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 6

 隊商の連中を、ロニスは部下たちと遠巻きに見張っていた。

 移民の天幕のいちばん端の場所を陣取って、連中は自分たちの天幕を設営している。

 ロニスがふと視線を移すと、間抜けにも天幕の影から様子を窺うカーテーギュウの姿がよく見えた。無論、肝心の隊商の男たちには気づかれていないようだが。

 男たちはかわるがわる談笑しながら、声を潜めてもう一つの会話を重ねていた。ロニスや他の者の目と耳が張り付いていることなど、承知済みのことなのだ。

「それでよ、セルーショの女どもときたら俺が来たことにびっくりしちまって、腰を抜かしちまってな!」

「しかし、まさかフィンデル王国の残党に出くわすとはな」

「また、おめえの話は大げさなんだってんだ」

「ヒルデム様は、ああいった手土産がいたくお好きだ。手駒として役立つといってな」

「それをいうなら、おまえが見たっていう酒場の女の話こそ大げさってもんだ」

「王女か。しかし、皇帝の剣が付いているという情報だ。情報屋に掴まされてなければの話だが」

「へっ、うらやましいならお前もイイ女を落としてみやがれ」

「どの男が皇帝の剣なんだ?」

「こいてろ!」

「わからん、が、カーテーギュウ……経典の魔人の名で呼ばれる男がいたら、そいつがそうだ。奴には気をつけろ。もっとも、違う名を使っている可能性が高いがな」

「さあ、もう寝ちまえ。明日も早いぞ」

「いいか、オアシスまでは無害を装え。補給はどのみち必要なんだからな」

「おう」

 男たちが簡素な天幕でそれぞれ横になってしまうと、見張りも無駄のようだった。

 かわりになにか探ることができれば。たとえば、こっそりと隊商の荷をあらためたかったが、彼らの少なめの荷物は傍らにまとめてあるらしく、見つからずに済ませるのは無理なようだ。本当に商売の品だとしたら、よほど高額の物なのだろう。

 暗がりで、カーテーギュウはロニスの方を振り返った。

 ロニスは驚きを隠せなかった。あの男は、こちらが潜んで隊商ともども見張っていることに気づいていたのだ。



 翌日、日が昇って暑さを増す頃、砂を掻いて歩む愛馬の肩の隣にその男は並んできた。

『ロンザス山脈の綻び』から侵入する熱波は、こうも酷いのか。帝国の版図が広大とはいえ、多くが清涼な気候な帝国では考えられない熱と渇きだ。頭に血も上る。そこへきて、この男だ。

「彼らの荷をあらためないか?」

 忌々しい。自分と同じ考えをその男は口にした。経典にある魔人の名を、胡散臭くも堂々と偽名として使う輩だ。

 アレスになぜか覇気がなくなり、この男との間に急に仲立ちが消え失せた。こんな好機が訪れたならば、喜び勇んでこの男を始末するのだと自分でも思っていたが、アレスが半ば放棄したこの開拓移民全体の指揮を執るにつれ、ひと一人を処断することの影響と責任の重さが背中にのしかかり、どうにも持て余すしかない。

