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第98章:未曾有の大減税と八倍の狂瀾

第98章:未曾有の大減税と八倍の狂瀾


雪解けの清流がライネス川を勢いよく下り、大地に春の緑が芽吹く頃、ゲスハルト帝国全土は、歴史上かつて存在したことのない空前の大好況の坩堝の中にあった。


帝都グランツと学園都市ルーセンをわずか四時間で結ぶ『帝国中央第一高速道路』の全線開通。それは、単なる一地方の成功譚にとどまらなかった。

新株発行と株式分割によって数万枚、数十万枚の金貨が市場を駆け巡り、帝都の国庫の累積赤字が一掃されたことで、帝国全土を縦横無尽に貫く「第二期・第三期高速道路網」の建設工事が一斉に火蓋を切って落とされたのである。


東へ――帝都グランツからガース卿の故郷クロル村を経由し、ゆくゆくは国境を越えて交易大国ブルネジ、聖光国ルミナス方面へと続く東部幹線。

南西へ――ルーセンから製鉄の心臓部たるドワーフの都ガロニアを結ぶ重工業動脈。

西へ――ルーセンから石炭の山岳都市ガイゼンを抜け、国境を越えてエルフの聖地たるルートリード皇国南部エレノアへと至る西樹幹線。

そして北西へ――ガイゼンから険しい渓谷を切り拓き、帝国屈指の良港を擁する海岸の港湾都市マルセーへと抜け、海洋交易路を直結する臨海高速道路。


四方八方に延びる長大なルートにおいて、カロンが設計した魔導大型油圧ショベル、重軌道式ブルドーザー、三十トン積載大型電動ダンプカーが地鳴りのような唸りを上げて大地を均し、大地の至高神トーラが山肌を穿って自立岩盤トンネルを次々と開通させていた。


しかし――ここにきて、あまりにも急激すぎる経済膨張の歪みが、現場に暗い影を落とし始めていた。


「人が……現場の労働者の頭数が、まるで足りんのじゃ!!」


ルーセン工科大学、二階の学長室。

ガロニア鍛冶ギルドのバログ大親方、そしてカロンの実父ガイルが、作業着に土埃をまとわせたまま飛び込んできた。


「カロン! 景気が良すぎて、ルーセンでも帝都でも民間のアパートやビルの建設ラッシュが止まらん!

日雇いの土木作業員に帝国の標準賃金の三倍、四倍の金を積んでも、他所の現場に掻っ攫われちまう!

このままじゃ、クロル村への延伸も、マルセー港へのルートも、予定の工期から半年以上遅れるぞ!!」


二人の切実な訴えに、執務机で製図板に向かっていたカロンは、静かにペンを置いて深く息を吐いた。


「ええ、大親方、父さん。各工区から上がってくる日報の遅延グラフを見て、私も頭を抱えていたところです。機械化を進めたとはいえ、最後のコンクリートの型枠組みや鉄筋の結束、道路の路肩整備には、どうしても人間の職人の手が必要ですからね」


ルーセンの人口は激増していたが、それを遥かに超える勢いで仕事と資金が溢れかえっていた。

労働者の賃金は天井知らずに跳ね上がり、街中の食堂や商店でも人手不足で悲鳴が上がっている。


(このままでは、ただの局所的なインフレで経済が窒息してしまう。……今、この国に必要なのは、小手先の求人募集ではない。

国外――ルートリード皇国、ブルネジ、ルミナス、さらには大陸中の周辺諸国から、何十万人という規模で労働者と移住者を一気に惹きつける、国家規模の『巨大な磁石』だ)


カロンの頭脳の中で、前世の近代経済学の知識が火花を散らした。

その磁石となり得る、最大のボトルネック。

それは――『税金』であった。


ゲスハルト帝国の現行の税制は、中世封建国家としては標準的であったが、近代資本主義の観点から見れば、極めて重く、経済活動の足を引っ張るものであった。


民衆や商人が稼いだ所得に対し、帝国政府が徴収する『国税二十パーセント』。

そして、領地や都市の自治体が徴収する『地方税十パーセント』。

合計して『三十パーセント』。


稼いだ金の実質三分の一が、税金として吸い上げられていく仕組みである。

かつては赤字垂れ流しの国家を維持するために不可欠な税率であった。

しかし――今のゲスハルト帝国はどうだ?


(国王陛下は、高速道路や銀行局、ギルド株の売却益で借金を全額完済し、毎年莫大な配当金が国庫に自動的に転がり込んでいる。

ルーセン領主たるハインリヒ大公も、領地金庫から金が溢れかえって困っている。

……もはや、国家も領地も、平民から三十パーセントもの重税を毟り取る理由など、どこにも存在しないのだ!)


