけもなく、じんわりと痛みが手の中に染み入った。思わず声が出そうになるが宏明はしゃがんで手を開き、感覚を確かめる。
「大丈夫か、ヒロ?」
頭上から沢音が声をかけてきた。見ると周りの者も宏明を見ている。
「悪い、ちょっと疲れただけだ」
そう言ってゆっくりと立ち上がり、地面についていた膝をはらった。
何か変わる訳でもないのに何をしているんだろう。思わず苦笑が漏れる。
「太陽の下だったもんな、ちょっとどっかで休むか?」
いや、それより帰りたい。
宏明はそう口に出そうとしたが、できなかった。なぜなら目の前に第一高校の制服を着た少女、真琴が立っていたのだ。
「…ヒロ、くん?」
声をかけられるも言葉が出ない。体が鉛のようだ。
「ヒロってわかるあたり、やっぱり幼なじみの真琴ちゃんであってたみたいだな」
沢音が固まった宏明に小声で話しかけた。
「…あぁ」
ゆっくりと息を吐くように返事をし、改めて真琴を見る。衣装ではない、先ほどのホールに入る時に見た姿。長袖シャツにベスト、先ほどと違うのは髪型が劇の時のままで三つ編みにまとめられていたことと尻尾が付いていないことだ。
「外でしんどそうな人がいるって聞いてたけどヒロくんだったんだね、大丈夫?」
真琴が上目使いで宏明の顔を覗きこんだ。遠目ではわからなかったが、近くから見ると整った見覚えのある顔だ。
「本当に、真琴なんだな」
宏明は胸を抑えながら話し出した。まだ心臓が不規則に脈打っている。
目の前では真琴が恥ずかしそうに笑い、
「うん、ひさしぶり。ごめんね、ヒロくんを驚かせたいからっておばさんには黙ってもらってたの。去年の春に帰ってきてたんだ」
そして両手を合わせて片目を閉じた。
そうか、だから母さんは何も言わなかったわけだ。そういえば高校に入ってから外出が増えていたが、もしかしたら真琴の母親のもとに遊びに行っていたのかもしれない。
にしても、
「おまえ、だいぶ変わったな」
こんな風に積極的に話すタイプじゃなかったし、ジェスチャーしたり、ウィンクしたりと表情豊かで活発的なイメージが合わない。真琴は大人しくって控えめな女の子だった、はずだ。
「そりゃもう、留学先でまわりに合わせていったら変わるよ、それに」
真琴が微笑んだ。
「変わりたいって思ったからかな?イメチェンもしたしね!」
そう言って真琴は紡がれた髪を触った。
「そっか…」
そうだよな。昔とは違うんだ、俺も真琴も。
「ねえヒロくん、向こうにいたらね『くん』をつける文化がないから気持ち悪くって…『ヒロ』って呼んでもいい?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「あぁ、いいよ」
その顔に懐かしさを感じて宏明も思わず微笑んだ。それを聞いて真琴がパンと手を叩く。
「ありがとうヒロ!」
そして宏明の頰に手を添えてそのまま顔を近づけ…、
「な!」
状況を理解して宏明は思わず一歩下がった。不整脈が悪化する。先ほどとは違う意味でだ!そしてまた胸元を強く掴んだ。それに対して真琴はクスクスと笑っていた。
「うん、やっぱりヒロは面白い!」
そう言うとお腹を抱えて笑いだす。
「おまえ!」
『やっぱり真琴は変わっていない』そう思ったが前言撤回だ!前よりもタチが悪い性格になっていないか!?
