先手と奥手
あいつとは親友だ。それは認める。だけど…なぜか嫉妬をしているらしい。
主人公 瑞瀬宏明の親友 片野沢音視点で語られる二人の関係とは?
そして始まる第一高等部学園祭!そこに待っていたものとは!?
学園群像劇の協奏曲どうぞごゆっくりお聴きください。
雲一つない青空、ギラギラと輝く太陽。天高く馬肥ゆる秋と世間はよく言えるものだ。なんでも今日はここ数日のなかでも平均気温が特別高いらしい。
「…服装間違えたな」
一人呟くと片野沢音は眼鏡のレンズ越しに太陽を睨んだ。夜の冷え込みに備えて着ていたジャケットは今ではただの荷物となり、不快指数は上がるばかりだ。
腕時計を見ると10:46。待ち合わせの相手はまだ見えない。遅刻だ。まぁ連絡を一応受けてはいるのだが、沢音は思わず眉根を寄せた。…絶対何か奢らせてやろう。この暑さのせいなのか普段落ち着きある沢音の沸点はいつもより高かった。
イライラしても仕方がない。沢音は息を吐き、これからの事を確認するためにポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出した。その紙には『三輪学園第一高等部学園祭生徒関係者特別招待券』と書かれていた。
☆☆☆☆☆
片野沢音と瑞瀬宏明は親友だ。それは第三高校の同級生の間では周知の事実となっていた(一部の女子が陰でいろいろ考えるほどには)。
だが親友だからといってずっと一緒にいるわけではない。一年生の時はクラスが同じで一日のほとんどをともに過ごしていたのだが、二年生になってクラスが別れてからは昼休みや放課後などにしか会わなくなっている。二年連続でクラスが同じになる確率は少ないし、相手のクラスというアウェイな空間にわざわざ出向くのは何か用事がない限り躊躇われる行為であるし仕方がない。それと宏明が積極的に自分から何かをするタイプではないことも相まって、連絡は基本メールや電話で沢音からの接触がない限りは特に二人で会うという事は少なくなっていた。
そのため、その日のイレギュラーに沢音は珍しく動揺した。
朝礼前の自由時間。登校した生徒や朝練の生徒の声が至る所から聞こえるいつもの朝。沢音は教室に着くなり、自分の席に座って最近ハマりだした携帯のリズムゲームを始めていた。いい感じのフルコンボだ。最高記録更新もあるかもしれない。
しかし、
「タクトー!」
突然声をかけられたと思ったらずしりと背中に体重が乗った。二年生になってから仲良くなった同じクラスの河野だ。沢音は思わずバランスを崩して携帯電話を手元から滑り落とした。気付いた時にはすでに遅し、それまでのコンボ数はリセットされている。
とりあえずのしかかった河野を剥がして、笑顔で頭を鷲掴む。そこで自分の行いに気づいたのか河野はしどろもどろになりながら謝りだした。
「ご、ごめ!それ最近流行ってる『ドラドラ!』だろ!タクトもハマってるって言ってたもんな!い、痛!ほんとごめん!謝るから許して!!」
沢音の手の中でもがく姿にため息を吐きながら、沢音は本題を尋ねた。
「まったく…。で?どした?」
どうにか解放された河野は頭を抑えながら、
「あっ!そうだった!」
と思い出したように教室後方の扉を指差した。
「珍しい客が来てるぞ!み、ずせ?だっけ?タクトの友達の」
「え?ヒロが?」
予想外な言葉に扉を見るとそこに立っていたのは確かに宏明本人だった。
しかし沢音が宏明のもとへ向かうと、
「もう朝礼始まるからまた昼休みに話すわ」
とすぐに自分の教室に戻ってしまった。
宏明がわざわざ訪ねてくるというのなら何かあったに違いない。沢音は昼休みが始まるとすぐ弁当を持って廊下に出た。
