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 結局、カーテーギュウはロニスの言ったとおり役立たずだった。彼の逃げ足に出番はなかったのだ。

 島に着いたが人影はなく、荒野を吹く風に流される微かな砂の音だけが、静寂以外に存在する全てだった。

 今度は二人が見張りに残り、一人が本隊に戻って異常のないことを知らせる。この役目をロニスはアレスにやらせようとしたが、逆にアレスがロニスにそれを指示した。これも不承不承ロニスは従った。

「なんだか、あいつは俺と二人で残りたかったみたいだぞ?」

 遠ざかる騎影を見ながら、カーテーギュウは言った。

「感謝してほしいものだ。ロニスはお前を殺すつもりだった」

「それは命拾いしたな」

 まるで他人事のような口調で、カーテーギュウは感想を洩らした。

 やがて、本隊がこの島を目指して来るだろうが、到着は夕方だ。それまで二人がする事といえば見張りなのだが、実際ただ待つだけである。

 カーテーギュウは島の周辺を歩いてみた。そこは、巨大な石ころが石柱のように立ち並び、あるいはごろごろと転がってできた、まさに荒野という大海の島といえた。そこにある岩石は、大地に根を張るか、それとも生えているかのようにさえ見える。

「不思議だな……まるで石が生えてるみたいだ」

「そうだな。もしかすると、太古の巨木の化石なのかもしれないな」

 カーテーギュウはアレスを見た。なるほど、なかなか大胆な発想だと思った。もしかすると、アレスが読みあさった書物のなかに、そういった記述があったのかもしれない。

 太陽はまだ天高く、足下の影はまだ少ない。

 二人は、わずかな影に張りつくように、岩壁を背にすがった。すると、水面に身を浸したかのように、そこだけひんやりと心地よい。

 じりじりとした日の下で、馬たちは、用意した馬衣を被っておとなしくしている。

 と、馬たちの耳が何かの音を捉えたように跳ねた。あいにく乗り手たちはそれに気づかなかった。しかし、アレスは自分の肩に、不自然に落ちてくる砂に気づいて頭上を見上げた。

 頭上から奇声が発せられたのは、それと同時だった。その瞬間、アレスは視力を奪われた。砂の目つぶしが顔に叩きつけられたのだ。そして、ぼろ布の外套を纏った人影が、岩の上から躍り掛かってきた。剣とも槍ともつかぬ長柄の得物を手にして、飛び降りざまにアレスを刺し貫こうとしている。カーテーギュウはアレスを突き飛ばして自分も砂地に転がった。

 カーテーギュウは腰帯の後ろに差した短剣を抜き放って、おそらくこれが砂賊であろう相手と対峙した。

 よもや潜んでいたとは。先手を取られたが、しかし幸運なのは相手も多勢でなく、斥候だということだ。多勢ならば、島に着いた時点で襲われていたはずだ。では何人なのか。カーテーギュウは対峙した砂賊の肩越しに、アレスの方を見てぎょっとした。

「アレス、正面だ! 剣を薙ぎ払え!」

 間一髪、アレスのめくら打ちが、襲いかかろうとしていたもう一人の砂賊を牽制した。アレスの剣を飛びすさって避けたその背中に、カーテーギュウが投じた短剣が突き立った。断末魔の叫びが上がる。一方、カーテーギュウの目前の砂賊は、仲間が殺されたことに激しく怒っている様子だった。完全に丸腰になったカーテーギュウを、独特の武器で鋭く突いてくる。何度かすんで(・・・)のところで避けたカーテーギュウだが、足を取られて背後に倒れた。とどめとばかりに砂賊が得物を振りかぶる。その顔目掛けて、カーテーギュウは砂つぶてを撒き散らした。

「お返しだ!」

 砂賊が怯んだ隙に、カーテーギュウは刃を掻い潜って飛び掛かった。相手に刃を振り回されては勝ち目がない。得物を握る腕を掴んで地面に押し倒す。その時、深く被った外套に隠された砂賊の顔が白日のもとに晒されて、カーテーギュウは驚いた。

 まるで溶岩のような赤黒い肌。瞳はまるで血の雫を落としたかのように赤く、顔面に盛り上がって走る皺は、脈打つ血管であった。

 息を呑んだカーテーギュウの手がわずかに弛んだ。砂賊はカーテーギュウを跳ねとばした。軽くないはずのカーテーギュウが、宙を一転して落ちる。その間に、砂賊は脱兎のごとく逃げ出していた。無駄な戦いと判断したのか、それとも、戦ってわずかにでも自分が負ける可能性があるのを嫌ってくれたのか。なんにしろ、命拾いしたとカーテーギュウはほっと息を吐いた。あのまま格闘して、自分が勝てたとは思えなかった。

「アレス、大丈夫か」

「砂賊はどうした!」

「大丈夫だ。追っ払った」

 アレスは油断なく剣を構えて、目の痛みを堪えていた。薄目を開けて視界を取り戻そうと試みてはいるが、痛みで再びかたく目を閉じるのを繰り返した。

「見せてみろ」

 カーテーギュウはアレスの顎を掬って上向かせると、水筒の水を惜し気もなく使って目を洗った。

「馬鹿! 貴重な水を……!」

「失明したらどうする!」

 振り払おうとするアレスを力ずくで制する。アレスは抵抗する無益さを納得せざるを得なくなった様子で、成るに任せた。水筒の中身は盛大にそそがれ、やがてアレスの視力を取り戻していく。

「……どうだ?」

 心配そうに瞳を覗き込むカーテーギュウが眼に入る。

 うっすらと開くまぶたの隙間から、深い空のような蒼い瞳が、カーテーギュウを見つめていた。

 アレスは、いつまでも無遠慮に自分の顎をつかむカーテーギュウの手を払い退()けようとして失敗した。砂地に足を取られてふらついたアレスを、カーテーギュウが再び支える。

「大丈夫か?」

 カーテーギュウがつかんだアレスの肩は、予想以上に華奢だった。もともと華奢に見えたアレスだったが、マントや衣服で線の細さが隠れていたようだ。

 アレスは、今度こそカーテーギュウの手を振り払って言った。

「ばか。水を無駄遣いするな。日没までここで見張りをしなきゃならないんだ」

 カーテーギュウは水筒を逆さにしてみた。残りのひと(しずく)が自由の身となって地面に落ちると、蒸発して姿を消した。

「……分けてやらないぞ」

「……ありがたい仰せだ」


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