「どうどう、ヒロ」
真琴を睨む視線と宏明の間に沢音が割り込んだ。両手で待てとジェスチャーしている。
俺は動物か…。しかしおかげで少し落ち着いた。そして周りの状況に気づく。
なんか男子陣の目が厳しい。どうやら真琴にはそれなりに人気があるようだ。そして周りの女子が何かを話している。たまに聞こえる会話からは『真琴の幼なじみ?』、『カナともなんだって!』、『他校生!?』という内容が聞こえる。あまり目立ちたくはないのに…。
そこで自分がアウェイな状況である事を改めて思い知らされた。
そして、こういう時沢音の性格は便利だと思う。
「まぁまぁ、えっと…真琴ちゃん?俺ヒロの親友の片野沢音です☆よろしく!」
とウィンクを交えて自己紹介をした。一部の女子が「可愛い!」、「面白い!」などと声をあげる。
が、
「私、外国の方とかじゃない限り、知らない人に急に名前呼びされるの嫌なんです」
真琴がニッコリと微笑んだ。その笑顔は平和的では全くなく、拒絶を意味していた。
宏明は小学校時代のことを思い出した。真琴は自分の意思を強く持っている。それは尊敬できる点だ。しかしその意思を伝える方法が下手だった。そのため、他者と無意識のうちにぶつかることも多かった。例えば今のように…。
思わず沢音の顔を見ると、意外なもので満面の笑顔だ。いや、違う。これは外面、沢音が相手を敵認定した顔である。
そして、沢音の反撃が始まった。
「いやぁ、これはこれは失礼しました。りっぱなレディーになんて失礼なねー。でもそこまで全否定しなくてもいいんじゃないの。ガキじゃないんだから」
最後に鼻で笑う。相手と性格が合わないと思った瞬間に沢音は毒舌キャラへと変貌するのだ。
しかし今度は真琴が満面の笑みを浮かべた。
「あらあら、チャラチャラされていたからチャラ男キャラかと思ったら急にお説教?キャラぶれぶれなのね。もういい?ヒロともっとお話したいの。あなたとじゃなくて、だから…モブは下がってください」
先ほどよりも毒づいたセリフだ。宏明は思わず寒気がした。やはり真琴のやつ、攻撃力増してる。
今度は沢音が眼鏡を指で押さえてから、またにこやかに笑った。
「悪いけど俺のヒロにアポ取りたいなら、もうちょっと精神大人になった方がいいよ、葉月ちゃん?」
名前呼びが嫌だと言われて真琴の名字をパンフレットで探しながら沢音が対抗する。
「『俺の』?あらあら独占欲が強いんだね。そういうのってガキだけだと思ってたけどその年でもまだ…。子どもらしさの残る人はいいね。それともマネージャー気取り?なら幼なじみである私はVIP客なんだから早く後ろに控えるなりなんなりしてもらえないかな?」
今のところはドローだが、これは長くなりそうだ。言葉が交わされるごとに威力が増していく。
止めないとな。二人とも友達だし、仲悪くなってほしくはない。
宏明は手を広げながら二人の間に入ったが、
「まぁまぁ二人と…」
「「ヒロは下がってて!!」」
あぁ、はい。
勢いに負け、周囲の人並みに混ざり見守る側へと移ることにした。
その後も口論は続いたが飽きたのか、逃げたのか周囲にいた人々は少しずつ減り始めた。
まぁ出入り口の側でもあるし長居は良くないから仕方ないだろう。もう一度タイミングを見計らってどうにか二人を止めなければ…。
そのようなことを考えていると、横から腕を掴まれた。そのまま後ろにひっぱられ、集団から離される。この場合まぁ奏子だろう。シフトが終わったのかと思い腕を掴んだ主を見ると、意外なことに知らない女子生徒だった。いや、違う。顔は見たことがある気がする。どこでなのか、それは背中にかけていたヴァイオリンケースで思い出した。確か真琴と演奏していたヴァイオリニストだ。えっと…、名前は…。