「よ」
そこにはコンビニ袋を携えた宏明が待っていた。
「待たせた」
言葉少なく、(背中に一部女子の悲鳴を聞きながら)二人は廊下を歩き出した。
昼食を二人でとる時は屋上か中庭が定番になっているのだが、今日は宏明の希望で屋上に向かった。
上がると生徒の数がいつもよりも少ない。恐らく紅葉が色づきだして中庭で食べる生徒が増えたからだろう。
そして適当な場所に着くと宏明は腰を下ろした。それに合わせて沢音も足を崩して座る。
やがてしばしの沈黙の後、
「どした?」
先に話しだしたのは沢音だった。
昔から父の仕事の関係で人と関わる機会が多かった。そのため多種多様な情報が自分の周りを行き交う状況に慣れており、その経験から会話において『先手を取った方が有利』という考えが沢音の持論になっていた。
ゆえに今も沢音は宏明を探るために先手を取りにかかったのだ。
すると宏明はブレザーの内ポケットから青い封筒を取り出し、
「ん」
と沢音に差し出した。
開けろという意味なのだろう。封筒は糊が貼られておらず、何かを包むためだけに用意していたらしい。中を開けてみると入っていたのは一枚の紙だ。その紙には鮮やかな紅葉の絵に金色の文字で『三輪学園第一高等部学園祭生徒関係者特別招待券』と書かれている。
「これって?」
思わず尋ねると、
「第一高校の学園祭招待券。奏子にもらったんだ」
宏明は答えた。
第一高校の学園祭といったら人気過ぎて一般観覧を廃止したと有名な大イベントだ。
「な、なんで俺に?」
「なんでも奏子の父親の秀二さんが急な仕事入って行けなくなったらしくてさ、もともと一枚もらってたんだけどなら第三高校の友達誘えばって」
宏明は頰をかきながら説明する。
なるほど。沢音は納得した。学芸の名門である第一高校の学園祭招待券など我が第三高校の生徒なら喉から手が出てやまない代物だ。だから宏明はできるだけ人気の少ない場所に呼び出したかったのだろう。
「てなわけで、今週末行かないか?」
宏明が改めて尋ねた。
沢音は封筒から出した招待券をまじまじと見つめながら、
「デートのお誘いってわけか?」
とニヤッと笑った。
「…わかった」
宏明は珍しくつっこまずに返事をしたかと思うと、
「これは他のやつに渡す!」
と沢音の手から招待券を奪い取ろうと飛びついた。
間一髪身を翻して避けながら、
「ジョーダン!ジョーダンです!楽しみにします!ありがたく頂戴します!」
沢音はオーバーリアクションで招待券を抱きしめた。それを見た宏明は吹き出した。どうやらこれが狙いだったらしい。今回は手の上で踊らされてしまったということか。沢音は頰を膨らませた。
「話は終わったな!よし飯飯〜」
あからさまに話題を変えた沢音に、
「沢音ってペース乱されたら弱いよな」
と宏明はまた吹き出した。
図星である事を否定できず、沢音は無言で弁当をかき込んだ。それを見て宏明も買ってきたパンにかじりついた。
しばらくすると、
「…奏子が」
何かが沢音の胸に刺さった。
「え?」
聞き返すと、宏明は思い出したように笑いながら話し出した。
「この前、沢音から大学部目指してるって話聞いた日に奏子に会いに行ったんだ。なかなか言われたよ。俺甘いんだなって思った。最後とかシュークリーム投げつけられてたし…」
何があったのだろう。宏明は少し遠い目をした。
「でさ、最後に悩むくらいなら全力で頑張ってる人をそばで見てみればってこの券もらったんだよ」
宏明は自分の招待券を見つめながら話した。
沢音は思ってしまった。
なんて幸せなやつだ。
自分の事を悩んで、いろんな人に尋ねて、答えに導かれていくのか?
自分一人では探しだせないのだろうか?
