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「サクさん、タオル持ってき――ッ!?」
「あーごめんごめん、そこ置いといてくれる?」
「~~っ、服着てください!」
バン、と勢いよくドアを閉める。――タオルはぶちこんだ。
ドアを開けた瞬間に飛び込んできたのは、サクの裸体だった。タオルが無いから持ってきて、と言われたので持っていったらアレだ。
恐らくテレサやコクランなら何事もなく冷静に対処できるのだろう。しかし、最近所属したばかりの青年・マキにとっては刺激が強すぎた。
マキは狙撃手である。ライフルで遠距離から攻撃し、敵の数を減らすことが彼の役目である。
彼の武器を聞いたとき、テレサはとても喜んでいた。何しろ、これまで頭数を減らす役割を持っていたのはテレサだけだったのだ。
そして――
「あら、マキじゃありませんか」
「……ルリ」
マキが疲労しきっているところに、ルリが現れた。マキは更にげんなりとした顔つきになる。
「まあ、そんな嫌そうな顔しないでくださる?」
「いや、するよ……僕今疲れてるんだけど……」
問答無用――そう言わんばかりの殺気を溢れさせ、ルリはマスケット銃を構える。
「ミルお姉様の……ミルお姉様のっ!!」
「ちょ、撃つな撃つな!!」
ルリは撃たなかった。その代わり、マスケット銃を持ち上げて走ってくる。
実は、マキはミルの裸体も目撃してしまっていた。本人にその気はまったく無いのにも関わらず、だ。
コクラン曰く「女共が無神経だからこっちが気を使わなければならない」、テレサ曰く「お前の主人公補正」だそうだ。
テレサは語っている。「性格、容姿、どれをとっても主人公っぽい」と。
つまり、マキは所謂主人公補正がかかっている。しかしこの小説においてマキは主人公ではない。従って無意味なのだ。
「つか、何でミルさんのことなのにお前が怒るわけ? ……まさかっ」
「ミルお姉様の仇をうつのは、当然のことですわっ!!」
「――やっぱり恋愛対象なのかああああっ!!」
そして――マキはルリの幼馴染みである。
ルリが容赦ないのも、それが理由に含まれているからかもしれない。
サクは扉を少し開け、騒がしい後輩達が走り去っていったのを確認すると、振り返って笑った。
「ごめんね、煩かったよね。後でしばいとく」
「あ、あはは……」
苦笑いを浮かべるのは、新しい服を身に纏ったレイラである。彼女が着ていた服は、お洒落に無頓着なサクでも「古い」と感じるようなデザインだった。
レイラは両親を早くに病で亡くしていた。ピオーネ公国では度々伝染病が流行し、それで亡くなる人も多い。
レイラは『太陽の娘』であり、死なせるわけにはいかない、と真っ先に予防接種を打たれた。しかし両親が予防接種を受けられる程家は裕福ではなかったらしい。
両親を失ったレイラを、公爵家が引き取ろうとしたが、彼女はそれを断ったのだそうだ。――私より国の為に、と。
当然援助金は出されたが、裕福でないピオーネのことである。生活するのが精一杯、とても娯楽になど回らなかった。
「……ということは、レイラ……あんた一人暮らしなの? いくつだっけ」
「16です。仰る通り、一人暮らしをしています」
レイラは微笑む。サクも凄いね、と笑った。
二人が向かった先にあるのは、医務室である。ラレンヌにレイラを滞在させる許可を取らなければならないのだが、それに必要な書類を書かなければならないのである。
医務室には、いつものようにスズネとカルマがいた。
「あれ? サク、帰ってたの?」
「うん。っと……あたしボールペンどこやったっけ?」
「私の使っていいですよ」
カルマのボールペンを受けとると、サクはそれをレイラに渡した。――レイラの存在に気づいた二人が、動作を止める。
しかしサクはそれを気にとめる様子もなく、書類に名前を書くように言っていた。
「……え、えーと……」
スズネが遠慮がちに口を開く。
サクも、ようやくレイラを紹介しなければならないことに気づいたようだった。
――が、それはしばらくお預けになりそうだった。
「サク、あんた……ついに越えてはならない一線を……!」
「どうしてそうなった!?」
* * *
カルマやスズネにきちんと説明をした上で、二人はラレンヌの元へと向かっていた。
「あの……、大丈夫ですか?」
「あはは……、大丈夫」
カルマはすぐに理解してくれるのだが、問題はスズネだった。質問を何度も挟み、黙ってろと言っても口を開く。
結局スズネを理解させるのに、30分程かかっただろう。レイラはその間、苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
「あそこがラレンヌの部屋だよ」
サクが指差す先には、細かい装飾が成された扉があった。
扉の左右には、ミニバラが飾られている。ミニバラの花言葉は『無意識の美』、だったか。
サクが数回扉をノックすると、中から可憐な声が聞こえてきた。レイラが少し緊張した面持ちになるのを見て、サクは少し苦笑いを浮かべた。
「緊張しなくても大丈夫。ラレンヌは優しい人だから」
その言葉に安心したのか、ほっと胸を撫で下ろすレイラ。
重厚な扉が開かれてゆく。




