導く石
学祭初日後半戦です。これで中間地点か、その手前くらいかなと思います。
前回から場面展開や主体変換を取り入れておりまして、わかりにくくなっていたらごめんなさい(ノ_<)
楽しく読んでいただけましたら幸いです。
どうぞご覧ください。
奏子のクラス『男女逆転カフェ』を出てから宏明と沢音は他のクラス展示を簡単に回ると、小音楽ホールに向かった。第一高等部には大音楽ホールと小音楽ホールがあり、そのうちの小音楽ホールでは学祭中軽音楽ライブや劇が行われているそうだ。
「いやぁ、相変わらずだなぁ」
横で沢音が大きく伸びをする。ただでさえ細長いのに長さが増したように思えた。
そして、
「ほんとに、お前らって変わらないのな」
ニヤニヤ笑いを堪えるように話し出す。
「当たり前だ。昔からのおせっかいのままだよ、あいつは」
そう言って宏明はパンフレットを広げた。沢音が先ほどチェックしたイベントのほとんどは明日のイベントだった。そのため、今向かっているのは今日の数少ないイベントの中で唯一現代音楽学科2-F1主催の劇&ライブイベントだ。現代音楽学科二年生の合同クラスとのことだ。
劇名は「2-F1流!ブレーメンの音楽隊」。
ブレーメンの音楽隊ってなんだっけ?あの動物が重なって脅かすやつか?それぐらいしか覚えていない。
すると、
「なぁヒロ」
前を歩いていた沢音が声をかけてきた。
「あの子、こっち見てないか?」
そして小音楽ホールを指さした。そこには少女が段ボール箱を抱えて立っていた。第一高等部の制服を着ているので在学生のようだ。そしてスカートから伸びた尻尾が風に揺れている。
…。
て、あれ?
………尻尾!?
反応が遅れたが、宏明は目を丸くした。
「あの子もだけど、けっこうかわいい子多いよな第一!あの子も劇とか出んのかな?」
対して沢音はいつもの調子で話している。なるほど劇か。思い浮かばなかった。
それにしても、その少女は確かにこちらを見ていた。というか…睨んでいないか?
思わず宏明が後ずさりすると少女の後ろから何かの動物のコスプレをした男子と制服姿の女子が現れた。沢音の推理は当たっていたらしい。少し言葉を交わすと少女はもう一度宏明たちを見てから尻尾と腰まで伸びた黒髪を翻して中に入っていった。
「俺に気があったりして」
沢音は笑った。
「それはないだろ…」
宏明としては敵かのように睨まれていたことが気になって仕方がないのだが…。なにしろ相手には面識がないはずなのだ。たぶん…。
「えー!?俺それなりに自分のことイケメンだと思ってんだけどなぁ」
沢音が頬に指をつけながら小首を傾げたので宏明は思わず吹き出した。
☆☆☆☆☆
思ったより遅くなってしまった。最終確認は24分後だ。
小音楽ホール女子待機室。少女が劇の道具や友人の忘れ物を取りに行ったりしていた間にクラスメイト達の着替えは終わっていたらしい。室内に人の姿はなかった。もしかしたら着替えて皆舞台の方に行ってしまったのかもしれない。ならば急がなくてはクラス委員長としての顔が立たない!
少女は用意しておいた自分の衣装に着替え始めた。
そしてつい数分前の出来事を思い浮かべる。
なにせ、とうとう会ってしまったのだ。
見間違うはずはない。
瑞瀬宏明。
昔より背が伸びていた。髪も昔より長くしていた。でも相変わらず優しそうな目をしていた。そしてしっかり男の子になっていた。
変わってないところと変わったところを思い返す。やはり見間違ったはずはない。
昔みたいに呼んだらびっくりするだろうか?
