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 昼夜の気温差は、旅が進むにつれ激しくなっているようだ。岩石の島から夜営地を見渡すカーテーギュウは、マントに(くる)まってそれを実感した。

 先ほどまで夕日が燃え上がっていた西の地平線は、いまや鎮まり、深く濃い、昼間とは違う蒼い空が、天体の運行からすれば刹那の間、そこに現出していた。

 日中のきつい陽射しをなんとかしのぎながら、アレスとカーテーギュウは砂賊を見張ったが、報復には現れなかった。そうするうちに日が陰り、二人は無事、本隊と合流した。

 ティオの祖父の話だと、奴らは少数の種族で、こちらが多勢で隙をみせなければ襲ってこないらしかった。

「砂賊とはなんです?」

 カーテーギュウは、自分の短剣によって命を落とした砂賊を検分した後、老人に訊ねた。

「亜人種とでもいうのですかな。人ではありません」

 赤々とした血が浮き上がったような肌と眼を脳裏に思い浮べる。人外のものと言われれば、納得するしかない。

 風が吹き抜ける。その冷たさは完全に夜のものだ。カーテーギュウはマントの下の体を、更にちぢこませた。

 あれは人ではない。そう思えば、少し気が晴れるのかといえば、そうではない。やはり、亜人種とはいえ、あれは人なのだ。

 ヴィスタークは指先ひとつで人を殺す立場になった。

 カーテーギュウは、友人のために手を汚す立場を選んだ。人を殺したのは、これが初めてではない。ヴィスタークのための仕事は、結果としてときに命のやり取りになるほど危険な状況に及ぶこともあった。友人はそれを詫びたが、ヴィスタークが手を汚す一方で、偽善を唱えながら友人づらをすることこそカーテーギュウは許せなかった。

 だが、命を奪うことに慣れたわけでもない。

 カーテーギュウは独り、島のうえに座して気を鎮めた。

 西の空はもう、火の気を落としていた。

 わずかな高台である島からは、夜営地が広く見渡せる。このひと月のあいだ続いた光景なのだろう。到着とともに、人々は手際よく天幕を設営し、火を起こして一夜(ひとよ)ごとの暮らしを営む。

 砂を蹴る足音がした。カーテーギュウがそちらを向くと、ティオが島に登ってくるのが見えた。

「カーテーギュウ、なにやってんだい?」

「さて、なにかな?」

 カーテーギュウは苦笑した。言われてみるとそうだ。自分はまだ、なにひとつやってはいない。しょげたり人生の哲学を考察している暇はないのだ。

「ティオ、いいところにきたな」

「うん?」

「さっそくで悪いが頼みがあるんだ」

 にっこりと笑うと、カーテーギュウは自分のマントをティオに被せた。



 その夜は、組合の若頭が殺気だった目付きで夜営地を歩き回るものだから、人々は不審がった。自分たちが追われているかもしれないという認識があったから、表面はたとえ落ち着いていたとしても、波立たせればたちまち不安や恐慌が蔓延する心理状態が潜んでいる。護衛の男たちを指揮するロニスには、自分の立場がまだ分かっていなかった。

 そんな彼の腕を、アレスが掴んで止めた。

「ロニス、少しは落ち着け。皆が不安がる」

「あの男はどうした」

 なるほど、彼は彼なりに防衛本能を働かせていたらしい。眼を張りつけておくべき危険人物が見当らないので、探していたのだ。

「島だ。あそこが気に入ったらしいな。どのみち見張りが要るんだ。やらせておけ」

「見張りなら俺の部下に……!」

「あいつが見張っているあいだ、それだけ多くの人間が休める。旅は長い」

 アレスはロニスの肩に手を置いて言った。憮然とした表情でロニスは口籠もった。アレスのいうことはもっともだ。だが気にくわない。なんであんな素性の知れない男の同行を許すのか。彼は、やはりまた大股で、来た道をとって返した。

「ロニス、しばらく頼む。私は殿下の天幕にいく」

 ロニスの手が、投げやりに振り応えた。



 天幕で独りきりになると、吐息が洩れる。それは溜め息だ。疲労感が、日増しに募るのが分かる。肉体が、精神が疲れ切っている。彼を奮い立たせているのは、ただ使命感のみだ。

 後ろで束ねている亜麻色の髪をほどいた彼は、その美しい髪を手櫛で梳いた。熱と埃で、表面がひどく痛んでいる。

 やっと与えられるほんの一時の孤独な時間に緊張を緩めると、こんなにも打ちのめされた自分が曝け出す。ほんとうは、とっくに限界というものを越えているのかもしれない。

 アレスは、放心した色の瞳を、虚空に漂わせた。


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