プロローグ~(人生)卒業の日 2~
俺達の通う高校は歩いておよそ十分といったところにある私立の高校だ。
何故公立ではなくお金がかかる私立に入ったかというと、それは俺の親戚にあたる人である由美子さんが学園長だからである。
幼い頃からあの人達に見放された俺と紗智の面倒を見てくれたのがその由美子さんだ。
本来俺は高校には行かないで仕事をして紗智を養いつつ少しずつでも恩返しをしようと考えていたのだが、由美子さんは高校と大学に行くためのお金なら俺と紗智の分を全額出すと言い出したのだ。
流石に罪悪感は感じたものの、でも他に頼れる人が居ない俺達はその誘いにありがたくのらせてもらうことにした。
そうして俺達は晴れて由美子さんが運営する私立鏑木学園高等学校に入学出来たわけだ。
そして、俺は今日その由美子さんが運営する高校を卒業する。
……由美子さんにはお世話になりっぱなしだ。出来る事なら由美子さんの爪のアカを煎じてあの人達に飲ませたいものだ。その前に散々迷惑を被らせた罪として殴りたいものだけどな。
それにしても今日はよく道の端っこに紗智の親衛隊が転がっているものだ。それも全て今日卒業する俺と同い年の奴ら。
前方に居る真宵ちゃんが俺を睨んで居るのが気になるところだが、いくら創立者の俺だとしてもこいつらを止めるほどの権力はないんだよな……。
と、その時だった。
二人が交差点に差し掛かった所でトラックがブレーキとクラクションの音を喚き散らしながら紗智と真宵ちゃんのすぐ近くを通り去る。
今回は運よく回収せずに終わったもののさっきまで紗智が死亡フラグを乱立させていたからどうもトラックを見ると身構えてしまうな。
心の中でホッとしたのも束の間。
「紗智!真宵ちゃん!」
向こうの対抗車線から大型バイクが走ってくるのが見える。二人は走り去ったトラックを眺めているためその事に気付いていない。
俺の足なら今から走れば充分に間に合う距離で全力で走る。
大切な紗智と、その紗智の大切な友達にケガさせるわけにはいかないと全力で走り二人の腕を安全な方に引っ張る。
二人は小さな悲鳴をあげるのを聞く。
だけど、それでもう終わりだと思った。だって死亡フラグはそんなに建ってなかったはずだし。そもそもそのフラグ自体が眉唾物だと思ってるから。
「お兄ちゃん!」「先輩!」
ブォォォォォォォン!!
甲高くて耳障りな音を撒き散らす大型バイクが俺目掛けて突っ込んでくる。
ここで避けると二人にケガをさせてしまうのは目に見えているので避けられない。避けてはならない。
ブォォォォォン!ブォォォォォォォン!!
更にアクセルをふかしたようだ。しかも何故かご丁寧にバットまで持ち出していてどうやら本気で殺しにかかっているらしい。
「二人共。強く生きろよ」
何でこんなセリフが出たのか分からない。分からないが出たんだ。恐らくこれが俺の遺言だ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
紗智の悲鳴を最期に聞きながら俺はバイクのスピードにのったバットを頭に受けて、今朝紗智に膝蹴りを喰らった衝撃を思い出しつつ、それ以外の事はもう何も考えられなくなった。
☆☆☆
目を開くと、そこは白と黒に彩られていた空間だった。
その中で唯一色が違うものに目が向く。
それはとても透き通った銀色の毛を持つ――
「おお、死んでしまうとは、情けない」
――銀色の毛をアゴに持つおっさんだった。
「パクリネタ、アウト」
「…………えっと、じゃあ」
「間が長すぎ。アウト」
「やったねたえちゃん!」
「おいバカやめろ。問答無用でレッドカードだ!」
そもそも命を冒涜したような言い方が気にくわない。そして最後のネタはダメな奴だ。レッドカードが得策だろう。それにしても、ツーアウトからのレッドカードって色々とダメなやつだろ。
おっさんは肩を落としゆっくりゆっくりと歩き去ると、代わりに小柄な子が入ってくる。
テクテクと歩いてくると同時に、大きな胸に目がいく……事はなく、視線はその上。
「フシュー…………コフー…………フシュー…………コフー…………」
黒くて無骨なガスマスクをしていた。
「フシュー…………コフー…………」
大きな胸の隙間からペンと紙を取り出すとすらすらと書き出し俺に向ける。
『どこ見てんのよ(笑)』
「ガスマスクだよ!?」
おちょくったような文字が凄くイラッとする。なんだこいつ。バカにしてんの?
特に文字の後の(笑)がムカつく。
勿論こいつもチェンジで次に入って来たのは、俗に言うDQNだった。
「あ゛ぁ? 何ガンつけてンだ、ゴラ。あ゛ぁん?」
リーゼントに特効服。おまけに学ランは至るところを改造しておりズボンはダボダボ。完全に不良のイメージが古めだ。
「チェンジで」
いきなり喧嘩口調でイラッとしたのでチェンジ。正直衣装とかはどっちでもよかった。
次に入って来たのは――
「ハァ……ハァ……ハァ」
――麻縄に縛られている巨乳……。しかも顔を赤らめてるとか変態なの?
「ああん、もっと見てぇ!」
「変態だっ!?」
何この人!? さっきから話の通じなさがレベルを上げて出てくるんだけど、これは一体どういう事なの?
