第24話「誰のものでもない空気」
5月24日
朝は少しだけ冷たかった
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教室の扉を開けた瞬間、空気が軽くないと分かった
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白石はいつも通りいた
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でも、その存在の“重さ”が少し変わっていた
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坂本はすでに来ていた
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黒田は窓際にいた
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岡崎は机に座っていた
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藤井は遅れて来た
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神谷はノートを開いていた
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一ノ瀬はいなかった
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その不在はもう誰も触れなかった
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授業前
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白石の周りには人がいた
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でも、今日は会話がほとんど成立していなかった
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言葉が出ても、途中で途切れる
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続きがないまま終わる
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そんな感じだった
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坂本が言った
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「なあ」
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黒田が即答した
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「もうそれいい」
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坂本は少しだけ笑った
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「いや、ほんまにさ」
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「なんか、空気変わってるやろ」
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岡崎が言った
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「空気って何回目やねん」
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坂本は答えなかった
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藤井が静かに言った
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「空気は誰のものでもない」
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神谷も続けた
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「だから変わるときは一斉に変わる」
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白石は聞いていた
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でも、何も言わなかった
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授業中
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教室は静かだった
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でも、まとまりのない静けさだった
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音はあるのに、繋がっていない
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黒板の音
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ページをめくる音
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椅子の音
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それぞれが別々に浮いていた
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坂本は机に寄りかかっていた
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黒田は外を見ていた
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岡崎は落書きをしていた
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藤井は問題を解いていた
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神谷はずっと書いていた
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白石も同じようにしていた
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でも、その“同じ”はもう弱かった
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昼休み
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集まってはいた
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でも、会話は形にならなかった
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誰かが話しても、途中で消える
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坂本が言った
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「なあ」
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黒田がため息をついた
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「もうええって」
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坂本は少し黙った
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「俺さ」
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「もう、分からんわ」
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岡崎が言った
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「何が?」
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坂本は答えなかった
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藤井が静かに言った
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「分からない状態が普通になってるだけだろ」
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神谷も続けた
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「それを不安と呼ぶかどうかの違いだ」
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白石は聞いていた
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でも、何も言わなかった
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その沈黙が一番長かった
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昼休みが終わる頃
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誰も笑っていなかった
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放課後
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白石は少し遅れて教室を出た
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廊下は静かだった
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でも、もう“静か”という言葉では足りなかった
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坂本が後ろから言った
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「なあ」
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白石は振り向いた
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「うん」
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坂本は少しだけ笑っていた
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「ここ、もう一つやないな」
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白石は少しだけ考えた
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「一つって、何ですか?」
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坂本は答えなかった
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ただ前を見ていた
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それ以上は何も言わなかった
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帰り道
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空は少しだけ低かった
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風はなかった
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会話はほとんどなかった
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でも、沈黙はもう均一ではなかった
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ところどころで途切れていた
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途中で坂本が言った
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「でもさ」
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白石は横を見た
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「うん」
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坂本は前を見たままだった
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「まだ終わってへんやろ」
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白石は少しだけ頷いた
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「そうですね」
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それだけだった
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家に帰った
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今日も特に変わったことはなかった
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でも、もうはっきりしていた
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この空気は一つではない
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いくつかに分かれ始めている
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それでもまだ——
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——表面は繋がって見えている




