Ⅴ.ドルの洞窟
《ドルの洞窟》――ジャーギ平原から北東、サウザンシスコの街と東側に聳える山脈に挟まれた洞窟へとやってきた。
随分と現金な名前の由来なのだが、困窮の極みに置かれたとある漁師が、借金取りから逃げるために訪れたこの洞窟で、一生働かなくとも暮らせるだけのお金を拾ったことにある。まじかよ、ドル充爆発しろ!
さて、ダンジョン攻略はこれで三度目になるわけだけど、まあ、何と言いますか、
「今回も明るいね……」
「今回も明るいな……」
「? そうですね」
「今回も明るいわね……」
「? 当然だろ」
精霊の洞窟、そしてピラミッドに続いてまたしても洞窟内は煌々としていた。しかも謎の光る壁仕様ではなく、照明設備という文明の利器が用いられているのだ。
「この洞窟は街で探検ツアーが企画されているほどの、この地方では割と有名な洞窟だ。知らなかったのか?」
まったくのノーマークでしたね。このわたしとしたことが、何たる不覚!
洞窟内部には転倒防止用のロープや、高低差のある場所にはご丁寧に梯子まで用意されている。その他至る場所に人工的な物がたくさん置かれていた。
こんな人の手が入った場所にモンスターなんか出現するのだろうか?
「ドルガメってどんなモンスターなんですか?」
精霊の洞窟に比べると若干窮屈な通路を進みながら、わたしは戦うべき敵の情報をレッドさんに訊ねる。
まさかお金を主食とするカメってことないですよね? そんなモンスターとは絶対に戦いたくないな。特に懐事情が暖かい現状ではなおさらだ。
「ドルガメは爬虫類カメ目に属する雑食のモンスターだ。ジャーギ平原が長期的な雨季に入ると、海から上陸してきて繁殖活動を行うと聞く」
地域限定プラス期間限定のモンスターですか。別の意味で魅力を感じますね。
「性格は比較的温厚だと知られている。こちらから手を出さない限りは、まず襲われる心配はない。ただ食料が不足している場合はその限りではないらしいがな」
まんま亀ですね。産卵の際は涙を流したりして。
「温厚なモンスターか……、あまり強いイメージではなさそうだな。本当にランクCの依頼なのか?」
「間違いなくランクCだ。クランが保有する戦歴レポートによると、鈍重であるため遠距離から攻撃すれば苦戦することはないとのことだ。だが硬い甲羅の防御と並外れた生命力によって長期戦は免れないとも書かれていた」
なるほど……?
あれ、ちょっとおかしいぞ。レッドさんはランクAの依頼だってこなす実力者だ。どうしてランクCの依頼など引き受けたのだろう。
クランメンバーの間には、自身のランクより低いランクの依頼はあまり引き受けてはならないという暗黙のルールがあると、それとなーく受付のお姉さんに教えてもらった。
レッドさんはわたし達と違って旅費に困っているわけでもなさそうだ。引き受けたのは、何か特別な理由があるのだろうか。
「不思議がるのも無理はない」
わたしがその点を指摘すると、レッドさんはやや神妙な顔付きに変わった。
「実はこの依頼には裏事情があってだな」
事情? しかも裏とは、きな粉臭くなってきたな。
「まず、そもそもドルガメは海を除けばジャーギ平原にしか棲息していない」
「? だとすると、なぜこの洞窟で目撃されたんですか?」
今度ははぐれドルガメなのか?