カロンは不敵な笑みを浮かべ、即座に「国家税制改革および経済循環構想書」を書き上げた。

大公が帝都へ定期報告に赴く機会は、わずか三日後に迫っていた。


三日後。帝都グランツ王城、玉座の間。

深紅のマントを羽織った国王セルセデス3世、そして帝国宰相たるハインリヒ大公が、親しげに最近の財政状況を語り合っていた。

そこへ、同行していたカロンが進み出た。


「陛下、大公閣下。帝国全土の高速道路工事、並びに都市開発の進捗をさらに加速させるため、私から国家の根幹に関わる重大なご提案がございます」


セルセデス3世が身を乗り出す。

「おお、カロン学長か! そなたの提案なら何でも聞くぞ! して、何の話じゃ?」


カロンは姿勢を正し、澄み切った声で言い放った。


「――帝国の税率を、大幅に引き下げたいのです。

具体的には、現行の『国税二十パーセント・地方税十パーセント(合計三十パーセント)』を――

『国税八パーセント・地方税二パーセント(合計十パーセント)』へと、一挙に三分の一に大減税いたします」


「………………………………」


玉座の間の空気が、ピシリと凍りついた。


ハインリヒ大公は、手元の金庫が金貨で溢れ返って困っていたため、「うむ! 余の領地は金が唸るほどあるから地方税二パーセントなど喜んで賛成じゃ!」と即座に頷いた。

しかし――セルセデス3世は、目を丸くし、顎髭を撫でながら苦虫を噛み潰したような顔になった。


「カ、カロン学長よ……。いくら何でも、国税を二十パーセントから八パーセントへ下げるというのは……暴論ではないか?

税収が六割以上も消し飛ぶではないか。いくら借金が消えて株の配当があるとはいえ、国家を運営する基礎収入をそこまで削って、一体どうやって軍や役人を養うというのだ?」


困惑する国王に対し、カロンは待ってましたとばかりに、手帳を開いてチョークのように指先で宙に図を描き出した。


「いいえ、陛下。それは旧来の、停滞した経済の考え方です。

真実は全く逆なのです!

今、帝国全土で何が起きているか? 猛烈な建設ラッシュによる『深刻な労働力不足』です。

そこで――世界で最も低い『合計税率十パーセント』を天下に布告するのです!

『ゲスハルト帝国で働けば、税金はたったの一割! 稼いだ金の九割が丸々自分の手元に残る!』と」


カロンの言葉に、セルセデス3世の眉がピクリと跳ねた。


「どうなりますか? 周辺のブルネジ、ルミナス、ルートリード皇国、さらには大陸中の貧しい農村や都市から、腕一本で稼ぎたい屈強な労働者、職人、商人が、津波のようにこの帝国へと雪崩れ込んできます!

人口が爆発的に増えれば、不足していた高速道路の工事現場は一瞬で埋まり、工期は大幅に前倒しされます」


カロンはさらに熱弁を振るった。


「そして、人が増えれば、彼らはご飯を食べ、服を買い、家を借り、酒を飲みます。

税金が安くなった分、全市民の財布の紐は極限まで緩み、消費が天文学的な規模へと拡大します!

物が飛ぶように売れれば、ゲオル商会も、食品会社も、建材メーカーも過去最大の利益を叩き出します。

企業が儲かればどうなるか? 株主への『配当金』が何倍にも跳ね上がるのです!」


「な……配当金が跳ね上がる……?!」

セルセデス3世の瞳の奥に、怪しい光が灯り始めた。


「そうです、陛下!

市民はお金が余るから、銀行局に預金し、余った金でさらに株を買います。

需要が殺到し、株価はさらに高みへと駆け上がります。

そして――筆頭株主として大量の株式を保有されている国王陛下の手元には、税金などというケチくさい収入を遥かに凌駕する、巨額の『配当収入』と『株式含み益』が雪崩を打って転がり込んでくるのです!!」


『株価が上がる』『配当が増える』。

その二つの魔力に満ちた単語が耳に飛び込んできた瞬間――


ガバッ!!


セルセデス3世は玉座から飛び起き、マントを翻して絶叫した。


「採用じゃァァァァァッッ!!!!」


国王の目が、先日の投資成功の味を思い出し、ギラギラと狂気の輝きを放っていた。


「素晴らしい! 完璧なる論理じゃ!! 平民どもから税金を毟り取るなど時代遅れよ!

