プロローグ
バックナンバーの最終的な公開場所としてこの場をお借りすることにしました。
第二部と合わせてよろしくお願いいたします。
黄昏の荒野に、開拓移民の群れが列をなす。
家財の一切合財を馬車に積み、あるいは身体より大きな荷を背負い、家畜を引き連れて、まだ地平より遠い目的地を目指し、人々は歩く。
人々の、それは老若男女の列。屈強な男、うら若き女、少年、少女、そして老人。皺のよった手は、あるいは孫の小さな手を引き、母親は我が子の手を引いて。
岩だらけの景色。所々に生えた刺々しい植物には、心を潤す効能はなかった。
「歩け! 死にたくなければ、頑張れ!」
乾いた風が砂を巻き上げて吹き荒ぶ。人々は口元や頭に布を巻き、砂混じりの風に耐えた。
衣服は砂埃に汚れ、眼は長旅の疲れで、とうに活力を失っている。意志が萎えれば脱落し、この荒野で立ち止まれば待つのは死だけ。
しかし、この長い旅の落伍者は少なかった。
それは、あの若者がいたからである。
長い長い人々の列。それに寄り添い、守るように行く騎士の姿があった。時に馬を走らせて列の前後を行き交い、列を緩やかに追い抜きながら弱気になりかけた人々を励ましていく若い騎士の姿だ。
彼に励まされるのは、彼よりもずっと逞しそうな男である時もあった。
時に反感を買うこともある。若造、我々は自分の脚で歩いているのだ、馬の上から偉そうなことを言うな、と。その反感すら、若者には望むところであった。怒りが生きる活力となる。ならばいくらでも叱咤しよう。
若者は何度目か、列をめぐって馬を停めると息をついた。
後ろで束ねられた真っすぐの亜麻色の長髪は、美しいが埃で汚れていた。厚手の革手袋の下は、手綱を握る力も衰えるほどの疲労が溜まった細腕が隠されている。目元には疲労の色が見えたが、その言動はこれっぽっちも弱音を見せなかった。
「アレス」
もう一騎の馬影が若者のそれに並んで声を掛けた。日に焼けた肌は汗と砂に汚れているが、それこそ闊達さの証であるかのような逞しい青年だ。彼と同じく剣などで武装した何騎かが、若者と同じように馬を駆って長い移民の列を守っている。
「もうみんな限界だ。夜営地の設営にかかった方がいい」
青年の声には、羨ましいくらいに元気な張りがある。若者は自分の疲労を実感せずにはいられなかった。
「ああ、わかっている。この先の岩場で夜営しよう」
アレスと呼ばれた若者は、砂埃で煙る景色の先を指差した。
荒野に旅立ってひと月。ちょうどひと月目の夜がこようとしている。




