6話~放課後と紗智(俺)の家と~
放課後。約束通りに綾辻さんを連れて俺の家に向かっていた。
正確に言うと、断りきれなくて綾辻さんが付いてきたと言った方が正しいかもしれないな。
『なあ、まだ家に着かないのか?』
「まだ学校出て2分と経って無いでしょ? 紗智の家は後5分の4歩かなきゃだから」
真宵ちゃんの口調をイメージして綾辻さんの問いに返す。
キャラ付けの為とか言って一向に口を開かないから凄く会話が面倒で、知らんぷりをすると胸を揉んでくる。真宵ちゃんの体は感度がいいのか少し揉まれただけで感じてしまう。同時に頭の中で厳しい叱責が俺の心を滅多打ちにするもんだから、上は大火事下は洪水な状況だ。下ネタではないからな。
「(やっぱり先輩は最低ですね)」
「(何で!?)」
これでも結構頑張ってる方だと思うんだ。なんなら称賛されてもいいと思う。もし俺でなければ簡単に心が折れていたところだろう。
『そうか。残り8分程度の距離か』
顔色を変えずに呟く……ように小さな文字でスケッチブックを俺に見せる。メモ帳はどこに行ったんだろうね。胸の隙間かな?
ポーカーフェイスを崩さない綾辻さんだが、真宵ちゃんが胸を揉まれた時に喘ぎ声を少し漏らしてしまったせいか、隙あらばと目を光らせながら胸を狙っている。
まるで獲物を狙う鷹のようだ。ギラギラしていて少し、いや、かなり引く。
「そうだね。後8分ぐらいだね」
つまり後8分間俺は綾辻さんの視姦に耐えなければならない。
真宵ちゃんは残り8分間の帰路を内心ヒヤヒヤしながら歩いていた。
☆☆☆
「着いたよ」
あの後は特に問題が起こることなく無事に紗智の家に着いた。綾辻さんは若干残念そうな雰囲気を醸し出すもののポーカーフェイスは崩れない。
「(先輩、結構ツラそうですね。大丈夫ですか?)」
「(女の体って結構大変だな。まさか同性にも胸を狙われるなんて)」
とは言え真宵ちゃんの胸はぺったんこ。言い換えれば胸がボーイッシュである。雄っぱいでもいいかもしれない。
「(それ以上私の胸の事を考えたら容赦しませんよ)」
対して綾辻さんの胸は巨乳である。と言うよりスタイルがかなりいい。ボンキュッボンである。ボンキュッボンである。大事な事なのでもう一度繰り返す。
「(先輩の心をボンと殴ってキュッと絞めて、とどめにボンと爆発させますよ?)」
怖い。何が怖いって頭の中でそのイメージを生々しく伝えてくるところだ。恐怖どころか戦慄さえ覚える。何でヒロイン(2)はこんなにも狂暴なのか?
あっ、勿論ヒロイン(1)は紗智な。紗智以外ありえない。
『インターフォン押さないのか?』
トントンと肩を叩かれスケッチブックを目の前に突き付けられる。心なしかポーカーフェイスを貫いている綾辻さんの目がジト目なのが気になるところ。
「(ほら先輩。怪しまれちゃってるじゃないですか)」
「そうだったね」
にしても自分の家のインターフォンを押すとは、中々に不思議な気分だ。
カチッと人差し指で押すと中からピンポーンと響く音が聞こえる。
これだけだと確かに紗智は出てこないだろう。なので3秒置きに鳴らす。
『新嶋です。ご用件は何ですか?』
それが計5回続いたところで機械を通して紗智の声が聞こえる。声に覇気はないものの、それでも久し振りの紗智の声を聞いて嬉しさが込み上げてくる。
だがその感情を今は置いておく。
真宵ちゃんは紗智に追い返されたと言っていたから、鳴らし方は手筈通りにしたのだろう。
だが問題はこの後である。これは真宵ちゃんの知らない事だから追い返されるのも無理ないだろう。なんたって兄妹のどちらかが居ない時に防犯の為に決めた事があるのだから。
「紗智」
『何でしょうか?』
声が真宵ちゃんだから呼んだだけで切られる事はない。だから名前を呼ぶ。まあそれが直接開くのに関係があるわけではないけれど。
「立ち止まったっていいんだよ。眠くなったら寝ればいいんだよ。めんどくさくなったら放り出したっていいんだよ。それでも最後に笑えればそれでいいんだ」
『……にい、ちゃん……』
インターフォン越しに、紗智の啜り泣く声が聞こえる。それと同時に玄関の扉が開く。
簡単に言うと合言葉ってやつだな。
バタバタと大きな足音を立てて駆けてくるのが見えた。居ても立ってもいられなくなったのだろうか。俺が高校入学前の時にお小遣いを貯めてプレゼントした狼のぬいぐるみを抱き抱えている。
さっきの合言葉もそうだが高校入学前の時の俺。もう少し何とかならなかったのか?
センスが色々とおかしいだろ。だってその時俺は15歳で紗智は中3になろうとしていたところだからな。バッグとか服とか靴とか、そう言ったお洒落のためのアイテムとかプレゼントしてやれよ俺。少なくともぬいぐるみはないだろ。
「お兄、ちゃん! ……あれ、真宵ちゃん。それと……お兄ちゃんの敵……」
俺の本来の姿ではなく真宵ちゃんの姿を見た後。何故綾辻さんを見て俺の敵と言ったのかは分からないが次第に目からハイライトが消えていく。
紗智よ。それはヤンデレじゃないと似合わないぞ?
「(先輩、多分その考え違いますよ)」
真宵ちゃんの静かな訂正だけが、紗智の言った敵と言う言葉を塗り潰して頭の中で反響していた。