第21話「名前のない違和感」
5月18日
朝は少しだけ静かだった
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教室に入ると、空気が薄い気がした
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誰かがいないわけじゃない
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でも、何かが足りなかった
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白石はいつも通りいた
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それでも、少しだけ周りが遠く見えた
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坂本はすでに座っていた
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黒田は窓際にいた
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岡崎は机に寄りかかっていた
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藤井は少し遅れて来た
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神谷はノートを開いていた
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一ノ瀬はいなかった
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その“いない”が、普通になりかけていた
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授業前
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白石の周りには人がいた
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でも、会話はほとんどなかった
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言葉が必要最低限だけ残っている
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そんな感じだった
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坂本が言った
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「なあ」
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黒田がすぐ返す
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「もうそれやめろって」
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坂本は少しだけ笑った
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「いや、ほんまにさ」
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「なんか、全部薄くなってない?」
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岡崎が小さく肩をすくめた
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「元からやろ」
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藤井は静かに言った
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「濃かったと感じてただけかもしれない」
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神谷も続けた
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「記憶の補正だろ」
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坂本は黙った
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白石はその言葉を聞いていた
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でも、何も言わなかった
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授業中
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何も起きなかった
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ただ時間だけが過ぎた
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音が分離していた
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黒板の音
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ページをめくる音
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ペンの音
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それぞれが別の場所にあるようだった
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坂本は机に寄りかかっていた
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黒田は外を見ていた
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岡崎は落書きをしていた
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藤井は問題を解いていた
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神谷はずっと書いていた
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白石も同じようにしていた
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それだけだった
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昼休み
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いつもの場所にはいた
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でも、形が崩れていた
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円ではなかった
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ただ集まっているだけだった
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坂本が言った
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「なあ」
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今度は誰もすぐには返さなかった
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黒田がため息をついた
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「もういいってそれ」
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坂本はそれでも続けた
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「俺らさ」
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「もう、同じじゃなくなってへん?」
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岡崎が言った
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「最初から同じじゃない」
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藤井が静かに言った
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「同じだと思ってただけだ」
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神谷も続けた
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「役割が違うだけだろ」
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白石はその言葉を聞いていた
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でも、何も言わなかった
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その沈黙が長く続いた
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昼休みが終わる頃
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誰も笑っていなかった
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放課後
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白石は少し遅れて教室を出た
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廊下は静かだった
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でも、昨日よりさらに距離があった
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坂本が後ろから言った
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「なあ」
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白石は振り向いた
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「うん」
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坂本は少しだけ苦笑いをしていた
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「俺、もう分からん」
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白石は少しだけ考えた
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「何がですか?」
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坂本は答えなかった
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ただ、前を見たままだった
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それ以上は言わなかった
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帰り道
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空は少しだけ曇っていた
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風はなかった
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会話はほとんどなかった
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でも、沈黙はもう軽くなかった
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途中で坂本が言った
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「でもさ」
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白石は横を見た
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「うん」
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坂本は前を見たままだった
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「まだ壊れてへんやろ」
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白石は少しだけ頷いた
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「そうですね」
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それだけだった
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家に帰った
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今日も特に変わったことはなかった
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でも、もう名前のない違和感になっていた
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説明できないのに、確かにあるもの
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それでもまだ——
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——誰もそれを壊そうとしていない