顔を見た感じ、私に気づけていないようだ。それはそうかもしれない。見た目は変えたし、以前より雰囲気も明るくなったはずだ。
でも私はすぐ気づいたよ。
いたずらっ子のように少女は笑った。
でも忘れたままはつまらないし、寂しいものだ。
だから、
「…びっくりさせたげる」
少女は呟き、またクスリと笑った。
そこへ、
「真琴、いる?」
女生徒が入って来た。劇の舞台効果担当で友人の八嶋通称ヤッシーだ。
「さっきはお使いありがとね!おかげで準備ギリったでしょ?後でなんかおごるわ」
「いいのいいの!シッポしかつけてなかったし、私の着替え早いし!」
そう言うと少女、真琴は荷物から猫耳のついたカチューシャを取り出した。
「真琴って…制服に尻尾つけたまま外に出るってなかなか勇気あるよね」
「だって外すのめんどくさかったんだもの!」
少し恥ずかしくなり、真琴は八嶋から目を逸らした。そしてセットしていない髪に櫛を通す。
「髪伸びたな…」
「髪ほんときれいだよね!」
真琴の呟きを聞いて、八嶋が真琴の手から櫛を奪い取った。
「まだリハーサルまで時間あるし、私やっていい!?」
らんらんと目を輝かせながら聞いてくる。
「え!?でも時間は!?」
「大丈夫!私に任せたら5分くらいで終わらせるわ!最終確認には間に合うはず!」
勢いに押され、真琴は八嶋のお願いを了承することにした。やがて恐る恐るといった風に髪を櫛でとかれていく。そのあまりの真剣さに真琴はつい笑ってしまった。
「だって真琴の髪ってなかなか上質だと思うの!でも本人はなかなか髪いじらないんだもの」
と八嶋が唇を尖らせた。
そして笑われた事が嫌だったのか、思い出したように話題を変えた。
「ねね!外にいた男の子たち!ちょっとかっこよかったね!」
「え?」
思わず聞き返すと、
「ほら!背高めの…他校生?あ!もしかして真琴の彼氏!?だってガン見してたし!」
と鏡越しに目を合わせてニッと笑った。先ほど小音楽ホールの前に真琴を迎えに来た時のことを言っているのだろう。とんだ勘違いだ。
「違う違う!見てたのはひさしぶりに会ったから!幼なじみで何かと一緒になること多かったから!」
「あんなイケメン幼なじみいたら、そりゃ少女マンガ的展開期待するでしょ!」
真琴は手を振って誤解を解こうとしたが、八嶋は手強かった。
「あー!もう!ほら、F2のカナ!いるでしょ!前にヤッシーとカナと三人で話してた幼なじみがアイツだよ」
「あー、そういえばそんな話言ってたね。…じゃあ三角関係とかか!?」
「なんでそうなんの!?」
今度はカナも巻き込んだ…。恐るべし恋バナ・ゴシップ好きの正統派女子。友達の話にもガンガン攻めてくるか。真琴は思わず吹き出した。
「ないないないない!それはない!カナは知らないけど私はないよ!あんな裏切り者!」
そうだ。あいつは裏切り者だ。あいつは私との約束を破ったのだ。
「ぶー、つまんないのー」
全く匂わせない真琴に痺れを切らして八嶋は頰を膨らました。そして置いていたカチューシャを真琴につける。
「とりま!できたよ!」
そう言って鏡を真琴の真正面にかまえた。見ると腰までの髪が猫耳カチューシャが映えるように見事に三つ編みでまとめている。
「ヤッシーすっごい!私一人でやったらポニーテールだよ!」
「真琴のポニーテールもいいけど、やっぱりカチューシャには三つ編みが最高コンビだと思うの!真琴なら他の髪型も似合うだろうな」
しみじみと語ると、八嶋は肩に下げていたポシェットからタトゥーシールとメイクポーチを取り出し、
「リハーサルまであと少し時間あるし!もうちょいいじらせてね」
と目を輝かせた。真琴は自分よりも女子力の優れた友人に身を委ねることにした。
あー。ますます気づきにくくなるかな?でも劇のパンフはホール入った人全員に配るし、キャスト欄で気づくよね。
真琴はもう一度先ほどの幼なじみの顔を思い浮かべた。
あとで今度こそちゃんと会いに行こうかな。
私の幼なじみ。大切な、そして残酷な裏切り者のヒロくんに。
その時、気づいたのは八嶋だけだった。真琴自身は気づいていなかった。真琴がどれだけ顔を綻ばせていたのかなど。
☆☆☆☆☆
