ⅩⅢ.試練の谷
《試練の谷》――勇者に『光の試練』とやらを与えるらしい深緑に包まれた谷は、長閑な街並みが特徴的なマロンシティの奥まった僻地に位置していた。たどり着くまでの道程は途中までしか舗装されておらず、人が寄り付きそうな場所ではなかった。
登山口にはログハウス風の建物が拵えられており、そこで谷の管理人でありドノエールさんの親戚というラクレーム氏と出会う。(ファーストネームはやっぱり……)
既に話は伝わっていたので、すぐに谷への入り口となる堅牢な鉄扉を開けてもらい、わたし達は谷へと続く林道へと足を踏み入れた。
「まず目指すのは山の頂上だね」
試練の谷は、この《マロンバレー》の一部分とのことで、真っ直ぐと伸びた林道を抜け、低い山を登った先にあるとのことだった。
試練がいつ、どのような形式で行われるか気になるところだけど、ドノエールさんの依頼であるボム討伐もあるのだ。ここからは気を引き締めなければならないな。
「あれは……?」
ざくざくと、背の高いカリメアブナが群生する林道を歩き始めてしばらく経ってのことだった。直線の一本道を大きく右へと曲がった先で、道が閉ざされていた。
「門? いや、氷みたいだね……」
周囲に生えるブナの木と同じぐらいの高さがある巨大な氷壁がわたし達の前へと立ちはだかっていた。標高が高いわけでもなく、ましてや真冬でもないのにだ。
「まさか、アイスクライミングをしろとでも?」
ピッケルもアイゼンもないんですけど。
「かなり分厚いようだな」
戦士は剣で氷を砕こうと試みたが、表面が少し削れただけだった。
「不法な侵入をさせないための氷塁でしょうか? 確かここは神聖な土地だと、支部長さんも仰っていましたからね」
それは考えられるけどさ、何で氷なの?
迂回しようにも左右どこまでも壁は延びているようで無理っぽい。どうすっかな。
「マホツカ~、お願い」
困った時のマホツカ頼み。だって手作業で穴を穿っていたら、明日の船便が出航してしまいそうだからね。ここはマホツカの魔法でポンと解決してもらうのが最善である。
「何とかなりそう?」
「見たところ魔法の氷のようね。手の込んだことしてるみたいだけど、ワタシにしてみれば三流の仕事ね。ほれっと」
ボッ、とマホツカの右手に炎が発生すると、氷壁に投げつけた。
紅蓮の炎によって氷が解かされる。瞬く間に大人一人が通れるぐらいの通路ができた。さっすがマホツカ。
「よし、それじゃ先に進もう」
氷壁を抜けると、緩やかな登り坂が始まった。
「あれは……?」
ジグザグと、美味しそうな山菜がわんさかと生えた斜面を登り始めてしばし経ってのことだった。斜面から平坦な道へとなったところで、またしても道が閉ざされていた。
「山火事? でも、煙は出ていないな……」
ゴウゴウと燃え上がる火柱がわたし達の前へと立ちはだかった。焼畑ではあるまいし、送り火の季節はまだ先だしな。
「まさか、火の輪くぐりならぬ火の中くぐりをやれとでも?」
心頭滅却すれば……これって時世の句だったっけ。
「周りの草木は燃えていないようだな」
戦士は素手で炎を触ろうとしたが、熱かったようですぐに手を離す。
「闖入者をこれ以上谷へ近づけさせないための炎塞でしょうか? 確かここは神聖な土地だと、管理人さんも仰っていたことですし」
それは考えられるけど、何で炎なの?
迂回しようにも道は一本道だし、道を外れるにしても左右は急斜面となっているので危険すぎる。どうすっかな。
「マホツカ、お願~い」
困った時のマホツカ頼み。だって消火するのにバケツリレーをやっていたら大魔王が世界を支配しちゃってるよ。ここはマホツカの魔法でシュパッと解決してもらうのが吉だね。
「どうにかなりそう?」
「見たところ魔法の炎のようね。複雑なことやってるみたいだけど、所詮は三流の仕事よ。ほれっと」
シャリンッ、とマホツカの右手に氷塊が生成されると、火柱に投げつけた。
燃え盛る炎は瞬時に氷と化すと、ガラスのごとく砕け散った。さっすがマホツカ。
「よし、それじゃ先に進もう」
炎の壁を越えたところから斜面の傾斜が増した。
四人縦列となって山道を歩く。戦士は重装備なのに軽快な足取り。僧侶ちゃんも汗をかかずにさくさくと歩く、マホツカは浮いているから楽そうだ。
「ふー、頂上に到着!」
健脚三人なら頂上までノン休憩だね。さーて三角点はどこにあるのかな~♪
「ここからが試練の谷となるのか」
「すごく深いですね」
「何が出てきても不思議じゃないわね」
頂上からは街の景色がパノラマで望めることができた。そして反対側には底が見えない深い谷。
谷底はここから三百メートルほど下るという。海抜はマイナス二百メートルぐらい。世界一と比べてダブルスコアだけど、けっこうな深さだな。
谷の起源についてラクレームさんにちょこっと話を聞いた。その昔、月の破片が隕石となって落下してできた痕だという。眉唾ものだな。
「よし、一気に下ろうか」
いろいろと不安な要素はある。解消のためには目の前の谷を下ることだ。きっと谷はわたしの全ての疑問に答えてくれ――、
「ちょっと待ちなさい」
「ぐえっ」
下り道を歩き出そうとしたわたしの後ろ襟をマホツカが掴んだ。首が絞まるって!
「い、いきなり何……?」
「これを仕掛けるから、待ってなさい」
マホツカは道を外れると、何かを地面に設置し始めた。
「何それ?」
デフォルメされた錠前が描かれたひし形の板だった。野球のベース……ではないな。
「転送アイテムの、転送先となる方よ」
転送アイテム?
マホツカは鍵のようなアイテムを取り出す。
「下るのはいいけど、戻るのが面倒でしょ。だから帰りはこのアイテムを使って一発でここまで戻って来られるってわっけ」
おおっ、それはすごい!
「あれ? でもさ、それなら街とかに置いておけばよかったんじゃないの?」
「転送距離に限度があるのよ。あと街だと誰かに撤去される心配があるじゃない。街中に設置しておいたら、ゴミ集積所に飛ばされた人だっているのよ」
うわぁ、最悪だ……。
「よし、これでいいわね」
どうやら準備が終わったようだ。
「よし、そんじゃ、いざ《試練の谷》へ!」




