ⅩⅣ.トレジャーボックス3 ~もしも手の届かない場所にあったら~
山登り、沢登りの経験はあるけれど、谷下りってのは新体験だな。
ただの下山じゃないかと言われてしまえばそうなんだけどさ、往路が下りだと新奇な気分になる。例えるのならば、給食でデザートから食べる感じ?
下り道だから楽であると、安易に思ってはいけない。一歩一歩膝で体重を支えながら歩くことになるので、膝への負担が自ずと大きくなる。いざというときに膝がガクガクとなっていたら戦闘どころじゃないからね。
明日は筋肉痛になるかもしれないけど、どうせ船の上だから、いっか。
「試練の谷といっても、案外普通なところだね」
鉄の扉、氷の壁、火の柱と入山を拒む仕掛けを施す徹底ぶりであったのに、谷底への下り道はある程度整備されていた。また、木の枝には赤いリボンが巻かれ、道端に転がる岩にはペンキで○や×と、登山者が道を間違えないよう案内サインまであるのだ。便利でいいんだけど、全然神聖な土地って気分を味わえない。
晴天の下、斜面をジグザグと下っていく。草木が多いので、まだ底は視界に映らない。
しばらく、わたし達は無言のままひたすらと歩いた。
「あっ、宝箱だ」
やや広い以外は何の変哲もない場所に、ぽつんと宝箱が置いてあった。
「また随分と唐突だね」
「神聖な土地と言っていた割には、こんなものが平然と置いてあるのか……」
疑心な様子で宝箱をにらめつける戦士。気持ちは分からなくもない。
「……その辺りの事情にツッコミを入れても無駄だと思うよ」
「……そうだな」
アリさんと雑草が世界中に分布しているように、宝箱もきっとそうなのだろう。火山地帯の溶岩の中とか、天空の雲の上とか、どこにあっても不思議じゃない。
さて、そんなことよりもこの宝箱をどうするかだ。
「色がいつもと違うわね」
今までエンカウントしてきた宝箱は、赤と橙のツートンカラー、ピラミッドにはさらにくすんだ赤色と鍵の掛かった金色の二パターンがあったっけ。今回はシックな色合いのアイボリーイエローだった。
中身のレア度によって色が変わったりするのだろうか?
「せっかくだから開けてみたいな」
チラと戦士の様子を窺う。
「神聖な土地というのなら、さして警戒する必要もないだろう」
わたしに告げたというよりかは、自分に納得させるような言い方だった。
てなわけで、開けてみよう。
わたしは蓋の取っ手部分を掴むとゆっくりと上へ持ち上げる。何だかんだいっても、このドキドキ感がたまらないんだよね。
「何が入っているのかな~♪」
ドッカーン!!
「ぎょふえー!!」
激しい閃光に視界が奪われると、衝撃によってわたしは吹っ飛ばされた。宝箱を開けた瞬間に、盛大な爆発が起きたのである。
「だ、大丈夫か勇者!?」
ぐ……ふ、これぐらいはどうにか。
モクモクと煙が立ち昇り、火薬の匂いが鼻を突く。宝箱は完全に大破していた。
「まさか爆発するとは……」
爆発の派手さと比べると、わたしはたいした怪我を負っていなかった。助かった。
しかし、宝箱の中身はパーだろうな。もしくは宝箱に偽装されたただの爆弾だったのか。
くそっ、欲望丸出しで完全に引っ掛かってしまった。むかつく! これが勇者への『光』の試練ってことないよね?
