Ⅲ.レッドさん?
討伐依頼No.N2800510E003
フェカロルフォイク(外来魚肉食)
ランク/E 状況/引受者有り
依頼人/岩海亭店主(サウザンシスコ・西部地区)
在来魚を脅かす困ったモンスターがいる。
そいつがついに釣り人まで襲うようになりやがった。
もう放っておけない、力を貸してくれ!
「これが依頼か」
路面列車に揺られて街の中央部にドンと構えるクラン支部へと訪れた。白い石造りの建物は古代マーロ帝国の神殿を思わせる複数の円柱が立つ建築様式だった。来る途中で見かけた市役所や警察署よりも立派で大きい。そんなに儲かってんですかね?
十数段のステップを上って入り口の大扉をくぐる。入ってすぐ目に止まるのは、吹き抜けとなった一・二階と、階を繋ぐ左右に湾曲した二つの階段だ。昔学校の文化鑑賞会で観た舞台劇『シンセン組』の一幕に、こんな長い階段があったはずだ。
「まずは加入手続きね」
一階のロビーには掲示板がいたるところに設置され、統一されたフォーマットの依頼書が貼り付けられていた。ほとんどが『引受中』となっている。
「想像していた以上に人が多いな」
「まるで社交場みたいですね」
「情報収集にでも来てるんでしょ」
ガヤガヤと一階はとても賑やかだった。戦士と同様に鎧を装備したいかにもモンスター退治を生業としていそうな人や、サーファー風情のラフな格好をしたチャラい輩もいる。マホツカの言うように仕事を探しているわけではなく、大半はクランメンバー同士で情報の共有や、取引話を持ちかけている様子だった。耳を澄まさずとも、あちらこちらからモンスターの名前や素材アイテムの売買金額が聞こえてくる。
東海岸から始まったカリメア大陸のフロンティア開拓の歴史から分かるように、まだ西部はモンスターが多く棲息している。とはいえ、一番危険で未開拓なのは中央部なんだけどね。逆にシンヨークを始めとした東部ではめっきり見かけない。
人の見物もほどほどに、クランへ加入するため受付窓口へと向かう。
「それでは身分証明書の提示をお願いします」
書類に必要事項を記入して受付のお姉さんのところへ持っていく。クランの制服なのだろうか、受付内の人たちは皆一様に緑単色の上着に、ニッカポッカみたいなダブダブのズボンを穿いていた。ちょっとダサいっすね。
依頼を引き受けるためには、まずクランのメンバーにならなければならない。手続きに必要なのは身分証明書とサイン、それと入会金(まじかよ)である。
身分証明書なんて持参していなかったわたしだが、そこで(久しぶりに)役に立つのが《シンヨーク王家の証》だ。本来なら未成年での加入はランクB以上のクランメンバーの推薦状が必須なのらしいが、特例で受理された。さすがは最強のアイテムである。
「これで登録が完了いたしました。ようこそクランへ、私たちはあなたを歓迎します」
お姉さんは営業スマイルで定型句を述べると、続いて机の上にドサッと何かを置いた。
「まず、こちらがメンバーの証となるエンブレムです」
二本の曲刀を持ち、甲冑で身を包んだ騎士がデザインされたワッペンだった。よく見ると建物の中にいるほとんどの人が身に付けていた。
「それと、こちらはクランの規約書です。違反した場合、除名に加えて罰金の支払いもあるのでご注意ください。また依頼の引き受け方法や、途中でキャンセルする説明も併せて記載されていますので、依頼を探す前に必ず読んでおいてください」
と、鈍器と見間違えそうな分厚い冊子を渡された。
こういう書類って絶対に読ます気ゼロだよね。でも一応は目を通しておかなければ、特にマネーと退会について記述されている項は抜かりなく。
「しかし、モンスター退治と一括りに言っても、出現場所や出現数、それと遭遇条件など細かい情報があるのだな。うむ、いい実戦経験を積むことができそうだ」
戦士が燃え上がっている。全部引き受けたいとか言い出しそうだ。
とはいっても、加入したばかりのわたし達(最低のランクE)では引き受けられる依頼は限られている。自身のランク以上の依頼は引き受け不可だし、一度に引き受けられる数も決まっていた。
「この依頼書は少しデザインが違うようですけど」
依頼書は基本白地で焦げ茶の枠線が引かれた薄い紙なのだが、僧侶ちゃんが見つけたのは赤で縁取られており、硬質な物だった。中央部には骨を銜えた骸骨の判が押されている。
緊急討伐依頼No.D2800510E001
ワニトリス(爬虫類凶暴種)
ランク/E 状況/引受者有り
依頼人/ターニャ(ジャーギ平原)
平原に凶暴なモンスターが棲みついたせいで、
ウチのキモかわいいラッコトリスたちが怯えて困っています。
何とかしてくれる方、是非ジャーギ平原の村落まで!