おい財務官! 直ちに国税八パーセント、地方税二パーセントの減税勅令を起草せよ!

……いや、待て!!」


セルセデス3世は自らの頭を鷲掴みにし、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。


「その勅令を世に公布する前に……だ。

財務官! 今すぐ、国庫にある余剰資金の金貨、使える現金をありったけ全部かき集めろ!!

減税を発表する前に、その金で『ルーセン銀行局』『冒険者ギルド』『帝国高速道路』『ゲオル商会』の株を、市場から買えるだけ全額買い増すのじゃァァッ!!」


「へ、陛下ァッ?!」

文官たちが悲鳴を上げる中、最強のインサイダー……ならぬ、国家元首直々の全力買い増し特攻が決定した瞬間であった。


国王による極秘の全力買い増しから、一週間後。

帝国の全土に向けて、歴史的な詔勅が発布された。


『――帝国大減税令! 国税八%、地方税二%! 帝国内におけるあらゆる所得税・取引税を一挙に三分の一へ引き下げ、全土の自由なる労働と商業を永久に祝福せり!!』


その布告がルーセン証券取引所の掲示板に張り出された瞬間――

立会場(トレーディング・フロア)は、前代未聞の、もはや天変地異と呼ぶにふさわしい狂乱の爆心地と化した。


「うおおおおおおおおっ!! 減税だァッ!!」

「税金が一割?! 嘘だろ、手取りが激増するぞ!!」

「買え! 企業の利益が全部跳ね上がるぞ! 全銘柄、成り行き買いだァッ!!」


何百人もの場立ちたちが狂ったように腕を振り乱し、フロアには約定伝票の紙吹雪が猛吹雪のように舞い散った。

カロンの開発した機械式回転計算機が火花を散らす勢いで回転し、黒板係のドワーフたちがチョークを何本もへし折りながら数字を書き換えていく。


国外からの投資資金も雪崩を打って流入した。

一日で二倍、三日で四倍、そして一週間後――。


中核銘柄をはじめとする市場全体の平均株価は、減税前の価格から、実に「八倍」という、空前絶後の垂直上昇を叩き出したのである。


それは、事前に株を保有していた者たち全員を、天文学的な富の濁流へと叩き落とすことを意味していた。


その夜――帝国とルーセンの至る所で、大人たちの理性が完全に消し飛んだ。


【帝都王城・玉座の間:踊る国王】

「ガハハハハハハッ!! 見たかイザベラ! 見たか我が臣民どもよォォッ!!」


玉座の上で、王冠を斜めに被り、豪快にブランデーのボトルをラッパ飲みしながら踊り狂っていたのは、国王セルセデス3世であった。

机の上には、八倍に膨れ上がった王室保有株式の評価額が記された帳簿が広げられている。


「八倍じゃ! 余が全額突っ込んだ金貨が、たった一週間で八倍になったのじゃァッ!!

もう税金など要らん! 税金など平民にくれてやるわ! 配当だけで国が運営できるどころか、世界中の黄金がこの王城に集まってくるわい!!

おい、帝都の城壁を全部大理石に張り替えろ! イザベラ、お前にはダイアモンドのドレスを仕立ててやるぞォォッ!!」


隣でイザベラ王妃が「まあ……まあまああなた……っ! おほほほほっ! 帝都中の宝石店を買い占めさせますわ!」と、かつての修羅場の怒りなど微塵も残さず、夫と共に歓喜のステップを踏んでいた。


【領主邸:失神と覚醒の狭間】

高台にそびえるハインリヒ大公邸。

サロンの床の上で、ハインリヒ大公は手元の通帳を見つめたまま、白目を剥いて完全に硬直していた。


「……は、八倍……? 国債を減らして安心した矢先に……また……国家予算の何十倍もの金が……口座に湧き出ておる……。

ヒュドール様……余の胃袋は……痛まぬはずなのに……魂が……魂が肉体から抜け出そうとしておりまする……」


隣では、エレノア夫人が「あなたァッ! クロイツァー侯爵邸どころか、帝都の貴族街そのものを丸ごと買い取れますわよォッ!!」と銀のシャンパングラスを掲げて踊り、二人の子供たちが「お父様のお金で遊園地を造ってー!」と歓声をあげていた。


【冒険者ギルド総本部:荒れ狂う最高総裁】

「ガハハハハッ! 誰がオッサンだコラァッ!!」

ギルドマスター執務室で、ギルバートは純金のグラスを床に叩きつけて叫んでいた。

新妻のフィスカが「ギル、落ち着いて!」と胸元にしがみつくが、グランドマスターの興奮は止まらない。


「八倍だぞフィスカ! お前を養うどころか、お前のために帝都に純白の城を建ててやれるぜ!

