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三、  砂漠

   1


 その次の日から、開拓民の列に少しだけ背の高い、焦げ茶色の髪の男が加わっていた。

 列の端を、そこにいるのがごく当たり前のようにカーテーギュウは歩いている。広い歩幅で、まるで物事に迷いの無いような歩みだ。

 たなびくマント姿の背中を、馬上からアレスは見つめていた。

「アレス、いったいどうするつもりなんだ」

 ロニスが馬を寄せて声をひそめた。この青年の言いたいことも分かる。自分たちはただの移民ではない。人々のみでならただの開拓移民の群れであろう。だが、彼らは守るべき王女に付き従ったのだ。王女を慕い、追放という苛酷な旅の伴を志願した人々だ。言い換えれば、いつ追っ手の掛かるかもしれない一団である。異分子はそのまま不安要素になりえた。

「わかっている……お前はあの男を見張れ。殿下の馬車には近づけるなよ」

「そのつもりだ」

 ロニスは憮然と答えた。不満はある。騎士というだけで自分たちに指示を下す立場を与えられたこの若造にも。若造、とはいっても自分と同じ年頃だろう。よくやっている方だとも思う。そういう事を考える自分の矮小さにも腹が立った。

 ロニスはかぶりを振って、当面の敵意のやり場を見張ることにした。



 地面は固い黄土色。水気は微々たりとも感じられない。カーテーギュウが荒野に関して短期間のうちに蓄えておいた知識によれば、粘土質の層が荒野のほぼ全域にわたって広がっており、徹底して乾燥した気候によって粘土層は固く干上がっているというのだ。

 根の強い植物が、半分立ち枯れたようにちらほらと見えたが、それ以外はごつごつとした岩がところどころにあるだけだ。

 なるほど。カーテーギュウは知識の一片を実感した。一歩一歩踏みしめる革の長靴(ちょうか)の底からは、石畳のように固い感触が跳ね返ってくる。薄化粧したかのような表面の砂が、舞い上がっては風にのって散っていく。やがて、砂漠にいたる景色だ。

 黙々と地べたの観察にいそしんで歩いていたカーテーギュウの足元に、並んで歩く影がひとつ増えた。

 影の主を足元から順に確かめると、カーテーギュウの視線は自分の背丈の半分くらいで静止した。

 いつのまにかカーテーギュウの横に並んで歩いていたのは、十歳を越えたくらいの男の子で、瞳をきらきらさせてこちらを見上げていた。

「おいらティオマット、ティオでいいよ」

 と、少年はいっぱしに手を差し出してきた。それを握り返してカーテーギュウも名乗った。

「カーテーギュウだ」

「知ってるよ、ロニスから聞いたんだ。昨日は友達を助けてくれてありがとな」

 なるほど、暗かったのでよく覚えていないが、彼は人喰蜥蜴に襲われた子供の片割れなのだ。カーテーギュウは一連の記憶を探ってみたが、少年の顔はついぞ引き出されてこなかった。まあ本人がそういうのだからそうなのだろう。

 少年は、背丈に合わせた短いマントをまとい、その切れっぱしのような布のターバンのように巻いて茶色の髪の頭を覆い隠していた。腰のベルトにはいっちょ前にナイフを差している。カーテーギュウ自身の少年時代にも覚えがあって、それによるとこれはたぶん剣の代わりなのだ。

 剣の使い手に憧れる少年が、颯爽とあらわれて自分たちを救った男に興味を示すのはごく自然なことだろう。憧憬の対象になるのに、カーテーギュウは慣れていないものの。

「で、おいらだけに教えろよ」

「なにを?」

「カーテーギュウは、王様から密命を受けて送りだされたフィンデル最後の騎士なんだろう? それで、陰ながら王女さまを守るために隠れてたんだ」

「アリエル王女の事を知ってるのか?」

「そりゃそうさ、みんな知ってるよ。おいらの父ちゃんも母ちゃんも、お城で働いてたし、他の人も召使いとかだもん」

 つまり、まったくなんら関わりない市民が王女に付き従ったのではなく、家臣から召使いまで身分の上下なく、その家族らが彼女の旅の供になったのだ。重臣たちはフィンデル占領時に逮捕されたので、移民の大部分は城仕えの人々をおもに、その家族。そして一部にはまったく無関係な人々も混じっているかもしれない。それでおおよそ三百人に達することが、王都を占領した近衛師団の調査で分かっていた。

 亡き国王は、それを家臣らに命じたのだろうか。だとしたら何という重荷だろう。家臣にとってではなく、アリエル王女にとって。王女は、彼らに対する責任を負わねばならないのだ。娘を生き長らえさせるためとはいえ、王はなんと無責任な事をしたものだ。なにしろ自分は逝ってしまうだけなのだから。

 いや、とカーテーギュウは考えを改めた。親であれば、なんとしても娘の命を救いたいと考えるのは、とても自然なことなのであろう。

 深く考え込みながら歩くカーテーギュウを、ティオマットは真剣な眼差しで見守った。少年には青年が深慮遠謀をめぐらせているように見えたかもしれない。カーテーギュウは自分を短慮などとは思いたくなかったが、ティオが考えるような知恵を持ち合わせているわけではなかった。

「なあ、王女さまを知ってるって事は、カーテーギュウって、やっぱりそうなんだろ?」

 さすがに()れたティオが、真実の答えを知りたがって訊いた。

「少し違うが、まあそんなところだ」

 カーテーギュウは、ヴィスの気持ちをそう汲み取っていた。少なくとも、友人は王女を抹殺したり捕えたりという命令はしない。

「……そうだ、ティオ。アリエル王女がどこにいるか分かるか?」

 長い人々の列だが、際立って豪奢な馬車や、人間を使役する輿(こし)などといった乗り物は見当たらなかった。

「わかるけど……まいったなー。誰にもいうなって言われてるんだけど……」

 ティオは頭を掻いて、それからカーテーギュウに耳を貸すようにと、指で空を掻いた。


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