そして譲り受けた招待券を見つめて、苦笑が漏れた。
情けない。きっとこれは嫉妬なのだ。
自分を理解してくれる仲間を昔から持っている宏明に。
自分の心を許せる大切な人を持つ宏明に。
そしてそれに気づけていない宏明に。
「…いいよな」
気がつくと口から出ていた。
宏明には聞こえていたのか、
「ああ、いいと思う。もっと色々知って答えを出したい」
と言ってニッと笑った。沢音への返事としては間違っていたが。
それから背筋を伸ばし、沢音を見つめた。
「それで奏子や沢音にちゃんと答えるよ」
落ち着いたいい目をしている。本心なのだろう。
しかし宏明の意外な行動に思わず沢音は吹き出した。
「なんだよ!こないだ沢音もこんなことしてただろ!」
「俺のはもっとドラマチックな感じだったぞ!お前と違ってな!ヒロってなんか…」
沢音は自分で言いながら苦笑した。
「もう言わん!」
宏明は顔を背けてパンにかぶりついた。
だって全然噛み合ってねーんだもん。
思った通り、やっぱり嫉妬のようだ。
いつも真っ正面しか向かない宏明に。
遠回りしながらも一生懸命な宏明に。
支える『彼女』の存在のある宏明に。
そしてこんな自分も大切な仲間に見てくれている『宏明』に。
もしかしたら本人が自分の価値に気づいていないことも悔しいのかもしれない。
沢音は宏明に気付かれないよう最後にもう一度小さく苦笑した。
やがて昼食を食べ終わると次が小テストだという宏明に合わせて沢音も校内に戻った。
「とりあえず時間は10:30。場所は三電の一高前駅な」
三電とは三輪市電鉄環状線という路面電車の略称で一高前駅というのはその名の通り第一高校の最寄駅だ。
約束を交わして教室へ戻ると、河野やクラスメイトたちが沢音の席に集まっていた。
「お前らホント仲いいよな」
「女子の言ってるのってマジか?」
「えー!タクトってBL!?」
繰り出される質問とデマの嵐に沢音は思わず笑ってしまい、口元を手で覆った。
これだから先手を打たないとなんだよなぁ。
そしてニヤリとチェシャ猫笑いをし、
「そーそー!俺たちラブラブだからぁ、デートのお誘い受けちゃった!」
最後にテヘッとウィンクをした。その瞬間クラスメイトたちは凍りつき、教室の中にいた一部の女子は謎の悲鳴をあげた。
しばしの無言の後、河野が怯えながら沢音に話しかける。
「う、嘘でしょ、タクト?そんな…」
「嘘に決まってるだろ、デートじゃないと男二人で出かけちゃダメなのかよ」
素の声のトーンに戻した沢音にクラスメイトたちは安堵の表情を浮かべた。本気で疑ったのか…。それはとても面白くない。そこで沢音は先手を取られた事とあらぬ誤解を受けた事に対してちょっとした意趣返しを思いついた。
「それに俺本命はちゃんといるしぃ」
と爆弾発言を投下したのだ。先ほどとは別の意味で沢音の周りの空気は凍りついた。
その中で最初に動き出したのは集まっていたうちの女子生徒だった。
「え!今のマジなの!?沢音って好きな子いるの!?」
「ちょーショック!うち結構好みなのにー」
それに合わせて固まっていた男子陣も、
「まじかよ!?誰!誰!このクラス!?」
「まさか!別のクラスか!?気になるじゃん!」
クラスの人気者に近い沢音のゴシップに教室全体が耳を傾ける。計画通りだ。教室の中の生徒たちは皆、沢音の手の中で踊らされている。そして恐らく誰もそのことに気づいてはいないだろう。だからといって長引かせたりはしない。何事も引き際が肝心なのだ。
皆が混乱する中、沢音は頭をコツンと叩き、
「なぁんちゃって?」
とわざとらしくニヤニヤ笑った。
それを見て、
「やっぱり嘘かよぉ!タクトのバァカ!」
