第26話「静かな分岐」
5月28日
朝の空気が少しだけ軽かった
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それなのに、教室は重かった
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矛盾しているのに、そう感じた
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白石はいつも通りいた
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でも“いつも通り”が、もう基準ではなくなっていた
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坂本はすでに来ていた
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黒田は窓際にいた
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岡崎は机に座っていた
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藤井は遅れて来た
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神谷はノートを開いていた
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一ノ瀬はいなかった
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誰もそれを話題にしなかった
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授業前
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白石の周りには人がいた
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でも、会話はほとんど成立していなかった
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言葉は出る
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でも、受け止められない
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そのまま落ちていく
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そんな感じだった
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坂本が言った
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「なあ」
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黒田がすぐ返す
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「それ、もう無理やって」
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坂本は少しだけ笑った
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「いや、ほんまに」
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「もう別れてきてへん?」
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岡崎が言った
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「何と何が?」
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坂本は答えなかった
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藤井が静かに言った
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「分岐は自然現象だ」
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神谷も続けた
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「意思じゃない」
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白石はその言葉を聞いていた
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でも、何も言わなかった
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授業中
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静けさは均一ではなかった
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場所ごとに温度が違うような静けさだった
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黒板の音は遠く
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ページの音は近く
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呼吸はバラバラだった
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坂本は机に寄りかかっていた
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黒田は外を見ていた
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岡崎は落書きをしていた
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藤井は問題を解いていた
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神谷はずっと書いていた
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白石も同じようにしていた
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でも、その“同じ”はもう意味を失いかけていた
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昼休み
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集まりはあった
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でも、そこに“中心”はなかった
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ただ人がいるだけだった
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坂本が言った
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「なあ」
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黒田がため息をついた
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「それもういいって」
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坂本は少し黙った
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「俺さ」
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「もう、どこにおるか分からん」
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岡崎が言った
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「場所の話してる?」
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坂本は首を振った
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藤井が静かに言った
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「位置は関係ない」
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神谷も続けた
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「関係性の問題だろ」
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白石は聞いていた
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でも、何も言わなかった
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その沈黙が少しだけ長く感じられた
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昼休みが終わる頃
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誰も笑わなかった
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放課後
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白石は少し遅れて教室を出た
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廊下は静かだった
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でも、その静けさにはもう安心感がなかった
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坂本が後ろから言った
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「なあ」
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白石は振り向いた
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「うん」
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坂本は少しだけ疲れた顔をしていた
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「もう、バラバラやな」
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白石は少しだけ考えた
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「バラバラって、終わりですか?」
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坂本は答えなかった
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ただ少し笑っただけだった
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それ以上は何も言わなかった
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帰り道
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空は少しだけ暗かった
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風はなかった
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会話は少なかった
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でも、沈黙はもう“空白”ではなかった
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それぞれが別の方向を向いている感覚だった
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途中で坂本が言った
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「でもさ」
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白石は横を見た
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「うん」
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坂本は前を見たままだった
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「まだ終わりじゃないと思うねん」
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白石は少しだけ頷いた
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「そうですね」
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それだけだった
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家に帰った
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今日も特に変わったことはなかった
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でも、もう確実に分かっている
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これは崩壊ではない
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分岐だ
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それでもまだ——
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——同じ日常の中にいる