謎の少女との邂逅の後、宏明たちは小音楽ホールのパンフレットを受け取って席についた。まだ開始まで時間はあるが席はそれなりに埋まっている。パンフレットによると今は昼休憩中で午後一発目に2-F1の劇とライブイベントが始まるらしい。現在舞台には緞帳が下りており、まだ中は見えないが人が行き交う音がしている。準備中なのだろう。
「さっきの子も出るのかな?シッポ付けてたから動物役か?楽しみだな!」
沢音はパンフレットの作品紹介ページを見た。
「お前なぁ…」
と言いながら宏明も劇の直後にあるライブの参加者紹介ページを開いた。なにせ同級生による演奏だ。しかも第一高校。上を目指すものの実力を間近で知るいい機会だ。
すると沢音がパンフレットを指さしながら宏明に話しかけてきた。
「お!猫役?この子かな!?」
開かれていたのは2-F1の劇に出るキャスト一覧表だ。劇の役と名前、所属バンドや担当楽器の項目まであった。その中でも沢音の指が示していたのは先ほどの少女と思われる猫役の欄だった。
『猫 葉月真琴 ガールズバンド:ラピス keyboard』
「嘘だろ!?」
宏明は思わず声をあげた。周囲から一斉に視線を向けられ、思わず座席に体を沈める。なんとそれは知った名前だったのだ。
「え!?ヒロの知り合いか?ずっとヒロの事見てたからヒロ目当てかとは思ってたけど」
沢音はわざと自分への興味があるとか相手が気になるなどの嘘をついていたらしい。だいたいを予想したうえで言っていたのだろう。
そんなことにツッコミを入れる余裕もなく宏明は絶句した。
「で?どういう子なわけ?」
沢音が顔をのぞきこんだ。そして思いもしない反応に驚いた。
「ヒロ…顔赤い」
宏明は思わず、顔を腕で隠した。
「いや、その…なっ!何もない」
「お前誤魔化せてねーからな」
噛みながら話す宏明に沢音は冷静にツッコミをいれた。
そして、
「で?」
笑顔でプレッシャーをかける。沢音が会話で優位な時によくする顔だ。
…おもしろがってやがる。
「一回…」
宏明は抵抗を諦めて素直に話すことにした。
「ほうほう」
沢音が大仰に頷く。
「告られた」
顔がさらに紅潮していくのを感じた。
「お!いつだ!いつ!?」
それに合わせて沢音は前のめりになりながら聞いてきた。
「…小学校の四年」
宏明は我慢できずに顔をそらした。
すると、
「え…」
それまで話に食いついていた沢音が何も話さなくなった。
「…どうした?」
見ると沢音は両手で顔を隠し、肩を小刻みに震わしている。
………。
「何笑ってんだよ!!?」
宏明が肩をひっぱりあげると沢音の顔は笑い過ぎでか赤くなっていた。
「どこにそうなる要素があった!?」
「だって!!しょ、うがっこうの時に告られたので恥ずかしがるとか…ヒロ可愛すぎ!」
宏明はゲラゲラと笑う沢音の胸ぐらを掴んだ。
「仕方ないだろ!一度だけなんだから!」
それを聞くと笑い続けていた沢音が今度はキョトンと小首を傾げた。
「え?一度って今までで?」
「そうだよ!」
「ヒロなのに?」
「なんだよ…?」
「いや、意外だったから。ヒロってけっこう人気ある方だし」
解放された沢音が顎に指をかけて考えるポーズをとる。
「は?本当に告られたのは今までであいつ一人だよ」
宏明はふて腐れたように話した。
それに、
「あぁ、でっかいライバルがいるから誰も話しかけられないのか。大人しい系の子が多いのもあるだろな」
沢音は独り言のようにぶつぶつと呟いた。
「そう考えたら告るって行動力ある子だったんだな。まぁ小学校なら遊び程度だったのかもだけど」
「いや真逆だな」
宏明は当時の真琴の印象を思い浮かべた。
「あいつとは母さん同士が仲良くて家も近かったからよく遊んでたんだけどさ、けっこう引っ込み思案だし人見知りだしで最初は全然話さなくて大変だったよ」
そうだ。そしてどちらかの家で遊ぶことが多かった。
「学校でも大人しくて、しかも三つ編みに眼鏡だから暗く見られててさ」
「今と真逆だな」
「そうそう!」
だから気づかなかったのだ。印象が違いすぎて。
「でも話したら自分の意見をちゃんと持ってるし、しっかししてるし、優しいし、いいやつだったよ。それに」
ぴんと人差し指を伸ばす。
「あいつのピアノはすごかった」
当時、まだ音楽の知識は乏しかったがそれでも真琴のピアノのうまさはわかるくらいには他の者から頭が一つ出ていた。彼女はまさに天才だった。
「何度かヴァイオリンの伴奏してもらったことあるけど今思うともったいないことさせてたな」
