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Ⅶ.ロハより安いモノはない?

 ドルガメが目撃された通路は、まだ工事が途中のようだった。頼りない光を灯す豆電球がぽつりぽつりとぶら提げられているだけで、非常に薄暗い。

 先が見通せないので不安が助長される。だけど、この薄暗さがいかにも洞窟探索をしていますという気分に浸らせてくれる。過去二回のダンジョン探索がイレギュラーなだけで、これが洞窟の本来の姿なのだ。

「ん?」

 奥へ進むに従って通路の横幅が広くなる。戦闘を行うには十分なスペースが取れるようになってきたところで、キラーンっと夜空に浮かぶ星のように、豆電球の明かりを受けて一身に光り輝く物体が視界に入った。

「あ、あれは――まさか!」

 わたしは猛然と駆け寄ると、その平らで円形のキラキラを手中に収めた。この大きさ、この重み、この質感、間違いない、

「お金だー!!」


 勇者は 20シンヨークセントを拾った


「しかも二枚!」

 わたしにとっては一番所持率が高い10シンヨークセント硬貨が二枚、ゴツゴツした地面に落ちていた。表側にはお馴染みのシンヨーク中心街の摩天楼の風景が刻まれている。

「はしたないわね……、たかが二十セントじゃない」

 マホツカに飼い犬が変な物を銜えてきたときのような微妙な反応をされる。

「えー、だって二十セントだよ! これで何日過ごせると思って……?」

 通路のさらに奥の方から、またまた光るコインらしき物をわたしは視界の隅に捕捉した。

 反射的に身体が動く。戦士の「危険だぞ」という忠告を無視して、わたしは獲物を捕獲しに疾駆した。


 勇者は 40シンヨークセントを拾った

 勇者は 80シンヨークセントを拾った

 勇者は 1シンヨークドル60シンヨークセントを拾った


 うひょー! 1ドル硬貨まで落ちてるー! ドルドルだっぜ!

 わたしは電光石火の手捌きでお金を回収した。金属の冷たい感触が何とも心地良い。

 この洞窟でお金を拾ったという伝説は本当だったのか! パーペキに迷信かと思っていたけど、こうして現実に起きているとなると、信じざるを得ない。ドル充万歳!

 しかもどういうわけか、通路を進むにつれて落ちている金額が饅頭のごとく倍々計算で増えていく。これはもしや桃源郷への道しるべなのか?

 そしてついに、わたしは奇跡の邂逅(かいこう)を果たす。

「こ、これは、まさか――」


 ↑勇者は 25シンヨークドル60シンヨークセントを拾った

 ↑勇者は 守銭奴へと落ちぶれた

 ↑守銭奴は 51シンヨークドル20シンヨークセントを拾った

 守銭奴は 102シンヨークドル40シンヨークセントを拾った


「ひゃ、ひゃ、100ドル札……なのか!?」

 黄金に輝く(わたしビジョン)紙幣を震える手で掴んだ、掴んでしまった。

 うわーお! 実物なんて触ったことも見たことも初めてかもしれない。すげー! まじで実在していたのか。100ドル紙幣なぞ空想の産物かオーパーツの類かと思っていたよ、今日この日この時までは。

「おほっ? まだまだあるの?」

 100ドル札の落ちていた先にもまだ何かがあるらしく、二つの恒星が真っ赤に輝いていた。順当にいけば次は二百ドル手に入る計算だね。

赤い色をした輝きは硬貨ではなく宝石だったりする?

「ルビーかな? もしくはガーネットだったりしてー♪」

「勇者さん、ちょっと待ってください! 奥に何か――」

 わたしは何の警戒もせずに、薄暗い通路を照らすやや楕円形状のそれに歩み寄る。しかし、今までとは違ってわたしの目線よりも高い位置にあるのは気のせいだろうか。

『ドルルルゥ……』

 ん? 何だ、この猛獣の呻き声みたいな音は?

「ごわふっ!?」

 光る物体に手を伸ばそうとしたとき、強烈な衝撃がわたしの腹部を襲った。


『インフォメーションログ』

 ドルガメが 現れた

 ドルガメの 先制攻撃

 ドルガメの 突っ張り攻撃

 守銭奴は 245のダメージを受けた

 守銭奴は 戦闘不能に陥った

 守銭奴は まさに金の『亡者』となった


 うまいこと言ったつもりか! そもそも死んでないからね! ってかいつの間にか守銭奴呼ばわりされているんですけど!?