おい、全国五十支部の全冒険者に、金貨百枚ずつの特別ボーナスを支給しろォッ! ギルドの食堂は向こう一年間、全メニュー完全無料じゃァァッ!!」


壁際で、赤髪の神イグニが「おいおい、ギルバートの奴、また壊れやがったぞ」と呆れつつも、高級ワインを樽ごと抱えて豪快に喉を鳴らしていた。


【ゲオル商会・メガタワー建設地:女傑の咆哮】

起工式を終えたばかりの建設現場。仮設のプレハブオフィスで、マリアベルは計算尺を机に叩きつけ、美貌を狂気の色に染めていた。


「三十階建て……? ぬるいわ!!

設計変更よ、カロンに伝えなさい! 五十階建てに変更ですわ!!

帝都の全商会、ブルネジの貿易ギルド、ルミナスの銀行、すべて我がゲオル商会の軍門に下りなさい!

大陸の全ての道を、私のトラックで埋め尽くして見せますわァッ!!」

札束の山を前に、女傑の野心は成層圏へと突き抜けていた。


狂乱の波は、親方衆や学者、身内たち全員を巻き込み、さらには「新たな株主たち」をも容赦なく呑み込んでいた。


【新工房区の醸造所:ドワーフ一家の泥酔劇】

「「「カロン万歳! 株万歳じゃァァッ!!」」」

新設された『ルーセン・ガロニア合同醸造所』の仕込み部屋で、父ガイルとバログ大親方が、出来立ての白ビールの樽を抱えて踊り狂っていた。

そこへ、ガロニアから呼び寄せられたばかりのカロンの実母、フラウが割烹着姿で飛び込んできた。


「ちょっと、あんたたち! 昼間から何やってるのよ! ……え? 株が八倍?

ちょっとガイル、この通帳の数字、何なのこれ?! ガロニアの家が百軒建つじゃないのよォッ!!」

「ガハハ! フラウ、驚くな! これが息子の創った新時代の力よ! 好きなだけドレスでも宝石でも買えェッ!」

フラウも割烹着を放り出し、ジョッキを掴んで夫と親方と共に泥酔ダンスの輪へと加わっていった。


【大学タワー四階:狂気のバイオ研究室】

「うおおおおおおおおっ!! 理科系ノーベル賞……いや、帝国立体バイオドームの建設だァッ!!」

マルクス学部長は白衣を脱ぎ捨て、顕微鏡に向かって叫んでいた。

「八倍だぞ学生諸君! 全員に特任准教授のポストを用意する! 試薬はドラム缶で買え! シャーレは使い捨てにしろ! 金なら宇宙の星の数ほどあるんだァッ!!」

隣のソファで、ボルト副学長は純銀のインゴットを枕にして眠りこけ、「ヒヒ……ミスリルが百トン買えるわい……」と涎を垂らしていた。


【大公邸執事室&東門警備本部】

老執事セバスチャンは、新調した執事服のまま執事室の絨毯の上で気を失い、

「神よ……私めは天国へ昇天いたしました……」と呟きながらピクピクと痙攣していた。


東門警備本部のガース卿は、

「親父……クロル村に、本物の王宮の離宮を建ててやるからな……」と、純金のペンで便箋十枚におよぶ手紙を泣きながら書き殴っていた。


【リアリスの一軒家:母娘の昇天】

高さ五メートルの巨大防護壁の内側。

エルフの郷から呼び寄せられたばかりのリアリスの実母、リリスが、通帳の数字を見て目を回していた。

「リアリス……これ、エルフの森の年間収穫高の百倍を超えているわよ……? 私たち、森を買い取ってしまうのかしら……?」

「お母様、これがルーセンの資本主義よ! さあ、シルフ様、金箔入りの特大アイスをおかわりなさって!」

「ふぇぇ……! アイスの山ですぅ……!」

シルフが歓声をあげる中、エルフの母娘は富の重圧に恍惚の笑みを浮かべていた。


【そして――教会と大食堂の奇跡】

そして、今回の減税劇の直前、カロンの勧めによって「少額の余剰資金」で初めて株を購入していた者たちにも、天変地異が起きていた。


中央区のルーセン教会。

慎ましやかな礼拝堂の祭壇の前で、初老のトーマス神父が、震える手で株券の控えを握りしめ、神棚へ向かって五体投地で倒れ伏していた。


「おお……至高の神々よ……!