「私は八嶋。八嶋しおり。真琴とはいつも仲良くしてます。あの、腕ひっぱってごめんなさい」
八嶋は腕を離して、頭を下げた。
「いや、それはいいんだけど…。あの、真琴の友達がどうしたの?」
それを聞いて八嶋はキョトンとて、
「噂通り、優しいんだね。結構非常識なことしたと思うんだけど」
とクスリと笑った。噂とはなんだろうか。
「だってなにか意味があってしたんだろ?わざわざ友達の友達に意味なく関わるようなやつじゃなさそうだし」
「物分かりの良さそうな人でよかったよ。ちょっと話したいの。ついてきてくれない?」
初対面で話したいこと、か。おおかた真琴に関することだろう。携帯で時間を確認すると14時半を過ぎていた。
「真琴がいない方がいいんだな。あと…俺のツレも」
「えぇ、当事者は気にしてるでしょうから、あと部外者はね」
「わかった、連絡いれるから待ってくれ」
「真琴には私が連絡しとく。どうせしばらくはあのままっぽいから安心だね。こっちはそんなに長く話さないから」
そしてそれぞれメールを回してから、
「では行きましょうか」
宏明は八嶋の後ろについて歩きだした。
ホールや美術棟などが並ぶ特別棟群から離れ、中央庭園を横断し運動場へ。そこではクラスやゼミ、部活単位での大小様々な屋台が出店されていた。
「クレープでいいよね?」
八嶋がのんびりと問いかける。
「あぁ」
宏明は生返事だった。真琴のことで話があるとついてきたが、そう言いながら出店に来るとは何が目的なのだろうか。すると八嶋は買ってきたクレープの1つを宏明に渡してまた歩き出した。
「あの、金。ていうか何なの?」
最初は友達の友達としてある程度優しく話しかけてきたが、少しずつ話し方がきつくなる。
しかし八嶋はどこいく風と言ったように、自分のペースでまた歩きだした。苛立ちを抑えながらも仕方ないので後ろを歩く。
それから二人は特別教室棟に入り、階段を上がった。ブースの少ない上階に上がる宏明達に視線を向ける者もいたが、気にせず最上階へ。上がるにつれてひと気は少なくなり、最上階に着く頃には宏明と八嶋しかいなくなっていた。窓の外からは学園祭の喧騒が聞こえてくる。
すると八嶋が屋上の扉に手をかけた。しかし鍵がかかっていたようで開かない。
そこでようやく止まり、
「あーあ、屋上なら人いないと思ったのに」
と扉に背を向けてイチゴのクレープを食べ始めた。
「…それで本当になんなの?」
マイペースな八嶋に対して宏明はもう苛立ちを隠してなどいなかった。知らない女子に話があるからと連れ回されて笑顔でいられるほどの聖人ではないのだ。とりあえず顔を背けながら右手に持ったチョコバナナクレープを強く齧る。
そこで八嶋はクレープを食べるのを止めて宏明を見た。その視線は、冷たい。
「君さ、真琴となんかあったの?」
何か?はあったことになるのだろうか。
宏明のクレープを持つ手に力が入った。その勢いで中からバナナが生地からはみ出す。それを肯定ととったのか八嶋はさらに質問を投げた。
「さっき真琴が君を見かけたあとに『裏切り者』って言ってたけど」
「…」
『裏切り者』?それは意味がわからない。
「幼なじみだよ、あいつは」
宏明は事実を述べて回答を誤魔化してみるも、
「君は何をしたの?真琴を悲しませたの?」
八嶋は耳を傾けていないのか?話が噛み合わない。
「君たちが仲良いのは話聞いてても、真琴を見ててもわかる!あの曲だって…なのに裏切り者っていうのが納得できないの!君は何をしたの!?何を裏切ったの!?真琴を傷つけたのなら私は君を許さない!」
あぁ、この子は真琴が大好きなんだな。真琴が何を考えているのかを知るために話しかけてきたのか。