思わず宏明は頰をかいて笑った。
「てことはヒイちゃんよりもこの真琴ちゃんとの方が昔から知り合ってたのか?」
沢音が質問してきた。
「そうだな。真琴は幼稚部に入る前くらいからで、奏子は初等部の途中になるから」
「…幼くして両手に花か。なんて小学生だ!」
「なぜにそうなる!?」
思わずツッコミをいれた。
「なるほど、ヒイちゃんより昔なじみか。確かに告白しやすいな。でも大人しかったんだろ?それで告白って何かあったのか?」
沢音がマシンガンの如く質問を重ねた。他の者に言うのはあまりよろしくないが、沢音にここまで聞かれては隠しきれない。
「…父親の都合で引っ越したんだよ」
「なるほど」
「アメリカに」
「…へ?」
沢音が間の抜けたような声を出した。
「小学校からアメリカ!?それで会えなかったのか。てか、スゲーなアメリカ」
「まぁ、頭良かったし英会話教室にも通ってたらしいからな。それで雰囲気とかも変わったのかもな」
宏明はふと告白された日のことを思い出した。
いつもの公園。
サッカーボール。
夕焼け空。
そして涙を流す真琴と小指を差し出す自分。
そういえば俺はあの日何と返事をしていただろうか。今となっては覚えていないが、何か大切な約束も交わした気がする。
しかし思考は中止を余儀なくされた。
『大変お待たせいたしました。ただいまより三輪学園第一高等部学園祭小音楽ホール午後の部を再開させていただきます』
そして館内放送が劇の説明を続けた。
「いよいよだな」
沢音が小声で話す。
「ヒロのもう一人の幼なじみか。どんなやつか話してみたいもんだ」
「俺もだよ」
宏明が笑うと舞台の緞帳がゆっくりと上がり始めた。
舞台の内容は途中でロバが泥沼離婚の協議中だとかヒヨコが泣く子も黙る番長だとかパロディ要素が数多く含まれていたものの基本原作に沿った物語となっていた。
「お!」
沢音がパンフレットを叩いた。まもなく真琴が演じる猫の登場のようだ。眼鏡でおさげの文学少女、そんな過去の面影を感じさせない姿で。
改めて見ても複雑な心境だ。宏明は徐々に劇の内容が入らなくなっていた。
もしもホールに入る前の少女が本当に真琴ならば、自分はどのように話すべきだろうか?中学の途中からメールを送らなくなっていたが真琴は怒っているだろうか?もし会いに行くならば、まず謝罪からか。いっそ土下座でも…、だがそれは少し…。
あげく奇跡的に同姓同名の別人かもしれないなどと思いだしたその時、
「このように悲しい思いをするくらいなら、戦おう!一人ならば無理だけどともに夢追う仲間達と!」
舞台を見ると泥棒を追い出そうと画策するという場面だった。セリフを言っていたのは犬役だ。途中までカオスフィールドと化していた舞台がオチをまともにしようと急展開を迎えているらしい。
「私はか弱い!だがともに歩いた仲間とならば!」
猫が、真琴がセリフを述べた。
あれが本当に真琴なのか?いつも宏明の後ろについていた、人前で話すのが苦手だったあの…。
『ヒロくん』。
その瞬間、その二つのセリフが宏明の脳内の奥深くにあった記憶に働きかけた。現実感がぼやけ出し、深い水の中を浮遊するような感覚に陥る。これは何かを思い出そうとしているのかもしれない。宏明はその感覚に身を任そうとした。
しかし、
「そうだ!あんな泥棒よりも馬美やブタ子の方がもっと怖い!」
「お前の泥沼関係を今出すな!てかロバのくせに相手ロバじゃねえのかよ!」
「は?馬美もブタ子もロバだぞ」
「名前!!狙ってるだろ保護者!」
直後のロバと鶏の漫才によって現実に引き戻られてしまった。感覚は胸ぐらを掴まれて水上へと投げあげられた気分だ。よりによってどうしてこんなしょうもない所で…。
そしてブレーメンの音楽隊名物の動物ピラミッドを行い、そこからは鶏の大捕物。元番長として手下のヒヨコを呼び出し泥棒たちを倒していった。
これがたまに何の劇だったか忘れそうになる…。
そしてどうにか泥棒から家を奪い取った。
「私たちの絆は強い!ブレーメンに向かわなくてもこの地でともに音楽を奏でよう!」
犬が仕切り、終わりを告げるようなファンファーレが鳴り響く。
「それでは2-F1音楽隊によるバンド演奏をお聞きください!」
