間違えたのは貴方
名前を間違えて求婚されました。信じて結婚した私は、、、。 ハッピーエンド
「お前、誰だ?」
私が求めていた女性は、リリアーナ嬢の筈だ。
**********
「バイアット子爵家長女、リリーナで御座います」
私は首を傾げながらカーテシーをしました。
「リリアーナ=ハイアット伯爵令嬢では無いのか?」
「、、、申し訳ありません。私はバイアット子爵家です」
空気がピンと張り詰め、息さえも出来ないわ、、、。
一体どう言う事かしら、、、。
「申し訳無い、暫く時間を頂けないだろうか」
「はい、大丈夫です」
旦那様と執事長、他にも数人慌てる様に出て行きました。
私が此方に来て一週間。ずっと外出されていた旦那様が帰って来たのに、、、何だかイヤな予感がします。
*****
なかなかお戻りにならない旦那様。
夕刻から放ったらかしにされ、二時間は経ったでしょうか?私は空腹に耐えています。
、、、お腹空いた、、、
カチャリと扉が開き、執事長が現れました。私の前に来て
「申し訳有りません。此方の手違いで御座います。しかしながら、お二人のサインの入った書類は提出済み、残念ながら一年間は此方でお過ごし下さい」
「手違い、、、ですか?」
「申し訳御座いません」
「では、私は一年後に離縁されると言う事ですか?」
「そうなります。勿論、貴女様がご希望で有れば、新しい伴侶を探すお手伝いも致します。此方の不手際ですから、慰謝料も貴女様が一生困らないだけの金額を準備致します」
「分かりました、、、。それで、私は何処で過ごせば宜しいのですか?真逆旦那様と続きの間と言う訳にもいかないですよね」
「別館にて、お過ごし下さい」
私は唇をキュッと締め、怒りを堪えました。
「分かりました。私の荷物は」
「此方で明日の朝から、搬出致します」
「、、、お願い致します」
「申し訳有りませんでした。失礼致します」
執事長が深々とお辞儀をした。
「あ!あの!私、今日は何処で寝たら良いですか?」
昨日までは「奥様」として、旦那様との続きの間を使っていたけれど、もう使用は出来ないだろう。それに、私だって使いたくは無い、、、。
「申し訳有りませんっ!直ぐに来賓室を準備致します」
「これから、、、ですよね?それでは、旦那様のお部屋から、一番遠いお部屋にして下さい」
**********
此方からお手紙が届いた時、「何故?」と思いました。でも、真面目に正直に生きていれば、良い事があると信じていた私は、旦那様からの求婚に二つ返事で答えてしまったのです。
まぁ、辺境伯様から、ダンスパーティに滅多に参加しない私に、求婚なんてあり得ないんだけどね、、、。
仕方が無いわ、私には何も出来ない、、、。
翌日から私は別館に移されました。
これからは閣下とお呼び致しましょう。
閣下からの謝罪はありません。ブライドの高い方なのかしら、、、どうでも良いけど。
「あの、、、」
と侍女に話し掛けても無視されてしまう私。まぁ、、、子爵家でも私、侍女に無理されていましたから、平気ですわ、、、。
荷物が運び込まれて、片付けが終わると、私は別館の周りを散歩します。
あらあら、まぁまぁ、薬草が沢山あります。私は、散歩をしながら観察します。
私の趣味はお茶を入れる事です。採集した葉を蒸して、乾燥し、揉みます。更に乾燥させてお茶にするのです。
最近では薬草にも興味が出て、此方に来る前は、色々お薬を作っていました。
ですから、母や妹には馬鹿にされていたのです。
女の子なのに、ドレスに興味が無く、お洒落もしない。ダンスパーティにも参加しない。何が楽しいのかしらって、、、。
でも、私は毎日充実していました。美味しいお茶やハーブ、薬を作るのは本当に楽しかったのです。
閣下と結婚して、私は、もう二度と好きな事は出来ないと思っていたのに、、、こんなに沢山の薬草が植っているなんて!
有難う閣下!此処に居られるのは一年だけですが、私は充実した毎日が送れそうです!
