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「――サルーテ帝国?」

 アキハは、ピオーネに関する本を漁りながら、レイラの話の中で発された単語を反芻し、知識を辿る。

 サルーテ帝国というのは、フィオーレの南に位置する国だ。国土の殆どが砂漠に覆われ、一年を通して乾燥した晴れが続く。つまり、ピオーネ公国とは正反対であるわけだ。

「ええ。サルーテとピオーネは親交が深い国で、気候は真逆ですが特徴としては同じです。……こんな説明だと、よくわからないかもしれませんね」

「大丈夫、最低限の知識はあるから」

「流石、フィオーレが誇る策士ですね。――で、そのサルーテとピオーネは、お互いの有り余った『雨雲』と『太陽』を1日だけ交換する儀式を執り行うそうなんです。そしてその儀式を行うのが、交換され天候が入れ替わった特別な日に生まれた少年少女……すなわち『雨雲の息子』と『太陽の娘』です。ですが、その儀式の詳細というのは……私にも、知らされていなくて」

 目をそらし、少しまばたきが多くなるレイラ。自分が関わることなのに無知であるという事実が恥ずかしいのだろう。

 アキハは記憶をたどる。しかし、サルーテで行われている儀式にせよピオーネで行われている儀式にせよ、思い当たるものはなかった。やはり、文献から調べるしかないのだろうか。

 レイラが知っているのは、その儀式は極秘に行われ、一般人には決して公開されることがないということ。そして、その儀式を終えた『息子』と『娘』は、どこかでひっそりと余生を過ごすということ。俗世からは完全に隔離され、次の『息子』と『娘』のために神に祈りをささげるのだ。

「レイラは……、怖くないの?」

「怖い?」

「ほら、その儀式が失敗したら……とか。考えたりしない? ……あっ、怖がらせるつもりはないんだけどっ」

 その言葉に、レイラは目を細めて微笑む。

「いえ。……大丈夫です」



  * * *



 今回のピオーネ潜入作戦は、少人数で決行されている。その間、参加しないメンバーはといえば、各々体を鍛えたり、雑務をこなしたりしていた。

 クレハとテレサも、そのうちに入っていた。しかし、ラレンヌに呼ばれ、今は彼女の部屋にいる。

「どうしたんだ、急に」

 テレサが問いかける。ラレンヌは真剣な目つきで、しかしどこか憂いを含んだ視線を二人に向ける。

「貴方達二人に、ピオーネとサルーテの儀式について調べてほしいのです」

「……え?」

 思わずテレサは素っ頓狂な声をあげた。クレハは何も言わず、ただいつも通りそこに立っている。

「アキハとレイラが調べているんだろう? なら、俺達が調べる必要なんて……」

「確かにそうなんです。ですが、彼女はおそらく……すでに“知っている”」

「は……?」

 理解できないテレサ。しかしクレハは、小さく「なるほど」とつぶやいた。

「足掻いている。……愚かながら、運命に抗っている。しかし彼女にも知らされていない何か。へえ」

「抽象的な表現じゃ全然わかんねーよ。そういえば、コクランは?」

 テレサは隣の黒いフードに毒を吐きながら、いつもはラレンヌのそばに控える青年の姿を探す。部屋に入ったときから姿はなく、どこに行ったのかと気になっていたところだ。

「コクランなら、サクと一緒にサルーテに行っていますよ」

「はあ?」

 コクランだけならまだわかる。しかし、何故そこでサクが出てくるのだろう。

 精神病の治療に呼ばれることの多いピオーネとは違い、サルーテはフィオーレに応援要請をすることなどほとんどない。あったとしても、砂漠気候故に起こる熱射病とか、そういう類のものだ。


「貴方達は知りませんでしたか? サルーテの皇帝、アラクレ様は――サクの幼馴染みなのですよ」


 さらりと告げられる驚愕の事実に、テレサは考えることを放棄した。

「『雨雲の息子』は彼等に任せ、貴方達も調査を宜しくお願いします。隠された悪意を、真実を探ってください」


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