第7話 ― 初陣:深淵を穿つ牙
深層通路の探索から二日が過ぎた。回収したマナクリスタルを吸収し、ダンジョンは静かにその力を蓄えていた。
その日の朝も、ルーチンはいつも通り。鏡の前で髪を整え、完璧な「フロスティーヌ」を作り上げる。だが、その静寂は突如として破られた。
ドォォォォン!
腹に響くような衝撃。地響きと共に、深層からどす黒い殺気が逆流してくる。ルファスが跳ねるように起き上がり、瞳を黄金の鋭い光へと変えた。
「……何か来るわよ」
「アリス、ここで待っていて」
私は音もなく通路へと踏み出す。背後でアリスがピップを抱きしめる気配を感じながら、私は闇へと加速した。
深層の広場。そこにいたのは、漆黒の巨体を持つシャドウ・スティンガー(Lv.15)。私よりも三つ格上。だが、驚くべきはその凶暴性だった。私のオーラを浴びながらも、魔物は一歩も退かずに牙を剥く。
「手を出さないで、ルファス」
「いいけど……死なないでよ?」
私は踏み込んだ。
魔物の爪が空気を切り裂く。紙一重でかわし、鉄棒を叩きつける。
ガキンッ!
「……っ、硬いわね」
わずか数合の打ち合い。だが、鉄棒はひしゃげ、私の手首には痺れが走る。このまま物理的な打ち合いを続ければ、遠からず押し切られる。
――一瞬の判断。
魔物の毒針が床を穿ち、動きが止まったその刹那。
私は鉄棒を捨て、手をかざした。
体内のマナが沸騰する。思考よりも早く、生存本能が魔力を「形」に変えた。
「燃えなさい」
ゴォォォォォッ!
至近距離からの火柱。咆哮が悲鳴に変わる。顔面を焼かれた魔物は、その圧倒的な熱量に恐怖し、一目散に闇の奥へと逃げ去っていった。
「……ふぅ」
肩で息をする私の横で、ルファスが呆れたように笑った。
「今の、ただの反射? ……アンタ、やっぱり化け物ね(いい意味で)」
第8話 ― 龍の教えと招かれざる影
玉座の間に戻ると、アリスが真っ青な顔で駆け寄ってきた。私は彼女の髪を撫で、落ち着かせるように微笑む。だが、内心では冷や汗をかいていた。
「ルファス。私に魔法を教えなさい」
私は玉座に座るなり、床に寝転ぼうとした白龍に告げた。
「えー、面倒くさいわよ」
「対価は三食、お前の好きな肉料理を出すわ」
「……いいわ。今すぐ始めましょうか」
対価を提示した瞬間のルファスの変わり身は、清々しいほどだった。
私たちは少し離れた演習場へと移動した。
「いい? 魔法っていうのは、理屈じゃないの。こう、お腹の底にある熱を指先に『シュッ』と集めて、『ドカン』と出す。それだけ」
「……具体的すぎて全く分からないわ」
私は眉をひそめた。理詰めで考えたい私にとって、ルファスの感覚的な教えは苦行でしかない。
意識を指先に集中させる。だが、火が灯りすぎて前髪が焦げそうになったり、逆に出なかったり。
「違うわよ、もっとリラックスして。髪を整えるときみたいに自然にやるの」
「髪を整えるのと魔法は別物でしょう」
「同じよ。どっちもアンタの『意志』なんだから」
私が苛立ちで眉をピクリと動かした、その時だった。
ピコンッ!
目の前に、赤い警告画面が強制展開される。
【警告:外部からの侵入者を検知】
* 個体数: 4
* 推定ランク: B級パーティー
* 現在位置: 第1階層・エントランス
「……チッ、いいところだったのに」
ルファスが鋭く目を細めた。先ほどまでの「だらしない師匠」の顔は消えている。
「アリスを部屋へ。ルファス、お前は入り口で様子を見て。殺す必要はないけれど、二度と来たくなくなる程度には驚かせてあげなさい」
私は立ち上がり、乱れた髪を指先で一筋だけ直した。