「それは『デンジャーモブ』よ」
デンジャー? 危険ってこと?
「そっ。強敵ばかりだから、絶対に引き受けないように」
長期に渡って依頼書が掲示され続けるから、耐久度のある紙になっているという。
ふーむ、マホツカにしては消極的だな。いつもの調子なら面白そうな案件は考える前にすぐ行動を起こそうとするのに。
「あれ? 何かペット探しっぽいのも混じってる」
緊急討伐依頼No.D2800316H001
キャロマット(????)
ランク/H 状況/引受者無し(※七名が討伐失敗)
依頼人/ザマストリア(サウザンシスコ・街門)
カワイイキャロマットちゃんが逃げたザマス!
しかも、野生に戻ったキャロマットちゃんが……!
紙に書くのは面倒ザマス! 直接話を聞きに来るザマス!!
すごくヒステリックな依頼人だな。
それとこの依頼はランクがHってなってるけど、一番低いのはEじゃないんだ。たぶん手に余ったペットの駆除依頼なのだろう。まったく、無責任な飼い主だな。ちゃんと看取るその時まで育ててほしいものだ。きっと依頼に失敗した人たちは駆除するのがかわいそうと感じてキャンセルしたのだろう。
「思ったんだけどさ、警察や自警団にまかせればいいんじゃないの?」
「中にはけっこうダーティーな内容もあるのよ」
だったら余計警察に――、
「クロスフォード?」
わたしがミンダラ警告について真剣に考察していると、わたし達と同い年ぐらいの女性が声を掛けながら近寄って来た。誰ですか?
「ん、レッドじゃない。何でこんなところにいるのよ?」
「それはわたしの科白だ。いきなり魔王を倒しに行くと言って、いなくなったのは誰だ」
不機嫌気味な表情でいらっしゃるお方は、どうやらマホツカの知人のようだ。「レッド」って聞こえたけど、確かその人は以前アルフォンで連絡があった人だよね。
「こんな魚臭い街にいるなんて、マンボウでも買いに来たの?」
「あんな骨の硬そうな魚を買ってどうする。メールで伝えただろう、しばらく旅に出ると。この街には途中で立ち寄っただけだ」
レッドさんは、その名が示す通り赤色を好む人のようだ。羽飾りがアクセントの真紅の帽子を被り、同じく真紅のマントを羽織っている。それに髪も赤みがかったブロンズだった。彫りの深い勇ましい顔は、どこか男性のような雄々しさがある。
「それで、こちらは?」
「見て分かるでしょ、勇者と戦士と僧侶よ」
すげー簡潔な紹介だな。見ただけじゃ分かんないっしょ。
「マホツカのご友人か。よろしくお願いする」
「初めまして。よろしくお願いします」
「こちらこそ。自己紹介が遅れたが、わたしは――」
「んで、こっちはレッドよ」
レッドさんの自己紹介を遮って、これまたシンプルに紹介するマホツカだった。
「だから、初対面の者にその名を伝えるなと……」
「いいじゃない別に、減るもんでもないし」
どうやら「レッド」というあだ名で呼ばれるのは不本意らしいレッドさん。しかし、もはやわたし達三人にはその名がインプットされてしまった。残念だったねレッドさん。そーいえば委員長ちゃんの本名ってマジ何だったっけな……。
「お二人はご学友だったりするんでしょうか?」
「ノンノンノン、ちょーっと違うわね。ワタシとレッドは――」
「《ボウブリッジ》にある魔道学院のクラブ仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない」
今度はレッドさんがマホツカの説明に割ってはいる。
「ちょっと、何で邪魔するのよ」
「いいだろ、減るものでもあるまい」
何だ、この夫婦漫才は。
詳しく聞くと、レッドさんはわたしより一つ年上とのこと。つまりは戦士と同じか。
てゆーことは、マホツカにとっては一応先輩になるんだよね? でも全然先輩後輩の関係には見えないな。まあ、マホツカが誰かに対して敬語を使うなんてことないからね。学校の先生にも噛み付いていそうだし。
「あなたが話しに聞く勇者か。クロスフォードが世話になっているようだな。よろしく頼む」
「ええ、はい」
と、差し出された手をわたしは握った。すると、いつものあの感じがレッドさんから流れてきた。これって誰に対しても有効なのかな?
