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 その花畑を進めば、死者を弔う慰霊碑がある。汚れのない真っ白な石で造られたそれに、鮮やかな花を添える一人の女性。

 艶やかな黒い髪、白い瞳。それらは『フィオーレ』と呼ばれる国に住まう者の象徴である。

 その黒髪を一つに束ねた彼女は、黙祷を終えるとそっと立ち上がった。風になびく髪を押さえ、空を見上げる。

 風と共に、慰霊碑の近くに植えてある大樹の葉が数枚、空へと舞い上がる。それを見つめていた彼女は、遠くから聞こえた声の方に振り向いた。

 花畑の方向から歩いてくる一人の女性。胸くらいまである髪を一つに束ねており、花を模した紋章が描かれたジャケットを着用している。

「ここにいたんだね、ラレンヌ。わかってるんでしょーね、君がフィオーレの女王だってこと!」

「ごめんなさいね、アキハ。……でもここに来ることはテレサに伝えてあったはずですよ?」

「えっ!? ……騙したな、テレサ!」

 アキハと呼ばれた女が思い浮かべるのは、射手の青年・テレサ。出掛ける前に彼にラレンヌの居場所を聞いたのだが、奴は「知らない」と言(いやが)った。

 テレサは簡単に言うとドSなやつだ。確信犯ということも有り得る。

 思い付く限りの暴言を吐くアキハを見て、ラレンヌはくすくすと笑う。彼女はフィオーレ王国――女王国と言うべきか――の女王、すなわちトップの人物である。彼女は絶世の美女と賞賛され、優しい性格からも国民から支持されていた。

 アキハはその護衛である。黙っていればとても可愛らしいのだが、彼女は基本的に男らしい性格だ。

 護衛はもう一人、コクランという青年がいる。がっしりとした体つきを見れば、ただ者ではないことが容易に窺える。――実際はフレンドリーでムードメーカーな奴なのだが。

 いずれにしても、皆年齢は二十代前半と若い。場所は違うものの、皆同じ年度に、フィオーレで生まれ育ったのである。



 フィオーレという国には、世界中でも最強クラスの騎士団が存在する。しかしその騎士団に属するのはたった11人で、そのほとんどが女性である。

 それには理由があるのだが、それを説明するには過去へと遡らなければならない。

 ちなみに騎士団といえど属しているのは騎士ではない。剣士、格闘家、射手、魔術師など職業は様々で、何故騎士団という名がついたのかと言えば、それが語呂が良かったという単純な理由である。



 アキハに呼ばれ、ラレンヌは慰霊碑の前から立ち去る。

 全く着飾っていない、水色のロングワンピースの裾を(ひるがえ)し、彼女は花畑へと戻っていった。




 フィオーレ城は丘の上にそびえている。丘の周りには色とりどりの花が植えられ、いつも華やかな雰囲気だ。

 城の周りには砦と深い溝がある。これらが活躍しないことを願いつつ、国民と騎士団、そして女王とその護衛は暮らしている。

 平和の象徴である白い外壁のフィオーレ城には、女王と護衛と騎士団、そして行き場を失ったいわゆる放浪者が暮らしている。また、城内は許可さえとれば自由に歩き回れる。身分など関係なく、ラレンヌは対等に接することを心がけていた。

「あーっ! テレサあああああ! よくも騙してくれたなこの野郎おおおおおおおおっ!!」

「うお!?」

 城の廊下を歩くテレサを見つけ、アキハは自分の武器である槍を手に駆け出す。体を捻り、勢いをつけて槍をつき出す――

 ――かと思いきや、彼女は槍を投げた。

「投げるのかよ!」

 思わず突っ込みを入れながらテレサは槍をかわす。槍はぐさりと絨毯に突き刺さり、その部分の毛を幾らか抜いていく。

 その威力に少し冷や汗をかきながら、テレサはアキハに声をかける。

「……なあ……何でそんなに怒って」

「しらばっくれる気かああ! 君あたし騙したでしょーよ!」

「騙した? んー……あ、あれのことか? あー、悪い悪い」

 特に悪びれた様子も見せず(むしろ楽しんでいるような素振りで)テレサは軽く謝る。アキハの何かが切れた。

「こんのオオオオオオオオッ!!」

「いや、お前キレすぎっ……」

 あらぶるアキハを見てきょとんとするラレンヌ。今まであんなアキハを見たことがない。

「あーあ、護衛が暴れてどうするんだか」

 そこへ、二人目の護衛であるコクランが歩いてきた。

 短髪をがしがしと掻きながらラレンヌの近くに来ると、引っ張って二人から引き離す。手はかなり大きいうえ、がっしりした体つきで力も強い為、ラレンヌは逆らう術もなく引き離される。

