3話~事実と憑依と~
「それで先輩はこの後どうするんですか?」
「どうするって?」
真宵ちゃんが朝飯を摂りながら聞いてくる。トーストにスクランブルエッグと、至って普通の洋食だ。
「私は今日学校あるんで」
「えっ……ああ、そっか。俺が卒業しても次の日に在校生は学校があるもんな」
「何馬鹿な事言ってるんですか?」
おお、辛辣。
しかしまだパジャマ姿の真宵ちゃんに何を言われても、悲しい事に耐性がついてしまっているので何も感じない。
敢えて言うとしたら、この短い時間の中で耐性がついてしまう程真宵ちゃんの暴言はかなりの速度で繰り出されている。なので余計なおせっかいだとは思いつつも真宵ちゃんに春は訪れるのかが心配なところである。暴力系ヒロインはもう過ぎたからな。
「今日は4月の25日です。月曜日です。もう少しでゴールデンウィークですよ」
「うっそマジで?」
あれ? だって俺が死んだのが3月の中頃で……あれぇ?
現世帰りに1ヶ月以上かかったって事?
それなら早く紗智に俺がここに居る事を知らせないと!
「(ってあれ? 何でスクランブルエッグが目の前に?)」
「(先輩。いくら何でもこれはないです)」
って、あーそうだ。俺、真宵ちゃんから離れられないんじゃん。
ちなみにぬいぐるみはと言うとリビングで寝そべる形で横になっている。
「(仕方ないですね。今回ばかりは私も同じ立場ならやりかねないので中辛で見てあげます)」
「(甘口でないことに戸惑いを隠せないがありがとうと言っておこう)」
さっきと同じようにジャンプする感覚で真宵ちゃんからぬいぐるみにダイブする。無駄に体が軽い。
「それで真宵ちゃんは学校に行くんだよね?」
「はい、行きますよ。それが何か……って、そっか」
どうやら気付いたようだ。
そう、ぬいぐるみから離れると俺の意識は真宵ちゃんの中に入る。その為プライバシーやら何やらはその時点で無くなる。
だからと言ってぬいぐるみを持っていったりぬいぐるみが着いて行くなんてのは以ての外。前者は高校生活的に問題になるだろうし後者は真宵ちゃんだけでなく俺の人生的にもアウトだ。
それにしても持ってと以てで上手い具合に掛かったな。ちょっと誇らしくを感じる。
そうじゃないな。今は俺が真宵ちゃんに取り憑くかぬいぐるみで行動するかで考えているところだった。
「こればっかしは、俺は真宵ちゃんに判断を委ねるよ」
「先輩。閉じ込めるのはありですか?」
「んんんー!? まさかいきなり閉じ込めようとするとは思わなかったよ」
「いや、さっきは扉を開けていたので先輩の意識が入ってきたのかと考えて。なので扉を閉めて離れたらどうなのかなーって思いまして」
なるほど。確かにそれも一理ある。出来ればそれを最初に考え付かないでもらいたかったものだけど。
「と言うことでものは試しにやってみようと思うのですがどうでしょう」
「そうだね。ピンチな時にどうなるか分からないし確かめておいて損はないかもしれないね」
「では物置小屋の鍵を――」
「わざと俺をピンチにしなくてもいいからね!」
☆☆☆
「それじゃあ先輩。閉めますのでそこでじっとしていてくださいね」
真宵ちゃんが朝食を摂った後。さっき話していたことを実験する事になった。
真宵ちゃんが扉を閉めてガチャンと音がする。ついでにカチッと言う音を立てて鍵を閉められた!?
「真宵ちゃん、これはいくら何でも酷いよ! 俺を出してー!」
「何ですか。私はまだ歩いてすらいないんですから叫ばなくても聞こえますよ」
おお、クールに返してきた。ついでにその声色も冷たい。もう少し俺に優しくしてくれてもいいんじゃ無かろうか。
「じゃあ今から歩いて行きますので」
それだけ言い残すと歩いていく気配を感じる。
そして次の瞬間に俺の意識は真宵ちゃんとまたしても同化していた。
これにより俺と真宵ちゃんが離れられない事は証明された。
「(ちっ……今部屋に戻るのですぐに先輩もぬいぐるみに行ってくださいね)」
舌打ちを交えながら真宵ちゃんは鍵を開けて扉を開ける。
僕は段々真宵ちゃんが怖くなってきたよ。誰だよ。さっき何も感じなくなってきたって言ったやつ。ああ、俺か。
3回目のジャンプなのでもはや俺にとって熟れたもので特に意識する必要もなくぬいぐるみに乗り移る。
違和感があるとすればやっぱり視界の高さと体の軽さだ。体の大半が綿でそれ以外は布と目にある真っ黒で楕円形のプラスチックだし。ちなみに針ネズミの特徴とも言える背中のトゲも綿がぎっしりだ。
「じゃあ先輩。廊下でじっとしていてください」
「え? なんで?」
「着替えるので。もし私の意識に入り込んで来たらただじゃ置かないのでよくよく考える事ですね」
俺の頭を鷲掴みにして廊下に放り出される……事はなく、部屋側にきちんと立て掛けられた。俺としてはそっと移してもらいたかったけどね。
「じゃあ先輩。一人でよーく考えてくださいね?」
扉を閉める際の真宵ちゃんの凶悪な笑みを見て俺は、出てくるまで梃子でも動くものかと心に決めたのだった。