職業 魔法剣士
レベル 45
武器 エンハンスレイピア 竜骨の短剣
防具 羽根付き帽子 魔法の戦衣 紅炎のマント
装飾品 試練の指輪 猛る虎印の腕輪
魔法剣士!? か、かっくいいー!! しかもレベル高すぎでしょ……。
マホツカと違って常識のある人みたいだけど、ちょっと恐そうな人だな。わたしより少し背が高いぐらいなんだけど、真正面に立たれると威圧感があって緊張してしまう。この手のタイプってあんま交友がないんだよなぁ。戦士も最初はとっつきにくかったからね。
「そうだ、せっかくだからアンタも協力しなさいよ」
「協力とは、クランの依頼のことか? なぜわたしがお前の手伝いなど」
「分け前は4/1(等分)ね♪」
「だから、いつもいつも勝手に話を進めるな」
年上のレッドさんに対して軽い調子で会話するマホツカ。やっぱ気になるな、この二人ってどうやって知り合って、どういう付き合い方してんだろ。レッドさんは明らかにマホツカに対して遠慮している気がする。何か弱みでも握られているんですかね?
「まさか50/50って言うんじゃないでしょうね」
「それ以前の問題だ。わたしには火急の用事があるんだ。お前のお遊びに付き合っている無駄な時間など……――!!」
レッドさんの視線がマホツカからなぜかわたしに向けられる。な、何でしょうか!?
「そ、その羽は……」
羽?
まるで失われた世界でも発見しちゃったかのように目を見開くレッドさん。
「これですか?」
わたしはマイバッグの口から外にはみ出してしまっていた真白な羽を取り出す。先日盗賊から焦げた薬草と交換した《怪鳥の羽》である。
「この羽がどうかしましたか?」
「やはり……それは《ロック鳥の羽》ではないか!」
ロック鳥?
「《モウガスカル島》に数十年前まで棲息していた白い羽を持つモンスターだ。黒い炎を吐き、キング系モンスターを食料としていたと云われている」
随分と詳しいですね。
「でも、白い羽なんて他の鳥も考えられるのでは?」
「いいや、この大きさ、この美しさ、間違いない!」
「そう言えば、アンタって『羽マニア』だったわね」
なるへそ、帽子や胸元に羽の飾りを付けているのはそういうことか。翻ったマントの背を見ると羽を模した紋様が刺繍されていた。
冗談のあまり通じなさそうなお堅い印象だったけど、意外とかわいい一面がありますね。これがギャップ萌え……なのか?
「……その羽なのだが、譲ってもらえないだろうか」
「ええ、別にいいですけど」
「本当か!」
すごい喜びようだ。戦士と僧侶ちゃんが唖然としている。
盗賊に貰ったアイテムとはいえ、レッドさんがほしいというのなら、渋る理由はない。わたしが持っていても馬の目に銭投げだからね。
わたしは《怪鳥の羽》改め《ロック鳥の羽》をレッドさんに渡した。
「これほど貴重な物を只で譲ってもらっては一族の恥だ。代わりといっては面白みに欠ける品だが、これでどうだろうか」
レッドさんは、おそらく《ふくろ》の中から、ニビ色の小石を取り出した。
《謎の鉱石》を 手に入れた!
「これは……?」
手に取って驚く、見た目から受ける印象よりもはるかに軽かった。まるで宙に浮きそうなぐらいだ。でもそれなりに硬度はあるようで、叩くとコツコツと音が返ってくる。
「見ての通り鉱石の一種なのだが、わたしには使い道がない。特徴からそれなりに珍しい品だと思われる。アイテム収集家などが欲しがっているかもしれない」
化石マニアならぬ鉱石マニアですか。いるよねそんな人。
せっかくなので、わたしは《謎の鉱石》をありがたく頂戴した。もしかしたら何かの役に立つ……わけないか。
「それにしても、実に素晴らしい羽だ。とてもこの世の物とは思えない」
恍惚な表情でいつまでも羽を鑑賞するレッドさんを見てると、第一印象が完全に頭から忘却してしまいそうだ。
「それじゃ、一緒に依頼も頼むわね」
「ああ、いいだろう…………ん?」
というわけで、レッドさんと一緒にモブ狩りに行くことになった。