Ⅵ.レッド師範の魔法剣道場 ~魔法剣士レベル1の巻~
「ここは休憩できそうな場所だね」
ムカデモンスターを撃退してからさらに洞窟を奥へと進むこといくばくか。一定距離ごとに置かれた案内板を頼りに――とはいってもルートは一本道――歩いていたところ、やや広い開けた空間へとたどり着いた。ステンレス製の椅子やテーブルが並び、天井には落石や水滴を防ぐためのルーフまで取り付けられている。きっと休憩所なのだろう。
「ドルガメはここから道を外れた未工事エリアで目撃されたようだ」
レッドさんの視線の先には、この洞窟内における唯一の分岐ルートが伸びていた。
だが、その入り口は幾重にも重ねた鉄の板によって完全に塞がれていた。おそらくモンスターを閉じ込めるために突貫工事で用意したバリケードのつもりなのだろう。効果があるのかは疑わしいけれど、今のところは敵が奥にいるかの判断材料として一役買っている。
「この奥にランクCのモンスターがいるのか……」
目撃者は洞窟工事の作業員であり、ひと月ほど前に発見されたこの通路の奥が目撃地点とのことだった。
緊急討伐依頼No.D2800429C002
ドルガメ(爬虫類カメ目雑食)
ランク/C 状況/引受中
依頼人/バル・ドウ(サウザンシスコ・市庁舎)
ドルの洞窟でジャーギ平原にしか棲息していないはずのドルガメが目撃されたぞい。
このままでは新企画《ホーンテッド・ケイブ》のための工事が進まんのじゃ!
頼んだぞ、結晶の戦士達よ!
どういう意味だ、結晶の戦士って?
ドルの洞窟は洞穴ではなく長~いトンネルだ。南のジャーギ平原と北のサウザンシスコ湾岸地区を浮気なしの一本道で繋いでいる。偶然発見されたこのイレギュラーな通路は、何が出てきても不思議ではない。
「とりあえず、少し休憩しよっか」
たいした疲れはないんだけど、用心に越したことはない。
「いよいよだな。私の剣がどこまで通じるか楽しみだ」
戦士はランクCのドルガメとの戦いに向けて武器のチェックに余念がない。
「邪気はまだ感じられないようですね。今のうちに……」
僧侶ちゃんは帽子を脱ぐと、動き易いようにするためか髪をポニーテールへと……ぐはっ!! それは反則だ!
「狭っくるしい洞窟ね。飛びにくいったらありゃしないわ」
マホツカは釣竿袋から降りて椅子に腰を下ろすと、ドカッと机に突っ伏した。
わたしもまずは座りたい気分であったが、懸案事項が一つあるので、それを片付ける算段を立てようとした。
「どうしましょうか、この鉄の壁」
厳重に封鎖された通路への入り口をどのようにしてこじ開けるか、レッドさんに相談する。まさかマホツカの魔法で破壊するわけにもいかないからね。衝撃により落盤が生じて、通路が永久に塞がってしまう恐れがある。
あれ、でもそれはそれでいいんじゃね? わたし達まで被害が及ぶなら考えどころだけど、それで敵をやっつけられるのなら、悪くない選択肢だ。
「この程度なら造作もない」
思考がマホツカ似になってきているわたしの考えとは正反対に、レッドさんは正攻法で挑むようだ。細身の刺突剣を抜くと、そっと手で刀身をなでる。
「銀の魔法剣、《シルヴァフェンサー》!」
銀色に輝く刀身となった剣が流麗に閃く。力強い踏み込みから繰り出された突きによって鉄の板は全て破砕された。
「銀の属性も使えるなんて……」
レッドさんの魔法剣に僧侶ちゃんがえらく驚いている。
その気持ちは分かるよ。てっきり炎とか氷の属性だけかと思っていたからね。銀の属性なんてあるんだ。
「魔法剣って、どうすれば使えるようになるんですか?」
「何! 魔法剣を覚えたいのか!!」
あり、期待していた以上の反応が返ってきたぞ。
「勇者、レッドにその言葉は禁句よ」
え、まじ?
興奮した様子でわたしを見つめるレッドさん。まずい、世間話をするつもりだったのに、とんだヤブヘビを突いてしまった。あれか、戦士に武具の話題を振るのと同じだったのか。
「か、簡単に覚えられるものでは……ないですよね?」
「いや、断じてそのようなことはない!」
一瞬で退路を断たれる。面倒くさい状況に陥る前に別の話に切り替えようかと思ったが、失敗に終わってしまった。
「魔法『剣』と言葉を付け加えたところで、別段普通の魔法と扱い方は大差ない」
本当かな……。赤点ギリギラーの覚えの悪さを基準にしてます?
「特別な技能が必要というわけでもない。だが魔法よりも剣の腕に依存するからな。ゆえに魔法使いは好んで習得しようとはしないんだ」
なるへそ。剣と魔法の二つのスキルを習熟しないといけないのは大変だ。二兎追う者は一兎も得ずって言うからね。
しかし、二兎追ったチャレンジャーにしか二兎同時に捕まえられないのも事実である。レッドさんはそれを達成できた人なのだ。わたしも魔法は使えるのだから、決して不可能ではないはずだけど。
とはいえ、剣は戦士に及ばす、魔法も使えるのは1.5個。山の中で野ウサギを捕まえるのは得意なんですけどね……っと、この話は長くなるから今は閉まっておこう。
「剣の腕だと!? では私も努力すれば魔法剣を使用できるようになるのだな!」
未来を夢見る子供のように目を輝かせる戦士に対して、レッドさんは不治の病に侵された患者に絶望の一言を告げる医者のような顔となった。
「残念だが、さすがに魔法の素質を持たぬ者には無理だぞ」
「ぐはぁっ」
無常属性の魔法剣によって一刀両断される戦士。余程ショックだったのか、休憩所の隅っこにてズーンっと重い影を落としながら丸くなってしまった。
可哀想だけど、こればっかりは致し方ない。ここはわたしが戦士の分まで頑張らなくては。
「分かりましたレッドさん。魔法剣を是非教えてください」
「その言葉を待っていた」
どうやら魔法剣士を増やしたいらしい。年上の命令には素直に従っておこう。てか魔法剣を覚えられる大チャンスではないか! わたしもモンスターの群れを一瞬&一撃で倒してみたいッス!