*****
不便なのはお食事です、、、。
毎日三食、本館まで歩いて行くのです。大した距離ではありません。片道3キロ位でしょうか。私は籠を持ち、薬草を摘みながら本館に行き、薬草を摘みながら帰るのです。
でも、薬は出来ても使い道がありません。
離縁した時に、生活費の足しになればと思います。
**********
私は奥様の専属侍女になりました。
間違えて結婚した奥様は、別館で生活されています。
旦那様は滅多にお帰りにならないから、本館で構わないと思うのですけど、これで良いのかしら?と思いながら、私は奥様のお世話をします。
と言っても、奥様は一人で何でも出来るのです。
朝早くから起き出して、館の周りを散歩します。
葉っぱを集めては、持ち帰り、何やら作っておいでです。、、、魔女かしら?
私は口が聞けません。いえ、聞けない事はありません。緊張すると喉が詰まってしまうのです。だから、威圧的な人や、初めての人の前に出ると、返事すら出来ないのです。此処の使用人の方々はみんな優しくて、三年経った今では話しが出来る様になりました。しかし、旦那様の前に立つと返事も出来ません。旦那様はいつもお屋敷にいらっしゃらないので、大丈夫です。でも、極稀に昼間お屋敷にいらっしゃる時もあるので、私は別館の奥様付きになったのです。
今はまだ、奥様とお話しは出来ませんが、いつかきっと出来る様になると思います。
**********
私が薬草を求めてフラフラしていると、本館の裏手に旦那様のお姿が見えました。
興味が湧いて、こっそり覗きます。私の事は知られたくありませんが、旦那様の事は知りたいです。
木の影から覗いていると、剣の素振りを始めました。意外と格好良いです。真剣な眼差しは、頼り甲斐があり、素早く剣を振り下ろす姿は凛々しいです。つい、小石を投げて腕を試したくなりますが、我慢我慢。私が見ている事がバレたら、後々面倒です。
半時程、素振りをなさっていました。汗をかいた旦那様は漸く建物の中に入って行きます。
私は朝食までもう暫く、薬草を摘みながら時間を潰しました。
**********
朝食を終え、仕事に向かおうと廊下を歩いていると、一番小さな応接室の床に籠が置いてあった。
何だこれは?
不審に思うと葉っぱ、、、しかも、萎れている。
ゴミか?
部屋で着替えながら、執事長に確認すると
「アレは奥様の薬草です」
と答えた。
「薬草?薬が作れるのか?」
「さぁ、分かりかねます。奥様とは接点が御座いませんから」
嫌味を言われた、、、。
「アイツは魔女か?」
「魔女等は絵本の中にしか存在致しません」
嫁を取り違えた事、未だに根に持っているな、、、。アレは、俺も悪いがお前も悪いでは無いか、、、。いや、やっぱり俺か、、、。俺だな、、、。
忙しい事を理由に確認を怠った。ほんの数秒立ち止まり、ちゃんと確認していれば、こんな間違いは無かったのだ。
しかも、感情に任せて彼女を別館に追いやった。彼女は何も悪く無いのに、、、。
**********
私の食事は、小さな応接室で頂きます。私一人だけですし、広いお部屋でポツンと座るのが嫌だったので、このお部屋で良かったです。
侍女のマリアは、私を無視した訳では有りませんでした。事情を聞き、筆談を出来る様に練習を始めました。元々読む事が出来た彼女は、直ぐに書く事も出来る様になったのです。いつもポケットに筆記用具を入れ、困った時は使います。
でも、私は出来るだけ筆談をしないで済む様に、一言で返事が出来る様にします。「はい」か「いいえ」です。最初はそれでも緊張していた彼女。
それがすんなり出る様になってから、挨拶を口に出す様にしました。でも、無理強いはしません。私から挨拶をするだけでした。最初はペコリと頭を下げるだけだった彼女が、もごもごと小さく言う様になりました。
