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第8章:ルーファスの最初の授業

シャドウ・スティンガーとの死闘から一夜明け、フロスティーヌの体にはまだ重い倦怠感が残っていた。肉体的な負傷ではない。突然の魔力行使に体がついていっていないだけだ。しかし、何かが決定的に変わっていた。体内のマナが、まるで地下水脈がようやく抜け道を見つけて自由に流れ出したかのように、静かな脈動を伴ってスムーズに流れている。

朝の身支度のため、彼女は鏡の前に立った。紫の長い髪をひと房ずつ丁寧に梳き、右目を隠す前髪を整える。

薄れゆく前世の記憶の中にある己は、短い髪の、無骨で粗雑な動きをするただの男だった。しかし今の指先はどこまでもしなやかで、その所作は意識せずとも自然な優雅さを伴っている。かつては不慣れで戸惑っていたこの体も、もはや単なる借り物ではない。新しい肉体は完全に己の意識と溶け合い、一つの存在として完成しつつあった。

鏡の中の自分に、ふと満足のいく微笑みを向ける。それだけで、今日一日の覚悟が決まった。彼女は振り返り、玉座の間へ向かった。

そこには珍しく、ルファスがすでに起きて待っていた。

「今日から、マナの制御を叩き込んでやる」

「わかった。朝食の後にな」

「腹が減ってるんだ。今すぐにな」

ルファスが尻尾を苛立たしげに振る。フロスティーヌは眉をひそめた。

「ドラゴンはそう頻繁に食事を摂る必要はないと、以前言っていなかったか?」

「それは、お前の料理が美味いって知る前の話だ」

腕を組み、頑固な子供のような表情を作るルファスに、フロスティーヌは小さくため息をついた。

「わかった。先に朝食にしよう」

彼女はいつもより多めに料理を作った。アリスが目を輝かせて食事を口にするのを見て、ふと思う。前世では覚えていないはずの手つきが、今では驚くほど自然に動く。彼女たちの笑顔のためにキッチンに立つことも、悪くない。

食後、ルファスはフロスティーヌを奥の広間へ連れて行った。

「座れ」

ルファスの指示に従い、フロスティーヌは石の床に背筋を伸ばして座る。ルファスもまた、珍しく真面目な顔で彼女の正面に向かい合った。

「シャドウ・スティンガーとの戦いでは、反射で魔法を使ったな。でも、反射だけじゃダメだ。もっと強い相手が来た時、それだけじゃどうにもならなくなる。お前に必要なのは、制御だ」

フロスティーヌは目を閉じ、皮膚の下を流れる熱に意識を向ける。前世において、力とは筋力と理論だった。この世界では、力はまるで呼吸する一つの生命体のようだ。

「まだ流れを掴みきれない」

「焦るな」

ルファスの声が、静かに鼓動に重なる。

「マナを押さえつけようとするな。自然に来るのを待て」

深く息を吸い、焦燥を吐き出す。すると、胸のあたりに溜まっていた重苦しい感覚が、指先へとじわりと溶け出していった。

「いい。次は炎をイメージしろ。荒れ狂う爆炎じゃない。小さくて、安定した『灯火』だ」

フロスティーヌは光を思い描いた。マナが手のひらに集まっていく。目を開けると、そこには一本の蝋燭ほどの小さな炎が揺れていた。弱々しいが、消えはしない。彼女は炎を消し、再び灯す。消して、灯す。繰り返すたびに、その動作は滑らかに、自然になっていく。

「いいな。魔力と想像力の合体だ。頭の中の絵が鮮明であればあるほど、結果も本物になる」

二時間が経つ頃には、フロスティーヌの手の上には拳ほどの大きさの火球が、安定して浮かんでいた。

玉座の間に戻ると、アリスが駆け寄ってきた。

「どうだった?」

「炎は安定して出せるようになった」

彼女はアリスの前に座り、小さな灯火を浮かべて見せた。アリスの赤い瞳がキラキラと輝く。

「きれいです……」

ピップが興味深げに近づこうとしたが、熱気を感じて慌てて跳ね退く。その様子にアリスが笑った。

「今度はピップと一緒に遊べるような、熱くないものも練習しておく」

ルファスはもう玉座の横で横たわっていた。

「明日はもっと踏み込むからな。覚悟しておけ」

「わかった。約束する」

その夜、皆が寝静まった後、フロスティーヌは独り玉座に座っていた。手のひらに、何の苦労もなく小さな炎が灯る。

かつての私は、何の力も持たないただの男だった。だが今は、魔物を退けるオーラを纏い、魔法を操る存在だ。

彼女は炎を見つめる。

この火は今はまだ小さい。けれど、明日にはもっと大きく、いつの日かこの「家」を守るための最強の盾となるだろう。

彼女は炎を消し、その熱だけを手のひらに残した。


おわりに

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

この物語は、平穏な暮らしを望む人々が、人々との交流を通して徐々に変化していく物語です。

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