天然キャラの河野がいいオチをつけた。
それを機に、
「もー動揺して損したぁ」
「お前、心臓に悪すぎー」
「イタズラが過ぎるっての」
全てはいつもの沢音の悪戯ということで皆の興味は消え失せた。同時にチャイムも鳴り響き、話は完全にお開きになる。沢音が満足気に席につくと、後ろからコンコンコンと背中にノックがかけられた。そして授業を始めた教師の目を盗んで、後ろの席に座る河野がメモを渡してきた。
『タクトってほんとに本命いないの?』
思わず苦笑した。こいつの真っ直ぐなところは誰かに似ていて嫌いじゃない。返事を書き、後ろ手にメモを渡す。
内容は、
『ひみつー♡』。
河野がガックリと頭を落としたのを背中に感じながら沢音は声を出さずに笑った。
だから先手は大事なんだよ。
沢音は誰にも聞こえないようにぽそりと呟いた。
それに…俺にもわからないよ。
今度は心の中でだけ呟いた。
☆☆☆☆☆
そして回想を終え、現在第一高校学園祭当日。
「わ、るい。遅くなっ」
「遅い!」
宏明が一高前駅に着いたのは10:55だった。なんでも奏子に手土産を頼まれ、電車を乗り遅れたらしい。白いシャツにパーカーを腕まくりして、手には白い箱二つを携えていた。
「今日やけにアメールが混んでてさ、シュークリームも売り切れててパティシエの雨宮さんが作り直すの待ってたら遅くなったんだよ」
「そういうのはもっと事前に考えとけよ!想像つくだろ!」
「不可抗力なんだから許せよ!ちゃんと沢音のぶんも買ってある!」
「そこ問題じゃない!」
暑さで思考がいつもよりうまく回っていないようだ。沢音は思わず頭を抱えてしまった。
「悪かったよ」
そう言うと宏明は自販機からスポーツドリンクを買い、一つを沢音に投げた。
プルタブを開けるとしプシュリといい音が響き、喉が鳴った。沢音は思わず一気に飲み干した。
じんわりと吹き出していた汗に水分を奪われていた体が満たされていくような感覚だ。
「生き返るー!」
「大げさだな」
宏明はクスリと笑った。
「そんだけ乾いてたんだよ!仕方ないだろ!」
沢音が拗ねたようにいうと、
「まぁそうだな」
と宏明も手に持っていた缶を飲み干した。
空き缶を捨てると、第一高校を目指して歩き始めた。
三輪学園第一高等部は一高前駅のすぐ向かいにある一高前商店街を上った先に構える洗練された洋風の校舎と門が特徴の学校だ。中等部の際にパンフレットやオープンスクールで何度か見たことがある。
しかし徐々に見えてきた門にはいつもの品位は感じられなかった。見えてきたのは色味豊かかつ歪な門で上部には達筆な字で『三輪学園第一高等部学園祭』と書かれている。
書道専攻の生徒が書いたのだろうかと沢音が字を見上げていると宏明が門の下の部分を指差した。見ると思わず顔が引きつった。遠目に見ると分からなかったが近くから見るとこの門、表情豊かな多数の顔の集合体によって成り立っていた。
門の横には札がかけられており、
『触るべからず!
日本文化学科書道専科3年 水木泰洲
創作美術学科現代アート氷山ゼミ 2・3年生
合同作品 作品名 僕らの結晶』
と書かれていた。
『僕らの結晶』…。それでなのだろうか、この凄みは。沢音はこれから先に目にするであろう作品たちを覚悟した。宏明も同じ事を思ったのか、拳を強く握っている。
とりあえず受付に行って招待券を見せ、パンフレットを受け取った。まるで総合美術館だ。展示品の種別に合わせて区画が分けられており、作品展示室、屋外展示、体験イベント、音楽ホールさすが学芸特化第一高といったものがずらりと並んでいる。しかし次のページにはクラスの出店やお化け屋敷、カフェなどが平然と並べられてもいる。
落差が激しすぎだ!
