疑似温度 × 指輪
薬指に触れると、そこから直接心臓に繋がっているみたいに、鼓動が大きくなる。
彼は、今、部屋にいない。お互い準備に忙しく、今日もそんな日だったから。
引っ越しの準備だってある。私も、彼も。
そうして部屋を片付けていた時、指輪を見つけた。
大事に大事にしまいこんでいたから、かえって最近は身につけることがなくなってしまっていた。
アンティークのような、くすんだ鈍色の銀。指の背になる円の半分に、繊細な細工模様は入っているけれど、指輪自体はシンプル。宝石の類もついていない。
派手なものよりも、地味だけど細やかなものが好き。そんな私の好みをすごくわかってくれていることが伝わる、大切な贈り物。一番最初に彼からもらった指輪だった。
『好みに合ってるかとか、分からないんだけど。
気に入ってくれたら、嬉しいかな……。
いつも、細工の細かいアクセサリーつけてるから、こういうのもどうかと思って』
それまでの彼からの贈り物に、喜ばなかったことも、難しい顔をしたこともないのだけれど、アクセサリーを贈るのは、後から聞くとハードルが高かったみたいで、彼は視線が彷徨っていて、ひどく落ち着かない様子で、絶対に私と目を合わせなかった。
「ありがとう」
そう言って、指輪を差し出した手を掴むまで。
ほっとしたような、びっくりしたような、彼の顔は今でもはっきりと思い出せる。
細工模様のひとつひとつを眺めて、左手の薬指にはめてみる。
細やかな細工のひとつひとつに重ねて、ささやかな日々を思い返してみる。
そっぽを向きながらこちらに差し出す彼の手は、寒い季節なのに温かかった。
握り返すぬくもりは、優しくて愛おしかった。
ケンカをしても、愛想を尽かしても、それでもまた仲直りして、ここまで一緒にいた。
また、この季節も一緒に迎えられたね。
外は、雪が降りそうなくらい寒くて、吐く息が白くなる。
ねぇ、私を、幸せにしてくれますか?
私は、貴方を、幸せにします。
ずっと一緒にいられるって、信じています。
指輪にそっと口づけを落とす。
愛おしい人を想うとき、いつだって心が温かくなる。
これからは、毎日を一緒に過ごすけれど。
ほんの少し離れている間だって、貴方はここにいてくれるんだね。
明日は、結婚式の打ち合わせの日。
婚約指輪も綺麗だけれど。
明日は、この指輪をしていこう。
彼は、気付いてくれるかな?
~Fin~
ねむねむ……奈々月です。
長編がどちらもちょっと詰まったので、たまには短編を。
ちょうど、幸せな話を聞いたところから思いついた話でもあります。
ありふれた、とてつもない幸せというのは、聞いているほうも幸せになりますね!
来年は結婚式ラッシュのようで、自分の年齢にしみじみしながらも、友人の幸せ報告にウキウキしています。
それでは……おやすみなさいませ。