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ⅩⅩ.呪いの魔法

 危機一髪だった。

 迫り来る大地の波濤に飲み込まれる寸前に、わたしは本能だけで動いた。

 ぼろぼろの心身を叱咤して狂化魔法を使用する。急いで土の波を見上げる僧侶ちゃんを抱え込んで、戦士とマホツカが倒れている場所まで移動した。狙いはマホツカが所持する転送アイテムだ。

 地面に落ちていた『鍵』を拾い、すぐさま効果を発動させると、わたし達はその場を離脱して、次の瞬間には山の頂上にいた。そして地鳴りに似た轟音が谷へと響き渡った。鳥たちが一斉に飛び立ち、土煙が立ち昇るのが見えた。

 ひやりとした汗が流れた。転送アイテムが魔力を注ぎ込むだけで発動してくれるのかどうかは、一か八かの賭けだった。

「僧侶ちゃん、二人の容体は、どう……?」

 逃走に成功したのはよかったのだが、二人に掛けられた呪いの魔法をどうにかしなければならない。

 わたしは僧侶ちゃんに負傷した右肩を応急手当してもらう。まだ意識があった戦士は僧侶ちゃんの肩を借りて、歩くこともままならないマホツカはわたしが背負い、敵に追いつかれる前に麓の小屋目指して一気に下山した。

「どうにか眠ってくれました。でも……」

 わたし達はサウザンシスコに戻っていた。

 小屋にたどり着いた後、ラクレームさんに事情を説明して、至急ドノエールさんに頼んで、二人を運ぶための自動馬車を寄越してもらったのだ。

 今はクランが管理している病院の一室にいる。とりあえずは最悪の事態を回避することができた。だが――、

「……二人、大丈夫、だよね?」

 意味のない質問。答えようがないことなど分かりきっている。

 でも、嘘でもいいから肯定の返事が聞きたかった。そうしなければ、不安で心が押し潰されてしまいそうだったからだ。

「きっと、大丈夫です」

 わたしの心中を察してくれたのか、僧侶ちゃんはそう返してくれた。

 当直の医師に診てもらったのだが、敵の呪い魔法を打ち消すには至っていない。過去に例のない特殊な魔法であるため、治療法がないとのことを告げられた。

 今は僧侶ちゃんの法術によって眠りに落ちていたが、二人はまるで悪夢にうなされているかのように、苦しそうな表情をしたままだった。

「もう遅いですし、勇者さんは先に休んでいてください」

「えっ、でも」

「勇者さんも病人なんですから」

「そ、そうだけど……」

 敵の魔法攻撃によって負傷した右肩は、切り傷ではなく肉がえぐられる重傷であったため完治し切れずにいた。今も鈍痛と熱が右肩から伝わってくる。せいぜい腕を上げるのがせいいっぱいで、激しく動かそうとすると激痛が走った。

 どうにも、できないのか?

 呪いの侵蝕を受け続ける二人を前にして、わたしは何一つできないままなのか。

 せめて僧侶ちゃんみたいに光の治癒術が使えるのならば、二人の苦痛を少しでも和らげることができるのに。

「く、そっ……」

 わたしは歯を食いしばった。鉄の味が口に広がる。

 なんて情けないんだ、どこまで無力なんだ、わたしは。

 あの時、倒れ伏す二人の姿に気が動転してしまった。さらに無謀にも敵に単身で突っ込んでいき、反撃を受け深手を負う。役立たずも甚だしい。

「そんなに落ち込まないでください勇者さん。とにかく、今は一刻も早くその怪我を治すことが大事です」

 どこまでも優しい僧侶ちゃん。でも今はその優しさがわたしの心の傷をえぐる。

「……僧侶ちゃんは、休まないの?」

「私のことは心配しなくても大丈夫です」

 気丈に振舞っているのだけど、僧侶ちゃんの顔には明らかに疲労の色が見て取れる。普段よりも笑顔に元気が足りていない。わたしの怪我の回復に、病院に着くまで二人に治癒術をかけ続け、今も休むことなく看病に専念しているのだ。