「…俺、あいつ泣かしたことあったかな」
ふと思い出すのは二人で遊んだ時、学校にいた時、奏子と三人で遊んだ時、そして真琴に告白された時…。あの日は、泣かせたことになるのかもしれない。
「…無くは、なかったかもしれない」
それを聞いて八嶋の目がさらに厳しくなる。
「君は…」
八嶋が口を開きだした。
しかし、バタバタと階段を駆け上がる足音によってかき消されてしまった。見ると沢音と真琴が競い合うように現れた。宏明と八嶋は思わずかたまる。
「まったくついてこないでっていったのに…。早く帰ったら偽チャラ眼鏡君?適当に歩いてたら門に出るよ、きっと」
「他校生を迷子にさせるとか最低な性格のようで…それにいいよ。俺はヒロを探しに来たんだ。君こそもう帰りなよ猫かぶりっ子の葉月ちゃん」
まだ続いてるのか…。
二人は息を切らしながらどちらがこの場を引くかをせめぎあっていた。
「あなた達って似た者同士の同族嫌悪なんじゃない?なんだか根が似てるみたい」
八嶋は宏明と同じ事を考えていたようだが、
「んなわけないでしょ!?」
「んなわけないだろ!?」
「「…………」」
もうツッコメないわ。
宏明と八嶋は諦め、同時にため息をついた。
「ヤッシーもひどいよ!道具担当のみんなが片付けしてるからってヒロを連れてくなんて!二人探すの大変だったんだから!」
沢音の相手をするのに疲れたように真琴は八嶋に向き直った。『ヤッシー』というのは恐らく八嶋のあだ名なのだろう。
「ヒロもこんなやつと置いていくなよ!寂しいじゃんか!俺ウマが合わないやつと一緒にいるの苦手なのに」
と沢音が唇を尖らせた。それを聞いて真琴が沢音を睨むので思わず吹き出してしまう。
そこでふと思い出した。
そういえばさっきの会話の中に…、
「八嶋さん、さっき言ってた『あの曲』って?」
八嶋は宏明達を見て、
「知らない!とりあえず真琴を傷つけたらアンタ達両方ぶっとばすんだから!」
二人合わせてビシッと指さした。
すっかり敵認定かな?
沢音が横で『何があった!?』という視線で見ている。
「じゃあ私道具班だし、みんなの片付け手伝ってくるね!」
と真琴に言って、八嶋は残り少ないクレープを握りしめ階段を降りていった。
「ヒロ」
真琴が声をかける。
「で?ヤッシーと何話してたの?」
「いや、曲がどうとかって…」
宏明は頰をかいた。何しろ自分でも理解できていないのだ。
しかし、
「あー、そのことか」
真琴は顎に人差し指をかけた。そしてチラリと宏明を見てから目をそらす。宏明は思わず眉根を寄せた。
「ヒロは…私との約束覚えてる?」
「約束?」
全く思い浮かばない。それが先ほど八嶋が言っていた『裏切り者』に関係があるのだろうか?
「まぁ、そうだろうとは思ってたけど…」
予想していたのか真琴が頰をふくらませた。
「悪い」
思わず真琴の頭に手を置く。昔からの癖だ。何かあったり、拗ねたりされた時はよく頭を撫でていたから。
しかしそれは一瞬だった。なにしろ今は異性とのパーソナルスペースを気にしてしまう年齢である。焼け石に触れたかのような勢いで宏明は自らの手を跳ねあげ、真琴がキョトンとする。
「もう撫でてはくれないんだね」
真琴がクスクスと笑った。少し恥ずかしく思いながら宏明はあげた手をゆっくりと下ろして頭をかいた。
「ねぇ、ヒロ!さっきの私たちどうだった?うまく演奏できてたかな?」
「それはもう」
素直な感想だ。だがなぜか胸が苦しくなる。宏明は思わず胸元を抑えた。
「そっかそっか」
真琴が人差し指を伸ばして宏明の胸を指さした。
「あの曲はねヤッシーの脱退のために作った曲なんだけど、私との約束を忘れたっていうヒロに対してでもあったんだよ」