少しずつで良いのです。彼女の存在は私に取って、大切な物だったから。
マリアが私と話す様になると、使用人達も私に声を掛ける様になりました。私は嬉しくて、応接室で頂いていた食事を、使用人達が使う食堂に変えたのです。
だって、その方が準備も楽だし、みんなと食べる事が出来るのだもの。
食堂で食べるご飯はとても美味しいです。みんなの話しを聞きながら、偶にお台所を借りてハーブ入りのクッキーを作ったりするのです。
子爵家に居た頃よりもずっと幸せ。私に貴族の生活は、似合わなかったのだと思います。
*****
季節が変わり、風が冷たくなった頃、水仕事の多い侍女達の手が荒れて来ました。酷い子は、傷がパックリと割れ、とても痛そうなのです。
何とか出来ると良いのだけれど。
私が持っていたハンドクリーム、自分で作れないかしら。
取り敢えず、私は傷薬を持ち歩く事にしました。あまりに酷い時はそれを塗るのです。
侍女の一人に傷薬を塗っていた時、ふと思いました。傷薬の応用でハンドクリーム、出来ないかしら、、、。
*****
マリアは私にすっかり馴染み、いつも微笑みを絶やしません。可愛いわ。
私が別館の裏に薬草を取りに行っている間、彼女は掃除をしてくれます。
いつも整えられたお部屋は気持ちが良くて、私は彼女に感謝しか有りませんでした。
夕食の時間も、二人で本館に行きます。最近は、この道で薬草を取るのを控えているので、のんびりお散歩です。
二人で食堂に入って行くと、ザワザワしています。
「どうしたの?」
と聞くと
「侍女の一人が、鍋の熱湯を被ってしまって!」
心臓がキュッと締まりました。急いで私は見に行きます。
幸い長いスカートのお陰で、直撃を免れた様です。
「御免なさい。ちょっとスカートを捲るわね」
冬物のスカートで生地が厚めでした。慌てて足を引っ込めたらしく、靴の中は平気そう。
私は椅子を準備して貰い、彼女を座らせました。
「マリア、スカートを持っていて」
膝から下が赤くなっています。
「痛いかしら、、、」
「はい、、、」
熱湯の掛かったスカートは、もうそれ程熱くは有りませんでした。
「水で冷やしましょう」
椅子を運んで、洗い場の低い位置にある水道で傷口を冷やします。まだ、赤くなっているだけなので、水を掛けても大丈夫そうでした。
「火傷の薬を取って来るわ。暫く冷やしていて」
私はマリアにその場をお願いしました。
食堂を出ると執事長が
「何かあったのですか?」
と慌てています。
「火傷の薬はありますかっ?!」
「申し訳有りません、薬は、、、」
「では!馬を貸して下さい!」
「馬?」
「別館に薬を取りに行きたいのです!」
「お持ちなのですか?!」
私達は、走って厩に向かいました。執事長が馬に跨り、私を後ろに乗せてくれます。
別館に着くと、急いで薬を持ち、本館に戻りました。
「有難う御座いますっ!」
私は馬を執事長に任せ、食堂に走ったのです。
火傷をした彼女は、濡れたお仕着せを着替えていました。
「遅くなって御免なさい。座ってくれる?」
彼女をもう一度椅子に座らせ、火傷の薬を塗りました。
「爛れて無くて良かったわ、、、。薬が服や布団に付いてしまうけど、何度も塗ってね」
そう言って、薬を彼女に預けました。
「奥様、、、」
後から来た執事長が心配そうに言いました。
「もう大丈夫よ。あぁ、お腹が空いた!お食事にしましょう!」
私の一言で、しんみりした空気が変わり、いつもの明るい食堂の雰囲気を取り戻しました。
**********
窓の外を執事長とリリーナが、馬で駆け抜けて行った。何事かと思い、食事の後に話しを聞くと、侍女が火傷をしたらしい。
「その薬は彼女が作ったのか?」
「左様で御座います」
「大丈夫なのか?」
「既に傷薬等も使用しておりますが、問題はありません」