「ラレンヌ、お帰り。あの二人は放っておいていいよ。……クレハに任せたから」

「あら……クレハは大丈夫なのですか?」

「そうか、ラレンヌは知らないか。……まあとにかく逃げようか、ここは危険だから」

 半ば強引にラレンヌの腕を掴み、引っ張っていくコクラン。彼らとすれ違ったのは、黒いフードがついた黒いローブの女。彼女がクレハで、無口な魔術師である。

 フードを被っている為顔はよく見えないが、口元が少し動いている。

「騒がしい……静まれ、喧騒の神」

 クレハはそう呟くと、右手をばっとつき出す。そこから黒い光線が放射され、アキハとテレサを捕縛する。

「なんだこの黒いやつっ……! ……まさか」

「あっ……」

 二人の顔に少しずつ浮かび始めるのは、恐怖と焦り。無口な魔術師は、二人を見据えて言い放つ。


「どう裁かれたい?」


 その後、城中に悲鳴が響きわたったのは言うまでもない。



 その悲鳴を聞いた、騎士団が誇る医療チームの面々は、互いに顔を見合わせ微笑む。

「あっはははははは! 飽きないね、クレハも」

 唯一大声で笑うスズネ。

 長身のすらりとしたショートカットの女性。白衣の下のショートパンツからのびる足はすらりとして長い。

「仕方ないっしょ。……あー、どっかに良い餌落ちてないかなー」

 ウサギを撫でているおさげ髪の女性はサクで、身長は低め。しかし器は大きく、寛大どころか変態とも言える。

 彼女は動物を扱うのが上手く、医療術でも独自の方法を確立している。

「……サクちゃん、それはどういう餌なんですか?」

 少し苦笑いを浮かべるのは、最も強大な医療能力を持つカルマだ。肩くらいまで伸びた髪と、例えるならば小動物のようなおどおどした様子が印象的である。

「ふふ、もちろん可愛い女の子……まあ、アキハでもいいかなー」

「サク変態だね! ははははははっ」

「……笑い事ですか……?」

 変人だと思わざるをえない二人を前に、カルマはため息をつく。その直後医務室の扉が開き、そこには念力のような何かで気絶しているテレサとアキハを浮かせているクレハの姿があった。

 彼女はくい、と指で2つのベッドを指し示すと、二人の体はそれぞれベッドへ向かう。

「宜しく」

 それだけ言うと、クレハは姿を消した。

 それを見届けたサクは、瞬間移動かと思う程俊敏に動き、アキハの寝ているベッドの隣に立つ。その顔はにやにやと笑っている。

「……さーて、どう治療してあげようかなあ……まずは体に異変がないかをチェックしなきゃねえ……♪」

「あのー、普通に治療しません?」

 カルマがたしなめるも、サクは全く聞く耳を持たない。スズネはというと、彼女は彼女でテレサに大雑把に包帯を巻き付け、適当に消毒している。彼女も女性相手ならそこまでしないのだが……。

 二人もあまりの痛さで意識を覚醒させてしまったらしい、時折悲痛な叫びが聞こえてくる。

「か、カルマ、助けっ……」

「ごめんなさいアキハちゃん、テレサ君。私の手にはおえません」

「……」

 せっかくたぐりよせた命綱を目の前で切られたような心境になる二人。しかしその例えもあながち間違っていないのかもしれない。

 二人にとっては、カルマはまさに『命綱』だったのだから。

「はーい、痛いよー! 大丈夫だよ、ただの注射だから!」

「ちょ、思いっきり刺すな! お前治療する気あんのか!? ……だああっ!!」

「うわああああああ! 痛い痛い、ちょサクやめぎゃー!!」

「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 医務室には、治療を受ける二人の悲鳴とカルマのお経のような謝罪の言葉がしばらく溢れていたという。

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