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二、  アレス

    1


 荒野の西に日は落ちた。熱い陽がなければ、冷酷な夜が人々をとりまく。荒野の夜は冷えた。

「寒さに追われても逃げ込む家が無いのに、夜は容赦なく訪れるのだな」

 青年、アレスは独りごちた。見上げれば、澄みきった夜空に星々が美しく輝いている。この景色が希望を(さと)すものだとすれば、この苛酷な状況の中でなんと無責任な暗示だろう。

「疲れているな、私は………」

 アレスは首を振った。美しい亜麻色の髪も、少し乱れている。白い頬にもはりがない。

 自分はくじ挫けてはいけない。アレスは自分に言い聞かせた。たとえ無責任な希望でも、絶望よりはいい。

 この旅をともにする多くの人々が、それぞれに何かしらの希望を支えに歩んでいるのだから。

 アレスは夜営地を見渡した。彼と同じように、多くの人たちが火を囲みささやかな食事を楽しんでいた。昼間、疲れ切った表情で歩いていた彼らだが、こうしている時は笑顔で綻ぶときもある。男たちは酒を酌み交わし、女たちは男どもと子供らの世話を焼く。

 無理にでも、笑えるのならまだそう悪くはないだろう。アレスはそう思った。

 そうして皆の様子を見守っていると、ひと組みの親子がアレスの目にとまった。

 母親が小さな子を膝に乗せて、毛糸を編んでいる。

 アレスは、少し胸が苦しくなって膝を抱えた。

 ()ぜてくずれた焚き木を起して火を見つめる。でも、アレスが見ているのは火の中に映し出された記憶の一片だった。

 椅子に腰掛けて、暖炉の灯りを頼りに毛糸を編む女性。その膝には、あの親子と同じように子供が座っていて、魔法のように毛糸がなにかの形に姿を変えていく様をわくわくとした瞳で見守っていた。

 その記憶は、暖かな暖炉のぬくもり、母親のぬくもりに包まれて……。

「……アレス様……アレス様」

 誰かに肩を揺らされて、意識が引き戻された。いつの間にかうとうととしていたようだった。まわりを見ると、先程と同じ光景が広がっているから、ほんのわずかの間だったようだ。

 アレスは肩越しに声の主を振り返った。

「どうか天幕でお寝みください」

 老人が優しげに頬笑んでアレスを見下ろしていた。髪はすべて真っ白で、皺の彫りも深く高齢であるようだが、足腰や背筋はしゃんとしていた。

「爺……大丈夫、少しぼんやりしていただけ」

 眠たげな蒼い瞳に長い睫毛がかかる。

「ですが……」

 はっ、とアレスは夢見心地から現実感を取り戻した。そして眼を覚ますように頭を振り、尻をはたいて立ち上がると、見回りにいってくる、と言葉を残して歩きだした。 

 老人(ギリアム)は自分を甘やかしすぎる。ギリアムの心遣いは嬉しかったが、自分はそうしていられる立場ではない。肩に負う義務と責任があるのだ。

 アレスはそれを心の中で言葉にして、強く戒めなおした。優しい言葉は、今の自分には辛いだけだ。ギリアムに対する苛立ちと、すまなく思う気持ちが胸のうちでないまぜになっていた。

「アレス!」

 そこへ駆け寄ってきたのは、ともに護衛の任に就く青年だった。

「ロニス、どうした」

「さっき報告があって、子供が遊び歩いて夜営地を抜け出してしまったらしい」

 少し息を切らしてロニスはそう告げた。声色は少し深刻そうに聞こえる。実際、この荒野を甘く見るのは危険だ。彼らはそのことをよく知っていた。彼らはアレスと違い、もともとからこの荒野を旅する人間を警護する生業についている者たちなのだ。

「何人だ?」

「三人だ」

「よし、私が行こう。方角はわかるか?」

「岩場の奥へ行ったのを見た子供がいる……俺も行こうか?」

「お前は夜営地の守りを頼む」

 アレスは子供たちの行く先の目安を付けて走りだした。

「気をつけろ、この辺はイーザラップが出るぞ!」

 背中からロニスの声が追った。反射的に、手は腰の剣を確かめていた。


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