目をキラキラさせた表情はまるで悪戯が成功した子どものようだ。
「それってどういう…?」
「秘密!」
真琴は小指を立ててウィンクした。
その瞬間、宏明の記憶の中の真琴が重なった。真琴が小指を立てて、自分も小指を立てて…。
突如、
「あ!もうこんな時間!?今三時半だから学祭もうすぐ終わるよ!」
と慌てて真琴が銀色の細い腕時計を指差した。
そういえば学園祭初日は16時までとパンフレットに書いてあった。早くひかないと帰りの電車が混んでしまう。
「そこの偽メガネチャラ男も連れて帰ってね。私、一刻も早く帰ってほしいな」
真琴が宏明の邪魔にならないように少し離れた踊り場にいる沢音を指差した。それを見て沢音が真琴を睨む。
最後の最後までモメる気か…。
宏明は思わずため息をついた。
しかしそんなことはお構いなしに、
「ねね、明日も来るの?よかったら明日はお化け屋敷するから見にきてよ!」
と真琴が宏明の頰に右手を当ててまた微笑んだ。
「ああ、行けたら行くよ」
確実にパーソナルスペースを割っている。思わず一歩下がろうとするが、ホールの裏口にいた時とは違って後ろに壁があり逃げられない。
「ふふふ、相変わらずで嬉しいよヒロ」
真琴の左手が宏明の肩に乗せられ、距離が縮められる。宏明は左手で真琴の肩を掴み抑えようとするが、思っていたよりもか細い肩に力を入れることは躊躇われた。
相手が男なら突きとばせるのに!
宏明は真琴が女である事を恨んだ。
「ちょ!」
思わず声が出るも無視される。そして20、15、10、残り5センチの距離となるにつれ、宏明の全身の筋肉が硬直を始めた。
「な!」
沢音の声がしたが、真琴の右手で宏明からは見えない。
やがて顔の3センチ手前で真琴はスッと顔の向きを左にズラし、互いの頰を擦り当てた。とりあえず真正面でないことに安心はしたがふわりと甘い香りが鼻につく。これは高校生男女の距離感じゃない!
そしてフッと耳に息が当たり思わず身震いしていると、
「ざまぁみろ」
「え?」
宏明が聞き返すも無視され、頰に当てられていた右手がグッと肩に下げられる。そしてそのまま体の距離が一気に詰められた。
気づいた時には着ていたシャツの上から柔らかい何かが当たり、履いていたズボンの上をスカートが擦れた。そして先ほどよりも重みがのる…。真琴が宏明の身長に合わして背伸びをし、体重をかけたのだ。宏明の心臓がどくんどくんとすごい勢いで脈を打った。
やがて抱きついた真琴が触れていた頰を離した。そして直後に『チッ』という音とともに頰に何かが当たる感触。それを理解するには時間を要した。
真琴の唇が当たっている!
それから10秒ほど経ったのだろうか、いやそれは感覚的なもので意外とそこまでは経っていないのかもしれない。ゆっくりと頰にあつま感触が無くなり、同時に真琴が両手を離してトトッと後ろに跳ねた。そして去り際に宏明の右手から奪いとったチョコバナナクレープを齧る。
「え?」
宏明は思わず頰を撫でる。
やがて、
「お前!何してる!?」
階段を駆け上がってきた沢音が強い声をあげた。まさかの展開に上がるタイミングを失っていたらしい。
しかし、
「何って、挨拶だよ。私は帰国子女なの」
そういって真琴は舌を出し、またクレープを齧った。
「もしかして口にするとでも思ったの?さすがにしないよ」
唇に指を立てて笑う。宏明は真琴が何を考えているのかと表情を見るもわからない。呑気にクレープの最後の一口を食べている。
そして指についたクリームを舐め、
「じゃあそろそろ私も行くよ、じゃあね、ヒロ!また明日」
と飛び跳ねるように階段を下っていった。
その姿を宏明と沢音は眺めることしかできなかった。
