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Ⅱ.西風の吹く港街

「ストライキ!?」

 サウザンシスコ駅に到着したのはお昼前だった。さすがは高速鉄道、速くて早いね。

 街の北部は埋め立てのウォーターフロント区域となっており、漁港には多数の漁船や観光用の遊覧船などが停泊していた。大洋からは星の鼓動たる潮騒が、空からはカモメの歓迎が海風に乗って聞こえてくる。

 心地良い磯の香りもするし、これぞ「The港街」って感じだ。フレッシュなフィッシュの臭いがキツイと思っていたところ、どこからだろうか、甘~いパンの匂いが漂ってきて生臭さを中和してくれる。どこのパン屋さんだろうか。

 シンヨークの四季気候とは違い、サウザンシスコは年中通して過ごしやすい街とのこと。極端に暑くもならないし、逆に寒くもならない。急勾配な坂が多いのだけど、オシャレな塗装を施した路面列車が街のあちこちを運行しているので移動に不便はない。それと、何より治安が良いと聞く。きっとダーティーな刑事さんや、キャラデックな刑事さんが凶悪犯を適切に裁いているからに違いない。

 まあ、それらの点はたいした特徴ではない。最大の魅力は何と言っても観光地として有名なことだ。街の北西に目を向けると、絵や写真で何度も見たことがある巨大な吊り橋こと《クリスタル・ゲート・ブリッジ》の雄大な姿を捉えることができる。また北の湾内には、今となっては観光名所の一つに数えられる、元は脱獄不能な刑務所として名を馳せた《ヴァルカントラズ島》もあるのだ。

 そんな風光明媚な港街にて、さっそくフィッシャーマンズ・ワーフ近くの船便案内所に足を運んでみたのだが、なぜか港全域が静寂に包まれ、がっらーんとしていた。いくら漁の時間が終わっているとはいえ、人っ子一人いないのは不自然である。

 もしかして怪獣警報でも発令されて避難でもしているのだろうか?(だがマクロの山が見当たらない)と思いながら、通りがかった人に理由を尋ねてみたところ、何と三日前から大規模なストライキが起こっているため、港はほぼ営業休止状態であるという事実を聞かされた。

「そういうこった。人はおろか魚の一匹もいやしないよ」

 そう教えてくれたのは二十代半ばぐらいの男性だった。どうやらこの港で働いているみたいなのだが、ストライキのせいで仕事がストップしてしまい、困っていると愚痴をこぼす。

「まったく、高給取りの野郎たちはストばっかり起こしやがって。ちっとは日雇いのことも考えてほしいもんだ」

 日々の活計を立てるために、今は近くのダイナーで皿洗いをしているとのこと。

 気持ちは分かるぜお兄さん。せっかく安定した内職を見つけたと思ったら、会社が移転するため契約終了とかげふんげふん。

「どうかしたのか?」

「いえ、何でもないです」

 ちょっと切ない記憶が思い出されただけですから。

「それで、ストライキはいつまで続きそうなんですか?」

「そうだな、あと一週間ぐらいは考えておくべきだろう」

 いっ?一週間!?

「ここにいたって魚の臭いが服にこびり付くだけだ。それじゃあな」

 と、お兄さんは様子を見に来ただけらしく、ため息顔をしたまま去っていった。

「一週間か、旅立ってから魔王を倒すことだってできちゃう日数じゃないか……」

 まさかのドックでストライキ。想定外のハプニングだ。どうやら船は一隻もウィーハ島にはおろか漁にも出ていないらしい。

「アンタが変なあらすじを書くからこーなるのよ」

「えぇー! 何の因果だよ!?」

 はぁ……、ってことはあれですか、わたし達はただひたすら祈りながら待つしかないのだろうか。まだ冒険(おつかい)は半分どころか五分の一しか達成できていないのに。

「しかし困ったな。一週間も待っていられないぞ」

「そうですね。他に運航している船はないんでしょうか?」

 諦めるのは早い。まさかサウザンシスコ中の漁港関係者と海運会社がストっているわけではあるまい。一隻ぐらいは望みがあるはずだ。

 とにかく情報がほしい。そしてこういうときは――、

「マホツカ、アルフォンで調べられない? もしかしたら、どっかの運航会社が臨時便ぐらいは出しているかも」

「……あんまり気乗りしないけど、調べてみるわね」

 街に着いてから――正確には車内で海を見た辺りから微妙にテンションが低くなったマホツカ。そういえば船が苦手なんだっけ。これからしばらくは地獄のロードとなるね。

「船便なんて調べたことないのよね……《魔法検索円陣グルーグル》でテキトーに検索ワードを入力して…………ない……ない…………《シーボーン・サーガ号》? これは違うわね…………ん? 一つ見つけたわ」

 さっすがマホツカ先生。

「何々……んーっと、普通の客船じゃなくって貨物の運送会社の船みたいね。少人数だけど、サイドビジネスとして客船としても使われているらしいわ。でもカーゴシップじゃルームサービスは期待できそうにないわね」

