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とある王国のとある騎士団  作者: 柘榴石
深き森の幽霊館
14/22

長い。

「……は?」

 その場にいた全員が茫然とする。当たり前だろう、あのクレハに姉がいたというのだから。

 しかも、その姉は妹とは真逆の性格のようで、今もテーブルを挟んでニコニコしている。

 黒い髪は白いリボンで後ろでひとつに束ねているようだが、両肩から流れてきている。目は黄色っぽい白。フィオーレ人であることは間違いない。

 ベージュのポンチョ風の上着を羽織り、薄いオレンジのインナーに白いロングスカート。耳でイヤリングが揺れているが、キラキラと輝くのはそれにあしらわれた小さなオパールだろうか。

「へー、肝試ししてたんだあ。道理で何か騒がしいなーとは思った!」

「サナさんはここで何を?」

「あたし? あたしはね、ちょっと黒魔術の練習。だってさあ、あたし白魔術は凄いけど黒魔術はからっきしなんだよねー、あははっ」

 その練習のせいで騒ぎが大きくなったとは思っていないのか、サナは明るく笑った。


 アルバによるクレハの推測の説明は、こういうものだった。

 この洋館は一度燃え尽きている。しかし今、それが修復されているのを見ると、何者かが復活させたということになる。

 この規模だと、黒魔術師がここまで復活させるのは非常に難しい。なので、白魔術師か灰色魔術師となる。

 肝試しの前日、クレハは白の魔力を洋館付近で感知していた。魔力には人によって異なる波長があり、その波長はサナのものと一致したという。

 サナはソルティーナによるフィオーレ侵攻――通称『赤薔薇の戦い』よりも前に旅に出ており、一旦フィオーレに帰ってきたということも考えられた。

 そして、皆が口を揃えて記憶にない幽霊の話をしたとき、クレハはサナの仕業であると予測した。

 通常、白魔術師でも多少の黒魔術は使える。その逆も然りである。しかし、サナは白魔術に特化し、黒魔術はほとんど使えないという珍しい魔術師だった。

 アルバも説明した通り、召喚魔術は黒魔術の一種である。もしもサナがそれを練習しようとしていたら、そしてコントロール出来ずに召喚したものが自分勝手に動き回ったら。

 確証こそ無かったが、結果としてクレハの推測は正しかったことになる。


「サナさん、これからどうするんですか?」

 アキハが問うと、サナは少し考える素振りを見せた後、

「んー、また旅に出ようかな。まだ行ってない国多いし。アンヴィーとかソルティーナとかには行ったんだけどねー」

「ソルティーナ……? 何してるんですか……」

 リレイズがため息をつく。

 それを見ると、慌ててサナは弁解を始めた。

「違う違う、そういうのじゃないって。灰色魔術師の一人、アモネがソルティーナ出身だっていうから行ってみたんだけど……、まあ会えなかったよね」

 アモネ。その名はアキハやコクランでも聞いたことがある。

 自身の魔力を使い、ソルティーナの政治をコントロールしているという噂。海のように深い瞳を持つという噂。――誰も、その姿を見たことがないという。

 そんな人に会おうとしたというのか。サナの発想は、常人には理解出来ないような気がした。

 そんなとき、サナが着けていたイヤリングが黄色の光を放った。すると、彼女は「ちょっとごめんね」と立ち上がると、窓の傍で何やら話し始めた。

「……なあ、クレハ。あれは何をしてるんだ?」

「あれは白魔術のひとつ。何かを媒体として遠くと交信出来るんスよ。ま、受話器が小さい電話みたいなもんと考えればいいと思いますよ!」

 リオンの問いに、クレハに代わってアルバが説明する。

 サナは「久しぶり、元気してた?」等と軽い調子で話している。多分、相手は旅先で知り合った友人なのだろう。

「……つーかあれ、高等魔術だった気がするんスけど……クレハさん、そうですよね?」

「うん」

 高等魔術ということは、クレハにも出来ないことなのだろう。

