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お伽世界の魔女

自罰の魔女

作者: しもり

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負(フリーワンライ)提出作品の加筆修正作品。使用お題は「銀漢の雫」「無言の月」 同シリーズ短編「しあわせな王妃」その後の魔女。

 使い古したローブに袖を通し、しかしすっぽりと顔を隠すフードは被らずに細い道を進む。

 草繁る中にできた狭く長い道は、彼女が日々歩むことを忘れずに作り上げたものだった。

 裾を広げるスカートに押しのけられるようにして、彼女一人が通るのに丁度良い道が細いながらにずうっと続いている。

 狭い歩幅で行くその頭上、夜空には大きな月が浮かぶ。一年に一度、空に浮かぶ青い月が冴え冴えと彼女の白い髪を照らしていた。強い光は道にも濃い影を落とす。闇とは異なる色のそれは時折、ぼんやりと白い輪郭を纏って歪む。

 そんな背後の変化は些末なことと彼女は静かに歩む。月もまた、光は強くとも黙って彼女を照らしていた。こんなに強い光がなくても道に迷うことはないが、明るい道のりはいつもより数段楽であった。

 緩やかな上り道は、背中を丸めたような形の丘を作る。その程度の高さを生むばかりなので、上るのに苦労はない。ましてや日々この道を往復していれば、とうに苦労と感じることもなくなっていた。

 青い月の夜はとても静かだ。いつもは聞こえる虫や鳥の声も、今日ばかりは聞こえず、ひたすら息づかいと木靴が地面を蹴る音だけが耳を満たした。

 道の先、彼女が目指す場所には白い花が、川のように丘を流れている秘密の場所へと繋がっている。彼女が住まいと定めた家からのんびり歩いて月の位置がほんの少し変わる距離のその場所が、彼女にとってとても特別な――神聖な場所とされていた。

 その丘の上に、花たちが空の川のように形を作ったのはいつの頃からだったか。気がつくと花は既にそうあった。小川のように、星を写す鏡のように小さな花弁を広げて流れる。

 歩を進める。水をかき分けるように花の中を進んでいくと、小さな花が集めた夜露を一つ二つと雫として落とす。彼女の古びた焦げ茶のローブはさわさわと花たちを押し退け、次々と花びらの杯から溢れる落ちる無数の雫を吸い上げる。裾近くの色が濃く変化していくものの、夜の中ではその色の変化も些細なものすぎて気づかない。

「今宵はとても見事な沈黙の日ですね。浮かぶ月の大きさも近年稀に見るサイズですよ」

 小さな声で川の中央へと話しかける。細い川を渡ってしまうのは容易だったが、彼女は川を越えずに花の中に身を沈めた、中央から少し避ける形で。

 青い月はその日一日、昼も夜も関係なく空に浮かび続ける。魔力が強まる日であり、目に見えぬ姿や隠れたものを顕わにする特別な日。

 動物たちは強まる魔力に怯えてか、その日一日はとても静かに過ごす。大抵は森の奥深くや巣で過ごす。人々にとっては月が日中から昇っているだけのあまり特別ではない日だ。しかし狩りを生業とする者や、牧畜を生業とする者にとっては大変苦労する日で、この日ばかりは仕事もままならない。

 動物たちが隠れるために一般には沈黙の日と呼ばれている。

 同時に月の光が目に見えぬものを顕わにするということもあり、転生の流れに進む魂の姿が見える日とも、転生の流れに乗れないでいる魂が姿を見せる日とも言われている。

 また魔女であれば、その魔女が持つ魔力が身体を縁取る輪郭のように視認することができる日である。通常魔力を感じることはできても、それを目にすることはできないのだ。

「……先日、国王陛下が崩ぜられたそうです。民はその死を大変嘆いておられます」

 そこに誰かがいるかのように彼女は語りかける。強い光が作る影が、頬の上にまで落ちる。

 今日は特別な夜だからか、色の薄い唇の動きは止まらず。言葉は次から次へと溢れていた。

「とてもご立派な方でした。すぐに王子殿下が王位をお継ぎになるそうです。国の混乱は小さく留まることでしょう」

 川がさわさわと風に撫でられ、頭を振る。

 白い動きがばらばらと連続し、まるで波のように動くが。それが彼女には話しかけている相手に頷き返されているように感じられた。

「今後は新王陛下のことをご報告することになるのですね。わたくしの力及ぶ限り王妃陛下に様々なことをお伝えしましょう。わたくしに魔力を使わずに出来るのはそれだけでしょうから」

 白い目を細め、彼女は囁く。

 本当はそこに誰もいないと知りながら、呆れるほど愚かにも日々繰り返される行為を他の人々が聞けばなんと言うだろう。

 もう二十年近く繰り返された愚行を。

 白髪白眼の彼女は二十も半ば過ぎという外見をしていた。しかしその奇怪な色は彼女が生来持っている色ではなかった。その昔――もう二百年近くも前になるか、その頃の彼女はごく普通の金茶の髪にヘーゼルの瞳をしていた。色が変わったのは魔女の力を引き継いでからだ。

 白い髪はまだしも、白い目というのは人々から恐れられる。恐怖の対象として認められるそれを受け継いだ彼女はそれでも人々から離れることができなかった。髪と目を隠し、どうにか人々の中に残ろうとしたのだ。

