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 ――例えば、この世界に神がいたとしよう。神はこの雨の国を見つめ、何を思うのだろうか。

 少なくとも良い性格ではないだろう、とノアは思った。襲い掛かってくるピオーネの兵士達を軽くいなし、たった一撃で意識を奪っていく。見ると、リレイズやリオンも同じように兵士達の相手をしていた。

 血を浴びながら、斬り伏せる。しかしその血も、降りやまぬ雨によって流されていく。肌にへばりつく自分の髪をかきあげて、ノアは公爵家の屋敷を見上げた。

 ミルからの要請を受け、ノア、リレイズ、リオンは応援に駆けつけていた。これからミル達と合流し、別行動をとっているアズサとも合流しなければならない。

「……神って、いるのかな」

 ぽつりとノアは吐き出した。リオンは彼女の頭にその大きな手を乗せて、小さく笑う。どこか自嘲的な雰囲気をも併せ持って。

「いたら、こんなことしてないさ」

 彼女達の後ろには、もう動かない兵士達がいた。



  * * *



 天井まで伸びる本棚に囲まれ、テレサとクレハは書物を漁っていた。二人がいるのは、いわゆる国家機密が保存されているエリアであり、勿論女王や騎士団にしか閲覧は許可されていない。

 図書室にアキハとレイラの姿は無かった。ここには何の情報も無いと踏んだのか。だが、むしろこちらの方が好都合だ。何せ、どんな情報が出てくるかわからないのだから。

 30分ほど書物と格闘していただろうか。テレサが大量の活字に嫌気が差してきた頃、その記述は目に入った。

「……『太陽と雨雲の交換』……」

 更に読み進めていくと、ピオーネやサルーテといった単語が散見された。極めつけは、『太陽の娘』『雨雲の息子』のふたつ。

 クレハにもそれを伝えると、彼女はため息をついた。

「……皮肉ね」

「ああ。しかしこれは……。……そうか、サクとコクランはこの為にサルーテに行ったのか」

 レイラの笑顔が脳裏に浮かぶ。ラレンヌの言葉から推測すれば、そしてラレンヌの観察眼が正しければ、彼女はその笑顔に真実の悲しみを隠していたことになる。

 儀式の手順を知りながら、他の方法を模索していた彼女。当たり前だ、とテレサは思った。ここに記されていたのは、あまりにも残酷な儀式。



  * * *



 アズサが目覚めると、そこは暗闇だった。手は背中に回され、縛られているようだ。口にもガムテープのようなものを貼られ、足も縛られているので、つまりまったく動けない状態である。

 だが、アズサにとってはこの程度の拘束などされていないにも等しい。生きるために得た知識をフル活用して、まずは手の自由を取り戻す。手さえ自由になれば、あとはもう簡単だ。

 口のガムテープを剥がす頃には、目もすっかり慣れていた。どこかの部屋のようだ。窓らしき窓も、家具もゼロ。換気扇の音がしているが、入ってくるのは湿気た空気のみ。


「もう拘束を解いているとはな」


「――ッ!」

 突如聞こえた声に、アズサは勢いよく振り返った。何もないと思われていた壁の一部は隠し扉になっていたようで、そこに青年が立っているのが見えた。

 黄色い短髪に、橙色の目。そして左目の下には、青い雫の紋章がある。

「その髪と目……サルーテの人?」

「ああ、そうだ」

 薄く笑みを浮かべたまま、青年は答える。頭に巻いた白いバンダナといい、褐色の肌といい、ピオーネ人とは真逆。サルーテは一年中晴れの国、雨の国たるピオーネと真逆なのは当然と言える。

「なんでサルーテの人がここにいるのよ」

「決まってるだろ? 儀式の為さ」

 儀式――! その単語に、思わずアズサは身を正した。そして、レイラの姿を思い浮かべる。あの子は右目下で、雫ではなく太陽だったけれど、同じように紋章があった。

 もしかして、という思いが沸き起こる。アズサは唾を飲み込み、そして問いかけた。

「君……もしかして、『太陽の娘』と何か関係があるの?」

「……なんでフィオーレの人間がその単語を口にしてんのかは知らねえが……まあ、そういうことだ。俺の名はルーク、『雨雲の息子』だからな」

「『雨雲の息子』……?」

 聞いた感じによれば、レイラと同じようなものなのだろうか。レイラは雨の国に太陽を呼ぶ儀式を行うのだとすれば、目の前のルークという青年は――

「……我がサルーテ帝国に恵みの雨を、ってな」

 やっぱりだ。ルークは雨雲を呼ぶことができるのだ。――だとすれば、レイラが探しているという儀式についても知っているかもしれない。

「ねえっ、君!」

「――やらねえよ」

 静かなその口調に、アズサは言葉を失った。ルークの顔から笑みは消え、代わりに思い詰めたような、そんな表情が浮かんでいる。どうして、と問い詰める言葉でさえ、彼女は発することが出来なかった。

 そして続いて彼が発した言葉に、アズサは再び絶句する。


「国の為に死ねとか言われたって、無理だろ。俺も、あいつも」

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