「ご、へっ」

 ぐは……ツッコミを入れている場合じゃない。まじで、し、死ぬ……。

「だ、大丈夫ですか勇者さん!?」

 ダメ、かも……僧侶ちゃん、回復をプリーズ! プリーズヘルプミー!

 お金なんていくら持っていても生命力を回復することはできない。あぁ無常だ。

『ドルル、ドルウゥゥ』

 ビブラートのきいた変な呻き声を出す生物が照明の下に姿を現した。スッ、スッと静かな足音で近寄ってくる。こいつがドルガメなのか?

《ドルガメ》――ミドリガメ以上に濃緑なカメモンスターは何と二本足で立っていた。高さは二メートル強ぐらいで、横幅と甲羅のせいか全体的にボリュームのある丸い体躯をしている。深く腰を落とした姿勢で左、右、左、右とすり足をしながらの独特な歩行スタイルが、ただのカメではないことを主張していた。

「ちょっとレッド、こいつがドルガメなの? 全然アンタの説明と違うじゃない」

 カメなのは間違いないのだが、全く持って温厚そうではない。出会いがしらの亀に一発殴られたなんて、自慢話にもならない出来事だ。

「いや、わたしの知っているドルガメはこのような姿形ではない」

 未知のモンスターを前にしてみんなに緊張が走る。レッドさんもご存じないモンスターということは――、

「どうやら、当たりを引いてしまったようだな」

 伝承のモンスターとの遭遇。戦士なら諸手を挙げて喜ぶかと思っていたけど、モンスターが放つおぞましい闘気を感じ取ったのか、剣を構える姿が硬い。戦士の横顔には似つかわしくない一筋の汗が流れる。

「――っ!」

 不気味に光る赤銅(しゃくどう)色の眼が戦士へ向けられた。硬そうな皮膚に包まれた腕を伸ばしてドルガメが襲い掛かってくる。

「ふんっ!」

 迎え撃つ戦士は、ドルガメが繰り出した突っ張り攻撃を紙一重で回避すると、背後に回って鋼の一振りを叩き込んだ。


『インフォメーションログ』

 僧侶は 法術の詠唱を開始した

 ドルガメの 突っ張り攻撃

 戦士は 攻撃を回避した

 戦士の 斬り攻撃

 ドルガメに 0のダメージ

 ドルガメの カウンター

 ドルガメの 甲羅の一撃

 戦士は 攻撃を間一髪で回避した

 ドルガメの 甲羅の一撃

 戦士は 167のダメージを受けた

 戦士は 毒に侵された

 戦士は 暗闇(くらやみ)に包まれた

 僧侶の 《光の再起術》

 金の亡者は 瀕死状態から立ち上がった


「ぐっ、視界が暗い……」

 背後から頭部を攻撃した戦士であったが、ドルガメは甲羅の中に頭を隠して攻撃をやり過ごす。そしてその体勢のまま甲羅を戦士に向けて突撃を二連続で繰り出す。威力もさることながら、バッドステータスによって戦士が窮地に陥ってしまった。

 たった一度の攻防でこの状況……やばくね?

「やはり物理的な攻撃は効果が薄いようだな。確かクランのレポートによれば雷属性が弱点のはずだが……」

 言うより早く、レッドさんは魔法剣を使用する。だが、相手が異形のモンスターであることからか、言葉には自信が失われていた。

「雷の魔法剣、《ライトニング・エッジ》!」

 青白い雷光を纏った剣でドルガメに刺突を喰らわす。


『インフォメーションログ』

 ↑金の亡者は 瀕死状態から立ち上がった

 ↑金の亡者は 守銭奴に戻った

 レッドは 魔法剣を使用した

 僧侶は 法術の詠唱を開始した

 戦士は 《竹・薬草》を使用した

 戦士は 100回復した

 レッドの 《ライトニング・エッジ》

 ドルガメは 攻撃を無効化した

 ドルガメの カウンター

 ドルガメの 甲羅の一撃

 レッドは 70のダメージを受けた

 ドルガメの 甲羅の一撃

 戦士は 直感で攻撃を見事回避した

 僧侶の 《光の快復術》

 戦士は 毒と暗闇が治った


 レ、レッドさんの攻撃を無効化だって!?