カルチャーショックに立ちくらみを起こしそうになりながら沢音はふと思い出した。
「ヒロ。早くその差し入れ持ってった方がいいだろ?ヒイちゃんってどこ所属なんだ?」
「ああ、そうだな。あれ?言ってなかったっけ」
宏明はバックパックから携帯を取り出して確認した。
「えっと…あった。奏子は現代音楽学科の声楽専科で、クラス名は…2-F2だってさ」
沢音は奏子のクラス展示を確認するためにパンフレットの教室店舗一覧を開く。
2-F2…2-F2…あ、あっt…。
思わず言葉を失った。
「…ヒロ」
「どした?」
「2-F2か?」
「そうだよ」
「ヒイちゃんって本当に2-F2か?」
「だからそうだって」
宏明は怪訝そうに眉を寄せる。
「なら、これか?」
恐る恐る沢音は2-F2のクラス展示名を見せた。
それを見た瞬間、宏明は吹き出した。
なにせ、
『2-F2 初日クラス展示 男女逆転カフェ♡』
と書かれていたのだ。
「『秘密』ってこれだったのか…!?」
宏明は呆然としている。相当予想外だったようだ。
「…えー、えと、行くか?」
とりあえず沢音は頰をかきながら質問し、
「行くしかないだろ…」
その言葉に合わせて二人は廊下を歩きだした。
カオスな環境にカオスな店。この週末は前途多難になりそうだ。沢音は一人予感した。
校舎内は特別棟以外は基本クラス展示のみらしく、ところどころに飾られた絵などの作品以外は見た感じ第三高校のそれと大差はなかった。
そして目的の2-F2の教室は思ったより早く見つけることができた。
レースとラメがあしらわれた看板にはやはり『2-F2 男女逆転カフェ♡』と書かれている。
空いた扉越しに室内を覗くと、本当に女子生徒が男装を男子生徒が女装をしていた。なんというか、すごい状況だ。
思わず非現実的な室内を凝視していると、
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
沢音と宏明は思わず飛びのいた。気がつかない間に後ろに店員が立っていたらしい。声的に男子生徒だろうか。とりあえず沢音は覗いていたことを謝ろうとすぐさま頭を下げようとする。しかし、宏明は口をパクパクさせてその『男子生徒』を指差した。
「奏子!なんだその格好は!?」
「ちぇー、バレちゃった」
と『男子生徒』もとい奏子は舌を出した。
奏子は白のシャツにベスト、七分丈のパンツと少年のような服装に紺の伊達メガネとシークレットブーツを合わしていた。
開いた口が塞がらない。沢音は高校に上がってから会う機会はなく、最後に見た奏子の姿は第二中等部卒業式のセーラー服姿だ。そのためか相手が奏子である事を理解するのには時間を要した。しかも沢音は奏子を声から『男』だと判断していた。予想外の連続だ。
「ヒロもカタやんもいらっしゃぁい」
奏子は二人の反応に満足したのかニヤニヤしながら話しだす。
「ヒロのことだから相手はカタやんかなって思ってたけどその通りとは…。相変わらず仲良しね」
「ヒイちゃん、ひさしぶり」
沢音はとりあえず平静を装って挨拶を交わした。まだ頭は整理できていなかったためか、思わず抱いた疑問を口にした。
「それで、なんなのその声…」
同じ事を思っていたように横で宏明も全力で相槌を打っていた。
「何って…『この僕の事?』」
奏子は喉を押さえながらまた少年のような声を出した。思わず目を丸くしてしまう。見た目と声がアンバランスだ。
「あー、あー、あー、あのね」
奏子は地声に戻しながら話し出した。
「私たちのクラスって現代音楽学科の合同クラスなんだけど、クラスの出し物考えた時に色々あって男女逆転カフェになってね…。あ、そこ追求しないで!明日にはそれぞれの専科とかグループで舞台とかライブ行うから本領発揮はそっちにってなって今日は…その」
少し目を泳がしながら説明を続けた。
「で声楽専科のゼミの先生に話したら、せっかくなら裏声と低音の練習だってノリノリになっちゃって…」
それからは上目遣いで二人を見上げた。察しろという事なのだろう。確かに教室の中を覗くと地声で接客する生徒の中に奏子のように声質を変えて話す者もいた。さすが第一高、おふざけも全力なのか。思わず沢音は苦笑した。
「そうそう、お前ほんと人使い荒い…」
宏明が思い出したように白い箱を奏子に渡した。
「さっすがぁ!ちゃんとプチシューセット買ってるね!」
「数足りてるか?」
