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 太陽が頭上にさしかかる頃、アリエル王女の開拓移民の群れは大休止をとる為、脚を止めた。

 荒野を西に向かえば向かうほど、熱波が激しく人々を襲った。この灼熱の光の下では、荒野の生きものでさえ姿を見せない。人間たちも、日陰を人工的につくって身を隠す必要があった。

「……まあ、それだけ砂漠が近いということですな」

 カーテーギュウはティオマット少年の一家の天幕に居候させてもらった。

 ティオの祖父は、若い頃、荒野を探索した経験があり、孫が連れてきた客人の質問に対して知識を披露してくれた。

 胡座(あぐら)を掻いて座る老人の隣にカーテーギュウは座り、その横にティオも(なら)って二人の話に耳を傾けていた。

 老人がいうには、粘土質が枯れ固まった岩盤と岩石の荒野の先に、巨大な砂溜りとおぼしき砂漠地帯が広がっているという。

 カーテーギュウは、地面においた手を持ち上げ、ついた砂を払い落とした。なるほど、景色はすでに砂漠から吹き流れたと思われる砂が、地面を薄く覆っている。

「その砂漠の先を越えるとどうなるんです?」

「そこまでですなあ」

「そこまで?」

「儂の若い頃には、探索はそこまでしか進んでおらんかったのです。が、その後は砂漠にオアシスが発見されたらしいですのお」

「じゃあ、じいちゃん、そこから先は?」

 ティオは口を挟みたくてうずうずしていたらしく、カーテーギュウが探る方向を心得てから先んじて祖父に聞いた。カーテーギュウの役に立ちたいらしい。

「それこそ、そこまでじゃ。オアシスが見つかるまでに、幾人分もの屍が砂に呑み込まれ、見つかってからも、ままならない厳しい環境でさらに屍が砂に埋もれておる」

「では、カーティリーンなどというあるかも分からない桃源郷を、こんな子供連れで目指すのは無謀なのでは?」

「もちろん、儂の知識は古いものです。最近では更に屍を砂に埋めて、その先の道標を得たと組合(ギルダ)は言っておりますなあ」

「組合?」

道先案内警護組合ルーティフ・ガルデ・ギルダという組織ですな。ロニスという若頭が仕切っておる連中です。荒野の探索や、旅人の護衛や案内を生業にするものの組合ですわ。案内といっても、普段はカーティリーンではなく、近道として荒野をまたぐ道案内ですがなあ……ほれ、あの若者ですよ」

 老人は骨張った腕をのばして指差した。指の先を目で追うと、馬を走らせていくアレスとロニスの姿があった。

「ここからは危険が増えるので、道行きを調べに行くのでしょう」

 カーテーギュウは意を決して立ち上がり、日陰を飛びだした。

「どこいくの!?」

「お前はそこに居ろ」

 カーテーギュウは組合のものらしい用意してあった空馬を、半ば奪い取って二人のあとを追った。背中から罵声が飛んできたが、それは当然ながら無視した。

 馬をおもいきり飛ばすと、ほどなく二人に追いついた。馬といえどもこの暑さでは体力を消耗するので、二人はさほど馬足を急がせていなかったようだ。

「おまえ!」

 ロニスがあからさまに警戒心をあらわにする。二人の後ろから来るのは、やはり彼の部下であるはずだったのだ。

「ちょいと馬を借りたよ。ご一緒していいかな?」

「いいだろう。見張る手間が省ける」

 アレスの言葉ももっともであるから、不承不承ロニスは沈黙した。

 三人は、地面がわずかに盛りあがったその上にある岩石の島を目指した。距離を置いて、遠目にもそれがあることが見て取れる。荒野に道はない。ゆえにこういったものが目印になるのだろうとカーテーギュウは察しをつけた。ロニスが説明してくれればいいものだが、不信感剥き出しの表情を見て、カーテーギュウは諦めた。

「それで、何しに行くんだ?」

 ロニスは無視した。カーテーギュウも諦めているから、その問いは当然アレスに向かった。

「斥候だ。ここいらは賊が出る。だから、今日の夜営地を下見にいく」

 岩石の島はすでに視界に入る距離だが、それでも徒歩の移民たちが、陽射しが弱る頃に出発すれば、着くのは夕刻だ。移民たちは軍隊ではない。女子供、年寄が入り交じっているのだ。速度は牛の歩みである。

「賊?」

「勉強不足だな密偵」

 アレスは呆れて溜め息をついた。そういえば、伝説のカーティリーンを目指して旅に出たとアレスに言ったことを、暢気にもカーテーギュウは失念していた。

「アレス、やはりこいつは殺すべきだ」

 ロニスは殺気立った。彼の剣が届く距離にいたなら、言葉にする前に実行に移していただろう。アレスをまん中にはさんでいて幸いだった。

「なに、俺は専門家ではないからな」

 カーテーギュウは開き直っていた。ロニスを制してアレスは先を進めた。

「砂賊だ。このさき、砂漠は奴らの領分だ」

 砂賊というのも耳にしたことはないが、これ以上墓穴を掘ることもあるまいと、カーテーギュウはこの疑問に目を瞑った。

「賊がいるなら、なおさら三人では危険ではないのか?」

「砂賊というのは小さな軍隊のようなものだ。待ち伏せされれば皆殺しにあうことも考えられる。万一にも三人なら犠牲は少ない。一人くらいは仲間に報せに生きて帰れるだろう」

 そして、見通しのよい島を押さえれば、待ち伏せを受けることはなくなる。荒野で身を隠す場所は、そういくつもないのだ。

「責任重大というわけか」

 全身に緊張が走り、カーテーギュウは腰に手をやって剣の所在を確かめた。が、掴むはずの手応えがない。

「どうした」 カーテーギュウの渋面にアレスは気づいた。

「……剣を忘れた」

 そもそも、帯剣して歩く習慣はなかったカーテーギュウだ。皇帝の剣という地位を得るほんの一年前まではただの帝都の一般市民に過ぎなかったのだから、これを責めてほしくないというのが本音だ。おそらく、ヴィスタークが授けてくれた「皇帝の剣」は、今頃ティオマットの天幕のしたで横になって寝ているに違いない。

「間抜けが。役に立たないなら最初から来るな」

 ここぞとばかりにロニスは毒突いた。

「まあ、そういうな。短剣くらいはある。これでどうにかなるだろう……砂賊がいるとは限らないし。いたとしても、逃げ足なら自信がある。報せに戻る役目の人間が、一人は要るのだろう?」

 突然、含み笑いを堪え切れなくなって、アレスが声を出して笑った。高くて張りのある笑い声が、荒野に響き渡るようだった。

 ロニスは苦々しいといった顔でそっぽを向いた。


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