「雷が効いていないのか!? こ、こいつはいったい……」

 毛ほどもダメージがないことに、さすがのレッドさんも動揺をしている。

「ならば弱点を見つけるまでだ。クロスフォード、協力しろ」

「分かってるわよ。ワタシが炎でいくから、アンタは氷ね」

 二人の魔法使いが別々の属性の魔法を揃って唱え始める。

 はたして弱点などあるのだろうか。全てが無効化されてしまっては、ダメージを与える手段が皆無ということになる。

「外すなよ」

「アンタこそ」

 二人の掛け合いがバディノベルのワンシーンみたいでカッコイイ! プラスしてちょっと妬ましい。わたしもあんなやり取りをしてみたいな。

「「射抜け、」」

「炎の」

「氷の」

「「《太矢魔法(クォーラル)》!」」


『インフォメーションログ』

 僧侶は 法術の詠唱を開始した

 レッドは 魔法の詠唱を開始した

 マホツカは 魔法の詠唱を開始した

 戦士は身を守っている

 ドルガメの 突っ張り攻撃

 戦士は 52のダメージを受けた

 マホツカの 《炎の太矢魔法(クォーラル)

 ドルガメは 攻撃を無効化した

 レッドの 《氷の太矢魔法(クォーラル)

 ドルガメに 24のダメージ

 ドルガメは 怯んだ

 僧侶の 《水の回復術》

 パーティー全員は 平均で80回復した


 おおっ、攻撃が効いた!

 炎の矢と氷の矢がドルガメを射抜く。炎の矢の方が二回りほど大きかったけれど、ドルガメは炎に対しては怯むことはなかった。しかし、氷の矢が命中したときには両の手をぶんぶんと振って嫌がる素振りを露にする。

「氷属性が弱点なのか? つくづく通常のドルガメとは性質が異なるようだな」

 これでドルガメへとダメージを与える方法が分かった。

 かといって、事態が大きく好転したわけではない。情けないけど、どのみちわたしと戦士は無力に等しい。頼みのマホツカの魔法一発で倒せる確証もないし、何よりもドルガメの攻撃力が脅威すぎる。

「二人とも、武器を構えろ。魔法で剣に属性を付与させる」

 属性を付与?

「魔の力を与えよ、《氷の属装魔法(エンチャント)》!」

 困惑するわたしと戦士に向けて、レッドさんが補助魔法っぽい魔法を発動した。するとわたし達の足元から薄氷色の光が発生した。その光が身体、右腕を伝わり、握る剣へと注がれる。

「なるほど、武器に魔法の効果を付けたんですね」

 刀身が湾曲しているショーテルに薄っすらと冷気の刃が形成される。これでわたし達でもドルガメにダメージを与えることができるというわけか。

「一気に畳み掛けるぞ!!」

 レッドさんの轟然たる掛け声と共に、三人揃って一斉攻撃を仕掛ける。


『インフォメーションログ』

 守銭奴の 切り攻撃

 ドルガメに 34のダメージ

 戦士の 斬り攻撃

 クリティカルヒット

 ドルガメに 143のダメージ

 レッドは 魔法剣を使用した

 レッドの 《アイシクル・フルーレ》

 ドルガメに 99のダメージ


『ドルルガァ……ゥゥ』

 冷気の攻撃に(すく)み出すドルガメであったが、未だ倒れる様子はない。なんつー体力だ。

「これで終わりだ! 巨氷の魔法剣、《アイス・タイタン》!」

 レッドさんはゆっくりと刀身を左手でなでると、細身の剣に膨大な冷気が収束し始める。わたしと戦士に掛けてくれた魔法効果とは違い、刀身の周囲に冷気を纏わせるだけでなく、魔力が氷の刃となって剣を包み込んだ。

「はあっ!」

 特大剣となった元レイピアを肩に担ぐと、レッドさんはドルガメへと肉迫する。そして高く跳躍した後、落下スピードをつけて豪快に剣を振り下ろした。


『インフォメーションログ』

 レッドは 魔法剣を使用した

 レッドの 《アイス・タイタン》

 ドルガメに 557のダメージ


 や、やったか……?

『ドルアアァァ!!』

「これでもまだ倒れないのか!?」

 しかも怒りで凶暴さが増してしまった様子だ。まずい――何かくる!