 そんな献身な僧侶ちゃんを見ていると、わたしはどうしようもない気持ちで居たたまれなくなった。罪悪感に身が苛まれる。

「大丈夫ですよ。きっとお医者さんが解呪法を見つけてくれるはずです」

「解呪法……」

 本当に見つかるのだろうか。

 あれだけの強力な魔法を行使してくる敵なのだ。それに大魔王の手下の一角、そう容易いはずはない。

 このままずっと呪いの効果が続けば、二人はどうなってしまうのだろうか。

 全てを悪い方向へと考えてしまう。

「勇者さん……」

 底なしの絶望へと落ちている気分だった。

「!!」

 二人の呻き声だけが聞こえる嫌な静けさとなったときに、何かが窓に接触する音がした。

「何でしょうか……」

「わたしに任せて」

 窓に近づき、恐る恐るカーテンを開ける。

「! これは――」

 そこには緑色に光る文字が書かれていた。おそらく魔法によるものであろう。

『フシュククク。まさかあの状況から逃れることができたとはな。一応賞賛の言葉を贈っておいてやろう。だが、逃げたところで仲間に掛けた呪いの魔法の効果は消滅しはしない。その魔法は肉体と精神を少しずつ(むしば)み、いずれ死に至らしめる。人間の脆弱さでは、せいぜいもって今夜限りであろう。言っておくが貴様ら如きの力で我が術を解くことなどできん。唯一の方法は、私を倒すことだな、フシュクククク。さあ、そんなところで身を隠しておらず、仲間を助けたくば監獄島まで一人で来い。一対一で決着をつけようではないか』

 わたしが読み終えると同時に、文字は消えてしまった。

「間違いない、あいつからのメッセージ――」

 わたしは躊躇することなく病室を出ようとした。

「どこへ行くつもりですか、勇者さん」

 しかし、僧侶ちゃんが両腕を広げて扉の前に立ちはだかる。

「退いて僧侶ちゃん、早く行かないと!」

「駄目です! そんな身体で何ができるんですか!」

 初めて聞く僧侶ちゃんの怒鳴り声であったが、今のわたしにはそれどころではなかった。事態は一刻を争う状況なのだ。

「だって、早くしないと――」

 早くしなければ、二人が……死ぬ。

 そんなこと想像したくない。

 このまま、見つかるかどうか分からない解呪方法を指をくわえて待っているなど無理だ。二人が苦しむ姿をこれ以上見ていられない。

「これは罠です! 勇者さんを一人でおびき寄せるための」

「罠だっていい!」

 少しでも治す可能性があるのなら。

「お願い、そこを通して!」

 押し飛ばしてでも行動しなかったのは、まだ理性が残っていたからだろうか。

「二人を死なせたくない。大事な仲間なんだよ、僧侶ちゃんだって分かってるはずでしょ!」

「それでも、勇者さんが……」

「わたしのことなんてどうなったっていい! 二人が助かるのなら――」

 そう叫んだ瞬間、乾いた音と共に左頬に衝撃が走った。

「僧侶……ちゃん?」

 左頬を思いっきり(はた)かれたのだと理解するのに、しばらく時間が掛かった。

「頭を冷やしてください!」

 僧侶ちゃんの双眸から大粒の涙が流れていた。

「勇者さんまでいなくなったら、私は……」

 わたしは今になって僧侶ちゃんの気持ちに気付いた。普段は大人な対応ができてしまうから忘れがちだけど、よく考えれば僧侶ちゃんは一番年下なのだ。誰よりも不安で心細くなっているはずじゃないか。

 それなのに、わたしは自分勝手な言動だけを僧侶ちゃんにぶつけてしまった。

 なんて最低なんだ……。

「ごめん、僧侶ちゃん……」

「いえ、分かってもらえばいいんです」

 僧侶ちゃんは涙を拭うと、再び笑顔に戻ってくれた。

「お願いですから、今日はもう休んでください。さっきのメッセージは絶対に嘘です。それほど強力な魔法ではありませんよ」

 本当にそうなのだろうか。

「でも、僧侶ちゃんこそ休まないと」

「私は大丈夫です。これでも僧侶としての修行をちゃんと積んでいるんですよ。一晩や二晩眠らずとも平気です。ですから、勇者さんは気にせず横になってください」

「うん、ありがと……」

 わたしは少しでも僧侶ちゃんを安心させるため、ベッドに横になった。

 そう、ただ横になっただけだった。

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