「ばっちり!このシュークリームは私と二人の分?」
奏子は中を確認しつつ、入っていた三つのシュークリームを取り出して尋ねた。そういえば待ち合わせの時、宏明は『沢音の分も買った』と言っていた。箱から抜き取るのを忘れていたらしい。
宏明の説明を聞き、
「なるほど…。差し入れくれたわけだし、お皿用意するよ」
そう言うと奏子は二人を空いたテーブルに案内した。そして箱を高く持ち上げ、教室のバックヤードスペースに入っていった。同時に奏子のクラスメイトの歓喜のような声があがる。差し入れのプチシューを配っているのかもしれない。沢音と宏明は目を合わせて苦笑した。
他の学校の学園祭に参加するのは初めてだったが、渡されたメニューの内容は第三高校の学園祭と似たようなものだった。(途中に『名物メイドの萌え萌え♡オムライス!』なるものもあった…)
とりあえず側にいたメイド(男子生徒)にアイスコーヒーを二つ注文し、待っている間に沢音は質問をした。
「で?」
尋ねられた宏明は、
「おう…」
とパンフレットで口元を隠した。
『全力で夢を追いかける人を見れば何か方向がわかるかもしれないというのが今日の学園祭への参加理由だ』と聞いていたのだが、まだ掴み切れていないらしい。
沢音は一度大きく息を吐き、宏明の持っていたパンフレットを奪い取ってテーブルに広げた。
「さて!この後はどこ回る?」
宏明は呆気に取られて硬直したままだが、無視して話を進めさせてもらう。
「とりあえず出店はいいだろ、第三高と大差なさそうだし、作品展示や調理講座とかも回ってたら時間ない!俺たちが見るとしたら現代音楽学科の舞台とかライブとかだけになるから」
沢音は口に出すことで頭を整理しながら、持っていた赤ペンでルートを書き込み、
「ヒロ、俺はお前を『こっち』に誘った。だからお前に付き合う責任がある!けど俺もまだ怖い部分ばかりだ。だから俺にもしっかりこの学園祭で学ばしてもらう!」
そして書き終わるったパンフレットをバン!と叩いた。
「やっぱ沢音誘ってよかったわ」
宏明は小さく笑った。
やがてアイスコーヒーと皿に乗せたシュークリームを持ってきた奏子が書き込まれたパンフレットを見るや、
「あついねぇ。青春だねぇ。君たちぃ」
とケラケラ笑った。沢音は思わず頰をかく。
「ヒロの世話大変でしょー!話聞いてるとカタやんはオカンか!ってツッコミたくなっちゃうよ」
「余計なお世話だ!」
まるで自分の子供の話をする母親と反抗期の息子のようだ。沢音は思わず吹き出した。
「あ!そうだ!」
奏子は宏明の抗議を華麗にスルーして、
「クラスを代表して、差し入れのプチシューをお持ちいただきありがとうございました」
と淑やかに頭を下げた。それを見た他の客が感心するなか、宏明は盛大に吹き出した。
「お前、普段もそれぐらい素直ならいいのに!」
「なになに?またシュークリームくらいたいの?」
奏子は笑顔で素振りをした。こいつらに先日何があったのか、沢音は気になったものの質問できなかった。
「あとね、私休憩になったら付き合えるって言ってたけど、急に明日の合わせとかしないといけなくなって…今日は厳しそうだよ」
「そうか、わかった」
あぁ、幼なじみ同士の会話だ。
やっぱり入れないな。ここに部外者が先手を打つことはできない。
奏子と宏明が話しているのを横に聞きながら沢音は考えた。
すると胸にチクリと何かが刺さった。
嫉妬なのだろうか。ならば何に対してなのか。
それは沢音本人にはまだ分からない何かだった。
☆☆☆☆☆
少女の足取りは弾んでいた。
なにせカナが言っていたのだ。今日は奴が来ていると。
会えるかな?会えないかな?
私のこと忘れてるかな?もしも忘れてたらぶっ飛ばしてやる!
瑞瀬宏明。
名前を忘れた日は一度もない。裏切者。私の大切な大切な裏切者。
会うのは小学校以来になるだろう。どんなふうに変わっているだろうか。
会いたいな。会ったら何を話す?
もう昔みたいなことはない。私も変わったって見せてあげる!
様々な感情と楽譜を抱きしめて、少女は廊下を駆け抜けた。
スカートから伸びる尻尾を揺らしながら。
どうでしたか?徐々に人の会話が多くなり、読みやすく書けているかどうかが不安です。
そんななか彼らの小さな成長を見ていただければ大変恐縮です!
私の中でこのお話は折り返し地点の一歩手前です。これから最後まで優しく見守っていただけると幸いです!どうかよろしくお願いします!