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「ミルお姉様、こんな野蛮な男に近づいてはいけませんわ! さあ、ルリに抱きついてくださいませ!」
「声裏返ってんぞ」
変な汗をかきつつも、ルリはミルへのアタックをやめるつもりはないらしい。そのミルは彼女に目もくれず、テレサの右腕にしがみついている。
ただ一人、幽霊などいないと断言するテレサは淡々と進んでいた。
「ねえ! 早く出ようよお! 私もうこんなところにいたくないよ!!」
「誰だよお前、口調変わっててわかんねえよ。第一幽霊なんていねーから」
「そ、そうですわ! 幽霊なんていませんわそうですわこれはクレハさんが創りだしたものであり決して本物の幽霊では」
怖がりすぎて気が狂ってきているルリを無視し、テレサは手に持った懐中電灯で廊下の先を照らす。そこには壁しかなく、どこかで間違ってしまったらしいことがわかった。
「迷路かよ……」
げんなりしつつ彼は呟く。
廊下の先が行き止まりであることを知った女性二人は、大きくため息をつく。さっさと行くぞ、とテレサは言うと、さっさと歩き出した。
「あ、待ってくださいま……」
ルリはあわてて追いかけようとするが、言葉も歩みも止めてわなわなと震えた。
「どうした?」
「て、テレサさん……前、前っ!!」
「……あ?」
どうせクレハの幽霊だろう――そう思いテレサは振り返ると、案の定血まみれの男が斧を振り上げていた。
この程度で怖がっている暇などない。スルーしてさっさと行こうとするが、ミルの足は地面から離れない。
「おい、ミル何して――」
「――いやあああああああああああああ!!」
「ミル、おい……ミルッ!?」
彼女の行動は素早かった。
懐からピストルを抜き取ると男に銃口を向け、一切のためらいもなく引き金を引く。
直後、乾いた銃声が洋館に響き渡った。
* * *
「……銃声?」
上の階から響いてきた銃声に、ノアは立ち止まる。
「どうせミル辺りだろうね。怖がりすぎて発砲したとか、そういうオチだと思うよ」
リレイズは腕を組み、呆れたように言う。テレサと同じように、幽霊など全く信じていない彼女にとっては、どうして皆が怖がるのかわからないのだろう。
ノアはそうだね、と返し、再び歩き出す。このペアは既に五つのポイントを回っており、あとは戻るだけだ。最後のポイントは屋上にあった為、戻るのも一苦労である。
一階に差し掛かった頃。突然二人を宙に浮かぶ青い火の玉が包囲し、ぐるぐると回り始めた。
「ほらノア、厄介なやつが出てこないうちに――」
リレイズの言葉が途切れた。
火の玉は一ヶ所に集まり、巨大な骸骨となる。
そしてその口が開かれたかと思うと、
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!」
「きゃわっ!?」
空気がびりびりと震え、ノアは思わず尻餅をつく。
骸骨はけたけたと笑いながら、霧のように消えていった。
「ノア? ……ノア?」
リレイズが何度呼び掛けても、ノアは沈黙を貫く。――否、茫然として固まっていた。
やがて、ノアは自分を取り戻したのか、小さく呟いた。
「あ、あれは花畑……?」
「ノア、戻ってきなよ」
* * *
「こんな洋館だとさ、青○思い出すよね」
「何でだよ……つか何やってんだよ!? というかあそこより豪華だろ此処」
「わかるってことはやってるんじゃん、自爆自爆ー」
ぐ、とコクランは詰まる。確かにやったけれども。
アキハがあげたゲームというのは、洋館の中でブルーベリー色の怪物に喰われないように、謎を解きながら逃げ回るフリーゲームだ。その舞台となる洋館は比較的綺麗だが、今彼女達がいる洋館はところどころに焼け跡があり、ボロボロである。
「……あのさあ」
アキハが呟く。コクランが彼女の方を見ると、少しうつむいていた。
「モスワナの森。洋館。城からの方角……」
「あたし達、此処を知ってるよね」
「……」
かつて起こったソルティーナ軍による侵攻。数年後、現フィオーレ騎士団のメンバーが起こした革命。
革命を起こす前、ここに住んでいたことは、コクランも騎士団員も知っている(ルリ以外)。
それでも皆が思い出せなかった、わからなかったというのは、ひとえに洋館が火事で焼けたからだ。
屋根が崩れ落ちるのを、皆は眼に焼き付けている。焼け落ちた洋館のあとを、彼らは訪れている。
何故修復されているのか。その理由はわからないが、ラレンヌは何か知っているかもしれない。ラレンヌも、洋館に住んでいたのだから。
屋上の扉を開け放つ。そこに、ぽつんと台と一輪の薔薇があった。
品質名『ブルームーン』。ユーラ村の特産品であり、国の花に認定されている。
「……やっぱりな」
「だねー」