 一人になるのはあまりにも寂しすぎた。先代魔女が死に、独りぽっちになったとき、急に恐怖を感じた。同時に魔女としてどれだけの時間を生きるかわからない不透明さを恐れ、か細くてもいい、切れてしまいそうな繋がりでも維持していたかった。それが彼女を国の魔女とさせた理由であった。

 世界に生きる魔女。魔力を得て、その多くはそれまでと髪や瞳の色を異ならせる。稀に変わらぬ者もいると言うが、色の変化は魔女となったなによりの証として多くの魔女に認識されていた。

 この星の川を象る花畑で眠る女性は、その死の間際にこの奇怪な姿を見ても微笑んでいた。愛おしげに彼女の頬や髪、瞼を撫でてゆっくりと眠りに就いた姿は、ほんの数時間前の出来事のように思い浮かべることができる。それだけに強い印象を残す出来事だった。悲鳴を上げられた数は幾度もあったが。

 彼女が持つ魔力との同化が進んでいたからか、かつての王妃は、彼女の容貌を奇妙に思うこともなく、ただ綺麗だと呟いた。

 王妃の身体に馴染んだ魔力の残滓のせいか、ここに芽を出した花もその色を変え、すっかり真白くなってしまった。本来は黄色や赤など、色とりどりの花びらが見られる種であったはずのに。

 己が持つ魔力の浸食性の高さには苦い思いを抱かずにはおれない。

 他を染め上げたいわけではないのに、そうなってしまう。結果として悪い形になってしまうようで、魔女でありながら彼女は己の力を何十年と経っても恐れ続けていた。

 他の魔女であれば、こんな悩みも抱かないのだろう。しかし己の魔力を持って王妃を殺めてしまった彼女は、益々恐れを強くしていた。そして罪悪感からこうして毎夜、王妃の亡骸を埋めた白い丘へとやって来る。

「陛下の病はやはり治ることがなかったようです。とても残念なことでございますが、これも災いであったのかもしれません……」

 いつも他愛のない話をする。時には国王の様子や王子の様子を伝えてきた。王妃の魂はもうとっくに転生の流れに従い、耳を傾けるのはここに眠るばかりの亡骸ただ一つだというのに。

 その亡骸とて、いったいどれほど形が残っているか。

 だがそれでも構わなかった。この愚かな行為はただ、己の罪を忘れぬための贖罪だから。

「王子殿下はとてもご立派に成長されております。とても美しく、王として道を違うことなく歩まれることでしょう。この国の将来は安泰でございますね、王妃陛下」

 王妃が成した唯一の子、第一王子は崩御した国王の喪が明け次第即位する。この国の慣習でいけばおよそ一年半後のことになるだろう。

 その時はきっと即位式の様子をここで伝えることになる。

「即位式は盛大なものになるのでしょうね。国王陛下の即位式もそれは見事なものでございました。王妃陛下とのご成婚式も」

 一年半後などすぐにやって来る。魔女にとっては短い、瞬きと同じ程の時間だ。

 魔力によって助けられて生まれた子供。そんな子供がいったい、これまでの歴史に何人登場するだろう。

 もしかしたら初めてのことかもしれないし、そうではないかもしれない。

 彼女は他国の歴史に詳しくないので、わからないが、この国ではこれまでに生まれていなかったはず。少なくともこの二百年ほどは確実にいなかった。彼女が造り出すまでは。

 それもまた罪の一つ。

 王妃を憐れむあまり、助けることはできないかと考えての行動だった。しかし、それもよかったのか、今ではもうよくわからない。

 国民は王子の存在を喜ぶ。諸手を挙げてご立派な方だと喝采する。

 ほんの少し普通の人間からはみ出した存在。彼の生き様を見つめるのも己の務めと定めたのは王妃をここに埋めた時だった。

 彼が王として道を誤ったとき、彼女はきっとまた王城を訪ねる。

 王妃を攫ってからは一度も城に姿を現していないが、その時が来れば別だ。彼を生み出した一人として止める義務がある。亡き王妃に代わって。

 きっと彼女が正常であったならば……。そう思うことが時々ある。

 況して、こんな青い月の日は余計に内罰的になってしまう。

 流す涙がなくとも、悔やむ気持ちは心を締め上げていくものだ。

 美しい小花に囲まれても、その美しさに酔うことはできず、ただそこに亡き王妃の姿を思い浮かべる。

「王妃陛下。きっと、きっと……わたくしがあなた様にお伝えする新王陛下は善き道を歩まれます。あなた様がそうあられたように」

 魔力を取り込む以前の彼女の姿を思い浮かべ、その美しい姿を王子に重ねて彼女は言う。そうであれと願いをこめて。

 白い花弁へと手を伸ばし、薄い花びらを優しく撫でる。王妃への愛撫の代わりに。

 美しい王妃がもしも生きていたらなんと言うだろう。魂すらも留まらずに泉下へと行ってしまった今、知る術はない。

 細く息を吐き出しながら、言葉を紡ぐと、夜の空気が川面の冷たさを運ぶようにひやりと頬を撫でていく。

 白い星が雫を落とす姿を、月は言葉もなく翳りもなく、静かに照らしていた。

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