1話~現世戻りと衝撃と~
「……知らない天井」
目を開けると見知らぬ空間だった。
左右にはフワフワモコモコとした……これは何だ? 分からん。
仮に俺の部屋で起きたとしたらこれが何かなんてすぐに分かるし、すぐに理解出来ないのだから俺の部屋でない事は分かる。
それに、俺の部屋で目を覚ましたのならあの出来事は全て夢だったと言う事になるし俺としてはそっちの方が嬉しい。
だが残念ながらあれは夢なんかではない。現実だ。現にこうして見知らぬ部屋で目が覚めたわけだからな。
あのふざけた銀色のおっさんも、ガスマスクをしている巨乳女も、割りと古めなDQNも、麻縄に縛られて悦ぶ変態も。
そして俺の右手を優しく包み込んだあの狐っ娘も。全て現実だ。
勿論その温もりは俺の右手にまだ残っている。
そう俺の右手……がなんかフワフワしてる!?
慌てて左手、両足、お腹と見るが全てフワフワしている。
「おいおい……何だこれは?」
何で俺の両手両足や腹がこんな事になっているんだ?
ちょっと待て。なんか尻尾もある。
……いや俺は1つだけ知っている。これは着ぐるみだ!
それにしても動きにくいな。だけど着ぐるみって結構蒸れると聞いたのだが結構快適だ。動きにくいけど快適だ。このままダラダラしていたくなるぐらいに。
って違う違う。俺は紗智を安心させるためにこの世界に戻ってきたのだ。ここでのんびりしている場合じゃない。
座っていた状態から起き上がり歩く。
やけに視界が低いのも気になる。まあ気にせずに行こう。
そうして数歩行ったところで鏡が目に入る。
そこで写っていたのは――
「……なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!?」
――無表情ながらどこか愛嬌を感じさせて子供に安心感等を与えるような存在。
針ネズミのぬいぐるみが鏡を見て、俺と同じポーズで驚く姿がそこにあった。
「えっ……いやいやいや。ちょっと待て。落ち着け俺。これは夢だ。流石にこれは夢だ」
言い聞かせるように呟く。そうだ。だってぬいぐるみなら話せないじゃないか。そうだ、発声するための器官がないのなら、声は出ない。
ああそうだ。つまりこれは夢なんだ!
そう思い込もうとした時に頭にズキンとした鈍い痛みが襲う。
それと同時に様々な情報が流れ込む。
「これは……夢じゃないのか?」
流れ込んでくる情報はあの世界で狐っ娘が最後の方に言っていた『向こうに着いた時に』と後回しにしていた情報。
七大罪の悪魔との戦い方や、あの時に渡されたチカラの使い方。その他諸々がまるで元から覚えていたかのように収まっていく。
それにしても、この姿でどうやって七大罪と戦えって言うんだよ。訳わかんねえよ。
「……嘘」
「ん?」
「私の……私のぬいぐるみが喋ってるー!?」
「お前まさか……むぎゅっ!」
言い切る前に思いきり抱き締められる。
ああそうだ。この匂い。この肌の触り心地……。
「真宵ちゃんじゃねえかぁぁぁ!?」
「いや……いやいや、おかしいでしょ! 嬉しくてつい抱き締めちゃったけど、ぬいぐるみが喋るって……ああそっか夢か」
どうしよう。急展開で真宵ちゃんと会話が全く噛み合わない。確かにぬいぐるみが普通に喋っている事に違和感を抱かない方がおかしいけど。寧ろ真宵ちゃんの反応が正しいけども!
って、ちょっと待って。真宵ちゃん? あの紗智のボディーガードにして綺麗なバラにはトゲがあると言われてるトゲの方?
……これはこれは。まさか真宵ちゃんにぬいぐるみが好きな趣味があるとはな。これは大スクープだ。まあスクープしても広めはしないけど、今回に至っては都合いいな。
「ちょっと待ってよ、真宵ちゃん」
あくまでも平静を装って真宵ちゃんをの歩みを止める。
ここでバレる事はないだろうけど、狡猾にして残虐な真宵ちゃんの事だ。もしバレたらまたあの世逝き。それだけは避けなければならない。
「何?」
だがそれと同時に真宵ちゃんを上手く利用出来れば七大罪と渡り合える事が出来る。
事実狐っ娘から預かったチカラは、ある言葉を口にする事でそのチカラを引き出す事が出来ると言うものだ。
だが、これにはデメリットがある。
それは俺と対象者(今の候補は真宵ちゃんだ)の意思をシンクロさせないとチカラを引き出せないと言うもの。
確かにこれは一見するとかなりのデメリットにも思える。だが真宵ちゃんの意外な一面。乙女趣味の対象として生まれ変わった俺の言うことを聞いてくれる可能性が高い。
つまり、畳み掛けるなら今しかない!
「真宵ちゃん。俺と契約して魔法少女になってよ!」
「そりゃっ!」
おかしいな。真宵ちゃんに問答無用で蹴り飛ばされた。