「目撃の真偽は明らかになっていない。そして、それとは別にこの地方には有名な亀の伝承があるのだが、それが今回の依頼と絡んでくる」
亀の伝承? 唐突に妙な話へと切り替える。
「伝承の内容は、この洞窟に潜むとされるカメモンスターのことだ。そのモンスターはドルガメの祖と云われ、洞窟に足を踏み入れた数多の探索者、とりわけ守銭奴を無双の強さで屠ったとされる言い伝えが残っている」
守銭奴って……。
「つまり、この依頼の本当のターゲットは、その謎モンスターってことですか?」
「あくまでも伝承に過ぎない。信憑性など皆無だ」
だけど、クランの中にはそういった昔話を信じる人がいると、苦笑しながらレッドさんは付け足した。
「もしもの事態を考え、こうしてわたしに依頼が回ってきた、というわけだ」
そう話を締めくくるレッドさんは、伝承などまったく信じていない様子だった。
でも、世の中ってのは常に最悪のケースを考慮して行動しないと危険ですよ。一歩買い物を間違えると一週間断食を強いられることだってあるからね。
「守銭奴ねぇ。勇者は特に気をつけなさいよ」
「何でわたしが!?」
わたしは守銭奴でもケチでもないよ! ご使用とご計画をちゃんと立てているだけです。
「無双の強さか。実に魅力的なモンスターだな。是非とも戦ってみたい」
戦士の瞳に期待の炎が宿る。それは、やめとこ。
「そう言えば、ラスゼガスにも巨大な地中生物が棲息する伝承があったような……。きっと昔の人が考えた空想なんでしょうね」
へー、そんな話があったんだ…………あれ、見に覚えがあるような……。
「伝承だが何だか知らないけど、結局はただのカメでしょ? せめてスッポンならスープにできたわね」
あんまりおいしくなさそうだな。コラーゲンはたっぷりかもしれないけどさ。
何はともあれ、やばそうだったらウサギにならずにスタコラさっさと逃げればいいだけだ。
「伝承のモンスターの再来か、はたまた洞窟に迷いこんだだけなのか。まったく、傍迷惑なモンスターだ。わたしには他に為すべき事が――」
何かがこちらに接近してくる気配を感じる。
戦士とレッドさんに少し遅れてわたしもショーテルを構えた。最近こういった敵意をようやく感じ取れるようになってきた気がするな。
『インフォメーションログ』
グランドアンドAが 現れた
グランドアンドBが 現れた
グランドアンドCが 現れた
観光地なのにモンスター!?
侵入者を排除しにきたのか、それとも空腹なのか。わたし達の進路を遮る形で三体の同モンスターが出現した。
「ドルガメのせいで洞窟の警備が手付かずの状態になったせいだろう。野良モンスターが棲みついてしまったようだな」
《グランドアンド》――紫色の体皮を持つムカデっぽいモンスター。体の前半分を人間大の背丈まで持ち上げていた。左右の口の端からは剣のようにギラリと光る鋭利な牙が二本突き出ている。噛まれたら肉だけでなく骨まで持っていかれそうだ。
「まあ、ムカデなら…………やっぱムリね」
「私もちょっと……」
僧侶ちゃんとマホツカがやや後退する。わたしもムカデはあんま得意じゃないな。グロテスクだし、素手で掴めとか遠慮したい。夜とかベッドの中にいたらまじビビる。
「ドルガメまでのウォーミングアップだな」
戦士はモンスターの見た目に一切怯むことなく、果敢な姿勢で攻撃を加えようとする。虫でも骸骨でも「モンスター」という括りで脳が処理しているんだろう、きっと。
「待て、不用意に攻撃しては駄目だ」
モンスターに斬りかかろうとする戦士をレッドさんが手で制した。
「何かあるんですか?」
「ああ。確かこのモンスターは、窮地に追い込められると、大地の魔法を使って地震を発生させる習性があったはずだ」
魔法を使うモンスターか。何気に初ですかね。
「大地の魔法とは厄介だな。それもこんな狭い洞窟で使用されるとなると……」
「最悪生き埋めだ」
げげっ! じゃあどうすればいいの!?