「、、、そうか、、、凄いな」
「昨年、主治医が亡くなってから、新しい主治医が見つかりませんから、彼女の薬は役に立ちます」
「そうだな」
「使用人達も信頼しております」
「そうか」
「離縁まで後、半年で御座います」
「、、、」
「どうか、良き判断を」
執事長が深々とお辞儀をして部屋を出て行った。
**********
毎日雪が降っています。私達は、積雪で移動出来なくなる前に、本館に移りました。
「ねぇ、マリア」
「はい」
「退屈ね、、、」
「はい」
「何かしたいわ」
「、、、」
「台所を借りてお菓子でも作ろうかしら」
「宜しいかと」
「ふふ、では、台所をお借りしましょう!」
マリアがにっこり笑う。
廊下を歩きながら
「何を作ろうかしら、ハーブを使ったクッキー、スコーン、ケーキ、、、皆んなで食べるなら沢山作れるクッキーが良いわよね」
「クッキー、好きです」
「じゃあ、クッキーにしましょう!」
**********
廊下を侍女と話しながら歩くリリーナを見掛けた。朗らかで楽しそうで、笑顔が可愛いかった。
執事長の話しでは、使用人にも慕われていると言う。納得だ。
貴婦人としては威厳に欠けるが、人としては魅力的だった。
クッキーまで作れるのか、、、。貴族の令嬢とは掛け離れているな、、、。
私は口元が緩んでいる自分に気が付いた。
*****
雪が溶け、暖かい日が続く。小鳥の声を聞き、白かった世界に色が入り、新緑が映える季節になった。
「マリア、ポプリを作りましょうよ」
「ポプリ?」
「透明の瓶に花弁を入れて香りを楽しむの。もうすぐ、沢山の花が咲くわ」
マリアがにこにこと笑います。
花の季節が来たら、マリアと花を摘みましょう。摘んだ花の花弁を乾燥させて、好きな香りを付けて熟成させるの。ポプリが完成する頃には、閣下と結婚して一年が経ちます。
私は離縁されて、マリアとお別れしないといけません。
マリアにプレゼント出来る様に、焦らず丁寧に作りましょう。
**********
「え?王都ですか?」
イヤです。行きたく有りません。どうして今更、閣下と王都に行かなければ、ならないのですか?
「王命だそうです。今までのらりくらりとかわしていたのが、バレたのでしょう」
執事長が説明します。
「でも、後一月で離縁ですよね?今、国王陛下にご挨拶したら、不味く無いですか?」
「不味いです」
えええ〜、、、分かってるのに?何で?
「旦那様は、後二年延長をご希望です」
「後二年!」
「後二年、白い結婚であれば離縁と」
は?白い結婚は当然ですから、もう離縁すれば良く無いですか?
だって、この一年、まともに顔も見た事無いんですよ?
*****
マリアが私にお茶を淹れてくれる。
「ね、どう思う?私は今更国王陛下にご挨拶なんて、行きたく無いの」
「どうしてですか?」
「だって、遠いし、面倒臭いし、それにどうせ離縁するのよ?、、、ドレスだって無いわ」
「ドレスが有ったら、、、行きますか?」
「そうね、新しいドレスがあったら行っても良いわ」
どうせ無理よ。1ヶ月で作れる訳が無いし、移動の時間だってあるのよ?王都まで二週間は掛かるわ。
「私、、、頼みます、、、」
「え?!マリア?」
マリアはペコリと思いっきりお辞儀をすると、部屋を出て行きました。
誰に、何を頼むのかしら?閣下に、私のドレスを?マリアが?、、、それは、無理だと思うわ。
**********
王命で、リリーナを王都に連れて行かなければならないのは、本当の事だった。
しかし、私自身、リリーナを離したく無かった。彼女は、使用人とも上手くやれているし、薬草の事に詳しく、薬も作れる。
毎月の様にドレスや宝石を強請る訳でも無いし、茶会ばかりしている訳でも無い。
ん?ドレス?、、、この一年で、彼女にドレスを仕立てたか、、、?