貧しき者への施しにと、教会の修繕費の残りをほんの少し預けただけでございましたのに……。

八倍……八倍でございますか……!

これで、雨漏りする教会の屋根を総ミスリル葺きにし、孤児院の子供たち全員に毎日ステーキと温かいベッドを与えても、まだ金貨が余り散らかしております……!

カロン学長こそ、真の生ける聖人様でございます……ううっ、ハレルヤ……!!」


さらに、大通りの角にある「学生大食堂」。

いつも山盛りの定食を安価で提供してカロンたちを支えてきた、名物の女将さんと看板娘の二人。

厨房の奥で、エプロン姿の女将さんが通帳を抱きしめ、腰を抜かして座り込んでいた。


「ちょ、ちょっとアンタ……! 見てよこれ!!」

「お母ちゃん、これ……ゼロの数が多すぎて読めないよ?!

カロンちゃんが『少し買っておくといいよ』って言ってた株が……あたしたちの店の売り上げの、五十年分になってるよォッ!!」

「どうすんのさコレ?! 明日からのメガバーガー、全部タダで配っても一生遊んで暮らせるじゃないのさァッ!!」

母娘は抱き合い、フライパンを放り出して厨房で嬉し泣きに暮れていた。


減税令の布告から一ヶ月。

カロンの予測は、恐ろしいほどの精度で現実のものとなっていた。


「税金が一割の夢の帝国」という噂は、風の神シルフの恵みよりも早く大陸全土を駆け巡った。

近隣のブルネジ、ルミナス、ルートリード皇国、さらには遠方の小国群から、何十万人という屈強な労働者、石工、鉱夫、そして商人の大移動が始まったのである。


ルーセンの東門、そして帝都の西門には、連日連夜、移住を希望する馬車と旅人の大行列が地平線まで続いた。

停滞しかけていた第二期高速道路の全工区には数十万の新たな労働力が怒涛の如く補充され、工事の進捗率は当初の計画の三倍へと跳ね上がった。

新工房区の工場群は二十四時間フル稼働し、街のレストランや酒場は昼夜を問わず満席。

税金が安くなったことで、市民も移住者も惜しげもなく金を使い、消費の激流がさらなる企業の増益を生み出し、配当が膨らみ、株価を支えるという、空前絶後の「超好景気スパイラル」が完成したのである。


深夜。二十階建てのルーセン工科大学タワー、最上階のテラス。

冷涼な春の夜風が吹き抜ける中、カロンは手すりに寄りかかり、眼下に広がる光の海を見下ろしていた。


縦横無尽に走り抜ける路面電車のヘッドライト。

地平線の彼方まで真っ直ぐに伸び、煌々と魔導街灯が連なる白銀の高速道路。

そして、新工房区で立ち上がりつつある、マリアベルの五十階建てメガタワーの巨大な鉄骨の威容。


街が、国家が、膨大な熱量と知恵を宿して、生きた巨獣のように脈動している。


「……ふぅ」


カロンは手にしたブラックコーヒーを一口啜り、静かに息を吐いた。


(減税によって人を呼び、消費を煽り、株式市場を通じて富を循環させる。

前世の近代国家が何十年もかけて実験してきた経済工学の成果が、この異世界でこれほど鮮やかに花開くとはな)


もちろん、バブルの過熱には常に崩壊のリスクが付きまとう。

だが、今のゲスハルト帝国には、カロンの造り出す道路、セメント、鉄鋼、鉄道、そして電気という「圧倒的な実体経済のインフラ」が、足元をガチガチに支えている。虚業だけのバブルではないのだ。


そこへ――


バアアアアアンッ!!


テラスの重厚な鉄扉が、もはやお約束となった轟音とともに蹴破られた。


「カロン〜〜ッ!! 景気がいいなら、夜食に特大のプリンパフェを奢りなさいよーっ!!」


黄金の髪を夜風になびかせ、両手に大食堂のメガフライドチキンを抱えた駄女神メリスが、満面の笑みで突進してきた。


カロンは天を仰ぎ、乾いた笑いを漏らしながら、手元のカップを揺らした。


「……はいはい。プリンは一個だけですよ。明日も、帝国の全土へレールを敷く仕事が山積みなんですからね」


輝く摩天楼の光と、人々の歓喜の歌声に包まれながら――

学園都市ルーセンとゲスハルト帝国は、誰も見たことのない新たなる繁栄の頂へ向けて、さらなる疾走を続けていくのであった。

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