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ⅩⅩⅠ.The Boarding

「ごめんね、僧侶ちゃん」

 眠ってしまった僧侶ちゃんを起こさないよう慎重にベッドへと運ぶと、そっとブランケットを掛けてあげた。

「ううん……勇者さん……」

 一瞬どきりとしたが、寝言だったようだ。

「ふふ、どんな夢を見ているんだろうな」

 せめて夢の中では、安らぎに満たされていてほしい。

 すやすやと熟睡している僧侶ちゃん。心身共に疲れ果ててしまったのだろう。無理もない、朝はショッピング、昼は山登りに谷下りと忙しい一日だったからね。そして二人の看病をしながら、わたしのこともずっと気遣ってくれていたのだ。小さい身体なのによくがんばったよ。ありがとう僧侶ちゃん。

「今はゆっくり休んでいて」

 思わず絵に描きたくなってしまうかわいい寝顔から目を離して、戦士とマホツカの様子を確認する。まだ眠ったままであるが、その表情は依然として苦痛に歪んでいた。息遣いが荒く、額には汗が浮かんでいる。

 タオルで軽く顔を拭いてあげる。悔しいけれど、この場でわたしができることはこれぐらいしかなかった。

「もう少し我慢していてね」

 それだけ言い残して、わたしは病室を抜け出した。

 静まり返った病院を出ると、冷たい夜風が頬を叩いた。

 夜は十時を過ぎたところだった。通りを歩く人も馬車も少なく、路面列車も運行を終えていた。すっかりと夜の街へと切り替わったサウザンシスコの街であるが、まだ眠りにつく様子はなかった。

 街を北東へとひた走る。観光名所のガイドを穴が開くほど見ていたおかげで、目的地へは地図を見ずとも分かる。

 途中、ネオンが煌々(こうこう)と灯る大人な雰囲気のバーを何軒も横切った。ふらつきながら歩く人々や、すたすたと歩く女性と必死に食い下がる男性を見かける。夜の街特有の浮かれた空気が漂ってくる。

 しかし、わたしの気分が浮つくことはなかった。

 ただひたすらと、後悔の念に囚われていた。

「あの時、油断をしていなければ……」

 慢心だった。(おご)りだった。

 魔王を倒したという事実が、実力を伴わない自信をわたしに植え付けていた。

 それは決して悪いことばかりではない。自信は行動に結びつく。いざというときに、普段以上の力を発揮できる源となるからだ。

 かといって、今回の件はそれが油断を招く結果となってしまった。敵は腐っても大魔王の配下の一人。谷底にいる間は、もっと注意をしていなければならなかった。容易く背後を取られた挙句に、戦士とマホツカを失ってしまった。もしも僧侶ちゃんまで敵の毒牙にかかっていたら、わたしは茫然自失のまま、あの場で冒険を終えてしまっていただろう。

「絶対に、助ける。絶対に――」

 わたしは心の内にある炎を絶やさないよう――さらに燃え上がるよう、呟き続ける。通り行く人々の耳に入るかもしれないけれど、変な人だと思われるかもしれないけれど、気にしたことではない。

「はあ、はあ……、あれか」

 高い建物がはけて、黒に染まった湾内が見渡せる場所まで来た。

 海上に浮かぶ小さな島――敵が指定してきた場所《ヴァルカントラズ島》は、灯台のライトによって位置はしっかりと把握できる。

 あの島に行けば、強大な敵と一人で相対することになる。ただのモンスターではない。明確な意思を持ち、わたしを殺すために謀略をめぐらす敵なのだ。

 一対一の戦い。誰にも背中を預けられない状況。

 少しでも気を緩めれば、わたしは恐怖で足が竦み、この場から一歩も前へ進めなくなるに違いない。

 だが、絶対にそうはならない。ここで気持ちが引くことは、わたしは勇者としての全てを失うことになる。

 たとえこの身がどうなろうとも、戦士とマホツカをあのままにしておくなんてできるわけがない。大事な仲間なんだ。たった一週間と少しの付き合いだとしてもだ。過ごした時間の長さじゃない。信頼できる仲間だからだ。失いたくない存在だからだ。

 わたしを行かせまいと必死に止めようとした僧侶ちゃんには悪いけれど、じっとなんてしていられないんだ!

 いつまでも、何もできないなんて嫌だ。

 いつもいつも、みんなに頼っている自分がとにかく嫌だった。わたしにはできないと思いながら、いつまでも誰かに押し付けるなど。

 二人を助けることはわたしにしかできない。ならばわたしがやらなければならない。

 いや、この表現はおかしいな。義理とか義務とか、勇者の責務とか、そんな安い言葉じゃない。仲間を助けるのに理由など必要ない。言葉など不要だ。

「まずは、船を探さないと」

 ヴァルカントラズ島へは船で行くしか手段がない。

 わたしは昨日も訪れた漁港へと足を運んでいた。ここで手頃な船を拝借するためだ。

「そう簡単には行かせてくれないか……」

 動く明かり。ストライキ中であっても、しっかりと警備員の人たちが港を巡回していた。

 しかし、この街は平和なようだった。談笑中の隙をついて、どうにか船乗り場へとたどり着く。

「これなら、どうにか動かせるかな」

 動力装置のついたボートサイズの船を一隻見つけた。確かレバーみたいなものを引っ張れば動くはずである。

 しかし、それはまだ早い。大きな音を出して警備の人に見つかってしまってはややこしいことになる。いくら勇者であるとはいえ、泥棒行為を看過してはくれないだろう。

 わたしはゆっくりと岸と船を繋ぐロープをはずし、(いかり)を上げる。まずはオールを使って静かに港から離れた。

 北東へ真っ直ぐ。灯台の明かりを目印にして船を漕ぐ。

「もう大丈夫かな」

 港からだいぶ離れたところで動力装置のレバーを引く。多少うるさい音が鳴ったけど、港にいる人には気付かれてはいない様子だった。

「ふう……」

 高まる心音を落ち着かせ、わたしは前を見据えた。

「あの島に、やつがいる……」

 本当は観光として、みんなと一緒に訪れたかった。

 徐々にはっきりと姿を露にする元監獄島。来る者は拒まず、出ようとする者を閉ざす檻。夜空の下に見る偉容な光景にわたしは身震いをした。

「絶対に助ける」

 海面に映った月が波で揺れる。

 わたしは一人、静かに覚悟を決めた。

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