ドアをノックする音がした。
「入れ」
「失礼します」
と言いながら入って来たのは、侍女長のディアナとマリアだった。
「マリアからお願いがあるそうです」
ディアナは、マリアの背中をそっと押した。彼女が凄く緊張しているのが分かる。
「お、、、奥様に、、、ドレスを、、、」
までは言えた。彼女の事情は知っている。だから私に話し掛けた事はまだ一度も無かった。リリーナの為に頑張っているんだ。
「そうだな、私も丁度考えていた所だ」
マリアの表情が一気に明るくなり、ディアナが微笑む。
「ディアナ、直ぐに採寸をする様に」
「畏まりました」
ディアナとマリアは深々とお辞儀をする。
今から採寸してどれ位で仕上がるのだろうか、王都までの道のりは二週間掛かる。
*****
マリアが来て
「私、頑張りました!」
と言って興奮している。ディアナが
「旦那様に、奥様のドレスを作って頂く様にお願いしたのですよ」
と微笑んだ。
「凄いじゃない!」
本当に凄い!マリアは閣下が一番苦手だったから。
「マリアが頑張ったなら、私も頑張らないと」
「それでは、早速採寸を始めましょう」
私達は立ち上がり、マリアとディアナが私の身体を細かく採寸した。
**********
ディアナが彼女の採寸した一覧を持って来た。さて、どうする?後一ヶ月、移動を入れたら二週間しか無い。
「旦那様、王都で作らせては如何ですか?万が一の為に、奥様が今お持ちのドレスも持って行かれた方が良いですけど」
「、、、そうだな、此処で作るよりは、ギリギリまで時間が掛けられるか、、、」
「デザインはお任せする事になりますが、色や生地の風合い、後、奥様の雰囲気をお伝えして、ご希望の条件加えて頂けば宜しいかと」
「条件?」
「例えば、可愛らしいドレスとか、大人っぽいドレス、露出を控えて欲しい等です」
「成程、、、」
「では、私は奥様のお持ちのドレスを確認して参ります」
「頼んだ」
何とか彼女のドレスが間に合うと良いのだが、、、。
*****
私は、ドレスの事が分からない為、最終チェックをディアナに頼もうと彼女を探した。多分リリーナの所にいるのだろう。
別館まで歩いて行く。
思った以上に距離が有った。彼女は毎日この道を歩いているんだろうか。食事は本館で取っている筈だ。一日三回も?
一年前の自分を殴ってやりたい、、、。
別館に着くとドアが開いている。窓も全開だった。敷地内とは言え、不用心だな、、、。
私は館内に入り、ディアナを呼んだ。
二階から返事が聞こえ、カツカツと足音が聞こえる。私は階段を上り、ディアナに
「確認して欲しい」
と書類を渡した。二人でリリーナの部屋に向かう。
扉が全開になっている部屋があった。あの部屋だろう。特に気にする事無く部屋に入る。
!!!
夜会用のいつもと違うドレスを着たリリーナがいた。しかし、背中が全開で、白い素肌が見える。
彼女は悲鳴を上げる事も出来ず、胸元を押さえてしゃがみ込んだ。
丸めた背中が、更に艶めかしく、目が離せなかった。
「旦那様っ!」
マリアがリリーナを隠し、ディアナが私の前に立つ。
「失礼、、、声を掛ければ良かった」
チラリと彼女を見ると、耳と頸が朱に染まる。
「旦那様、お隣りのお部屋でお待ち下さい」
「そうだな、、、。その方が良い」
私は部屋を出た。此方まで顔が熱い、、、。
**********
「真逆、閣下がこちらにいらっしゃるなんて、、、びっくりしたわ」
顔を真っ赤に染めて恥じらう奥様が可愛らしかった。
ディアナさんが奥様の背中のリボンを結んでいます。
「ドレスが大分緩くなってますね」
「んー、、、やっぱり毎日、本館を往復していたからかしら」
「王都にお持ちするにしても、少し手直しが必要です」
「旦那様に、、、お見せしなくて、宜しいですか?」
「あー、、、」
ディアナさんがチラリと奥様を見ると
「呼んで頂戴」
奥様がため息を吐きながら言いました。
ディアナさんが旦那様をお呼びすると、旦那様はリリーナ様のドレス姿を見て
「良いね」
と言いました。
「何処が宜しいのですか?」
ディアナさんが聞いた、
「何処が?、、、全部」
「旦那様は、もう少し女性を褒める事を学んだ方が宜しいかと思います」
私は、奥様と目を合わせ、こっそり笑いました。
奥様はご実家から三着のドレスを持って来ていました。
旦那様はその中から、一番露出の少ない物を選んだのです。
**********
いよいよ王都に出発です。二週間、閣下と二人きりの馬車の旅、、、。イヤでイヤで仕方がありません。
大体、私は男の人と二人きりになった事が無いのです。どんな顔をして居れば良いのやら、、、
しかも、あんな事が有ったから、尚更意識してしまいます。
王都に着くまでは、外の景色を眺めるか、寝て過ごすしかありません。
、、、何ですか?閣下。今日はヤケに話し掛けますね?馬車の中が退屈だからですか?