『インフォメーションログ』

 ドルガメの 連続張り手攻撃

 守銭奴は 126のダメージを受けた

 守銭奴は 戦闘不能に陥った

 守銭奴は またしても金の亡者と化した

 戦士は 68のダメージを受けた

 戦士は 76のダメージを受けた

 戦士は 70のダメージを受けた

 戦士は 戦闘不能に陥った

 レッドは 35のダメージを受けた

 レッドは 35のダメージを受けた

 レッドの 《魔力装甲(マジックアーマー)

 レッドは 20のダメージを受けた

 レッドは 15のダメージを受けた


「んがっ」「ぐはっ」「くっ」

 ()怒涛の連続攻撃。一発一発が重くて強烈すぎる。わたしと戦士が衝撃に耐え切れず土俵の外へと吹っ飛ばされた。

「ここまでとは……」

 レッドさんは防御術で攻撃を緩和したみたいだけど、度重なる魔法の使用とダメージで疲労の色を見せ始めている。

 や、やばい、このままでは全滅してしまう。

 せっかくお金をたんまり拾ったのに、自分の墓代の足しにしろというのか。

「あ!」

 と、吹き飛ばされた勢いで、拾ったお金を全てばら撒いてしまった。やっちまった、わたしのマネーが! 伝説の100ドル札が!!

「く、くそ……」

 拾いに行きたくとも案の定身体がまったく動かせない。金の亡者のくせしてお金を目の前にして一歩も動けないなんて、何たる体たらくなんだ。

「……ん?」

 ふと、気付く。動かなくなったのはわたしと戦士だけではなかった。

「ドルガメの動きが止まった……だと?」

 あれだけ激昂(げっこう)していたドルガメはなぜか攻撃の手を止めて硬直していた。ジーっと地面に落ちているお金を物珍しそうに眺めていたかと思うと、何を思ったのか、腰を屈めてせっせと拾い始めた。何だ? やっぱりお金を主食としているのか?

「クロスフォード、やれるか?」

「聞くまでもないわ」

 わたし達など眼中にないご様子のドルガメさん。大きな隙を利用してマホツカが詠唱を開始した。

「さすがにこいつはやばそうね。アンタたち、絶対にワタシの前に出るんじゃないわよ」

 マホツカにしては殊勝なセリフだ。それだけ、このモンスターが尋常ならざる強さだと感じているのだろう。

「洞窟は壊すなよ」

「誰にモノ言ってんのよ。黙って地べたに寝そべってる二人を運びなさい」

 レッドさんが瀕死のわたしと戦士を掴んでマホツカの後ろへと下がった。

「冷徹なる黒き魔女よ、彼の者を封じるため、我に力を貸したまえ……」

 魔法の詠唱ではなく、悪魔と取引するかのような文言だった。稀に見るマホツカの真剣な表情と相まって、わたしは少し恐怖を覚えた。

「黒き流星よ、生有る者全てを閉ざせ! 《アストラル・ブリザード》!!」

 魔法の発動と共に、マホツカの頭上に複雑な魔法陣が描かれる。その中心部から、ぬっと無数の黒い氷の槍が突き出てくる。最後にマホツカが手を前方へと動かすと、槍が一斉にドルガメ目掛けて撃ち出された。

 恐ろしくも美しい黒い槍の流星がドルガメに容赦なく突き刺さる。すると、徐々にドルガメの体が凍り始めた。

「うわぷっ――」

 さらに効果はそれだけで終わらなかった。魔力の波動がドルガメの周囲と通路の奥にまで及び、全てを黒い氷で埋め尽くした。吹雪の余波がわたしの顔面にまで届く。さ、寒くて痛い。

「や、やったの……?」

 100ドル札を握りながらカチンコチンに冷凍付けされたドルガメ。ぴくりとも動かない。

「ただ凍らせただけよ。悔しいけれど倒したわけじゃないわ」

 口惜しい表情のマホツカ曰く、ダメージは全くないようで、氷が解けたら何事もなかったかのようにドルガメは動くらしい。

「どのぐらい効果は保つんだ?」

「んー……この大きさだと、ひと月ぐらいかしら」

 一ヶ月か……。その間にわたし達がドルガメを倒せるまでレベルアップするのはかなり至難の業だろうな。誰か倒せる猛者が現れるのを願うしかない。

 いつまでもここにいたところで問題が解決するわけでもないので、わたし達は街へと戻ることにした。

 伝説の紙幣と伝承の亀が一緒に冷凍とは……、これはこれで新たな伝記の一ページを飾ることにな……らないか。

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