ⅩⅩⅡ.God Speed VS The Soil
《ヴァルカントラズ島》――サウザンシスコ湾に浮かぶ小さな島は、元は軍事要塞、軍事刑務所と経て、今ではこの街の観光名所の一つとなっている。
立地条件ゆえに脱獄不可能な監獄の代名詞として有名だ。長い歴史の中でたった一人だけ脱獄できた人物がいたというのは、あくまでも小説の中の話である、とわたしは認識している。本当かどうかは調べようがないのだけど。
観光用のフェリーが停泊する岸に船を寄せる。ロープを係船柱に巻きつけ、わたしはヴァルカントラズ島へと降り立った。
「ここが元監獄島か……」
灯台下暗しとはよく言ったものだ。煌々と湾内を照らす灯台以外の光源がない。照明設備が全て切られていたため、島は非常に暗かった。
しかし、街から届くネオンの明かりと、天気が良いためかくっきりと夜空に浮かぶ月と無数の星々のおかげで足元には困らなかった。
「人の気配は感じないな」
夜の監獄島は、その様相と相まって不気味さを醸し出していた。まるで地獄の一丁目と呼ぶに相応しい。見方によっては廃墟とも思える古い建物、急な崖に、分厚い壁と格子フェンス。モンスターは棲息していないが、何が出てきても不思議ではない雰囲気が漂っていた。
「敵のお出迎えはないのか」
わたしは不意打ちを警戒しながら、まずは島の頂上を目指して進む。
さて、どのように敵と戦うべきか。こちらは地の利やその他アドバンテージを何一つ持っていないのだ。
ならば奇策など講ずる必要はない。付け焼刃の戦術は混乱を招くだけだ。真正面から挑むのが一番の策である。敵に策略があったとしたら、それを活かされないように立ち回り、こちらは直球で攻める。無難な戦法であるが、ゆえに目立った弱点もない。
「出たな」
崖沿いの土道を歩いていると、前方の地面が不自然に盛り上がった。土柱が立ち、人型の形と成す。骸骨の剣士《ドクロナント》が一体現れた。
「一体だけか……?」
見張り役のモンスターなのだろうか。それにしては最初から地上に出ていてもおかしくないはずである。不意打ちを狙いたいのなら、わたしが通り過ぎたあとでひっそりと地上に出現すればいいのだから。
訝しがるわたしに、声が掛けられた。
『フシュクククク。まさか本当に一人でやってくるとはな』
ドクロナントから声は聞こえる。だけど口は動いていなかった。
「その声は……!」
忘れもしない。谷底で戦い、わたし達を窮地に陥れた《呪土のドクロミニョーネ》だった。
『仲間を見捨てて臆病に逃げていればいいものを。わざわざ殺されに来るとは、難儀な生き物だな人間とやらは。それとも勇者の使命というやつか?』
どうやら自らが使役するモンスターを通してわたしを見ることができるのだろう。このドクロナントは、要は挨拶代わりというわけか。
「そっちが望んだことだろ。むしろ感謝されたい気分だね」
『勇ましいな。だが、それもいつまで持つことやら』
余裕な口ぶりの敵。
「御託はいい。さっさと決着を付けようじゃないか」
『フシュククク。分かっている分かっている』
そうは言いつつも、敵は姿を現さない。
「どうした、まさかわたしと戦うのが怖いのか?」
『なに、メインディッシュは最後まで取っておきたいだろう? まずは私の下僕が相手になってやる。私の相手が出来るのは、無事貴様が私のいる場所に来られたらだ』
やはり、そういうやり方か。
突っ立ったままだったドクロナントが盾を正面に構えた状態で突撃してきた。
わたしはショーテルを抜いて左手に持つ。右腕は負傷のため力がほとんど入らないし、激しい運動は傷口が開いてしまう。本調子でない状態に加えて、一度やられた相手と戦わなければならないのだ。余計な戦闘は避けるか、無理なら最小限の力で乗り切らなければ、途中で力尽きてしまう。
木製のバックラーから少し顔を覗かせるドクロナント。突進の速度を落とさぬまま折れ曲がった剣で突きを放ってきた。
受け止めることはせず、わたしは左に回避する。緩慢な動作でこちらに振り向こうとする無防備なドクロナントの脳天に一撃を叩き込んだ。兜が壊れ、頭が取れる骸骨剣士。おろおろと頭を探す隙にわたしはさらに二撃入れた。
「ふう、一丁上がり」
地面に転がっていたドクロナントの頭部を見る。眼窩に灯る白い光が消え、骨は土へと還っていった。
一体ならばどうということはない。これならいける。
『フシュククク。まだまだ始まったばかりだぞ』
倒したと思った矢先、再び監獄島の土を糧に出現するドクロナント。今度は二体、前後にわたしは挟み撃ちされてしまった。
『これならどうする』
下僕を使い、自身は安全なところで高みの見物というわけか。
じりじりと距離を詰めてくる骸骨剣士たち。狂化魔法で抜け出す選択肢が浮かんだが、これぐらいで使用していては先が続かない。あの魔法は肉体への負担が大きいのだ。乱発は厳禁であり、満身創痍な現状では尚更控えるべきである。
「これしきの数っ!」
まずは前方のドクロナントに突撃をかまして吹っ飛ばす。後方の敵が攻撃してくる前に敵の背後へと回りこみ、挟み撃ちから難なく脱出した。
『フシュククク、相変わらず背中ががら空きだぞ』
!?