私は外を眺めていたいのに、貴方が話し掛けるから、集中力が無くなって少しイライラしています。
私からも質問させて頂きましょう。
「閣下は何故、ハイアット=リリアーナ伯爵令嬢と結婚したかったのですか?」
一瞬動きが止まりました。様あ見ろです。
「一度だけ彼女を見掛けた、、、」
あら、お話しして下さるのね。
「王室主催のパーティで、彼女はとても美しかった。純粋で天真爛漫で、、、笑顔が素敵だった。男性は皆、彼女に夢中で、我先にダンスをお願いしていたよ」
「閣下もダンスを踊ったのですか?」
「残念ながら」
、、、本当に残念ですね、、、。
「え?そのたった一度の出会いで求婚したのですか?」
「国王陛下に急かされていたからな」
「王都でリリアーナ嬢に会ったら、どうなさるお積りですか?」
「どうもしないよ。私は君と結婚しているし、彼女は私を知らないだろう」
「、、、」
閣下は窓の外を見ながら、考え事を始めました。
**********
一年前、確かに私はハイアット=リリアーナ嬢が好きだった。話した事も無いのに、彼女の可愛らしさに魅了されてしまった。
しかし、最近はリリーナの事ばかり考えている。嫁ぎ先の使用人に、あれ程好かれる事は珍しいだろう。
夢中になれる物も持っている。薬草に詳しく、薬を作る事が出来るし、火傷をした侍女に接する態度も素晴らしかったと聞いた。
そして、私に対する意地悪が、何とも人間らしい、、、。
着替え中の、あの慌て振りも可愛いかった。
私は、彼女に好意を持っている様だ、、、。
だから、王命を理由に結婚期間を延したのだろうか、、、。このまま離縁したく無いと思った事は本当だった。
*****
もうすぐ王都に着くと言う頃、御者が叫び声を上げた。
「旦那様!事故の様です!馬車が倒れています!」
私達は、近くに馬車を止め、怪我人がいないか確認した。
御者らしき男が投げ出されて倒れている。どうやら骨折をしている様だった。リリーナは、馬車から薬箱を持って来てくれた、
私は騎士の一人を呼び、手伝わせる。早く骨のズレを治して固定しなければ、彼の足は大変な事になる。
「彼を押さえてくれっ!」
騎士が上半身を押さえた。かなり痛いが頑張ってくれ!私は、彼の足を引っ張り出来る限りズレを治した。
リリーナは治療中、恐ろしくて耳を塞ぎ、下を向いていた。私は添木になる物を探しながら、彼女に馬車に戻る様に伝える
恐ろしくて、涙が出たのだろう。カタカタと震えていた。
「すぐ戻るから、、、」
そう言って、肩に触れた。彼女は真っ青な顔をして、意識を失った。
騎士に後の処置を任せて、彼女を馬車に運ぶ。
最初から馬車に残せば良かった。あんな処置方法を女性が見るべきでは無かった。
「済まない、、、」
彼女に聞こえる筈も無く、私は謝った。
彼女は長旅の疲れもあったのか、なかなか目を覚まさない。私は、リリーナが馬車の椅子から落ちない様に支えていた。
彼女の身体は男とは違い、ふわふわと頼りなく心地良かった。
漸く目を覚ました彼女は、私がすぐ側にいる事に驚いて、顔を赤くする。
「も、申し訳ありません」
と言いながら、髪を耳に掛ける仕草が可愛らしい。
折角親密になったのに、彼女は少し離れて座った。
「あの、、、怪我をされた方は?」
「荷馬車の方にいる」
「大丈夫だったのですか?」
「出来る限りの処置をした。骨が動かない様に、添木もしてある。今は、腫れと熱との闘いだな」
「熱覚ましのお薬ならあります」
「そうか、頼りになる。もうすぐ王都の屋敷に着くから、様子を見てみよう」
*********
怪我をした御者は、翌日閣下の手配した馬車で帰って行きました。暫くは、安静にしないといけないそうです。
翌日は、私のドレスを受け取りに行くとの事。どんなデザインになったか、ちょっと楽しみです。
「リリーナ、準備はどうだ?」
閣下が部屋に迎えに来てくれました。
私達は馬車に乗り、お店に向かいます。
「お待ちしておりました。昨晩漸く完成致しました」
ドレスは応接室に飾られています。白を基調にしたドレス。喉元も隠れる、清楚な感じ。肩口がフワッと膨らみ、二の腕から袖口までがタイトに仕上がっている。ウエストから腰回りに生地が重ねて有ってボリュームがあり、スカートは白から薄い桃色に変わり、裾に行く程濃くなって行きます。素敵、、、。