 改めてサナの凄さを感じつつ、彼女の方を見やると、既にこちらへ戻ってくるところだった。

「誰から?」

「ん? ユーグだよ」

 ユーグ――どこかで聞いたことがある名だ。団員達が記憶を辿る中、ラレンヌは驚いたように聞き返した。


「まさか……ケルト共和国の大統領、ユーグ様ですか……!?」


「……え、はあ!?」

 大統領といえば、フィオーレでいう女王――つまりラレンヌと同等の立場の人間である。しかしサナは、そんな立場の人間を呼び捨てにした。

 しかも、交信中のサナの様子はまるで友人と会話をしているようだった。いくらフィオーレとケルトが同盟関係にあるとはいえ、一人の魔術師が呼び捨てにしタメ口をきくなど聞いたこともない。

「そうそう、そのユーグ。ケルトに行ったとき、たまたまそこで流行ってた難病を治したらなんか感動されちゃってさー。あ、他にもピオーネのシェルとかサルーテのアラクレとか、色々知り合ったんだ」

 シェル公子は次期ピオーネ公国の長となる人物。そして、アラクレはサルーテ帝国の帝、すなわち長である。

 難病を治せる程の治癒魔術。洋館ひとつを甦らせる程の再生魔術。これだけでも凄いのに、更にそんな世界の重鎮達と知り合い――友人関係にあるなんて。

「……クレハ、君のお姉さん……凄いね」

 リオンはそう呟かざるを得なかった。

「あたし、ユーグに呼び出されたから行かなきゃ。また治癒魔術を使ってほしいんだって」

 そう言ってサナは、部屋に置いてあった荷物をまとめ、鞄に詰め込む。

「……転送魔術使え。迷うでしょ」

「えー、詠唱面倒だよ」

「……」

「……はいはい、わかったよぅ」

 クレハの無言の圧力におされたのか、サナはぶつぶつと詠唱を始めた。

 やがてサナの体が白く発光し始める。


「んじゃ、まったねー」


 サナは笑顔で手を振ると、白い光となって窓から飛び出していった。

 思えば、肝試しの前に見た洋館を駆ける白い光はサナだったのかもしれない。クレハが移動するとき、放つのは黒い影であることをラレンヌは思い出した。



 洋館から出てくると、瀕死状態にあった団員達も復活していた。そして謎の幽霊の正体を告げると、ホッと胸を撫で下ろした。

「さあ、帰りましょうか。疲れたでしょう?」

「あー、ほんっと怖かった……」

 ぞろぞろと歩き出す一行。しかし、クレハは立ち止まり、洋館を見上げた。

 アルバを戻そうとしたとき、彼はこう言っていた。


 ――なーんか嫌な雰囲気ですよねえ。あ、いや洋館じゃなくて。このモスワナの森、守護霊だけじゃなくて……地縛霊もいるんじゃないっスか?


 地縛霊がいたとしても、おかしくはないだろう。

 ここは、森自体が燃やされた。失われた命も多いのだから。

(……あれ)

 そう考えると、何か引っ掛かる。

 木は何十年もの歳月をかけて成長する。だから、燃えた範囲の木はまだ小さいはずだ。

 しかし、このモスワナの森は以前と変わらない姿を保っている。そんな規模を復活させるなんて、いくらサナが白魔術に優れているとしても不可能である。

 何か、別の力が働いたのか。



 * * *



 月下のジラソルト遺跡群は、当時の華やかな雰囲気を再現しているように見える。

 そこを一人、紫色の髪の青年が歩いていた。


「……これで満足? コスモ」


 遺跡群の中心にある、今も水を湛える噴水。その縁に座っている、黒いショートヘアの女性。

「ありがとね、えーと……」

「カノープス」

「そうそう、カノープス。ややこしいわよ」

 文句を言いつつも、コスモの表情は柔らかい。

「突然呼び出されたから何かと思ったら……」

「ごめんごめん。でもあそこは、綺麗なままの方がいいでしょ?」

 白い瞳と、青い瞳が交差する。カノープスはため息をつくと、小さく「そうだね」と呟いた。


 朝日が昇る。遺跡も、白い光に包まれる。

 青年はもう、そこにはいなかった。

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