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「あうっ!」

 強烈な一撃を受けたルリが、床の上を滑っていく。絨毯は既に血に濡れて、深いブルーだったそれは最早どす黒くなっていた。

 部屋の中には、屍が積み上げられている。体の一部が吹っ飛んだもの、正確無比な銃弾により急所を撃ち抜かれたもの。それらは全て、ピオーネの兵だ。

「ルリ、大丈夫か!?」

「ミルお姉様のその言葉だけで何時間でも戦えますわ!」

「ああそうか、ならさっさと立て!」

 心配した自分がバカだった、と若干後悔しつつ、ミルはカルカッレから視線を外さずに弾を装填した。

「リア、あと爆弾何個!?」

「えーっと……5個!」

「OK、適当にやってて!」

 あまりにも杜撰な指示だが、リアは笑顔で頷く。今更ミルの指示に文句を出す者など、この場にはいない。

 カルカッレの大剣が薙ぎ払われる。室内戦だというのに、それはいとも容易く振るわれている。有り得ない、と呟こうとして、もっと規格外な女性が騎士団にいることに気づいて口をつぐんだ。

 リアの爆撃が部屋を震わせる。勿論この部屋を崩壊させる程にはならないが、足止めだけなら十分だ。煙がもうもうと立ち上る中、ミルは通信機を口に押し当てた。

「召集だ、フィオーレ騎士団! 場所はピオーネ議事ど――」


 ――轟音。そして、振動。


 ピオーネ中に響き渡ったそれは、始まりに過ぎない。

 雨は、降り続いている。



  * * *



「おい、ミル!? ――クソッ」

 テレサは乱雑に通信機を机に叩きつける。つい先程までミルの声が流れていたそれは、今はザーザーという砂嵐だけを流している。

「どうしたの」

「ああ、クレハか……ミルからの通信が途絶えた」

 ゆらりと現れたクレハは、机の上の通信機を手に取った。そして、「煩い」と一言呟いて通信機の電源を切る。

「おいマキ、最後の通信内容出せるな?」

「有無を言わせない口ぶりですね!? 勿論出せますけど!」

 この部屋は、城の一角に設けられた通信室である。前線に出た騎士団とそれ以外のメンバーを繋ぐだけではなく、通信内容の記録を残すこともまた重要な役割の1つだ。

 マキは手慣れた様子でモニターに繋がれたキーボードを操作し、部屋の角に設置されたスピーカーからミルの声を流す。


『召集だ、フィオーレ騎士団! 場所はピオーネ議事ど』


 直後、爆音が響き渡る。そしてその後、何も聞こえなくなった。

「ピオーネ議事堂、か……」

「あの内容だと、ノア達は合流出来てない。面倒なことになった」

 クレハはそう言い放ち、深い溜め息をつく。ノア、リオン、リレイズの3人は先にピオーネへ援軍として向かった筈だが、彼女達の気配は通信の内容から全く感じられなかった。

「俺らが思ってた以上にヤバイのかもな。とにかく、今残ってる奴等を集めよう。誰がいる?」

「この3人以外……アキハ、スズネ、カルマ。以上」

 ラレンヌの護衛という任務がある以上、アキハをピオーネに向かわせるわけにはいかない。スズネとカルマは医療班であり戦えない。実質的な援軍は、テレサとクレハ、そしてマキのみ。

 クレハの言葉を聞いたマキは青ざめ、震える声で尋ねる。

「だ、大丈夫なんですか? かなり厳しい状況なんでしょう?」

「今更何言ってんだ。フィオーレ騎士団は少数精鋭、数が勝る相手にだって立ち向かってきたんだ」

 テレサは内部通信に設定された通信機を手に取ると、それを医務室に繋いだ。すると程無くしてスズネのよく通る声が聞こえてくる。

『はーい、こちらスズネでーす』

「緊急召集。今すぐ通信室に来い」

『了解、5分でそっち行く』

 通信が切れ、そしてきっかり5分後、カルマとスズネが現れた。その後ろには、ラレンヌとアキハ、レイラの姿もある。

「ラレンヌまで来たのか」

「ミルの通信が途絶えた、と聞いたので……いてもたっても居られず」

「そうか。まあ、丁度良かった。俺らは今からピオーネに行く。許可を」

 淡々としたテレサの口調に、ラレンヌは思わず虚をつかれた。その代わりに口を開いたのは、アキハだった。

「ストップ! まさか、此処にいる全員を連れていくつもり?」

「ああ、そうだ。勿論、お前は残ってラレンヌの護衛だぞ」

「そうじゃなくて、そこまでしないといけない状況なわけ?」

 ピオーネの軍事力は、お世辞にも高い方とは言えない。フィオーレ騎士団の方が格上と言えるかもしれないレベルだ。そんな相手に、騎士団全員が出動するなど――まず有り得ないことだろう。

 レイラは少し考える素振りを見せた後、何か思い出したように言う。

「……私、聞いたことがあります。ピオーネ治安指揮官たるカルカッレ・シレーゼ氏は、水面下で兵器開発を行っていた、と。優秀な研究者をソルティーナから呼び寄せたとか何とか……」

「チッ……ソルティーナかよ」

 テレサは毒づく。ピオーネだけならまだしも、ソルティーナまで関係してくるとなると話は別だ。

「すみません。私のせいで、こんなことになってしまって」

「気に病むことはありませんよ。これは、私達が選んだ道なのですから」

 顔を伏せるレイラの頭を、ラレンヌは優しく撫でる。レイラの藍色の瞳は今にも涙が溢れてきそうな程濡れていた。

「テレサ、クレハ、マキ。ミル達の援護をお願いします。そして、スズネとカルマ。1人の犠牲者も出してはなりません。良いですね?」

 ラレンヌの凛とした言葉に、自然と空気が引き締まる。彼らは頷くと、クレハがいつの間にか発動させていた魔法陣の中へ入った。

「――テレポート」

 クレハがそう呟くと、魔法陣は光を放ち、彼らを包み込む。そしてその光が消えた後、其処には誰もいなかった。

「……お気をつけて」

 祈るようにラレンヌが呟いた言葉は、静かな通信室に響き渡った。

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