「奥様、試着を致しましょう。微調整が必要な所が無いか、確認致します」
王都のお針子さん達の仕事は、早くて丁寧で、正確でした。私の身体にぴったり作って頂いて、とても嬉しいです。
*****
「閣下、素敵なドレス、有難う御座います」
嬉しくて、素直にお礼の言葉が出ました。
「喜んで貰えて何より。今まで、一着も作らず申し訳無かった。寸法一覧は保管する様に頼んだから、いつでも作れる。所で、その「閣下」と言うのは辞めないか?国王陛下が聞いたら怒られる」
「え、では何とお呼びすれば?」
「旦那様とか、あなたとか」
「う、、、。ちょっと無理かも、、、」
「ええ、、、」
取り敢えず閣下呼びは控えますが、呼び掛ける時は「あの」と言う事にします。
*****
王室のパーティでは、新しく結婚した貴族の紹介があります。離縁となる時はありません。まあ、そうですよね、これからバラバラに生きて行く二人が、一緒にパーティに参加するなんて、無理な話です。
今日も、数組の紹介があるそうです。一番最初に名前を呼ばれたのは、子爵家令息とリリアーナ夫人でした。リリアーナ?
私と閣下は、つい無言で目を合わせます。少し距離のある場所から、お二人は国王陛下と王妃殿下のお側に挨拶に伺います。
、、、リリアーナ様、お腹が大きいのでは?
私達は、王都に居なかったから知りませんでしたが、如何やら貴族間では有名なお話しの様です。
結婚されたのは、つい一月程前と後ろで何方かがお話しをしていました。、、。
閣下はリリアーナ夫人を目で追っています。
*****
最後は閣下の番です。私は緊張でカチコチです。閣下は私に腕を差し出して言いました
「君は、にっこり笑って、城に帰ってからの事でも考えていると良いよ」
そう言われて、マリアの事を考えました。今頃何をしているかしら、早く会いたいわ。
急に王都に来る事になってしまったから、帰ったら二人でポプリを作りましょう。
あら、閣下が隣でお辞儀をする様です。私もカーテシーをしなくては、、、。
*****
私達は、国王陛下への挨拶を終えました。
カーテシーをして、陛下から離れると閣下が
「リリーナ、君、本当に城に帰ってからの事を考えていただろう、、、」
と、呆れた様に言います。
「はい!帰ったらマリアとポプリを作ろうと思っていたので!」
「君は何と言うか、素直と言うか、、、」
「閣下がそうしろと仰ったんですよ?」
「そうだな」
と笑う。今なら聞いても良いかしら
「あの、一番最初に挨拶に行った方が、ハイアット=リリアーナ伯爵令嬢ですか?」
「そうだ」
「、、、綺麗な方でした、、、」
「、、、」
「彼女、お腹に赤ちゃんがいましたね、、、」
「びっくりしたよ、、、意外と奔放な女性だったんだな。人は見かけによらぬもの、、、か、、、」
「、、、」
少し淋しそうに聞こえました。
「君はダンスを踊れるのか?」
私は閣下を見つめます。
「私が踊れる様に見えます?」
軽くドレスのスカートを広げて見せます。
「、、、見えないな、、、」
「でしょ?何度練習してもダメでした」
笑って誤魔化しました。
「おいで」
と手を差し伸べる閣下。つい、その手を取ってしまいました。
「音楽をよく聞いて、足を動かす、、、」
優しく腰に手を回します。曲が緩やかで穏やかな曲に変わります。
「ああ、この曲なら、、、」
と言うと閣下は私を抱き寄せ
「私の肩に手を置いて、音楽に合わせて揺れるだけで良い」
ドキドキします、、、緊張して何処を見たら良いか分かりません。でも、暫く揺れていると落ち着いて来ました。
何と無く、閣下に出会った日を思い出します。
とんでもない出会いだったわ、、、。
クスリと笑うと、彼は私をギュッと抱き締めました。
「離縁するのは待って欲しい、、、」
ふふ、、、後二年ですね。分かっています、、、。陛下にご挨拶した手前、すぐに離縁という訳には行きませんもの。
「はい、、、」
と小さく返事をすると、閣下は私の髪にキスをしました。
キス、、、?