「うなっ」
突然背後から衝撃を受けた。
後ろを振り返れば、ドクロナントが三体も現れていた。
『さあて、どうする勇者よ』
完全に囲まれてしまった。敵は全部で五体。いくら雑魚モンスターとはいえ、前後から同時に攻め込まれたら無傷では済まない。
「《雷の狂化魔法》!」
迷っている暇はない。負担は大きいが、そもそも敵のところまでたどり着かなければ始まらないのだ。
「ぐうッ――」
右肩が疼く。だが、ここは我慢だ。
わたしは新手の三体の方へと突っ込むと、強引に道を開けさせた。こちらが頂上への進行方向だからである。
敵の狙いはわたしの消耗のはずだ。この手のタイプはとどめだけは自らの手で行うだろう。わたしが動けなくなるまでいたぶり、一番美味しいところで姿を現すに違いない。ならばいちいちモンスターの相手などしていられない。このままでは敵の思う壷だ。
一にも二にも敵の居場所を突き止めなければ、いつまでもドクロナントの相手をし続けることになる。しかし、上陸して分かったのだが、島は意外と広い。隈なく探すとなると日が昇ってしまう。ある程度の目星を付けて行動しなければ。
『フシュクク、逃がすか』
「な!」
逃走を図るわたしの進路上の土が隆起して壁となる。行く手を阻まれてしまった。
さらに周囲からドクロナントたちが数体飛び出してくる。後ろから追いかけてきたドクロナントたちも合流されてしまった。せっかく振り切ったと思ったのに、状況はさらに悪化してしまった。
『どこに逃げようが、全て見えているぞ』
わたしはそそり立つ土の壁を観察した。高さよりも、やたらと横に長い。道幅を大きくはみ出していた。いくら何でも不要である。おそらくわたしを見失いたくないから、これだけ広範囲の壁を作ったのだろう。
(つまりは、敵はこの島全域を把握しているわけじゃない?)
ドクロナントを通じてわたしの位置を把握しているとはいえ、逆にそれがなくなればまた探さなければならないのか。ある程度のわたしの位置を特定するには肉視が必要なはずだ。となれば上から見下ろすのが的確な術である。
だが島の頂上までは数十メートルはある。崖を一気に上るにしても斜面が急すぎる。狂化魔法を発動した状態なら何とか上りきれるかもしれないけれど、一旦その考えは捨てた。短時間での連発は避けたい。
だけど、ドクロナントたちを一掃するのも大変である。
『どうした、足が止まっているぞ』
無理してでも魔法を使うか、力を温存するか躊躇っていると、ドクロナントが攻撃を開始した。だけど一体しか動いておらず、他のは律儀にその場でとどまっている。余興のつもりか、好都合である。
「ぐっ……」
しかし、動けば動くほど右肩の痛みが悪化していく。やはり無理をしてでも……、
(あれ?)
どうにか二体目を倒して、次に三体目に攻撃を加えたときだった。今まで三、四撃を与えなければ倒せなかったドクロナントが、なぜか一撃でばらばらと砕け散っていった。さらに、手にするショーテルがすごくしっくりとくる。まるで己の肉体が一部のように、違和感なく剣を奮うことができるようになったのだ。
『ええい、所詮は下級召喚か。ならば一斉に飛び掛れ!』
主君の命令によって、残りのドクロナントたちがわたしに対して剣を向ける。
(ま、まずい――)
敵の数の多さに抜け出す場所がない。唯一の切り抜ける手段である狂化魔法も、このタイミングでは発動させるだけで精一杯である。
何か、何か他に方法はないのか!
『フシュククク、終わりだ』
――ここで、ここで終わってしまうのか…………?
――いや、わたしはやれる、最後まで諦めたりはしない……!
骸骨に埋もれる視界の中で、わたしはその力を解き放った。
「《雷の甲冑魔法》!!」
その魔法の名を叫ぶ。青白い雷の鎧が接触してきたドクロナントたちを次々に吹き飛ばす。背後にそびえる土の壁も崩壊させた。
『な、何だ? 何が起き――』
ドクロナントたちがいなくなったことで、ドクロミニョーネの気配も消えた。
これが勇者の力の一つ、《雷の甲冑魔法》。暗雲に潜む竜に近づく愚者に罰を与えるが如く、触れる全てを雷で焼き尽くす鎧の魔法だ。
今でこそ理解した。ファザーボムの残骸モンスターの爆発を防いだのはこの魔法のおかげだったのだ。どうして今になって分かったのかは、きっとドクロナントたちとの戦いでわたしのレベルが上がったからだろう。ショーテルで敵を楽に倒すことができたのも同様の理由に違いない。
活路が見つかった。わたしの心に中で希望の炎が激しく燃え上がる。
さて、ドクロナントはこれで全滅したわけだが、喜んでいる暇はない。すぐさまここから離れなければ、再び位置を察知されてしまう。それでは同じことの繰り返しだ。何としてでもこちらの姿を隠しつつ、敵に近づかなければ。
わたしは頭上を見上げた。やはり一気に上るのは難しい。
「あれは?」
考える前にわたしは動いた。先程の魔法の衝撃で崖の一部が崩れ、室内が見えたのだ。おそらく地下牢の一部だろう。
その中に進入する。建物の中ならば敵はわたしを見つけることができまい。
すぐにたどり着いてやるからな、首を洗って待っていろよ。