「どうやってだ」

「堂々と、要求すればいい」

「おまえがやれ、好きにしていいぞ」

 手を打つ必要ももちろんある。強引過ぎはしないかと、面倒を押し付けたつもりだったが、魔人の名を持つ人の良さそうなこの男は、やや考え込んだ後、わかったと頷いた。



「荷を解いて、店開きしろ?」

 隊商の頭目は少しばかり呆れ顔で応じた。

「この砂漠のど真ん中でか」

 頭目が両手を広げる。日は高く上りだし、風に押された砂が、時を掛けてゆるゆると波をつくる。

 真昼の大休止のために天幕を設営している移民たちがいなければ、その身に寄り添うのは砂漠で朽ち果てることへの恐怖くらいだ。

「俺たちは、失礼だがあなた方を疑ってる。事情のある旅でね」

 カーテーギュウは移民たちの心情を代弁した。移民たちは、追っ手の恐怖が形になって現れたのではないかと、隊商たちを遠巻きに視線を送っている。

「こんなところをこの人数でとなれば事情はあるだろうが……よろしかろう、こちらもできれば気分よく道を歩ければこの上ない。ま、道なんてこの砂漠にはないがね!」

 高らかに宣言すると、頭目は顎で手下に指示した。

 手下たちが、天幕を露天のように並べて荷を解いていく。

 荷のかさばらない品物とあって、ひとつひとつ高価なものばかり。貴族や富裕層を目当てにした品々だ。

「なあ、あんたら、伝説のカーティリーンを目指しているんだって?」

 頭目の言葉にカーテーギュウは心のうちで身構えた。いったいどこから洩れたのか。

「なぜそれを知っている」

「いやなに、皆さんの口からそれとなくね」

 疑いようもない。これだけの人数がいれば、言葉の端々を繋ぎ合わせただけでもそれなりの情報になる。たとえ頭目が嘘をついていたとしても、否定する材料がなかった。

「そうだ」

 責任を追及する気にもなれず、嘆息して答えた。

「なんと酔狂なもんだ」

 その台詞にやや腹立たしさを感じる。引き返すことをアリエルに奨める身であるのに、それだけ肩入れしてしまっているのだとカーテーギュウは自認した。

 さて、自分はどうすればいいのか。

 ヴィスには、見届けてくる、そう言った。

 どんな結果が、この人々にとって一番最良であるのか。アリエルにとって……。

 カーテーギュウは懐から首に下げた小さな袋を取り出した。中には香紙。それに包まれているのは、磁器細工の、羽根をかたどった耳飾り。フィンデルの王城、アリエルの私室で見つけたものだ。

 考えに沈むカーテーギュウのところに、顔なじみが肩に手を置いてきた。

「いくらなんでも横暴なんじゃねえか?」

「まあ、そうは思うが念の為というところかな。ロニスの許可はもらったよ」

 そうこうする間に、品々を並べた露天が砂漠に現れたのであった。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 麗しき王女殿下に付き従いし勇敢なるフィンデルの民たちよ! 宝石でも何でも手にとってくれ! 今は買えないかもしれないが、それでもかまいやしない。さぁ、手にとって眺めて心を潤してくれ! いつか豊かな暮らしを手に入れる! 心の糧に、その眼に焼き付けてくんな!」

 その口上に、一瞬空気が静まり、そして組合の男たちが殺気立った。だが、機先を制して頭目は口上を続ける。

「おっと、口が滑っちまったか。聞いてくれ! 我々もアリエル王女殿下とそれにつき従った民の噂は耳にしていた! 以来、思うところを胸のうちに温めていたが、陰ながらわれわれも貴君らの旅を手助けしたい! 次にオアシスに向かうときには、情報と必要な物資を届けようじゃないか!」