???
え?何で、今、キス?
「有難う、、、大切にするよ」
???
如何言う事ですか?
???
次の演奏が始まりました。ホールの雰囲気がガラリと変わります。閣下は私を、静かなバルコニーに誘いました。
*****
「カクテルを飲んだ事は?」
「カクテル?」
「甘い酒、かな」
「飲んでみたいです」
閣下はシャンパンを、私には可愛らしい色のお酒を取ってくれました。
「少し話そう」
バルコニーに出ると、ホールとは切り離された様に感じます。室内の明かりが逆光になりました。落ち着いた空間、、、。遠くで音楽が聞こえます。
閣下はシャンパンを口にして
「一年前は済まなかった」
と謝りました。
私はカクテルをほんの少し口に含みます。
美味しい、、、。
「ずっと君と顔を合わす事もしなかった」
もう一口、口に含みます。
アルコールが香りと共に、フワッと口の中に広がります。
「君は魅力的な人なのに、、、気が付くのに一年も掛かってしまった、、、今更だが、君を好ましく思っている。私にチャンスをくれないか、、、初めからやり直したい」
この世に、こんなに可愛くて、美味しい飲み物があったなんて知りませんでした。
「リリーナ、、?」
「はい」
「酔ってる?」
「 ? 」
*****
歩いている時もふわふわします。閣下にエスコートされ、会場を後にしました。
馬車を待ちながら
「君が、私の話しを忘れない事を願うよ」
と言われて
「忘れませんよ。やり直すんですよね?私達」
ふわふわフラフラしながら答えると
「頼むよ、本当に」
と抱き締められたのです。
気持ち良い、、、。
*****
目が覚めると朝でした。いつの間に帰って来たのでしょう、、、。
そして、広いベッドの半分を使って寝ていた私。もう半分に、明らかに誰かが寝ていた形跡があります、、、。枕が窪み、シーツに皺が寄っているのです。
カチャリと扉が開きました。
「お早う、朝食は?」
ぐぅ、、、とお腹が鳴りました。
隣で寝ていたのは彼でしょう。私は少し恥ずかしくなりました。
ベッドの上でお食事なんてお行儀が悪いと思いつつ、フォークでフルーツを頂きます。
「今後の事だけど、、、別館の荷物を本館に移すよ。彼方に戻る頃には済んでると思う。部屋は、私の続きの間で良いね?朝と晩は、一緒に食事をしたい。時間が合えば昼食も、、、。結婚式を挙げていないな、、、」
「あの、閣下、、、」
彼が私を見つめて言う。
「どうか、、、」
「、、、旦那様」
ホッとした顔をした。
「私達、上手く行くと思いますか?」
「、、、私は努力をしたい」
努力、、、。そうね、一年前、旦那様と結婚する時、私もそう思いました。
顔も知らない旦那様と結婚するのだから、穏やかな家庭を築けたらと思いました。
私も、一年前からやり直すつもりで頑張ってみようかしら、、、。
「どうぞ宜しくお願いします」
*****
それから私達は、折角王都に来たからと一週間程滞在して、二人でゆっくり過ごしました。
旦那様が意外にも甘い物がお好きで、王都でも有名なお店に連れて行ってくれたり、結婚指輪を買って頂きました。金額は言えません。流石辺境伯様、と言う金額です。
王都を離れ、二週間掛けて帰りました。お城が見えると、何だか嬉しくて堪りません。
早くマリアに会いたいわ。
*****
「旦那様とやり直す?」
「そうなの、だからこれからもマリアと一緒に過ごせるわ」
マリアは喜んでくれました。
「本当ですか?」
「本当よ。旦那様と上手く行く様に努力するわ」
マリアが笑いながら、ポロリと涙を溢しました。
*****
早朝、旦那様の練習を久しぶりに見に行きます。
旦那様は私の存在に気付きません。
「お早う御座います!」
と声を掛けると、驚いた顔をした後
「お早う」
と微笑んでくれました。朝日が当たり、汗ばみながら笑う、格好良い旦那様、、、。
私を選んでくれて有難う。
最後まで読んで頂いて有難う御座います。