このタイミングでか!?ナレーションに合わせて移動式の台に乗ったドラムセットとスピーカーが運ばれて来た。ライブの導入にしては少し強引な気もするが、やがてギターのチューニング音がスピーカーから響き始めた。
数組の演奏を聞いての感想のほとんどは単純に『さすが』や『うまい』といった敬意だった。しかしその次に多かった感想は意外なもので『この程度?』だった。ドラムは沢音と同等レベルかそれより低く思わされる者がいたし、ギターも宏明よりも練習をしているのだろうがコードはそこまで複雑なものではなかった。
しかし、それは一人ひとりを見た感想だ。各グループがその中で突出したメンバーを主体に置いていることで、全体的バランスが保たれていた。
プリンアラモードで例えるならばメインパートがプリンで他のメンバーはサポート役のフルーツやクリームだろう。(奏子の影響か、最近スイーツの例えが増えている気がする)
ことわざ的にならば安定した実力で『縁の下の力持ち』といったところだ。
「…グループワークだな」
宏明に対してなのか、独り言なのかわからない程度で沢音が呟いた。見ると椅子に深く持たれながら頬杖をついていた。
やがてのそりと体躯を動かしたと思うと膝の上に置いてあったパンフレットを手に取った。
「次のグループが真琴ちゃんのいる『ラピス』だな」
ちゃん呼びは、突っ込まないことにする。
そうか次か。
劇では確認しきれていない。宏明も幼なじみの真琴かどうかを改めて見定めようとイスに座りなおした。
そしてソレは思いもよらないカタチで訪れた。
やがて前のバンドの片付けが終わり、真琴が所属するバンドのメンバーが舞台袖から出てきた。全員女子だ。そして劇の衣装は着替えたらしい。
皆ワンピースに楽器という出で立ちだった。キーボードの横に立つ少女も。
真琴の服はえんじ色のワンピースだった。
あの日と同じ…。
その瞬間、宏明の思考は一気に七年前へと遡った。
☆☆☆☆☆
二人の家から歩いて五分ほどの場所にある児童公園はいつしか遊びの定番スポットになっていた。
そしてその日はたまたま奏子がおらずひさしぶりに宏明と真琴だけで遊ぶことになった。普段三人で遊ぶ真琴にとっては絶好のチャンスである。
しかし思ってはいてもなかなか勇気が出ず、気がついた頃には空が赤く染まりだしていた。
このまま帰ってしまおうかと思ったその時、先に口を開いたのは宏明だった。
「まだ、怒ってるの?」
驚いた。それは先日の喧嘩の話のことだろう。ずっと考えていたのだろうか、真琴は全力で否定した。
「違うの!あの!ヒロくんに言わないといけない事があって!」
それを聞いて宏明は遊んでいたサッカーボールを手に取ると真琴に向き直った。真摯に聞こうとしてくれている。その優しさに真琴の目から堪えていた涙が溢れ出した。
「パ、パの仕事で、アメリ…カにひっこすことになってっ、ヒロくんと離ればなれになっちゃうのぉ」
必死で説明するも、しゃっくりは収まらない。拭っても拭っても涙がこぼれ落ちた。
しかし、
「…知ってる」
予想外な返事に真琴は目を丸くした。その声はとても落ち着いたものだった。
「お母さんから聞いてる。もうすぐマコが遠くに行っちゃうって。だから今日あまり話してくれなかったのか?俺ずっと怒ってるのかと思ってたよ」
そんな事はない!先日の喧嘩も今に思うと仕方のない事だ。
しかしその思いは届かず、
「だからちゃんと謝らないといけないかなって思って…その」
と宏明は頭を下げようとした。真琴は両手で必死に制止し、目を丸くした宏明に対して覚悟を決めた。
「だっから…好きです!その、ヒロくんの事が!いつも優しいヒロくんが、大好きです!離ればなれになっちゃう前にずっと言っておきたくて…!」
一世一代の告白だった。心臓が飛び出るかと思った。泣きじゃくる声は激しさを増していく。
それぐらい当時の真琴にとって勇気のある行動だった。
そして宏明は最初驚い顔をすると、
「そっか、ありがとう。それからこの前はごめん。俺もマコが好きだよ。だから戻ってきたら…」
「っ…戻って来たら?」
涙で目を腫らした真琴に宏明は右手の小指を突き出した。
「約束。真琴が戻って来た時は一緒にまた伴奏してよ!その時はヴァイオリンじゃないかもだけど…真琴のピアノ好きだから一緒に演奏したいんだ!」
「や、くそく?」
「うん!約束」
その笑顔は真琴にとってとても残酷でとても眩しかった。