「ちょっと勇者、ワタシが教えた魔法はちゃんとマスターしたんでしょうね?」
うぐっ。
「も、もちろんだよー! あんな簡単な魔法ちょっと練習したらすぐにで、できたよー!」
ジト目を向けるマホツカに思わず冷や汗をかく。
先日ピラミッド攻略中にマホツカから《拳帯魔法》を教わったのだ。
最初は微弱な冬の静電気レベルだったけど、一昨日の晩に盗賊にコツを教わり、昨日の晩にも練習した甲斐あって、そこそこはバチバチっとなるようになりました。あとは気合と本番に臨む心があればきっと完全に発動するはず、うん。
「全ての基礎となる魔法の一つよ。ちゃんと使えるようにしておきなさい」
と、マホツカはそれ以上の追及をしてこなかった。セーフ。何とも珍しい。やはりテンションが低いせいなのか?
「ではレッドさん、よろしくお願いします」
再び机に突っ伏すマホツカを今は忘れて、レッドさんに向き直る。このイベントを消化しないと先に進めそうにならからね。
「まかせてくれ」
あんま自信はないけど、フィーリングでどうにかなるだろう。
「じゃあ、さっそく剣を――」
「いや、剣はまだ用意しなくていい」
へ? 魔法剣なのにですか?
「魔法剣を習得するために、まずは誰しもが必ず通らなければならない試験を受けてもらう」
「試験……ですか?」
まさかペーパーテストってことないですよね?
「試験といっても、要は適性検査だ。この試験をパスできなければ、魔法剣の道は諦めた方がいい」
まじすか。何だかんだで習得までの道は険しそうだな。
「して、その内容とは?」
「実演する。そこで見ていてくれ」
レッドさんは少し離れた位置に移動する。そして息を吸うかのような自然な動きでその技を発動させた。
「《魔力装甲》!」
ぱあっとレッドさんの全身から淡い翠色の光が溢れ出した。マホツカが魔法を使うときに手から放出される光と同じ性質をしている。
「魔力……ですか?」
「そうだ。全身から魔力を放出し、膜にして身体を覆う技だ。あらゆる攻撃を緩和させる鎧となる」
鎧の魔法ってわけですね。
「勘所としては、とにかく魔力をとどめることにある。魔法剣の基本は、いかに発動させた魔法を武器に纏わせ続けることが肝心だからな」
狂化魔法は身体の中で魔力を爆発させるイメージだ。それに対してこの技は身体の表面に、しかもずっととどめておく必要があるのか。ちょっと難しそうだ。
とにかく頭で考えていても前進はしない。何事も実践あるのみ!
「はあああぁぁぁぁ……」
力を込めながら、体中に巡る魔力を意識する。こういうときに声が思わず出ちゃうのって、少年ノベルの読みすぎだな、わたしも。
「《魔力装甲》!」
魔力が全身から放出される。よし、次はこれをとどめ――、
ドバンッと、わたしを震源地として衝撃破が発生した。魔力をとどめることに失敗して暴発してしまったのである。
その勢いでマホツカが盛大に椅子から転げ落ちる――姿を横目に、僧侶ちゃんが帽子を飛ばされないように必死に押さえる可愛らしい仕草についつい見惚れてしまう。
「ちょ、何やってんのよ!」
「ごめんごめん。ちょっと失敗しちゃった」
これはこれで攻撃魔法として使えるかもな。もしくは飛び道具を弾く手段とか。
「今度こそ……《魔力装甲》!」
グッと、今度は放出された魔力をとどめることに成功した。光の鎧が包み込むように形成されているのが視覚だけでなく感覚的にも認識できた。魔力って暖かいんだな。
むむぅ――でもこの状態を維持するのが難しい。ずっと魔力をとどめておくのって、くしゃみや痒みを我慢するのに似ている。
「もう……無理」
ドバンッと、再び魔力の波動が衝撃破となって休憩所に吹き荒れる。今回は用心していたのか、マホツカは転げ落ちなかった。
それにしても、十秒も持続できなかった。
「アンタじゃ一生無理ね」
むがー!
「し、仕方ないじゃん。魔力をずっととどめておくなんて、そんな急にやれと言われ――」
「《法力装甲》!」
へ?
そうオリジナルネームで唱えたのは僧侶ちゃんだった。小さな身体に白い光が覆われている姿は、まるで光背の射す神様のようだった。
「な、なぜ!?」
「やっぱり法術も魔法も原理は同じみたいですね」
だからって、そんな簡単にできちゃうものなの?
「なかなか筋があるな。《法術剣》か、悪くない」
むむむ、僧侶ちゃんもさすがだな。それに比べて……、
「立つ瀬がないわね、勇者」
ううぅ、どうせわたしは赤点ギリギリですよー!