 威勢のよさに、かつて住み暮らした町の市を思い起こした主婦たちが、少し遠巻きに視線を送った。

 頭目が部下に許可を与えて糖菓子を出させると、わっと子供たちが駆け寄る。

「たくさん食べると咽喉が渇くぞ、少しずつ食べるんだ」

 子供がなんの警戒心もなく近づくと、女たちも男の手を引っ張って品物を物色し始めた。

 組合の護衛たちも、殺気をそがれてしまう。

 うまいやり方だ。人の心を誘導することに長けている。それだけにカーテーギュウの中で何かが落ち着かなかった。

「うまいよ? カーテーギュウも食うかい?」

 糖菓子を手にして、ティオマットがやってきた。砂糖をおもな材料として棒状に形作ったお菓子を剣士に突き出す。町でも比較的目にすることの多いお菓子だ。

 邪気のない言葉。だが悪意を持つ耳がそれを聞き逃さなかった。

「カーテーギュウだと?」

 頭目の目がぎらりと光った。残忍な狩人が罠に獲物をかけた瞬間の目だ。その光を見て、カーテーギュウはこの男が敵であると悟った。同時に、自分の失態をも悟る。

「おのおの! 気をつけられよ! この男こそが新帝の飼い犬! フィンデルの仇敵! 『皇帝の剣』だ!」

 ざわ、と人々の息をのむ一つ一つの気配が、ひとつの音となって波紋のように拡がる。

 道先案内警護組合ルーティフ・ガルデ・ギルダの男たちが、抜剣して取り囲んだ。

 男たちに突き飛ばされたティオが、お菓子を取り落とす。

「みんな、どうしたのさ……ねえ、落ち着いてよ」

 攻撃的な目の色をする大人たちを、信じられないという風にティオは見あげた。

「カーテーギュウとは、皇帝の剣が名乗る暗号名だ! 間違いない、我らは帝都でも存分に噂で知っておる! 魔人の名を真の名にする愚か者はおらぬ! いけしゃあしゃあと、皇帝の手先がここにおるぞ!」

 真に迫って頭目は立て続けにがなり立てた。真実味のありそうな言葉に、不安を一見証明しているかのような、カーテーギュウが現れたいきさつを人々は思い出す。

「ぼうず、さがってろ!」

 護衛たちのさらに周囲で移民たちが成り行きを見守った。

「おい、カーテーギュウが……」

「皇帝の部下なんだってよ」

「本当なのか……」

「騙されてたんだ。嘘をついて、俺たちを見張ってたんだよ」

 移民たちのざわつきが耳に入る。

 その中に、呆然と佇むアレスの姿があった。

 アレスの、アリエルの心情がなぜか手に取るように分かる。自分がどうすればいいのかわからない。心の動揺と思考の硬直。薄紅色の唇から吐息が洩れるが、つむぐ言葉はない。

「あ……」

 なにか言葉を発しなければ。アレスの決断より先に、ロニスが怒鳴った。

「貴様、やはりそうか。確証があれば……アレス! 文句はないな!?」

 睨むロニスの視線を、アリエルは跳ね返せなかった。ゆるぎない騎士、演じられたアレスではない弱い自分には、とても猛者の男たちなど御し得ない。

 カーテーギュウの八方を、白刃の輪がせばまる。

 さしものカーテーギュウも、いよいよ剣を抜くべきか迷うときが来た。彼らを傷つけたくはないが、しかし剣なしで切り抜ける余裕はなかった。敵でないと訴えて、無抵抗なまま命を差し出すような聖者でもない。妹と友人のもとへ必ず帰るのだ。

 カーテーギュウの手が動こうとする、まさにそのとき。

「ならん! その方を殺せば我らは永遠に安息を失ってしまう!」

 事態を聞きつけた老人が制止の声を上げた。

「なぜ止める、ギリアム老!」

「ロニス殿、その方は殿下の命の恩人です。どうして止めずにおれましょうや」

 息切らす老人は言った。

 王女を持ち出されては、老人の言葉も無視はできない。

「アレス! それが殿下のご意向なのか」

 王女の代弁者に、全員の視線が集中する。

 みなの視線が、決断を迫る。アレスは視線を砂の大地へと逸らした。

「そ、そうだ」

 心の中で決断せぬまま、決断の言葉をぽつりと地面に落とす。心の中で渦巻くのは、恐れ、それとも迷いなのか。そもそも、なにを恐れ、迷っているのだろう。

「そうか……だが、護衛隊の長としては、危険分子は容認できない。この男は追放させてもらう。剣と外套を取り上げろ!」

 ロニスが宣告すると、組合の男がカーテーギュウから外套を剥ぎ取り、剣帯を奪った。

 周囲が、また別の意味でざわつく。

 この灼熱の砂漠で、外套もないまま放り出せばどうなるか、慣れぬ砂漠とはいえ移民たちでも理解できた。

「ロニス、あんたにアリエル王女が、この人たちが護れるのか」

 ロニスの顔が怒りに歪む。

「帝都へ帰れ、密偵!」

 怒気混じりの返答とともに、ロニスは腹を蹴り上げる。

 体が「く」の字になったところへ、堅い拳が頭蓋に叩き込まれてカーテーギュウは昏倒した。

「捨てて来い」

 部下に言い放つと、ロニスは移民たちを解散させた。

 納得のいかない小さな目が、魔人の名を持つ青年をじっと見守っていた。


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