「罵倒……ごちそう様です!」
うわぁ……。そんなつもり無かったのにそんな返し方するとは。
ここからはスルーの方向で行こう。下手にチェンジとか言うとそれはそれで喜ばせてしまう可能性があるからな。
お互い無言の時間が続く。
そう言えば俺、死んだんだよな。じゃあ今居る俺は?
それに紗智とか真宵ちゃんとかどうしたんだろう。由美子さんにも恩返し出来てないまま死んじゃったな……。
みんなどう思っているんだろうか。
俺が死んだ事に悲しんでもらいたいものの、でもそれをいつまでも引きずっててもらいたくない。こんな事を思うなんてワガママなんだろうか?
もし紗智が悲しんでもらったままなら、出来る事なら安心させたい。
もっともそれは出来る事ではなくなってしまったんだけどな。
「……放置プレイ……ハァハァ」
「チェンジで」
☆☆☆
「フォッフォッフォッ。お主、結局はワシを求めて居るんじゃな」
不本意だが。凄く不本意だが一番話が出来そうなおっさんを呼び戻した。ホント、まともな人は居ないものかね?
「次ふざけた口きいたら殴るからな」
「フォッフォッ。そう怖い顔しなさんな。どうじゃ? 儂らのコントは楽しかったか?」
よし殴ろう。
「待て待て。そう慌てなさんな。お主に耳寄りの話がある」
「なんだ?」
ふざけた事を言ったらすぐに殴れるように構えておく。
「実はな。お主を転生させる事が出来るんじゃよ。異世か――ふごっ!?」
「スマン。期待値上げてからすぐに落とされるのは嫌いなんだ」
「ハガハッヘ!ワハワハハフフホホハ、ハイハロ!」
「ほら社長ダメじゃないですか。そんなハッスルするから痛い目にあうんですよ」
殴った衝撃で入れ歯が外れたらしくハフハフ言ってるおじさんを尻目に、どこからか狐が現れた。
そしておっさんの口から外れた入れ歯をジーっと見つめて「えいっ」という掛け声と共に後ろ足で蹴り飛ばす。手厳しいなーこの狐。
「すみません、あの人達。あれはあれでいい人達ではあるんですよ。……一応」
ぺこぺこと頭を下げる狐。一体どこから声を出しているのだろうか?
そして最後の『一応』と言う呟きが気になるところだ。
「ええっと、転生の話でしたね」
「ああ、そうだな。異世界に転生とかって話だったな」
「それについて少しお話があります」
狐のその真剣な面持ちに、俺はキチンと聞く決意をする。
「ちょっと現世で面倒な事が起こっていましてね。1つ頼み事を。そちらを片付けてくれるのなら条件付きで戻す事が出来ます。どうしますか?」
「現世に戻れるなら願ったり叶ったりだ。そんで頼み事ってなんだ?」
「頼み事。それは七大罪の悪魔の暴走を止める事」
七大罪ってあれか? よくゲームやアニメなんかで出てくる憤怒だったり強欲だったりする奴だよな。
「えっと、暴走を止めるって言ったってどうすりゃいいんだ?」
「チカラを与えます。これも条件付きですがさほど問題はないので気にしなくても大丈夫かと思います」
おっ、チカラってこの狐。今カタカナで言ったような気がする。中二病感が凄いな。
とは言えどんなチカラなのか気になるところだ。仮に借りたチカラが某宇宙の戦士よろしく時間制限付きならシャレにならない。
まあでも時間制限ありはかなりのデメリットだし問題ないと言ってるならそこまで酷くないか。
「どうしますか? これを引き受けるかどうかは貴方の問題です。ですが私達、転生斡旋所の者共としては貴方に引き受けていただきたいです」
「分かった。その話を引き受ける」
俺がそう頷くと狐は煙に包まれる。
そして、煙が晴れた時には俺より少し背の低い女の子になっていた。
耳には狐だった名残か、ケモ耳がありフワフワな尻尾まである。
「どうしましたか?」
俺が見惚れていると顔を覗きこんできてくる。今までそんな近い距離に女の子の顔がくるのは紗智だけだったのでびっくりして思わず身をひいてしまう。
「あっ、すみません。嫌でしたか?」
「いえ、そんな事はありません」
しゅんとした狐っ娘に思わず敬語になってしまった。でもこれは反則だと思う。だって狐っ娘だもの。
慌てて否定したのが項をそうしたのかパァァッと笑顔になる狐っ娘に安堵の気持ちと、そう言えば紗智も同じような反応をしたななんて懐かしく思ってしまう。
「っと、話がそれました。チカラを受け渡しますので手を出してください」
「こうか?」
言われた通りに右手を差し出す。
その手を狐っ娘は両手で包んで何かを唱えている。
「はい、これでチカラの譲渡は終わりです」
そっと手を離される。
さっきまで包まれていた右手は、確かな温もりがある。
「えっと、それで戦うにしてもチカラの使い方がよく分からないんだけど」
「それは向こうに着いた時に分かるはずです。連絡が頭の中に届くと思うので」
えっ。今教えてくれるんじゃないの?
「それでは、頑張ってくださいね」
狐っ娘が可愛らしく手を振ると、俺の足元にぽっかりと穴が開く。
そして重力につられて落ちていく。えっ、普通は意識が段々消えていくとかじゃないの?
いや、そうじゃなくても。いくら何でもこれは。
「あんまりだぁぁぁぁー!?」