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雲間から、一筋の光が射しこんでくる。雨に打たれていた暗い街に、光が訪れる。
雫が滴る建物に植物に、あらゆるものが光を浴びる。
「おお、神よ……! “太陽の娘”よ……!」
民は両手を空に掲げ、感動の涙を流した。
国の中心の神殿からは、一筋の煙が昇っている。あれは、儀式が成功した証だろう。
一日限りの神からの贈り物。その太陽の日に、少女は産まれた。
毎日何人もの赤ん坊が産まれるというのに、不思議と晴れの日だけは一人しか産まれない。何の因果かは知らないが、その少女には民の希望を背負わされる。
少女は12歳になると、頬にタトゥーを刻まれる。太陽を模したそれは、人々に希望を与える。
人々は喜ぶ。代償も知らずに。
* * *
一年中雨が降りやまないピオーネ公国。しかしその国には、一日だけ太陽が訪れる。
その日産まれた娘の右目の下には、太陽をモチーフとしたタトゥーがいれられる。そして娘は、“太陽の娘”として崇められるのだ。
太陽の日に産まれた、希望の娘。太陽神の使い。儀式を行い、人々に光をもたらす存在――。
そんな慣習がある国に、フィオーレへ医療従事者を寄越してほしいと使いが来たのは、つい先日のことである。何でも、何日も続く雨で鬱になる人々が増え、とても国内では対処しきれない、とのことだった。これは毎年のことで、フィオーレもそろそろ来るだろうな、とは思っていた。
ピオーネ公国はフィオーレ王国の北にある。一年を通して雨が降るという特殊な気候故に作物は育たず、貧しい国のひとつとしてあげられる。
しかし、無能な公爵のせいでなんの対策もとられず、逃げる者は即刻捕らえられ、処刑されていくというおかしな国だった。この国が潰れるのも時間の問題、とも言われている。
サクは巧みに馬を操り、ピオーネの中心都市であるガムダに向かっていた。ガムダにある大きな国立病院に、患者は集められているらしい。
この要請に対してサクが動いたのは、彼女が精神的な面を癒すことについては他の二人より優れていることに他ならない。カルマは死の淵から呼び戻し、スズネは戦場において的確な応急処置を施す。やはりカルマの医療術は頭一つ抜きん出ているが、三人がそれぞれ得意な分野を持っているのである。
彼女の左腕には、小さな籠が抱えられている。その中に入っているのは、ピオーネにはあまり生息していない種類の犬である。
「フトゥーロ、寒くない? ……そう、良かった」
サクは動物と会話する能力を有する。くぅん、という犬の鳴き声だけで意思を汲み取った彼女は、馬――アンノにも声をかけた。
公国に入ってから、もうしばらく休憩していない。中心部には何度か行っているため、すぐに着くかと思われたが、先日大雨が降り土砂崩れが発生したようで、大きく迂回しなくてはならなくなった。その結果、いつもより時間がかかっているというわけだ。
「んー……こう雨だと鬱にもなるよねえ」
サクは自分のおさげの髪をいじりつつ、そう呟いた。
* * *
「――はーい、また来るよー」
病院の外まで出てきて手を振る子供達。彼らもまた、患者であった。
今でこそ無邪気に手を振る子供達。しかしその症状は酷かった。――死にたい死にたい、と繰り返しては自分の腕を切りつけ、人と関わることを拒絶。どうせ駄目なんだ、と暗い虚ろな目で呟いていた。
年々、鬱の症状は重くなってきている。政治が悪くなるのと比例するかのように――本当に、この国はもう駄目かもしれない。
再び、長い道のりを戻る。
アンノの立派な鬣も濡れて、ぴったりと身体に張り付いている。泥を踏んでいるし、帰ったら洗ってあげよう。フトゥーロも寒いだろうから、お風呂に入れてあげなければ。
しとしと、しとしと、雨は降り続ける。どこまでも続く灰色の雲が切れるのは、フィオーレとの国境に差し掛かった頃になる。
「雨、止まないなあ」
独り言のようにそう呟いた、――その直後。
「……止むはずがありませんよ」
か細い声が背後から聞こえ、サクはアンノを止めて振り返った。
そこに立っていたのは、ピオーネ公国の象徴である青い髪と藍色の瞳をもつ少女だった。右目の下に、オレンジ色のタトゥーがある。よく見るとそれは、太陽を模したものであることがわかった。
――まさか。サクはひとつの結論にたどり着く。
「……あんた、まさか」
少女は微笑む。
「初めまして、私はレイラ。……『太陽の娘』です」