あの日からえんじ色は勇気をくれる色だ。だからステージ衣装がワンピースと決まった時も絶対にえんじ色の服にしようと決めていた。
そして今、スポットライトがボーカルの姿を照らしている。
真琴はキーボードの盤面を指でなぞった。今日もよろしくねと感情を送り込む。
今日は特別な日なのだ。この目の前の客席のどこかにきっと宏明がいる。そして、すぐ隣には八嶋がいる。
やがて涙ぐみながらボーカルが前説を始めた。
「私達『ラピス』はヴァイオリン担当である八嶋しおりの古典音楽科への転科に伴い、本日を持ちまして解散となります。彼女の存在は私たちに新たな可能性をもたらしてくれました。これから先、別の道を歩き出す私達の最後の歌を全力で届けます!どうか聞いてください」
ヴァイオリンの名手とされていた八嶋は現代音楽の一部になるようなヴァイオリニストを目指していたのだが自らの力のあるべき場所を古典音楽であると考え直し転科を希望した。だからこの時間が最後であり、私たちの今までの全てがかかる。
選曲したものは最後を締めくくるに相応しい曲だ。だが決して別れの曲ではない。それは作った真琴がよく知っている。この歌は応援歌なのだ。夢を追う者と、そして夢を迷う者への。
八嶋の転科の話を聞いたのは夏休み中だった。その時から送り出す曲を作ろうと思っていた。そして奏子が学祭に宏明を誘おうと思っているという話を聞いたのもその頃だった。
そこで真琴は考えた。旅立つ友への贈る曲と、裏切り者への罵る曲を。
私をここまで連れてきてくれた君がそんなところで止まるなんて許さない。
君の言葉が私を今まで繋ぎ止めていたのに。
迷っているならばひっぱりだす。
必死な私たちを見て目を覚ませ!
あの日の約束はまだ続いてるから!
『ヴァイオリンをやめてギターをする』、喧嘩の理由はもういいの。奏子から聞いている。練習は怠ってないって。
あの日の続きを私は今なお待っている!
だから旅立つ友に感謝を込めて、裏切り者には平手打ちを。
さぁ聞け!私たちの本気を!
ドラマーがスティックで拍を刻む。
八嶋がヴァイオリンに弓をかまえる。
キーボードに触れた指先に力が入る。
ギターボーカルがマイクに手をかける。
私たちのバンドの名前、『ラピス』は宝石のラピスラズリから名前をとっている。石の意味は幸福を運び、夢を叶えるだと八嶋が言っていた。最後にバンド名と同じ曲というのも面白い。
どうか、これからの旅路に幸多からんことを。
どうか、迷える者が進むべき道を指し示せ。
感情をのせてボーカルがマイクに向かって叫びをあげた。
「これがラピスのラストステージ!!聞いてください。
『lapis lazuli』」。
正確にしかし力強く、真琴の指は鍵盤の上を走り出した。
宝石って好きなんです。パワーストーンとかつい見ちゃうタイプで、書いた時にラピスラズリについて調べたんですが、他にも邪気を退けたり、考えを正したり、進むべき道を示したり、直感や想像力が高まるなど様々な効果があるそうです。
今回の話にぴったりだなと思いました。私は書いてる途中にふと浮かんだものがよく入ってきますのでびっくりです笑。
これからも彼らの成長を見守っていただければ幸いです。
最後に私がもし『lapis lazuli』の歌詞を考えたならと書いてみました。まぁざっと流してくださいね笑。
『lapis lazuli』
暗闇の中をさ迷う
蒼い翼がおいでと
誘い不安が頬を伝う
必死に伸ばしたこの手は
なにか掴めてるかな?
僕の体を孤独が蝕んでいく
もう戻れない あの日に戻れない
指の間から零れ落ちてく 光
モノクロな記憶が絡まり始めた
僕はどこにいくの?
夢と幻の狭間で
進むことが怖くなって
振り向くのさえできない
声届かぬ闇で叫び続けてる
【恐怖に飲み込まれる!】
『そんなこと言わないで』
【僕のことを嘲笑ってる】
『違う!』
【独りの世界なんて…】
【独りの世界なんて…】
『気づいて!
君はひとりじゃないから!』
優しい声聞こえる
『届け!』
何度も呼びかけてる
『君にも輝く
自由があるだろ』
蒼い天使が僕の背中を押すよ
『ひとりなんかじゃない』
『いつもそばにいるよ』
涙溢れて
もう大丈夫だって
いつも誰かが君を支えてるから
僕も誰かの背を押して繋がるよ
背中に残るぬくもり
感じて未来見上げよう