閉会時間16時になり、宏明は沢音と人混みを避けるためにファーストフード店に避難した。沢音からは色々と尋問を受けたが、結局は女子に振り回されて大変だったとして話は流された。そして明日の時間を確認してそのまま帰路に着くこととなった。
しかし宏明はまっすぐ帰ろうとは思えなかった。八嶋の『裏切り者』が気になったのだ。
そこで沢音と別れてすぐに、ある場所へ向かった。昔よく遊んだ児童公園、ここでなら何かを思い出すかもしれない、そんな気がしたのだ。
宏明が公園に着くと当時の自分達と同年代くらいの子ども達がサッカーで遊んでいた。やがて宏明のそばまでボールが転がってくる。
「お兄ちゃーん、こっちに蹴って!」
男の子が叫んだ。
「わかった、いくぞ!」
力を加減しつつ、子ども達めがけて蹴り上げる。放物線を描きながら飛んでいくボール。それを眺めてふと空の色に気がついた。オレンジだ。赤みを帯びたオレンジ。そういえば告白された日もこんな空だった。
確か真琴の様子おかしくて、喧嘩の事謝ろうとして、そしたら真琴が告白して…。あれ?あの時の喧嘩の理由はなんだっけ…。
そしてふと気がついた。児童公園の端、東屋の下に女の子がいる。年齢的に遊んでいる子ども達の一人だろうか。ヴァイオリンケースを抱いている。
そういえば宏明も小学校の途中まで母親の影響でヴァイオリンを弾いていた。今はギターにシフトしたが。
…。
その瞬間にあの日の全ての記憶のピースが繋がった。
昼に沢音に話した中で思い出せていなかったあの時の返事も。
小指を立てて目を閉じる。
『約束?』
涙を流す真琴の姿が浮かぶ。そして、
『約束。真琴が戻って来た時は一緒にまた伴奏してよ!その時はヴァイオリンじゃないかもだけど…真琴のピアノ好きだから一緒に演奏したいんだ!』
そうだ!確か当時ロックバンドにハマり、ギターをしたいって母さんと喧嘩してたんだ。そしていつも伴奏をしていた真琴とも喧嘩して…。そのことで泣いてると思って…。
まさか、あの約束をずっと待ってるのか?10年近く前の幼い約束を?なら『裏切り者』というのも合致する。『また伴奏して』と言いながら、宏明は一線を離れた場所にいるのだから。
では、あの曲の意味は…?そこで思い出した。昔祖母との買い物の際に聞いたことがある。『lapis lazuli』。確か宝石の名前だ。携帯を開いて検索をかける。意味は…。
☆☆☆☆☆
宏明は走った。汗でシャツが背中や腕に貼りつくが、それを振りほどくように全力で走った。
どうして気づかなかった!?
どうして忘れていた!?
頭がぐちゃぐちゃになる。
考えるのをやめたい。
しかし考えないといけない。
叫びをあげたい気分だ、でもこの先にきっと自分の求める答えがある。
目を覚ませ!未来を見ろ!
真琴が、沢音が、奏子が導いたのはどこだ!?
息が切れることも気にせずに走る。手先の感覚が鈍りだすがそれでも必死で腕を振る。それはまるで悔しさを振り払おうとするかのように。
息が止まりそうになるたびに別れ際の真琴の言葉を思い出した。
『ざまぁみろ』。
まさかこういう意味だったとは…。その言葉は優しくない。何度も何度も、まるで呪いだ。あいつの根は変わっていない。真琴の顔が思い浮かぶ、舌を出した悪戯っ子の顔が。
「くそ!」
思い出すたびに吐き捨てては走った。
その後太陽が完全に落ちるまで宏明が足を止めることはなかった。
どうでしたか?楽しんでいただけましたか?イメージよりも真琴のキャラが明るくなってて我ながら驚きです(笑)
読みにくかったらごめんなさい( ;∀;)
次回は第一高校学園祭二日目編です。またご覧いただけましたら幸せです( ´_ゝ`)