 船旅といえば豪華なディナーにダンスパーティーがまず思い付くかな。それと甲板に敷設されたプールで泳いだり、ホールでピアノの演奏を聴いたりなどができるよね。後は氷山に激突するのが定番だけど、貨物船じゃ無理かな。

「出航は二日後のようね。アルフォンから予約できるけど、どうする?」

「二日か。それぐらいなら仕方あるまい」

「貨物船だけあって、ウィーハ島までの行程は短くて済むようですね」

 島まで運んでくれるのであれば、豪華客船も豪華貨物船も同じだ。他に方法がないのなら、それでいこう。

「それじゃ、予約しとくわよ」

 ピ、ピ、ポンっとマホツカがアルフォンを操作すること数分、いつもよりタッチ速度がスローな気がするけど、ちゃんと予約は完了できたみたいだ。

「二日の間、どうしましょうか?」

「やはり鍛錬だな」

 戦士なら絶対そう言うと思った。

「せっかくなんだし、のんびり観光でもしていかない?」

 ここ最近多忙を極めていたからね。ちょっと休憩したい気分だ。

 それに一度でいいから、あの監獄島に行ってみたいんだよね。独房からの脱出方法とか試してみたくね? 心臓に注射するのは嫌だけど。

 高速鉄道のグリーン車に、贅沢な駅弁、さらにのんびり観光などなど、お金があるって実にすばらしい! 心に余裕が生まれて、世の中の事象を総て許せてしまいたくなる。『寛容』の能力値があるならば、きっと倍ぐらいは増えているはずだ。

 さて、なぜそんなに所持金が多いのかといいますと、昨日のことにある。崩壊したピラミッドで入手した《黄金の爪》なのだが、聞いて驚きたまえ、何と11,550ドルという破格の値段で売却することができたのだ!

 唯一残念だったのは、支払いが振り込みだったことだ。もしキャッシュだったら束にして頬を叩かれてみたかった。もち僧侶ちゃんに。

 コホン。とまあ、そんなことで、しばらくお金に困ることがないのだよ! フォッフォッフォッフォッフォ――、

「確かにウィーハ島までの資金は問題ないだろう。だが旅は長い。それ以降はまた何かしらの方法で稼ぐ必要が出てくるのではないか」

 むむ、さすがは戦士。堅実な意見だ。

「そうですね。ウィーハ島はカリメア領ですけど、それ以外の精霊の洞窟は領外にあるみたいですからね。物価も違いますし、外貨両替で手数料も取られるはずです」

 むむむ、為替とか全然分かりません。

「アンタさ、ちょっとタルんでない?」

 ぬぐはっ! 何と胸をえぐる一言。

 この(・・)わたしとしたことが、リア充感覚のお金の使い方をしようとしてしまうとは、何たる不覚。母が知ったらシングルラリアットをかまされるに違いない。

 そうだった。お金というのは少し気を弛めてしまうといつの間にかなくなってしまうものだった。財布の紐はいかなるときでもしっかり結んでおかなければ。使わざること母の如し!

 大魔王討伐は終わりが見えないloooooooooongな旅だ。今回は偶々臨時収入があったけど、この先これほどのおいしい発見はそうそうないと考えるべきだ。あったとしても聖戦を戦い抜いた帽子の似合うジョーンズさん並みの命懸けアドベンチャーを体験する羽目になりそうだ。てゆーかピラミッドがまさにそうだった。

 そうなると、やはり安定した収入がないとね。パトロンとかスポンサーになってくれる人や団体様いませんかね? 企業のロゴマークを体中に貼り付けて旅をする勇者一行か、何か新しいな。

「じゃあ、《モブ狩り》でもやってみる?」

 わたしが僧侶ちゃんの広告パワーがどれぐらいになるか脳内試算を行っていると、マホツカが聞き慣れぬ言葉を挙げてきた。モブ狩り、とな?

「なるほど、悪くない案だな」

「戦士は知ってるの?」

「簡単に説明するとモンスター退治というやつだ。《クラン》と呼ばれる組織に依頼されたモンスターの討伐任務を引き受けて、完遂すれば報酬が支払われるんだ」

 賞金首のモンスターバージョンってことか。

「シンヨークにも一応クランは存在するのだが、元々モンスターがあまり棲息していない地域だから、それほど活躍を知る機会はなかったがな」

 へえー、初めて知ったよ。そっちの知識はあんまないもので。

「この街にもクラン支部があるみたいね」

 モンスター退治か、ちょっと面白そうだな。

「でもクランが管理するモンスター討伐依頼とは、危険じゃないでしょうか?」

 むぐ、確かに。

「ならば危険性(ランク)の低い依頼を選べば問題ないだろう。報酬は少ないかもしれないが、今はそれほど資金に困っているわけでもないからな。簡単な依頼でも、いくつかこなせば宿屋代ぐらいは稼げるはずだ」

 レベルアップとドル稼ぎが同時にできるなんて、まさに一石二鳥だね。

「んじゃさっそく、そのクランとやらがある場所に行ってみよう」

 港に背を向け、わたし達は二日間の時間潰しとして、クランがある街の中央エリアへと足を向けた。

 でも監獄島には行きたかったな。まあ、いつかみんなとまた訪れればいっか。

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