頭を悩ますわたしに対して、戦士は何かに思い至ったのか、合点がいった表情で再び剣を握る手に力を込める。
「そうか、ならば間を置かずに全て倒し切ればいいのだな」
「強引な方法ではあるが、そういうことだ」
いやいやいやお二人さん、そんな簡単に言わないでよ。
「クロスフォード、最後の一匹は任せたぞ」
「仕方ないわね……」
先陣を切る戦士、続いてちょい及び腰なわたし。マホツカは文句を言いながら詠唱を始め、レッドさんはタイミングを見計らって攻撃に転じた。
『インフォメーションログ』
↑グランドアンドCが 現れた
戦士の 斬り攻撃
グランドアンドAに 127のダメージ
勇者の 切り攻撃
グランドアンドAに 25のダメージ
グランドアンドAを 倒した
グランドアンドBは 噛み付きを構えた
グランドアンドCは 噛み付きを構えた
マホツカは やる気ゼロで魔法詠唱を開始した
僧侶は 身を守っている
レッドの 突き攻撃
グランドアンドBに 189のダメージ
グランドアンドBを 倒した
グランドアンドCの 噛み付き攻撃
レッドは ダメージを受けなかった
「レッドさん大丈夫――みたいですね」
敵の噛み付き攻撃を受けるレッドさんであったが、ダメージはないようだ。
「心配はいらない。この防具は魔法銀糸で編み上げた特殊な防具だからな。低級モンスターの攻撃など完全に防ぎ切れる」
戦士の攻撃を一撃は耐えるモンスターを低級とは……。いやはや、レベルの高さもさることながら、装備も優秀ですな。余った糸でもいいんで分けてほしい。
さて、まだ最後の一匹が残っているのだけど、マホツカは大丈夫かな?
「はぁ……。舞え、《氷の剣舞魔法》」
テンション↓↓のマホツカであったが、発動された魔法はすごかった。十二本にも及ぶ氷の大剣が空中に整列すると、刃先をモンスターへ向けて一斉に降り注ぐ。黒い髭を生やしたオッサンでも回避不可能だろう。
『インフォメーションログ』
マホツカの 《氷の剣舞魔法》
グランドアンドCに 32のダメージ
グランドアンドCに 29のダメージ
グランドアンドCに 28のダメージ
グランドアンドCに 30のダメージ
グランドアンドCに 29のダメージ
グランドアンドCを 倒した
グランドアンドCは 凍結した
残り七本の剣が グランドアンドCを舞い襲う
グランドアンドCに 合計209のダメージ
グランドアンドCは 粉砕した
「だから、どうしてそうなる……」
「これでも手加減してるのよ」
相も変わらず遠慮容赦が一点も見当たらない魔法攻撃だ。オーバーキルにも程がある。モンスターに同情したくなるな。
「どこが手加減だ、十二本も一度に生成するなど見たことがないぞ」
「別にたいしたことじゃないわよ。ワタシは特別な手順を踏んだつもりはないわ。こんなこともできないのは、魔法を使うのが下手っぴなだけよ」
マホツカとレッドさんがガミガミと言い合いを始める。仲がいいですね、お二人さん。
こうやってみると、レッドさんも年相応な人なんだなと思える。戦士もなんだけど、剣で戦う人ってみんな普段は堅苦しい感じなのかな。
「あの、以前から気になっていたんですけど、マホツカさんはどうして普通の魔法を使用するのに抵抗を覚えているんですか?」
僧侶ちゃんがすごーく興味津々な視線をマホツカに送っている。あーいいなー、そんな好奇な目でわたしも僧侶ちゃんに見つめられたい!
僧侶ちゃんの疑問は尤もだ。マホツカが自分で考案したという変な名称の魔法は、確かにここぞのピンチで何度もお世話になってきた。しかし、たかが雑魚モンスター一匹や二匹に使う必要性はないよね。魔力だって一発でスッカラカンになっちゃうし、燃費悪すぎだろ。
「そんなの当たり前じゃない」
僧侶ちゃんの質問を受けて、マホツカはさらにテンションを下げる。
「だってさー、魔法書に載ってある昔のJJI魔法使い共が考案した魔法って、威力がほぼ頭打ちじゃない」
いや、知らないけど、そーなんだ。
「威力が低いし、範囲も狭いし。誰でも簡単に使える点は認めるけど、詠唱から発動までの仕組みに無駄が多すぎるのよね」
ふー……ん、なるほど、全然分かんない。
「それに、そんな書類に判を押すだけの魔法ってつまんないじゃない」
「書類に判……ですか。言い得て妙ですね……」
マホツカの意味不明な不平に得心顔を見せる僧侶ちゃん。ほーんと僧侶ちゃんはどんな表情でもかわいいな~♪ でも、今の説明で理解できたの?
「はぁ、お前の頭の中は本当に理解できん」
逆にレッドさんは諦めたように肩を落とす。
わたしも魔法を使う者として、もうちょっと原理を知るべきなのだろうか?
だからといって、勉強はノーサンキュー!