Ⅷ.謎の男
「こちらが報酬となります。どうぞお受け取りください」
勇者は 50シンヨークドルを手に入れた
勇者は 《ポーション》×2を手に入れた
勇者は 《南極の空気》を手に入れた
はぐれキウイ討伐完了の報酬として、わたしはクランのお姉さんからキャッシュカードを受け取った。エンブレム同様に甲冑の騎士が描かれたクラン銀行のカードである。
もしかすると、わたしにとっては初給料になるのかな?(全然活躍しなかったけれど)。 そう考えると、なかなか考え深い。みんなで割り勘にしたのち、母にプレゼントでも送ろうかな。
さて、ドルガメ戦後のことだけど、あれから洞窟を北に抜け、湾岸地区を通ってサウザンシスコの街へと戻ってきたのはつい先刻のことだ。
どうやら依頼人が、わたし達がクランへ戻る前にはぐれキウイの討伐完了を知り(どうやってだ?)、こうしてすぐに報酬を受け取ることができたのである。
報酬内容はお金だけでなくアイテムも含まれていた。だが、この《ポーション》という自然界には存在しない青色をした液体は何なのだろうか? 飲むとダメージを受けそうだな。それと《南極の空気》って、ただ壜詰めされた空気じゃん。何に使えっての。
「そちらも終わったところか」
手続きを終えた後、二階から下りてきたレッドさんと合流した。
三階建てのクラン支部は一階がE・D・Cを、二階はB・A・Sランクの依頼の窓口が設けられている。ドルガメの依頼はCランクであったが、特殊なケースであったため、Sランク用の個室にて事態の報告をしていたらしい。
「結局どうなるんですか?」
マホツカの魔法によって冷凍パックにされたドルガメであるが、倒していない以上は問題の解決には至っていない。あの状態では工事の再開も無理だろう。
「その話だが……」
昼間に比べて幾分か人口密度の減ったロビーにて、レッドさんは小声で話し始めた。
「概ね状況は理解してもらえた。討伐に関しては、Sランクのメンバーでチームを組むとのことだ。解凍時期に合わせて早急に決行する予定になった」
「Sランクのチームですか……、何だかすごいですね」
後で教えてもらった話、世界広しと言えど、Sランクのクランメンバーは二桁に達していないとのこと。誰もが一騎当千の実力者であって、モンスター討伐だけでなく紛争地帯へと赴くこともあるらしい。大魔王の討伐もその方々に依頼すればいいんじゃないのかな~。
「こちらのやるべきことは果たした。後はクラン側でどうにかしてくれるだろう」
「そうですか。とりあえず肩の荷は降りたってことですね」
でも……魚の小骨が喉に引っ掛かった感じがする。
圧倒的な強さのドルガメに全く歯が立たなかったわたしが言うにはおこがましいけれど、やっぱわたし達の力でどうにか解決に至りたかった。
とはいえ、それを叶えるためには、一ヶ月で少なくともレッドさんと肩を並べるぐらいには成長しなければならないのである。バトルノベルでありがちな、時間を超越したスペシャル修行ができるのならばともかく、現実はそんなに甘くない。
「それで、これからどうするんだ?」
既に陽は傾いており、もうすぐ街に夜の帳が下りる時刻だ。
「えーっと、どうしよっか?」
わたしはみんなを見る。戦士はドルガメ戦の敗北の悔しさを若干引き摺っている様子。僧侶ちゃんはいつものサニーな笑顔で癒してくれる。マホツカは街に戻ってからまたテンションを下げた模様。つまりはわたしに判断は任せたということかな。
とはいっても、今から新しい依頼をこなす時間はない。引き受けるだけはしておいて、明日討伐に出かけるのも選択肢の一つであるが、そういう中途半端なことはしたくない。それに今日は何も憂いのない状態でぐっすりと眠りたい気分だ。
「ゴルドレッドさん!」
せっかくなので、夕食を取る場所を探すついでに観光でもしようかなと考えていたとき、ドタバタと音を立てながら恰幅の良い男の人がこちらに駆け寄ってきた。
「支部長……?」
「はあ、はぁ。よかった、こちらにいてくれまして……」
レッドさんに支部長と呼ばれた人は、ダンディーな曲髭を生やした初老の男性だった。お腹をぽっこりと中年太りさせ、例に漏れずクランの制服を着用している。
「そんなに慌ててどうしたのですか?」
「ええ、実は……おや、こちらの方達は?」
「ええ。わたしの友人達です。偶然街で出会いましてね。つい先程まで共に討伐に出かけていたんですよ」
「そうでしたか。これは見苦しい姿を見られてしまいましたね。いやはやお恥ずかしい」
照れ笑いする支部長さんは、いかにも人の良さそうな朗らかな性格だった。
「私はここサウザンシスコのクラン支部にて、支部長の任に就いております、名をドノエールと申します。以後お見知りおきを」
「こちらこそ、初めまして」
一応勇者であることは伏せて、わたし達は軽く挨拶を交わした。
しかしドノエールさんですか。ファーストネームはもしかして……。
「それで、慌てた様子でしたけど、何かわたしに用があったのでは」
「おおっと、そうでした! ゴルドレッドさん、実は緊急な話があるんですよ」
ゴルドレッドって、レッドさんのことだったのか。赤い色が好きだからそう呼ばれているんだとばかり思っていたけど、それだけが理由ではなかったらしい。
マホツカにつけられたあだ名だとぼやいていたけど、やっぱ安直なネーミングだよね。飼い犬の名前にジョンとかベートーベンとかつけそうだ。
「緊急……何か依頼でも?」
「そうなんですよ。レッドさんが追っている『謎の男』が現れたんです」
「!!」
レッドさんの表情が一変する。驚きと喜びが混ざった感じの、作るのが難しい顔だった。どちらかといえば後者の成分が多い。
「本当ですか! いったいどこに」
「つい数分前に届いた情報なのですけど、どうやら『橋』に出現したようです」
「ゲートブリッジか、助かります」
それだけ聞くと、レッドさんは矢のような速さで外へと出て行ってしまった。バーゲンセールを聞きつけたときの母みたいだ。
「面白そうな匂いがするわね」
急な事態に、マホツカがやや調子を取り戻している。
「そうかな? わたしは厄介事の臭気を感じるけど……」
しかし、それと同時に、心の奥底に眠る変な感情がしきりにおまえも行けよと訴えかけてくる、野次馬になれよと轟き叫ぶ!
まあ、悩んでいるときは行動あるのみだ。
「支部長さん、レッドさんはどこに向かったんですか?」
橋と言えば一つしか思いつかない。けど、念のため確認は取っておこう。
「はい、場所はですね――」
朗々とした声で、わたしが予想した答えを伝えてくれた。
「よし、みんな、レッドさんを追いかけよう!」
野次馬根性出まくりだね。
わたし達はレッドさんを追いかけるため、この街のシンボルである《クリスタル・ゲート・ブリッジ》へと向かった。