「勇者さん、足元に何か落ちているみたいですけど」
ん? 本当だ。
勇者は 《アルカナキャロット》を手に入れた
あれほどの爆発だったのに、中身のブツに関しては無事だった。形はちゃんと保っており、焦げてもいなければ火薬の匂いもついていない。何でだよ。
「いったいどういう原理なんだろうね……」
「その辺りの仕組みは考えても無駄だと思うぞ、勇者」
だよね……。
まあいいや、次からは騙されないぞ。
「で、これはどんなアイテムなのかな?」
《アルカナキャロット》――見た目はまんまニンジンだ。かといって産地直送のナマって感じでもなく、やたらテカテカとしていた。ニンジンは茹でてもこんな色味にはならないはずだ。
「マホツカ、知ってる?」
名称から察するに魔法使いのアイテムっぽいね。
「知ってるわよ。魔力を回復させるアイテムよ」
「へぇ、すごいアイテムじゃん」
でも効果とは裏腹にマホツカの反応は鈍かった。
「そのニンジン、すごく不味いのよね……。カレーに入れてみたり、細かくしてハンバーグに混ぜてみたりといろいろ試行錯誤したことがあるのよ。でも、どうしてもニンジンの味が主張しすぎる結果になって、どれにも合わなかったのよね」
へぇー、それはすごいニンジンだね……。
「苦いだけの《エルフの粉薬》、臭いだけの《アンティーク・エッセンス》と並んで、世界三大不味い魔力回復アイテムって言われているわ」
随分と酷いレッテルが貼られたものだ。
んー、でも実際どうなんだろうな。スティックにして我が家直伝の特性ソースをつけて食べればどうにかなるかな。
「いる?」
「遠慮しとくわ」
わたしが魔力切れになることなんて稀だろうし。それに、そもそもこのアイテムは宝箱にどのくらいの期間入っていたのかが気になる。食べても腹痛にならないよね?
とりあえず、マイバックへと放り込んでおこう。
気を取り直して、わたし達は谷下りを再開した。
「あっ、また宝箱だ」
崖の向こう側、垂直な斜面にぽっかりとできた空洞部分に置いてある宝箱を目ざとくも発見してしまった。ホント誰が置いたんだよ。
「手を伸ばしても届きそうにないね」
スルーしちゃえばいいのだけど、どうしてか宝箱は全て開かなければならない気がする。
「マホツカ、ひとっ飛びお願い♪」
「爆発すると分かってるのに、どうして開けなきゃいけないのよ」
宝箱は先程と同じく爆発色だった。やっぱ駄目か。
「は!! どうせ爆発するのなら、同じ爆発で相殺すればいいのよ!」
「やめれ」「やめろ」「やめましょう」
三度宝箱に爆発魔法をお見舞いしようとするマホツカを戦士が羽交い絞めにして抑える。
爆発魔法なんて使ったら谷が砕けるって、落石はマジで恐いんだよ。
「あ、そだ。魔法は魔法でも、召喚魔法はどうなの? 謎の男が呼び出した鳥さんみたいに、ピューっと取ってこられない?」
我ながらナイスアイディア。
「残念だけど、ワタシは普通の召喚魔法は使えないわ。けっこう手間が掛かるのよね、契約とか契約とか契約とか」
心底面倒くさそうな表情になるマホツカ。「普通の」ってところがちょいと気になる。
それと契約ってさ、最近は取り返しの付かない危険な意味にしか聞こえないよね。
そうなると、あの宝箱は諦めるしかないのか。
「案ずるな勇者。私に策がある」
肩を落とすわたしの肩に、自信有り気な戦士がポムと手を置いた。
「こんなこともあろうかと、特訓をしていたんだ」
え、特訓?
戦士は盗賊みたいに、頑丈そうなザイルを取り出すと、いそいそと短剣に巻きつけた。
「何しようとしてるの?」
「まあ、見ていてくれ」
戦士はカウボーイの真似みたく、投げ縄の要領でザイルを頭上で回す。そして――、
「はっ!」
短剣を重しとして、宝箱目掛けて投げ放った。
すると、短剣が宝箱の取っ手に引っ掛かる。おっ、すげー。
まさか毎日朝と夜に鍛錬に励んでいるのって、これのためじゃないだろうな。もうちょっと時間は有効利用した方がいいと思うよ。
「それっ」
釣りの如く大魚を付けたザイルを引っ張り戻す戦士。
「よし、これで――」
見事の釣果を上げようとした瞬間だった。短剣が宝箱から外れてしまった。
「へ?」「あ?」「え?」「ん?」
そのとき変な方向に力が加わったようで、宝箱は明らかにわたし達の頭上へと――ガチャリと蓋が開き始める――、
「何でー!!」
ドッカーン!!
わたし達四人の中心で爆発する宝箱。
「だ、大丈夫ですか皆さん?」
僧侶ちゃんは相変わらずの無傷。戦士とマホツカが同時にすくっと起き上がる。一番遠くまで吹っ飛んだわたしが最後によろよろと立ち上がる。これが防御力の差なのか……。
勇者は 《秘伝の巻物》を手に入れた
爆発はもう勘弁です……。




